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第52話 5階鷹司サイド②

「ん? シャバかここは? なんか辛気臭えな。ま、んなことどうでもいいな。久々に殺戮を楽しむぜえ!」


鏖鬼おうきは自分に群がる数十もの亡者達を両手に携えた大刀で一刀両断した。


「鏖鬼……なぜ、今頃になって……」


混濁する意識の中で鷹司たかしは自身の隷属鬼れいぞくきに問いかけた。自身が呼びかけても応じず、なぜ今になって母の封印が解け鬼神の加護が復活したのか分からないようだった。


鏖鬼は今しがた殺した亡者が再生しているのを楽しそうに見ながら言った。


「なぜ? 前に言っただろうに。俺はお前の盾でもあるんだ。お前が危機に陥ったときにクソ女は一時的に封印を弱める細工をしたのさ。だからこうしてお前を守るため俺が完全な状態で參上したってわけだ」


鏖鬼は喉を鳴らしながら地に伏す鷹司を愉快そうに眺めた。そして亡者の群れが自分たちを逃さないように囲んでいるのを見ると獰猛に笑った。


「ああ……獲物がこんなに。ヒヒヒ。よだれが止まらねえ……」


「待て……鏖鬼おうき。こいつらは……死ぬごとに強くなる。殺さずに動きを止めるんだ」


「やなこった」


鷹司の制止も聞かずに大鬼は蘇ったばかりの亡者を再び切り捨てた。


「殺セ」

「殺セ」

「殺セ」


鏖鬼を囲む亡者は数を増し獲物を逃すまいと牙を剥く。廊下に溢れた亡者を見て鏖鬼は両手の大刀を構えた。口の端が大きく歪み亡者に負けないほどの殺気をほとばしらせる。


「ハッハッハ! みなごろしだ!」


亡者が動き出す前に幾筋もの閃光がきらめいた。数十もの亡者の体がバラバラに飛び散る。


「ハアッ!」


鏖鬼がひときわ強い斬撃を左右に繰り出すと、鷹司達を囲っていた亡者はもれなく胴体が斬られあっけなく死んだ。だが2つに別れた上半身と下半身はひとりでにつながり、何事もなかったかのように亡者は立ち上がった。


「苦シイ……痛イ……」

「化ケ物ニ……ニ……ナリタク、ナイ」

「理性ガナクナル……早ク、殺サナイト」

「コ、殺ス」

「殺ス」

「殺ス」


鏖鬼は舌なめずりをすると蘇った亡者を見て楽しそうに言った。


「まだ立ち上がるか。気味の悪い奴らだ。ウヒヒ、何度でも殺してやるよ」


鏖鬼と亡者が互いに殺気をぶつけ合う。強くなった亡者と殺戮を愛でる鬼が激突しようとしたとき、群れの中のひとりの亡者が廊下全体に響く唸りをあげ体中を掻きむしった。何事かと皆の視線がその亡者に注がれる。叫び声を上げた男は最初に鏖鬼に両断された男だった。


「あっあっあっ」


男の髪が抜け落ち痩せた体がボコボコと膨らんだ。目玉がどろりと落ち、体が白く変色して胴体と背中から無数の手が生える。異形となった男を見て亡者達がピタリと止まった。殺気に満ちた顔は恐れおののき男から距離を取った。


「バ、化ケ物ダ……」


誰かがそう言うと亡者は騒ぎ出し蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「う~あ゛~」


化け物となった男はその場で何度も弾むと、変形した肉体を確かめるように体を動かした。やがて準備運動は終わったとばかりに動きを止めると、亡者達が逃げていった方向を見た。化け物となった男はもはや鏖鬼は眼中になかった。大鬼を置いて逃げ出した亡者を追いかけようとする。


「そうはさせるかよ」


鏖鬼おうきが異形となった男に斬りかかろうとした。刀を大きく振り上げ化け物となった男を頭から一直線に両断しようとする。


「っ!?」


しかし大刀は化け物の頭に触れる寸前で止まった。化け物は鏖鬼や鷹司達に全く興味を示さず亡者を追いかけた。廊下に悲鳴が響き渡る。


大鬼の体がワナワナと震えた。鏖鬼は振り向くと鷹司を睨んだ。


「おい! 邪魔すんじゃねえ、バカ野郎!」


「下、だ……。下に行け……」


飛びそうになる意識をかろうじてとどめ、鷹司は死力を尽くして鏖鬼の暴走を止めた。


「俺に指図するな」


「下へ、行け……。おま、えの、敵は……下にいる」


「うぜえな、バカが! お前の言うことなんか誰が聞くかよ」


「下だ……」


「指図をするな!」


鏖鬼は自身にかけられた拘束を解こうと力のかぎり抵抗した。鷹司の手綱を振りほどくなどわけがないと思っていた鏖鬼であったが、鷹司の意志は強く体が全く動かなかった。


「下へ……行け! 鏖鬼おうき!!」


鏖鬼の体が自分の意志に反してぎこちなくゆっくりと歩を進めた。向かう先は4階へ下る階段だ。大鬼は歯を思い切り食いしばり悔しそうに歯ぎしりをした。


「ちっ……。弱えくせによ」


観念したのか不自然だった鏖鬼の動きは滑らかになり、ツカツカと大股に廊下を闊歩した。大鬼の体はモヤの中に消えていった。


亡者も鬼も化け物もいなくなったその場には那蛾なぎと鷹司だけが残った。那蛾なぎは地に伏す鷹司の下へ近づく。


「大丈夫ですか、鷹司さん? さあ、今のうちに上へ続く階段を探しましょう」


手を差し伸ばし鷹司に触れようとしたときだった。那蛾の視界に大きな手が映った。天井から伸びるそれは鷹司を鷲掴みにする。


「?」


那蛾は上を見上げた。視界に飛び込んできたのは腕が異様に発達した上半身だけの人間だった。腰から下はなく切断されたかのような切り口から内臓がぶら下がるように出ていた。


「ケケケ」


異形の化け物は鷹司を掴み近くの教室に逃げ込む。


「待ちなさい」


那蛾は後を追いかけ教室に入る。化け物は割れた窓の際にいた。上半身だけの異形のモノが鷹司を掴んだまま窓の外に出ると、壁伝いに上へ登っていった。


那蛾は急いで窓に駆け寄ったが、彼女が辿り着く前に床に落ちた破片が、逆再生のように浮かび上がり窓に嵌まって元通りになった。窓を引いても押しても叩いてもびくともしない。


「……」


化け物にさらわれた鷹司を助けるためには階段から6階に向かわねばならない。那蛾は踵を返すと再び廊下に出る。そこは気づかぬうちに亡者で埋め尽くされ、みな那蛾なぎを見ていた。那蛾は涼しい顔で言う。


「あら、逃げなくていいのですか? あなた達の大嫌いな化け物がいますよ?」


「化ケ物ハ1人サラッテ上ニイッタ。モウ一体ハオマエノ仲間ヲサラッタ。モウ5階(ココ)ニ化ケ物ハイナイ」


後ろは教室、廊下には亡者が埋め尽くされており逃げ場はどこにもない。この者たちには細菌も効かず絶体絶命であった。


那蛾は小さく首をふるとまっすぐ亡者を見つめる。


「ジンカイ様の敵をこの手で倒すため力を温存しておきたかったのですが……」


那蛾の顔面に小さな水ぶくれが一つできた。一つまた一つと透明な水疱が肌に浮かび上がる。やがてそれは数を増やし大きくなり赤黒く変色した。那蛾の肌ほとんど全てが水疱で埋め尽くされると一斉に破裂する。


辺りに強烈な臭気が拡散すると那蛾を囲んでいた亡者達は次々に倒れていった。


「うふふ、どうですか? 私の体でも侵されるほどの強烈な病魔ですよ」


那蛾なぎは胸を抑える者、体中をかきむしる者、のたうち回って絶叫する者達の中を悠然と歩いた。









千代は教室に追い込まれていた。床には数人見えない縄に両手両足を縛られたかのように地に伏し藻掻もがいている。カミヒトが光の粒子となって消えてから千代は1人で戦い、縁雅家の秘術によって十数人こうして動きを止めたが、亡者は無数に湧いてきて彼女は教室まで追い込まれてしまった。


カミヒトが死神の攻撃によって消えた後、死神は何かを考えているようにその場に佇んでいた。少しすると千代を一瞥し、彼女には何もしないでどこかへ駆けて行った。死神から見逃され難を逃れた千代であったが、すぐに亡者達に見つかってしまう。混乱の只中であっても5階の住人は千代を逃さず逃げられないように包囲しこうして教室に誘導した。


「全く肝心な時に役に立たたない小僧だ」


襟に巻き付いたハクダが言う。


「……野丸さんは無事なんでしょうか?」


刀を掲げて亡者を牽制しながら千代はカミヒトの安否を気にしていた。


「さてね。死んだような感じはしなかったが、どこへ消えたのかは分からないね。もう戻ってこないかもしれない。それよりも、あの死神と呼ばれるモノ……気になるね」


「死神よりも今はこの状況をどうにかしませんと。ハクダ様、許可を」


「ま、仕方ないね。《《アレ》》と対峙するまでできるだけ力は残しておきたかったのだが……」


千代は刀を床に突き刺した。片膝をついて左手で柄を握り右手で印を切る。


「呼び覚ますは白蛇の肝、捧げるは……」


千代が呪文を唱え出したところで、突然彼女を囲んでいた亡者が苦しみ倒れだした。


「これは……。……っ!!」


何かと戸惑う千代であったが異臭が鼻をつき思わず腕で鼻を覆った。倒れ伏す亡者の中を何者かが歩いてくる。濃いモヤから出てきたそれは皮膚が膿み異様に爛れた人間だった。


「化け物!?」


千代は鼻を押さえたまま刀を突き出し、強烈な臭気を放つ化け物らしきモノを牽制した。この何者かは人型であるが5階の亡者とは放たれる圧の種類がまるで違っていた。千代はこれが6階の化け物かと思い呪文の続きを唱えようとする。


「あら、失礼ですね。私をあんなモノと一緒にするだなんて」


聞き覚えのある声に千代は呪文を止めた。恐る恐る尋ねる。


「……まさか呪須津那蛾じゅずつなぎさんですか?」


「ええ私です。もうお忘れになってしまったのですか? 悲しいです」


「しかしその姿は……」


5階(ここ)の亡者は思いの外手強いので、図らずも切り札を使うことになってしまいました」


にこりと笑う呪須津の少女はゾンビと見紛うほどひどいものだった。千代はなるべく那蛾を見ないようにさり気なく視線をそらした。


「お前は救済室とやらに行ったはずなのになぜこんなところにいるんだい?」


「あら、麗しのハクダ様、これには深いわけが……」


那蛾は慇懃に頭を垂れると片膝をつき平伏した。その芝居じみた動作にハクダは冷たい目を向けるとぞんざいに言った。


「簡潔に説明しな」


「はい。1階の救済室に向かった私と鷹司さんはそこで顔のない女と遭遇しました。その女が言うには我々が救済されるには()()()が足りないとのこと。どれくらい足りないかと言えば、ざっと100人は殺さないとだめなようでした。そして突然部屋が崩れたかと思えば私達は裏門にいました。どうやら裏門というのは救済室に行った亡者がケガレが足りず奈落へ突き返されたときのスタート地点のようなのです。救済室より先へ進む手立てを失った私と鷹司さんは野丸様達を追いかけることにしたのです」


「ふむ……」


「救済される条件がケガレ? ますます怪しいですね。それより那蛾さん、鷹司さんはどうしたんですか?」


「そういえばたけの小僧がいないね」


「鷹司さんは化け物に攫われてしまいました。彼はほとんど動けない状態です。ですから急いで6階へと向かっていたのですが、たまたま千代さんを見つけたのです」


「鷹司さんが!?」


「威張っている割にはどんくさい奴だねえ」


「私も聞きたいことが。野丸様はどうしたのですか?」


「奴は死神に刺されてどこかへ消えてしまったよ。全く男どもは情けないね」


ハクダは目を細めてどこか呆れた雰囲気でチロチロと舌を出した。


「死神に?」


「ええ、死神の剣が野丸さんの結界を貫通してお腹に刺さったかと思えば、野丸さんは光となって消えてしまいました」


「まさか、死んだというわけでは……」


「わからないけど、何となく生きている気がするよ。それより早く屋上を目指したほうが良さそうだね。こっちが外れならきな臭い救済室とやらに()()()だからね」


ハクダは視線を下に向けた。深い深い先を見据えて睨んだ。


「“堕ちた神”の核……。“絶望”が、ですね」


「やはり知っていたようだね」


「はい。ジンカイ様はこのような私を選んでくださいました。命をかけて務めを全うする覚悟です」


「いい心がけだ。ではここはお前に任せるとするよ。千代と私の力は温存しておきたいからね」


「承知しました」


那蛾はそう言うと先頭に立って歩き出した。那蛾の周りには強烈な匂いとどす黒い空気が満ちていた。那蛾の歩もうとする先、次々に亡者が倒れだした。千代は那蛾から離れて後に続く。


「どうしたのですか? そんなに後ろにいて。うふふ、並んで歩きましょうよ」


「いえ、私は……」


匂いがきついとはっきり言えない千代は口をまごまごさせた。


「私、同年代のお友達が少なくって。だから千代さんと仲良くなりたいんです」


「……」


「友達になりましょう?」


「考えておきます……」


「うふふ。きっと私達仲良くなれますよ」


那蛾はそう言うと上機嫌に先へ進んだ。

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