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第47話 4階

 僕と千代さんが4階に着くと教室のドアが一斉に開いた。中から亡者たちの動揺する気配が伝わってくる。


 ドアが開くのは階上か階下から侵入者が来たときだけだが、基本的にスペックで劣る階下の者が上に上がってくることはない。『強襲』という奈落のシステムにより上の階から亡者が襲いに来ることしかないようなので、ざわざわと戸惑い怯えた声が聞こえてくる。


 まあ、強襲が起きるときは構内アナウンスが流れるっぽいので、異変に気づいた亡者が廊下に出てくるのは時間の問題だ。3階はそれで多くの亡者達に囲まれてしまったわけだ。今は千代さんの葉隠はがくれという便利な術のおかげで、亡者たちには僕達の姿は見えず、上下逆さまになった僕達は天井から移動しているので慌てる必要はない。


「おい! どうなってんだゴラァ!!」


 僕達がいそいそと天井から移動していると威勢のいいヤンキーっぽい若い男が教室から出てきた。男は目が血走り殺気立っている。彼はキョロキョロとあたりを見回したが、僕達は見えていないようでホッとした。


 ヤンキーが出てきたのを皮切りに次から次へと各教室から亡者が現れる。誰も彼もみんなヤンキーと同じく物々しい雰囲気である。まるで飢えた獣のようだ。


「罪の数が多くなるほど理性が薄れるというのは本当のようですね」


 千代さんが小声で言った。


「強くなるとも言っていたね。3階の人たちは荒々しい感じだったけど、まだ冷静な部分があった。でも彼らは今にも殺し合いをしそうなほど危うい感じがするよ」


 4階の亡者はお互いに睨み合い襲い掛かりたくなるのを必死に抑えているようだった。奈落のシステム的に同じ階で無秩序に殺し合うのは得策ではない。なぜならそれが延々と続くことになるからだ。


 奈落では罪の数が多いほど亡者は強くなり、誰かを殺せば罪が一つ消える。4階は罪が5つか6つの亡者が収容されているので、もし罪が6つの者が5つの者を殺せば、罪の数が逆転することになる。すると今度は新しく6つになった者が5つの者を殺す。そしてまた6つになった者が5つの者を殺す。


 こうなれば終わりがない。ずっと殺し合う地獄の出来上がりだ。だから亡者たちは自分たちでルールを決め、両者が合意する決闘以外では同じ階の亡者同士で争わないという規則ができあがった。それはすべての階に共通するものだと自衛隊風の亡者は言っていた。


「皆さん、今にも飛びかかりそうな気配がしますよ」


「でもなんとか堪えている感じだね」


 亡者たちの目は血走っておりシューシューと荒い息をしてお互い睨み合っているが、廊下に異変がないのを確認すると各々の教室へ戻っていった。


「どうなってやがんだ!」


 最初にでてきたヤンキーが悪態をつく。肩を大きく揺らしながら自分の教室へ入ろうとしたとき、別の男とぶつかった。


「何しやがんだてめえ!」


 男がぶつかってきたヤンキーの胸ぐらを掴む。


「てめえがちんたら歩いてるからだろ!」


「なにを……」


 言い返そうとした男の首筋にヤンキー男がナイフを突き立てた。首から勢いよく血が吹き出し、男は地面に倒れた。ヤンキーの顔は恍惚として歪んでいた。


 僕は口を抑えた。いきなり首を刺すとは思わなかった。2階でさんざん凄惨な殺戮は見てきたが、やはり殺人というのは慣れるものではない。たまらずこの場から離れようたく千代さんにジェスチャーを送ろうとしたが、その前に亡者たちが一斉に暴れ始めた。


「死ね!」

「あんたが死ぬのよ!」

「あああああ!!」

「殺す!」

「死ね!」

「死ね!」

「死ね!」


 ヤンキーが一人殺したのを皮切りに、亡者たちは理性がプツンと切れたように全員が近くの亡者を襲い始めた。その様は恐怖も躊躇も知性もなく、およそ人間とはかけ離れた悪鬼羅刹のように思われた。


 怒号が至る所から聞こえ、劇しく打ち合う音が響く。彼らの動きは普通の人間よりもずっと強く機敏で暴力的だ。その力は階下の亡者より遥かに上だった。


 僕が唖然としてその様子を見ていると、千代さんが僕の肩に手をおく。


「野丸さん、今のうちに」


「そうだね……」


 僕達はしゃがみながら5階へ続く階段を探した。上からは血の匂い、暴力的な音、断末魔の声が絶え間なくした。耳を塞ごうにも僕達はハイハイをしているものだからできない。いそいそと天井を這っていると、突然僕の目の前に亡者が吹っ飛んできた。


 どうやら思い切り殴られて天井に激突したらしい。飛ばされた亡者は地面に落ち体が透けてなくなった。天井には小さなクレーターができていた。早くここから脱出しなければ……。


 僕は上を気にしながら高速でハイハイした。相変わらず怒号が聞こえる。常人離れした亡者がバトルロワイヤルを繰り広げているものだから、この階全体が劇しく揺れていた。


「あ、あれじゃないですか?」


 千代さんが指し示した先には5階へ続く上り階段があった。距離にしたら10メートルほどだろうか。良かった、この惨状から解放される。


 そう思ったとき、4階全体にジリリリというけたたましい音がなった。非常ベルのような、防災訓練で聞いたような音だ。殺し合いをしていた亡者たちがピタリと止まった。


 ――緊急警報! 緊急警報! ――


 続いて構内アナウンスから女の声が流れてきた。


 ――死神が現れました! 4階に死神が現れました! 至急避難してください!――


 アナウンスが流れれば、どよどよと4階全体に動揺が広がった。亡者たちの殺気立った顔は鳴りを潜め、今度は恐怖と不安が表れる。


「……死神?」


「なんだかヤバそうだね……」


 死神とやらが何なのかわからないが、亡者たちの反応を見るに絶対ろくでもないモノだろう。階段はすぐそこだ。僕達は急いで5階へと続く階段へ向かおうとしたが、ちょうどそのとき僕達の進行方向から悲鳴が上がった。


 何だと思えば階段付近に黒い影がいた。いきなりどこからともなく出てきたようで、近くの亡者は腰を抜かしていた。黒い影は人の形をしていたが、おぞましいほど多くの陰の氣に覆われていて、その姿はわからない。


「凄まじいケガレです……」


「千代、小僧、アレから離れるんだ」


 千代さんの体に巻き付いたミニハクダ様が言った。つぶらなお目々が心なしか険しく見える。死神というのはとても危険な奴なのか。僕達はハクダ様に従って急いで引き換えした。


 ――死神に殺されれば未来永劫救われることはありません! 皆さん、逃げてください!――


 アナウンスが流れると同時に死神は腰を抜かしている亡者の首を跳ね飛ばした。手には長い剣のような物を握っているが、こちらもケガレにまみれていてよくわからない。


 首を斬られた亡者は光の粒子となると、そのまま宙に溶けて消えてしまった。彼は一体どうなってしまうのだろう? 救われないとはどういうことだ?


「もしかしてアレが6階にいる化け物ってやつかな?」


 那蛾なぎさんが尋問した自衛隊服を着た男がそう言っていたな。彼は化け物に言及したとき、随分と怯えた様子だった。


「どうでしょうか? 彼は化け物と言っていました。死神なら死神と言いそうなものですが……」


「確かに……」


 もし死神と化け物が別々の存在であれば、あの黒い影は僕達にとって全く未知のモノである。全く、奈落ってところは本当にわけの分からない所だ。


 そうしている間に死神は次々に亡者たちを斬っていった。彼らは光の粒子となって消滅する。亡者が逃げ惑うなか、果敢に死神に挑む者もいたが呆気なく返り討ちにあってしまった。


 僕達は音を立てずに静かに黒い影から離れる。こっちには来ないことを祈りながら天井をハイハイする。


 4階はすでに逃げ惑う亡者で阿鼻叫喚の様相を呈していた。死神は叫びながら逃げる亡者を追いかけ、滅多切りにしていた。僕達とは反対方向だ。どんどん奥へ向かっていく。


「この様子ならさっさと5階に行ったほうがいいですかね?」


 チロチロと舌を出しているハクダ様に尋ねた。


「ハクダ様?」


 ミニハクダ様は思案顔で死神が向かった方をジッと見ていた。奥の方の教室から悲鳴が聞こえてくる。


「なんでもないよ。私も今のうちに上に行くのがいいと思うよ。時間もないことだし、もしかしたら上の方が安全かもしれないしね」


 どうやらハクダ様は死神をよほど脅威に思っているようだ。5階は7つ以上の罪を持った亡者がひしめく場所だが、そちらの方が危険が少ないかもしれないとは一体死神とは何なのだろう?


 僕達は急いで5階へ続く階段に向かった。

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