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第57話 嶽冷華

 嶽冷華たけれいかは家族の愛情というものを知らなかった。


 一族の中でも稀である鬼神の巫女としての素質を持った冷華は、生まれたときからその運命が決まっていた。


 女嫌いであるがたけの女を通してしかこの世に顕現できない鬼神によって酷使され若い内に無惨な最期を遂げる。今までの巫女は皆そうであった。


 それでも短い人生の中で、家族に愛される権利は持っていた。しかし冷華の母が鷹司たかしの暴走を抑えるため鬼神の加護を封じるというたけ一族の禁を犯したため追放され、それが冷華の家族がバラバラになる切っ掛けとなった。


 冷華の父は本家の当主であるが、母は追放され嶽の方針に反発的な姉と二人の兄は優しいので、この家族は鬼神の巫女を育てるのにふさわしくないとされた。一族が集まり冷華を父の兄である伯父の家族の下で育てることに決めた。


 家族から離されたとき、冷華は4歳であった。本当の家族と一緒に暮らしたことはおぼろげながら覚えているが、愛されていたという記憶はなくなっていた。それほど伯父の家での躾は厳しく冷華は孤独であった。


 鬼神の巫女であるためぞんざいな扱いは受けなかったが、実の兄弟とも従兄弟とも遊ばせてもらえず、ずっと1人であった。いずれ死にゆく運命であるため叔父一家は冷華と距離を取った。同じ屋根の下で暮らす家族でありながら他人のような扱いを受けた冷華は一層孤独を感じた。


 友達も1人もいない。嶽一族の務めのため、毎日厳しい訓練をさせられ友達を作る暇さえなかった。巫女としての教育を受けた冷華は自然に尊大で高飛車な態度を取るため、それが一層友人を作りにくくしていた。


 冷華がある程度の自由を持つようになったのは高校へ入学した頃からである。このときから冷華は実の家族と制限なく会えるようになっていた。しかし母はいなくなり上の姉と兄は家を出て、残るは父と次兄の鷹司たかしだけだった。そして冷華自身、この二人は血のつながり自体は認識はしているものの、家族とは思えなかった。


 冷華は冷たい目で白巫女に勝った破魔子達を見つめる。


「強い! 私達強い! さすが退魔絢爛乙女団!」


「はあ……疲れました」


「お疲れ様でした!」


「ええ、本当に。お疲れ様でした」


 勝利に浮かれはしゃぐ破魔子に冷華は苛立ちを覚える。


「これで任務完了だね! ふあーー疲れた!」


「それより、白霊貴族はくりょうきぞくにされた住民たちはどうなりましたか?」


「キュウ!」


 数メートル先に破魔子の分霊が崩れたオオキミ山の残骸の上で飛び跳ねていた。4人はそこへ小走りに向かう。


「ここにいるんですね?」


「キュウ!」


「むうん!」


 天女あまめが岩を持ち上げた。いくつかの岩を掘り起こし土をかき分けていくと人の手が見えた。さらに掘り進めていくと田中という中年女が埋まっていた。破魔子は胸に手を当て心臓が動いていることを確認する。さらに他の住民たちもまとめてこの辺りに埋まっていたようで、4人は彼らを救助するため一生懸命土を掘る。


「ひーふーみー……。全員揃っているね!」


「彼らも元に戻ったようですね」


「息もしていますし外傷もそこまでひどくはありませんね。良かった……」


 自分たちを陥れた村の住民達の安否を気遣っている様子を見て、冷華はますます苛立ちを強めた。


「これで一件落着ですね!」


「ふふ、そうだね」


 天女に微笑む五八千子いやちこはどこか浮かない顔をしていた。冷華は自分と同じ短命の運命を持った少女を見る。


 同じ不幸な身の上でありながら、五八千子いやちこは周りの人間に恵まれている。自分とは違い多くの人間に愛されている。これまではそれが気にならなかったが、今ではひどく羨ましく憎く思った。


 喜びを分かち合える友人が3人もいる。それなのに曇った表情をしている五八千子にどんどん憎しみが募っていった。このような感情は初めてだ。冷華は戸惑った。ただ自身ではどうすることもできない。


 手のひらに持った白い立方体がドクンと鼓動を打った。白巫女と呼ばれる魔物の体から出てきたものだ。冷華は反射的にそれを見る。



 ――ねえ、あなたの体ちょうだい……――



 冷華は頭に響いてきた声に驚いた。もう一度白い立方体が鼓動を打つ。



 ――ねえ、体ちょうだい――



 どうやらこのキューブから声がしているらしく、声の主は先程まで戦っていた白巫女であった。冷華は咄嗟にこれを投げようとしたが、なぜだか捨てることができなかった。



 ――いいでしょう? エルフィにあなたの体、ちょうだい――


 ……私に何のメリットがあるのでしょう?


 ――メリット? エルフィがほしいからちょうだい?――



 試しに頭の中で語りかけてみたら答えが返ってきた。冷華は気味の悪さを感じつつも会話を続けた。



 あなたは私の体を使って何をするのですか?


 ――エルフィはお腹が空いたからご飯が食べたいの。それからエルフィをいじめた人間を殺すんだ――



 体中が粟立ち冷たい汗が頬を流れるのを感じた。しかし同時に鼓動が早くなり血が沸き立った。



 ……それは、あなたを苦しめた鬼も入りますか?


 ――オニ?――


 角が生えた大きな女の鬼です。あの鬼もあなたのことをいじめたでしょう?


 冷華の声は震えていた。


 ――ああ、あのご飯のことね。美味しかったなあ。また食べたいなあ――


 冷華は白巫女の無邪気な声を聞いて彼女の姿を思い浮かべた。全身が真っ白で鳥肌が立つほどの赤い目。華奢な体は自分とそう変わらないが、その小さな身体が自身が祀る鬼神を追い詰めていた。


 冷華は体中が震えるのを感じた。


 白巫女が鬼神の角を折ったとき、今まで感じたことのないような高揚感を覚えた。


 鬼神が半身が消し飛んだ白巫女にすすられる姿を見て、喜びが体中に満ち溢れた。あのような感覚は生まれて初めてだった。あのときはなぜあんな感情が湧き出たのか分からなかった。しかし今、はっきりと認識できた。


 自分は鬼神を、たけ一族を恨んでいたのだ。


 幼い頃から巫女としての厳しい修行をさせられ、家族の愛情を知らなく、自由もなく、信頼できる友人もいない。常に冷淡で冷酷であるように育てられた冷華は、自身でも意識できないほど心の奥に感情を押し込めて、いつしか本当に自分は感情がないと思うようになった。


 だが不幸の元凶である鬼神がやられる様を見て、抑えていた感情が一気に吹き出した。



 取引をしませんか?


 ――取引?――


 鬼神……あなたのご飯を殺してくれるのであれば、私の体を差し上げます


 ――殺す? 食べればいいの?――


 そうです


 ――そんなことだったら全然いいよ。エルフィ、また食べたいもん――


 ただ、鬼神の死をこの目で見届けるまでは私の体は完全には上げません。よろしいですか?


 ――ん~~? よく分からないけど、体をくれるならいいよ――


 では、交渉成立ですね。どのようにすればいいのですか?


 ――胸のちょっと上辺りにエルフィをくっつければいいと思うよ? いつもそうしてたから――


 冷華は手に持った白巫女の本体である白い立方体を胸に押し付けた。なんの抵抗もなくすっと体に入り、全身になにかおぞましいモノが血管を通じて巡るのを感じた。何者かに自分の体を奪われる恐怖を覚えたがそれも一瞬だった。五感がなくなっていく。意識も薄れていく。自分が自分ではなくなる。それでも白巫女と自分が一体になる感覚は存外に心地よいものだった。








 五八千子いやちこは3人のように喜べなかった。白巫女を倒し異界から開放されてもずっと心にわだかまりを覚えていた。まだ終わっていない。そう思ったとき背後に凄まじい陰の氣を感じて、咄嗟に振り返った。


「……なっ!?」


 思わず絶句した。冷華の立っていた場所に倒したはずの白巫女がいたからだ。


「すごいこの体……。今までで一番体になじむ……」


 白巫女は自身の体をペタペタと触り無邪気に喜んでいる。


「白巫女!?」


「なぜ!? 倒したはずでは!」


「れ、冷華さんはどこですか!?」


 破魔子達も五八千子いやちこ同様、白巫女の復活に驚き混乱した。


「うふ。この体だったら負けない」


 白巫女の背中から出た鎖が破魔子達に襲いかかる。破魔子とアリエは臨戦態勢に入る間もなく打ち付けられ十数メートル飛ばされた。天女あまめだけは五八千子いやちこをかばい、かろうじて鎖の鞭に耐えた。


「破魔子ちゃん! アリエさん!」


 二人は意識はあるようだがまともに攻撃を喰らい立てずにいた。白巫女が五八千子いやちこ天女あまめに迫る。


「こ、来ないで下さい!」


 拳を構える天女の顔色は如実に疲労の色が表れ、これ以上白巫女と戦う体力は残っていないよう見えた。白巫女が見つめるのは五八千子の背後、“堕ちた神”の核に向けられていた。


「美味しそう……。やっと食べられる……」


「……っ!?」


 白巫女の姿が消えたかと思えば一瞬で天女の目の前まで距離を詰めた。右手を突き出し手刀で天女の心臓を射抜こうとする。天女も迎撃のため拳を前に出した。


 白巫女と天女が激突しようとする瞬間、五八千子いやちこの背中に強い衝撃が走った。


「えっ……」


 後ろから誰かに突き飛ばされるような感覚がし、五八千子の体は天女と白巫女の間に割って入った。今まさに天女を捉えていた白巫女の手が五八千子に襲いかかる。


「ヤチコちゃん!」


 突然のことに天女は反応できなかった。破魔子の叫び声が虚しく響く。鋭利な白巫女の手が五八千子を貫こうとする。長く鋭い爪が五八千子の柔肌に触れたとき、白巫女の腕が消えた。


「えっ?」


 声を上げたのは白巫女だった。いきなり消えた腕に理解が追いついていないようだった。遅れて肩から血しぶきが舞う。


「っ!?」


 白巫女は困惑した顔をしながら肩を抑えた。天女も破魔子もアリエも今起きた出来事が理解できず、ただ固まっている。誰もが何が起こったか理解しようと思考を巡らせていたが、五八千子だけははっきりと見た。


 自身の後ろから黒い影が飛び出てきたかと思うと、白巫女の腕をもぎ取った。数メートル先に着地したそれは背を向けしゃがみ背中が上下に動いている。五八千子はその動作が白巫女の腕を食べているのだと気づき全身が粟立った。


 人型の影がゆっくりと立ち上がった。瞬間、おぞましい陰の氣が立ち上る。


「な、なに!?」


「これは……!」


「な、なんですか!?」


「……!」


 破魔子もアリエも天女も、そして白巫女も同時に影の方を見た。誰もが突然現れた()()に釘付けになる。空気が凍ったような気がした。


「……アア」


 ソレから漏れた声が五八千子の耳を突き抜けると、恐怖で全身が硬直した。ソレは全身がケガレで覆われており長い髪は地に垂れ、動物をかたどった無数の影が周りを跳ねるように飛び回っていた。


 ソレがゆっくりと振り返る。俯いた顔は長い髪が垂れかかっており見えない。ゆっくりと顔が上がり前髪がひとりでに左右に別れた。五八千子はその顔を見たくないと思っても体が金縛りにあったように動かなかった。


 顕になった顔と目があった。爬虫類のような瞳孔が縦と横にクロスしている目が五八千子を睨み、口は大きく三日月のように歪んでいた。五八千子は息が止まった。


「長カッタ……。ヤット、コノ時ガキタ」


 五八千子の体は小刻みに震えカタカタと口が鳴った。


「レイゲン……レイゲン、レイゲン! 憎キレイゲン! ヤット、貴様ラヲ殺セル!」


 五八千子は胸を抑えた。全身から力が抜け呪いが掛かっていたときのように体中にケガレが満ちるのを感じた。


「あ、あなたは……」


 地面に膝をつきながら声を絞り出した。人影は静かに五八千子の下へ歩み寄る。その目は強い憎しみと喜びを湛えていた。ソレは動けずにいる五八千子の頬をそっとなでた。


「レイゲンヲ呪イ、貴様ヲ殺ス者……。我ガ名ハ“呪縛じゅばく”!」

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