第17話 天女のアイデンティティ
天女ちゃんのゲリラショーが終わっても、まだ興奮は冷めやらない。何かのイベントだと思っている人もいるらしく、天女ちゃん話しかけようと試みようとしている人達もいた。
「カミヒトさん、とにかく車に戻りましょう」
湿原さんはササッと天女ちゃんに帽子やサングラス、マスクを着けて、彼女の手を取り駐車場の方へと向かった。僕も慌ててついていく。
案の定というか予想通りというか、僕達を付けてくる男達が何人かいた。どうやって撒こうか考えていると、突然この男たちが雷に打たれたように硬直した。水晶さんアタックだ。大変助かります。
ポケットに入れた水晶さんがブブッと振動した。たぶん『どういたしまして』といっているんだろう。
無事、車に着いた僕達はほっと一安心。湿原さんが運転席、僕と天女ちゃんは後部座席だ。天女ちゃんは申し訳無さそうにうつむいている。
「念の為、車だしますねー」
追手がまだいるかもしれないと言う懸念のためか、湿原さんは車を発進させた。少し走ってから着いた所は広い駐車場があるコンビニ。湿原さんは端っこの方に車を停めて、天女ちゃんに事情聴取を開始した。
「天女ちゃん、一体どうしたの? お姉さんに教えてくれる?」
詰問するような口調ではなく、やさしく語りかけている。
「ごめんなさい。私、ずっと誰かに見られたい欲求があったんです。今日、沢山の人達が居るのを見ていたら、どうしても我慢できなくって……」
なんということだ、彼女にそんな欲求があったなんて……。でも考えてみたら、これ程とんでもないんだもん。誰かに見られたいと思うことは自然なのかもしれない。
「……もしかしたら、これが妖怪とんでもない美少女の特性なのかもしれないですね」
「特性ですか?」
「はい、私達妖怪はそれぞれの妖怪としてのアイデンティティを持っています。これは生まれながらにある存在意義と言いますか、妖怪としての在り方ですね。天女ちゃんで言えば、美少女であることが天女ちゃんを天女ちゃんたらしめている訳です」
「ふむ。それが見られたい欲求とどう関係があるんですか?」
「恐らく、天女ちゃんがただ美少女であるだけでは、美少女として成立していないんだと思います。誰かに美少女だと認められて初めて美少女として存在できるのでしょう」
なんだか難しい話になってきた。だが、言わんとしていることは何となく分かる。
「つまり、誰かに見てもらわないと天女ちゃんの存在意義が揺らいでしまうということでしょうか? 先程の事は天女ちゃんの自己防衛本能だと……。そうなると顔を隠す事はできませんねえ……」
「そうですね。かといって無防備に街中を歩かせるのも心配ですよねー」
そこなんだよな。天女ちゃんは妖怪だが、とんでもなく美少女という以外は普通の少女だ。男の力には敵わない。
「いっそのことモデルとかアイドルになってみる? 天女ちゃんならすぐ人気になるよー」
「いえ、私は完璧な美少女になりたいんです。チヤホヤされたい訳ではありません。見られたい欲求はありますが、それが目的ではないんです」
「完璧な美少女って、具体的にはどういう美少女なのー?」
「良くぞ聞いてくれました。清く正しく美しく、弱きを助け強きを挫く、そんな正統派美少女が私の思う完璧な美少女です。すべての人から愛される美少女を目指してます!」
前半は納得できるが、後半はどうだろう。強きを挫くって、それヒーローのやることじゃない?
「強くある必要はないんじゃないかな?」
「いいえ、カミヒトさん。私は浄化をするカミヒトさんを見て、いたく感銘を受けました。困っている人間さんや妖怪さんを助ける為には強さが必要になることもあるでしょう」
そうは言ったってどうやって強くなるつもりだろう。天女ちゃんはバトルタイプの妖怪じゃないからなあ。
「強さ云々は取り敢えず置いておきましょう。まずは目下の問題をどうにかしないと。天女ちゃん、どのくらい我慢したらさっきみたいになるの?」
「ええと、私生まれてからまだ3週間も経ってなくて。その間はカミヒトさんや湿原さん以外の人間さんにはあまり見られていません……」
「私達二人から見られた程度じゃダメか……。検証しないとですね。体調が悪くなったのは前触れでしょうから、気をつけていれば今日みたいなことにはならないでしょう。霊管で早急に対策を考えますね」
「よろしくお願いします。僕も何かいい方法があるか考えてみます」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「天女ちゃんが悪いわけじゃないよー。それにこれが私の仕事だから。そんじゃ、帰りますかー」
湿原さんが車を発進させた直後に、ポケットからブブッと振動、水晶さんだ。
『対策はあります』
えっ、本当?
『超越神社に着いてから試してみましょう』
さすが水晶さん。頼りになる。