第46話 乙女技
「フッ……気づき、ましたか……。ハアハア、それは、もう乙女技が使える準備が、整ったと、いうことですよ……ハアハア」
膝をガクガクさせた破魔子がしたり顔で言った。
「乙女技?」
「はい、乙女技とは絢爛乙女の必殺技です。時間が立つにつれ必殺技ゲージが溜まると使えるようになるんです」
「乙女技! かっこいいです!」
「もしかして破魔子が放ったあの技のことですか? 私も使えるのですか?」
「ええ、流星“中紅花”は私の乙女技です。正式にアリエさんは絢爛乙女となったので使えるようになりました。もちろん天女ちゃんも」
「やったあ!」
「……なるほど、ならばあの白霊貴族にも対抗できそうですね」
「当然です。乙女技なら絶対に勝てます」
アリエは目をつぶり自分の身体を隅々まで意識を向ける。
「不思議ですね……。自然とどうすればいいのか理解できます。私とアマメの乙女技で白巫女を倒しましょう」
「はい!」
アリエと天女は一歩踏み出すと白巫女を真正面から見据えた。二人とも言いようのない万能感に強気になっているようだった。それでも楽観はできないと顔は引き締まっていた。
「ちょっと待った!」
「なんですか?」
「なんで私を置いていく感じなんですか!? 私だってまだやれますよ!」
「あなたは一度乙女技を使ったでしょう?」
「一回使ったらそれっきりだなんて言ってませんよ。確かに一度使用すればクールタイムはありますが、乙女技に制限はありません」
「では今のあなたも?」
「ええ、もうビンビンですよ! 力が溢れかえっていますよ!」
体だけ見れば立つのもやっとという程疲労しているのがわかった。それでも強い意志のこもった瞳はハッタリで嘘を言っているのではなかった。そのことをアリエはよく理解できた。
「ではリーダー、指示を」
「はい! 私とアリエさんは乙女技の合体技で白巫女の鎖を全部壊します! 天女ちゃんはさっきより強いやつをズガーンとお見舞いしちゃって!」
『お任せください!」
「合体技……そんな事もできるんですね」
「アリエさん、手を」
破魔子は両手を伸ばし手のひらを上に向けた。アリエはそっと彼女の手に自分の手を重ねる。手のひらを通じて破魔子の力がアリエに流れてきた。陽の氣が全身を巡り、魔力と融和し一体化する。アリエの魔力が自然に左手に集い赤い弓を作り出した。
「これは……」
「私の弓と同じものです。そして矢はこれです」
破魔子の右手にはアリエの剣を少し細くしたような青色の矢が幾本も握られていた。アリエはそれを見て頷くと自分の右手にも同じ剣の矢を出す。
「もういい? エルフィお腹すいちゃった」
「随分と余裕ですね」
「エルフィ、優しいから待ってあげたの。でも、もう我慢できない」
16本の鎖が威嚇するヘビのように立ち上がり白巫女は敵である3人を見据える。一分の隙もない佇まいは熟練の戦士を思わせた。白巫女は驕りも油断もなくただ敵を排除することだけに集中していた。
「泣いても笑ってもこれが最後ですよ、二人とも!」
「ええ、分かっています」
「はい!」
破魔子とアリエは並ぶと弓を構えた。立ち昇る赤と青の清らかな陽の氣が合わさり溶けて一体となる。
「もうお終い。バイバイ」
白巫女がそう言うと、鎖の鞭が一斉に3人に襲いかかった。
「アリエさん!」
「行きますよ! 破魔子!」
二人の全ての力が解放され悪しき魔を討たんと強く清純に研ぎ澄まされていく。完全にシンクロした二人は同時に矢を射った。
「「無尽! “紅桔梗”!!」」
強靭な陽の氣を纏った紫の閃光が煌めく。数百本もの光の矢が一度に放たれた。猛々と迫りくる鎖を紫の矢は押し返し、金属が激しくぶつかる甲高い音が冷たい異界に響き渡る。矢と激突した鎖は僅かにヒビが入った。
「っ!!?」
予想外の反撃に白巫女は驚いたようだった。力は互角。しかし鎖は少しずつ亀裂が生じ欠けて、小さな破片が飛び散る。
白巫女は二人を殺そうと更に劇しく攻めた。獰猛に苛烈に容赦なく鞭を振るう。だが矢を押しのけることができない。鎖は徐々に欠損し白巫女は慌て始めた。それでも矢の勢いは止まらない。
紫の矢が織りなす光の縞は優雅で気高さすら感じさせた。それは白巫女を射貫こうと容赦なく襲いかかった。鎖の亀裂がますます大きくなる。そのうちの一本が完全に破壊された。
「負けないもん!」
強がる白巫女であったが、2本3本と鎖が壊されるにつれどんどん余裕がなくなる。死に物狂いで鞭を打つ。天女の警戒も怠らない。
それでも5本6本7本8本と鎖が壊れれば、冷静さがなくなり視野が狭くなる。このとき白巫女は生まれて初めて死の恐怖を感じた。
「あああああ!」
この状況を打破しようと死に物狂いで鎖をふるい続けるが、矢は尽きることなくまっすぐ自身に向い飛んでくる。10本、11本……
「ハマコ! 決めますよ!」
「合点承知!」
二人は最後とばかりに一気に攻勢をかけた。鎖はあと3本、2本……。そして最後の一本が粉々に砕かれると、守る物がなくなった白巫女に光の矢が突き刺さる。
「……っッ!!!」
白巫女は絶叫し倒れた。両手で分魂匣を抱き寄せるように守る。
天女は白巫女に近づくと、宝物を必死に守る子どものような白き少女を毅然とした眼差で見た。
「白巫女さん、ごめんなさい……」
その顔には憐憫の色が表れていたが、天女は止まることなく拳に神正氣を込めた。右手を引き構える。神々しく輝く金色の光に白巫女は後ずさった。
「い、いや……」
「あなたがもし生まれ変わったら、そのときはお友達になりましょう」
膨大な神正氣が拳に集う。すべての冥氣を浄化するため、天女は上半身をひねり拳を白巫女に叩き込んだ。
「奥義! 金光おきよめパーンチ!!」
爆発した天女の力は異界全体をまばゆく照らした。温かで清らかな氣が冥氣をくまなく浄化する。金色の光はすべてを包み込み天へと登っていった。
「あ、あ……あ……」
白巫女のかすかな断末魔が聞こえると、時が止まったかのような世界に音が戻る。ザーザーと雨が振り空は重い雲に覆われていた。凍てつくような空気はなくなり、むっと生暖かい風が吹く。白巫女のいた場所には一人の若い女性が倒れていた。
「……戻った?」
「ええ、私達の勝利です」
「やったあ! すごい、すごいよ天女ちゃん!」
「破魔子ちゃんとアリエさんもすごかったですよ!」
「そうだね! 私達3人ともすごい!」
「皆さん、お疲れ様でした。本当にすごかったです」
激戦の末の勝利に破魔子と天女と五八千子は喜んでいたが、アリエは一人倒れている若い女性の下へと歩いた。脈を取り呼吸をしているか確かめる。外傷がないかも調べた。
「その人が近藤うるりさんですよね? 生きてますか?」
「ええ、気は失っていますが無事のようです」
「そっか……良かった」
「本当に」
安堵の顔を浮かべる3人よりも、無表情のアリエの方がよほどのことホッとしていた。アリエは破魔子には嘘をつき、近藤うるりを犠牲にしてでも白霊貴族を殺すつもりでいた。戦っている最中もそのことにずっと罪悪感があった。
白巫女を倒せば同時に依代となった人間は死ぬと思っていたが、結果として生きていた。これもすべて天女のおかげだろう。カミヒトに似た力のおかげで冥氣だけを浄化することができた。
「アマメ、ありがとうございます」
「えへへ。私一人ではどうにもなりませんでした。アリエさんと破魔子ちゃんがいたから勝てたんです」
「そう! 私達3人揃えば怖いものなしだよ!」
「信頼できる仲間との共闘がこんなにも心強いとは思いませんでした」
「破魔子ちゃんも天女ちゃんもアリエさんもみんなすごくかっこよかったです」
4人で喜びを分かち合っている様子を冷華は離れたところで見ていた。こんなときどのような顔をすればいいか分からなかった。ただ、いい気分でないことは確かだ。
ふと足元を見ると白い正方形の立方体が落ちていた。冷華はそれをそっと拾い上げた。