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第55話 死神

 6階は5階よりも不気味だった。ここだけは木造でできていて廃墟のように朽ちている。呪須津じゅずつ家を思わせる荒れ果て具合だ。空気もより濃いケガレに満ちている気がする。


「あ~~!」


 そして何より目の前の化け物が怖い。6階に踏み込んだ瞬間に現れた。素っ裸の男のようだが、天井にブリッジをしながら張り付いていて、ニヤけた顔は逆時計回りにクルクル回っている。一体この化け物の首はどうなっているのだろう。


 完全に僕のことをロックオンしている。殺る気マンマンだ。ならば先手必勝。僕は右手に込めた浄化玉を素早く化け物にぶつけた。


「ぎゃっ!」


 浄化玉が直撃した化け物は光りに包まれると床にドスンと落ちた。光が収まると中から人間が現れた。どうやら6階の化け物でも5階の亡者と同様に元の姿に戻るらしい。


「……?」


 亡者はボケーっとした様子で寝起きのような表情をしている。今の状況を理解できていないようだ。


「具合はどうですか?」


「…………っ!」


 僕が声を掛けると男は声にならない悲鳴を上げた。尻もちをついて口をパクパクさせている。


「どこかに隠れていたほうがいいですよ。ここは危険ですから」


 僕のすぐ後ろに下への階段があるが、無力となった彼は5階にいても6階にいても大差ないだろう。化け物の数は5階の亡者より少ないだろうからこっちにいるほうが生き延びる確率は高いかもしれない。ほとんど誤差のような気がするが、僕達が“絶望”を倒すまでなんとか逃げ切ってほしい。


 僕達は怯える男を置き去りにして先へ進んだ。少し先は突き当りになっており左右に廊下が伸びている。さて、どっちに進もうか。2階から5階まではほぼ一本道であったので迷うことはなかったがどうしよう。


 僕が悩んでいると右目の視界の端に白い影が映った。そちらの方を見てみると、右の廊下の少し先にちっこい白蛇がいた。


「……ハクダ様?」


 白蛇は僕と目が合うと先へと進んでしまった。


「オシラキマン、あの蛇についていくよ」


「了解だ、ムッシュ」


 罠かもしれないと思ったが、あの蛇から奈落には似つかわしくない神聖な気配を感じた。でもハクダ様本人ではない。多分だけど、ハクダ様が僕が迷わないように道しるべを用意してくれたのだろう。やはり千代さんは先に6階(ここ)に来ていたんだ。

 僕達二人は白蛇の後を追った。6階は分岐点が多く道に迷いやすい構造をしていた。三叉路や4つに分岐している道さえあった。こんなところも呪須津じゅずつ家本邸に似ているな。訪れた者を迷わせるようにできている。


 数分ほど白蛇の後をついていく。その間化け物が2体ほど現れた。2体とも浄化玉を当てれば人間に戻った。思ったより化け物の数が少ないので拍子抜けしたな。もっと危険な場所かと想像していたがあっさりと倒されてくれたし、5階よりもスイスイ進む。


 そんなことを考えていたら白蛇が止まった。前には両開きの扉がある。白蛇は体が薄くなりスッと消えてしまった。


「……この先にいるのかな?」


「ムッシュ、急いだほうがいい。嫌な気配を感じるよ」


 彼の言葉に緊張が走る。僕は両手を扉に当てると一気に押し込んだ。


 扉の先は広い空間があった。体育館を思わせるそこには巨大な化け物がいた。人体模型のように皮膚がなく筋肉が剥き出しで天井に頭が届くほどの巨人だった。そしてその巨人と対峙しているのは千代さんと、驚いたことに死神だった。かなり苦戦しているようで両者とも疲弊しているように見える。


 回りには夥しい化け物の残骸が散らばっているので、相当激しく戦っていたことは容易に想像がつく。体力も相当消耗しているはずだ。


 巨人の化け物が大きく腕を振り上げる。体育館の天井が吹き飛び轟音と一緒に瓦礫が落ちてきた。巨人が腕を振り下ろし二人を叩き潰そうとしている。僕は咄嗟に直径1メートルほどの浄化玉を繰り出すと、巨人の脇腹に叩き込んだ。体育館全体に金色の閃光が迸る。「きゃっ」という千代さんの声が聞こえた。


 光が収まると巨人の姿はなく一人の亡者が横たわっていた。ついでに他の化け物達も元に戻っている。僕はギリギリ間に合ったことにホッと胸をなでおろした。千代さんは何が起こったかわからず混乱していた様子であったが、僕の姿を認めるとヘナヘナと尻もちをついた。


「小僧、遅いよ」


 ハクダ様からクレームが来る。僕は頭を下げると彼女達の下へ歩いた。ここでようやく千代さんの後ろに那蛾なぎさんと鷹司たかし君がいることに気がついた。1階の救済室に向かったはずの彼らがなぜここにいるのだろう? しかも鷹司君は全身傷だらけで横たわっている。


 僕は駆け寄ると鷹司君の傷が思った以上に深いことを知る。意識がないようでとても危険な状態に見えた。


 すぐさま、僕の回復用神術である薬師的な如来を召喚する。僕の背後に現れた薬師的な如来は鷹司君に手をかざすと、癒やしビームを放った。彼の体はポワポワと光に包まれると、瞬く間に傷が治っていった。これで一安心だ。


 …………。


 あれ? 鷹司君は倒れたままピクリとも動かない。怪我は治っているのにうんともすんとも言わない。


「鷹司君?」


「……」


 返事がない。なんとなく彼の状態は危険な気がする。よくよく鷹司君の身体を見れば黒いモヤのようなモノが見える。これはケガレってやつだ。一体全体彼の身に何があったのだ?


「恐らくだがこの小僧の隷属鬼れいぞくきが暴れている所為だろう。あの鬼を伝って小僧にケガレが流れているようだ」


「どういうことですか?」


「それは私から説明したほうが良さそうですね」


 那蛾なぎさんは千代さんに支えられ、よろよろと僕達に近づきながらそう言った。彼女もだいぶ疲弊しているようで足取りが覚束ない。那蛾さんは呼吸を整えると2階で別れた後の出来事をかいつまんで説明してくれた。


「……なるほど、そんな事があったんですね」


「私達がたけの小僧を見つけたときにはすでに大量のケガレにまみれていたが、今はもっと増えているよ」


「このままケガレが増え続けると彼はどうなるんでしょう?」


「本来であればただの人間がここまでケガレを体に湛えることはできないが、ここは特殊な異界だ。もしかしたらこの小僧も奴らと同様に化け物に変ずるかもしれないね」


「……」


 だったら僕の浄化玉で鷹司君のケガレを消してしまえばいいんじゃないか? ケガレなんだからできるはずだ。早速試してみよう。しかし僕が浄化玉を出そうとするとハクダ様が遮った。


「そんなことより、そっちの黒いのはもしかして菩薩院ぼさついんの家霊の分霊かい?」


 ハクダ様が僕の後ろで待機しているオシラキマンを見てそう言った。気になるのはわかるけど、鷹司君の状態をそんなことってちょっとひどくない?


 ハクダ様に視線を注がれたオシラキマンは恭しく一礼した。


「はっ。仰せの通り、私はマザーの息子。今はそこの高貴な御仁に仕えております」


「高貴ねえ……」


「私、人型のコシラキ様は初めて見ました」


「失礼ながら、尊い大神よ。我が主人がそこのお方のケガレを祓うようですので」


 オシラキマンが僕の方をチラと見た。さすが僕の相棒だ。僕の意図を理解してアシストしてくれる。数日僕のお腹に張り付いていたせいか、こちらの考えていることが分かるようだ。


「嶽の小僧のために力を使うのかい? 言ってなかったが《《ヤツ》》に気が付かれてしまった。恐らく姿を消したまま攻撃を仕掛けてくるだろう」


「……それ、本当ですか?」


 どうやらすでに“絶望”に気が付かれているらしい。まだ僕達は“絶望”の居場所を知らないからだいぶ不利になってしまったぞ。どうしよう。いや、今はそんなことより鷹司君についたケガレを浄化するのが優先だ。


「取り敢えず、彼のケガレを取り除きますね」


 ハクダ様は何も言わず舌をチロチロと出しているだけだった。異論はないと見ていいだろう。あったとしても鷹司君のために神正氣を使うのに変わりはないが。


 僕はチラと死神を見た。僕が巨大な化け物を倒してから突っ立ったままピクリとも動かない。どうして死神と共闘していたのだろう? 鷹司君のケガレを浄化したら聞いてみるか。


 僕が右手に神正氣を込めたと同時に、死神が直立不動のまま後ろにバタンと倒れた。いきなりのことで、ちょっとびっくりした。大丈夫? 死神さん。


「マ……テ……」


 驚いたことに死神から言葉が漏れた。死神の顔はケガレに塗れていてオシラキマンのように真っ黒だから目がないんだけど、なんとなく僕の方を見ている気がする。「待て」という言葉も僕にかけたのだろう。


「……言葉を話せるんですか?」


「アア……。サイキンデハ、思考モムズカシク、ナッタガ、ヒトノ言葉ハワカル……」


「……待てとはどういうことでしょう?」


「ソコノ、ニンゲンノ、ケガレヲ祓ウノヲ、マテト……言ッテイル……」


「どういうことだい?」


 ハクダ様が死神の顔を上から覗き込むようにして言った。


「ソノ……ニンゲン、ノ、ケガレヲ……“天道”ヘ、持ッテイケ……」


「あの、仰ってる意味がよくわからないのですが……」


「天道……」


 僕は全く天道という言葉に心当たりはないが、ハクダ様はあるようで思案気に呟いた。


「死神、私の質問に答えろ。まずお前は何者だ?」


「…………ワタシ、ハ……コノ奈落ヲ、創ッタモノダ……」


 やっぱりこの死神がジンカイさんが言っていた“古の神”だったんだ……。


「やはりお前も神か……。お前には色々聞きたいことがあるが時間がない。単刀直入に答えな。()()は屋上にいるのかい?」


「……“堕チタ神”ノ片割レ、ヲ指スナラ、違ウ。アレハ、地下ノ、奥深クニイル……」


 なんということだ。“絶望”は屋上にいると当たりをつけたが全く逆の地下だったか。しくった……。


「すみません。僕の判断ミスです」


「お前の所為ではないよ。地下に向かったとしてもケガレが無ければ裏門に戻されていた。さっきそこの呪須津じゅずつの娘から聞いただろう?」


「しかし……」


「イヤ……上ヲメザシテ、正解ダ……。ナゼ、ナラバ……」


 死神が何かを言い掛けたとき、体育館全体にチャイムが響いた。会話を止め皆が一斉に耳を傾ける。また校内放送だ。今度は一体何だ?



 ――皆様に悲しいお知らせがあります。只今をもって希望はついえました――


「……どういう意味でしょう?」


「嫌な予感がしますねえ……」



 ――繰り返します。只今をもって希望はついえました――



「希望などはなから無いくせによく言うよ」


「オカシイ……。()()猶予ハ、アルハズダ……」


「もしかして…………っ!?」


 突然建物全体が縦に大きく揺れた。立つこともできないほどの揺れで僕達は咄嗟に地面に伏せた。轟々と尋常ではない地響きが外から聞こえる。



 ――絶望して下さい。絶望してください。ぜつぼうして下さい。ぜつ望シテクダサイ。ゼツぼうシテ下サい。ゼつぼウしてくダサイ。ゼツボウシテクダサイ――



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