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第51話 5階鷹司サイド①

「また死神か」


「こちらの階の亡者達も死神を恐れているようですね」


 5階に上がってきた鷹司たかし那蛾なぎは慌てふためく亡者を見て呟いた。二人が4階に着いたときは混乱の真っ只中であり、程なくしてから死神が消えたとの構内アナウンスがあった。鷹司と那蛾はここで死神という存在を知ることになり、それが亡者にとって危険極まりないモノであることも理解した。


 死神がいなくなり4階の混乱が収まると、亡者達は鷹司達を見て一斉に襲いかかった。しかし那蛾の扱う魂にも感染させる細菌によって亡者達を無効化し、難なく5階に登ることができた。


「随分と霧深い場所ですね。死神とは何なのでしょうか? 奈落とはまだ私達の知らない未知なモノがたくさんあるのですかねえ。一度死神というものを拝んでみたくあります」


「……」


 鷹司は呪須津じゅずつ家の少女を見た。どことなく不気味な雰囲気を漂わせており、こんな状況でも飄々としている。一見すると薄気味悪いただの少女だが、彼女の力によって3階も4階も軽々と突破することができた。


 鷹司は3階はともかく4階の亡者相手では自分ひとりでは少し手こずりそうだと感じていた。那蛾がいなければ鷹司はまだ4階でくすぶっていただろう。それほど那蛾の多数相手に対する制圧力は優れていた。


「どうかなさいましたか?」


「いや、何でもない……」


 視界が悪く亡者が逃げ惑う中で二人はぶつからないように壁伝いに横歩きし、6階へ上がる階段を探した。教室2つ分移動したところで再び構内アナウンスが流れた。



 ――死神が消えました。皆さん、もう安全です。各自教室に戻って下さい。繰り返します。死神が消えました……――



 アナウンスが終わると騒ぎはピタリと収まり安堵で弛緩した空気が流れた。反対に鷹司と那蛾は気を引き締め身構える。


「気をつけろ、呪須津那蛾じゅずつなぎ。このまま俺達を見逃すとは思えん。また下と同じことが起きるぞ」


「ええ、いきなり私達に襲いかかってくるでしょうね。準備はできてます」


 鷹司の予想通り二人の周囲にいた亡者達はそこに存在しないはずの異物に気がつくと立ち止まった。二人を囲みじっと観察するように視線を送る。しばしの沈黙のあと、1人の男が口を開いた。


「オマエタチ、何者ダ?」


 警戒の色が強いのは死神が出たばかりだからであろう。それでも臆することなく鷹司と後ろに佇む隷属鬼れいぞくきである鏖鬼おうきと対峙する。


「ドコカラ来タ?」

「変ダゾ、コイツラ」

「デカイナ……コイツハ化ケ物カ?」

「イヤ、化ケ物デハナイ」

「マサカ、下カラ来タノカ?」

「アリエナイ。ソンナ愚カ者ハ見タコトナイ」

「シカシ、我々トハ違ウ……」


 自身を取り囲み品定めをするような亡者に鷹司は小さく舌打ちした。


「下から来たから何だというのだ?」


 鷹司の言葉を聞いた瞬間、亡者達は思わぬ獲物に色めき立った。


「アア、バカガ二匹モイル!」


 最初に声をかけた男が言った。中毒者のように全身が震えている。我慢の限界がきているようだった。


「失せろ亡者が」


 鏖鬼おうきが大刀を振るうと男の亡者の首が飛んだ。頭部が床に落ちる鈍い音がする。血の匂いが充満した。


「キサマ……!」

「階下カラキタ分際デ!」


 周りにいた十数もの亡者が一斉に襲いかかる。しかし飛びかかろうとしたところで片膝をつき胸を抑えて苦しそうにした。


「さあ、早く上に参りましょう」


 那蛾なぎはそう言い、二人は苦しむ亡者を置き去りに歩みだした。


「マ、テ……」


 モヤのかかった廊下を数メートル歩いたところで、後ろから声をかけられる。ゆっくり振り向くと先程首を切った亡者が立っていた。首と胴体はつながり傷も全くなかった。


「アア、ダメダ、ダメダ……。理性ガナクナル……。早ク、殺サナイト……」


 復活した男の亡者は鷹司に向かい突進した。やせ細った体躯とは裏腹に俊敏に電光のきらめきの如く鷹司の懐に飛び込んだ。


「ふん」


 だが亡者は鷹司に攻撃を加える前に鏖鬼おうきによって両断された。真っ二つに裂かれた体は左右に倒れる。鷹司は亡者の遺体に目もくれず再び歩き出そうとしたが、気づかぬうちに多数の亡者に囲まれていた。しかも新しい亡者ではなく、那蛾が細菌で動きを封じた者達だ。


「申し訳ありません、鷹司さん。どうやら5階の亡者は私の細菌達が効きにくいようで……。明らかに下の階のモノとは強さが違います」


 那蛾なぎの攻撃が効いていたのは短時間だけで、5階の亡者達は彼女の病原菌をすぐに克服したのだった。


「問題ない」


 鷹司はそう言うと右腕を横薙ぎに振るう。その動きに呼応するかのように鏖鬼おうきが大刀を薙ぎ払った。亡者達の胴体は上下に真っ二つに裂かれ血飛沫が舞う。


「急ぐぞ。こいつらは死なない。何度でも蘇る」


「ええ」


 鷹司と那蛾が廊下を駆けようとしたとき、何者かが鏖鬼おうきを殴打した。大鬼の巨躯がわずかによろめく。


「貴様は……」


 鏖鬼おうきを殴ったのは大刀で左右に裂かれた亡者だった。ほとばしる陰の氣は力強く痩せた体は獰猛に震え煮えたぎる血が全身にみなぎっていた。


「ガアッ!!」


 亡者がもう一度鏖鬼(おうき)を殴りつける。廊下全体に響き渡るほど大きな音がした。鏖鬼は両腕を上げガードし、分厚い腕に阻まれた亡者の拳は砕けた。


「アア、抑エラレナイ! 早ク、殺サナイト俺モ化ケ物ニ……」


 自身の負傷など気にした様子もなく亡者は自分よりも大きな鬼に殺気を向けた。


「苦シイ……」

「殺セ……殺セ……」

「狙イハ、コイツラダ。仲間ドウシデヤリ合ウナ」


 胴体を斬られた他の亡者も復活していた。誰も彼も鏖鬼に両断される前よりも明らかに力強さを増していた。そんな亡者の変化に那蛾は不審に思った。


「強くなっていますね。どういうことでしょう? 私達には罪がないので彼らの罪が増えることはないと思うのですが……」


 奈落では相手を殺すことで罪を一つ押し付ける事ができる。亡者は罪が増えるごとに強く理性が希薄になる。しかし罪がなくなった那蛾と鷹司は亡者を殺しても移動する物が無いので、殺した亡者は強くならないはずだった。那蛾はそのように思っていたが、確かに鏖鬼おうきに殺された亡者は強くなっている。


「……いや、鏖鬼だ。こいつは昔、散々人間も妖かしも殺めてきた。その数は百や2百では到底足りない」


 鷹司は苦々しげに言った。


「なるほど。鬼もここでは私達人間と同じルールに縛られるのですね。しかしそうなると参りましたね。それほど罪のストックがあるなら、もう亡者は殺せない。ですけど私の病魔も効きが悪い……」


 状況は悪いのに冷静に分析しまるで焦った様子のない那蛾に、鷹司は少しではあるが頼もしさを感じてしまった。プライドの高い鷹司はそんな自分に苛立った。


「シ、シ……死ネ!」


 亡者が砕けた拳とは反対の手で殴りつける。鏖鬼おうきはそれを大刀で切り落とした。亡者の絶叫が響き渡る。それでも全く怯んだ様子はなかった。


「鏖鬼! やめろ!」


 半ば反射的に動き追撃を加えようとした鏖鬼を鷹司は止めようとした。これ以上罪が増えた亡者がどれほど強くなるか検討もつかない。もし際限なく強くなるとしたらこの暴れ者でも抑えられないかもしれない。


 鷹司は鏖鬼の動きを制御しようとしたが鬼は止まらなかった。


鏖鬼おうき!」


 鷹司と鏖鬼のつながりは、鷹司の母親が鬼神の加護を封印したことによって薄められている。それ故鷹司は鏖鬼本来の力をほとんど引き出せないが、逆に言えばそれだけこの暴れ者を御しやすいということだ。


 しかし鏖鬼は獲物を前にして殺しを我慢するなどもっての他であるため、主人の言うことに力ずくで抵抗した。飢えた鬼の力はそれほど強く、薄弱なつながりであってもそれを抑えるのは困難を極めた。


 大刀が再び亡者を2つに分ける。一振り二振りと刀が舞えば大量の亡者の死体ができあがった。だがその死体はすぐに修復され強くなって蘇る。そんな亡者を見て鏖鬼が刀を構える。顔は無表情であるがどこか嬉しそうな雰囲気であった。


「やめろ! 言うことを聞け!」


 刀を振るう直前、鷹司はめいいっぱいの力を使い鏖鬼の動きを止めた。鷹司が渾身の力を込めたおかげか、大鬼の動きは鈍くなる。その一瞬の隙をついて亡者達は武器を構え鏖鬼おうきに襲いかかった。1人の亡者のナイフが鏖鬼の首に深々と刺さる。


「ぐっ……!?」


 鷹司は胸を抑えうずくまった。頭の中に通り魔に刺された女の記憶が刻み込まれる。それがついさっきあった現実のように体中に痛みと恐怖が駆け巡った。


「アア……。罪ガソソガレル。気持チガイイ……」


 鏖鬼にナイフを刺した亡者が恍惚として呟いた。更に他の亡者が大鬼に攻撃を加える。


 鏖鬼の頭が斧でかち割られ胸には刀が突き刺された。鷹司の脳に被害者の体験が流れ込んでくる。


 カタギでない大勢にリンチされ死んだ男の記憶、飲酒運転で車に引かれ、長く苦しんだ末死んだ子どもの記憶。鷹司は両膝を付き胸をいっそう強く抑える。


「……くそ」


 今の自分は鏖鬼おうきとリンクしており、亡者の罪が鏖鬼を通じて流れてきたのではないか。鷹司は苦しみの中でわずかに残った余力でそう推測した。


「罪ガ消エル感触ハヤハリイイ……」

「シカシ、マダ足リナイ」

「コイツ、オカシイゾ。一度ニ三度モ殺サレテイル」

「本当ダ。何度デモ殺セル」

「ウヒヒヒ。コイツハイイ」

「ナゼダ?」

「ソンナコトハ、ドウデモイイ」

「ソウダ。殺セ」

「殺セ」

「殺セ」

「殺セ」


 亡者達は鏖鬼おうきを囲み一斉に攻撃を加えた。那蛾なぎは援護に入ろうとしたが周りの異変に気がつく。いつの間にか夥しい数の亡者に囲まれていた。モヤのせいか彼女の亡者を感知する力が鈍くなっていた。


「……」


 那蛾はありったけの細菌をばら撒く。しかしせいぜい数人程度の動きを止めることしかできなかった。その数人もすぐに那蛾の病魔を克服する。


 群がった亡者は思い思いに己の武器で浅黒い肌の鬼を攻撃した。鷹司の頭の中に凄惨な記憶が波濤が押し寄せるように入ってくる。


 刺殺、絞殺、焼死、溺死、いじめ、拷問、餓死、縊死、暴行死……。


 あらゆる強い負の感情と記憶が鷹司の中でのたうち回る。発狂しそうなくらい強烈な“罰”は急速に鷹司の心と身体を蝕んだ。地面に倒れ息が乱れ過呼吸になる。視界がぐるぐると回り平衡感覚がなくなった。体が千々に千切れそうな錯覚を覚える。


 意識が遠のく。


 ガシャン……


 このまま消えてなくなるのではないかと思ったとき、体の中で何かが壊れる音がした。ガラスが粉々に打ち砕けるような甲高い音。同時に強くおぞましい力がどこからか流れ込んでくる。


「ヒュオ……!」


 数多の亡者の首が宙を舞う。


 鷹司はかすれた目で見た。更に大きくなった鏖鬼おうきが亡者の首を跳ねるところを。


「ヒャハハハハハ! 久しぶりのシャバだぜ!!」


 5メートルを超える大鬼が転がる死体を踏みつけ獰猛に笑った。額に黒い角が2本。長い赤髪を振り回し、白い和服を着流し歓喜している鬼。完全な姿の鏖鬼おうきが喜びの咆哮を上げた。

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