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第50話 クロイモ超変化、オシラキマン爆誕!

 振り向いた先にいたのは黒い紳士だった。


 その紳士は背の高いスラリとした肢体に黒の燕尾服を優雅に纏い、片手を胸に当て慇懃に頭を下げていた。


 長い脚には燕尾服と同じ色のスラックスをはいている。白いシャツに黒い蝶ネクタイがおしゃれだ。真っ白な手袋は清潔感と礼儀正しさを感じる。黒の革靴はピカピカに磨かれており、どっからどうみても紳士だ。少なくとも服装だけは。


 肝心の本体は真っ黒で顔が全くわからない。目も眉も口もなく、鼻の突起だけしかない。外見は煤子すすこ様に似ているが、ケガレのような嫌な感じの気配は一切感じない。彼は何者なんだ……。


「えーっと……どちら様?」


 まさか敵ではないだろうな。急いでいるときだというのに。僕は結界を張って警戒した。


「おお、ムッシュ……。私のことを忘れてしまったのですか? 痛恨の極みであります」


 そんなこと言われてもこんな黒い人に知り合いなんていないし。黒い紳士は手を額に仰ぎ、大げさに悲しんだ。


「もしかして呪須津じゅずつ家の人ですか?」


「なんと! 本当にこの私を忘れてしまったのですか? ああ、ムッシュの忠実な下僕として深い悲しみを覚えますぞ」


 忠実な下僕……。そういえばこの黒さどことなくクロイモちゃんの色に似ている。いや、まさかそんな……。


「……もしかしてクロイモちゃん?」


「そうです! クロイモです! 思い出していただけましたか!」


 バカな……。この英国紳士があのクロイモちゃんだとでもいうのか。「あ゛あ゛あ゛」しか言わないイモムシみたいなちょっと気持ち悪いクロイモちゃんだというのか。信じられない。


 しかし状況的にその可能性が高い。お腹からいなくなってからすぐに現れたし、艶のある濡羽ぬれば色も同じだ。コシラキ様というのは破魔子ちゃんのキュウちゃんみたいな動物型が多く、人型ひとがたはとても珍しいらしいのだが全く例がないわけではないという。


 事実、菩薩院桂花ぼさついんけいかさんのコシラキ様は青時雨あおしぐれと言う名の人型であった。普通に喋っていたし知能も人間とそんなに変わらなさそうだった。ならば目の前の僕の下僕を名乗る黒い紳士も進化したコシラキ様である可能性は高い。いや、でも、それでも信じられない。


「ごめん。君がクロイモちゃんだなんて信じがたいよ。何か証拠でもあるかな?」


「確かに、立派に成長した今の私を幼き頃と比べればムッシュが戸惑うのも無理はない。よろしい。私がクロイモである証拠を述べよう。私が幼体であった頃の記憶を話せば信じていただけるだろう。ムッシュと初めて会ったときのことを今でも昨日のことのように覚えているよ」


 自称クロイモちゃんは語りだした。


「あれは前マスターであるマドモアゼル聖子に憑いて初めて外を出たときのことだった。それまで菩薩院の敷地から出たことのない私は、ある一種の直感に導かれマドモアゼルに憑いていくことにした。ああ、初めて見る外の景色はそれはそれはもう刺激的だった。こんな世界があるのかと衝撃を受けたものだ……。しかし私の人生で一番の驚きは超越神社に初めて入ったときだった。あれほど私の中で……」


「ちょっと待って! 僕が質問するから君はそれに答えてくれないかな?」


 聖子さんや超越神社を知っているのであれば彼がクロイモちゃんである可能性は高まった。このまま彼に語らせてかなりの割合で整合性が取れればクロイモちゃんと認めることが出来るだろう。しかし、このペースだといつ語り終わるのか分からない。急いでいる身としては簡潔に効率よく証拠を確認したい。


「なんなりと。私はムッシュの忠実な下僕故に」


 片手を胸に当てまた慇懃に頭を下げた。その所作は一切無駄がなく流麗である。


「じゃあ時間がないから手短に質問するよ。聖子さんの妹の名前は?」


「マドモアゼル破魔子はまこ。彼女のことはよく知っているよ。なにせ同じ家に住んでいたからね」


「僕の同居人は?」


「全マスターと今はいないが聖女殿、そして麗しのレディ天女あまめだね。彼女には可愛がってもらった。恩返しとして彼女にも第二の主人として仕えようと思う。いや、第三の主人か。前マスターであるマドモアゼル聖子にも奉仕しなくてはならない。しかし安心してください、ムッシュ。ムッシュが私にとって一番でありますから」


「……ありがとう。じゃあ破魔子ちゃん、天女ちゃんと案件をこなしに行ったことは覚えてる? そこで誰と戦った?」


「目が一つの猿の妖かしだね。あのときの戦いでマドモアゼル破魔子はムッシュの力により一段高みに登ったね。それからサエ《おじょう》ともそこで出会った。おじょうと私が仲良くしているのはムッシュもご存知のはずだ」


「……よく一緒に昼寝してるもんね」


 これはもう間違いない。ここまで正確に言い当てられるのなら彼が成長したクロイモちゃんだ。


「他に質問はありますかな?」


「いや、もういいよ。君がクロイモちゃんだってこと理解できたよ」


「おお! 分かってくれましたか! ムッシュ、私は嬉しいよ」


「僕も嬉しいよ。こんなに立派になっちゃって……」


 本当は破魔子ちゃんのキュウちゃんみたいにマスコット的にかわいく進化してほしかったのだが、まあ元気に羽化してくれたのならいいや。最悪の事態にならずに済んで良かった。


「それでムッシュ。なにかお困りのようだったが、私に話してほしい。 私はムッシュの忠実な下僕故、なんでも力になりたいのだよ」


「ああ、それなんだけど、死神の力で奈落から弾き出されちゃったんだ。仲間を置き去りにしちゃったし、為すべき事をまだ為してないからすぐに戻りたいんだ」


「ふむ……。奈落とはこの下にある異界のことかな?」


「うん。よく分かったね。あ、もしかして蛹のときの記憶があるの?」


「いや、蛹のときの記憶はないですな。それで、もしかしてムッシュは戻る手段がないということかな?」


「……そうなんだ。一か八かで無理矢理こじ開けてしまおうかと思ってるんだけど」


「そういうことでしたら私にお任せ下さい、ムッシュ」


「どういうこと?」


「私は密偵や侵入、隠密活動など裏の技術に長けている。閉ざされた異界に忍び込むことだって出来る。私に任せ給えよ」


「本当!?」


「ムッシュに嘘はつかないよ」


 なんと、紳士になったクロイモちゃんは奈落に潜入する術をもっているようだ。裏稼業っぽいスキルがあるなんて全身黒いだけはある。


「じゃあ、早速お願い! 急いで!」


「その前に。ムッシュから名前を賜りたく」


 クロイモちゃんは厳かに片膝を立て頭を垂れた。僕にひざまずいているような格好だ。


「改まってどうしたの? 名前ならクロイモって天女あまめちゃんが付けてくれたのがあるじゃない?」


 黒いイモムシみたいだからクロイモと安直なネーミングだが、名付け親の天女ちゃんは気に入っている。改名するのは彼女に相談してからのほうがいいんじゃないか?


「その名前も気に入っておりますが、私もこうして未熟なりに一端のマザーの分霊となりましたので。主人であるムッシュに新たな名前を付けていただきたく存じます」


 クロイモちゃんはそう言って頭を下げたままピクリとも動かなかった。一種の儀式めいた雰囲気とその厳粛な態度からこれが彼にとってとても重要であることが伺われる。成長した彼に新たな名を付けることは、昔の貴族や武士の子が元服して幼名から正式ないみなを受けるようなものであろうか。そういうことであれば、ちゃんと考えようか。


「じゃあ、オシラキマンで」


 嘘です。適当に付けてしまった。だって時間がないんだもん。


「オシラキマン……。なんて素敵な名前なんだ。マザーの名が入っていることは恐れ多いがとても気に入った。ムッシュ、素晴らしい名前をありがとう……」


 クロイモちゃん改めオシラキマンは感無量といった様子で震えていた。よほど感動したみたいだ。いい加減に付けた名前だが気に入ってくれて何よりだ。


「じゃあ早速だけどオシラキマン、僕を奈落へ戻してくれないかな?」


「了解した、ムッシュ。ただこの奈落というのは幾重にも侵入者を阻む防壁が張られている。少し時間がかかるかもしれない」


 オシラキマンはそう言うと、手を奈落の入口にかざし何やらもにょもにょと唱えだした。オシラキマン、なるはやでお願いするよ。

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