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第45話 異変

破魔子は矢をアリエの背中に向け放った。アリエはそれを先程と同じように矢筈に剣の腹を当て、渾身の力で振り抜いた。光線のようなそれは真っすぐ進みもがき苦しんでいる白巫女を捉える。


 超神速の矢は胸を抑えている白巫女の両手ごと分魂匣キューブを貫いた。白巫女は絶叫したまらず背中から勢いよく倒れる。


「アマメ!」


「はい!」


 鎖の鞭が白巫女の手から離れたこの隙に天女は走り一気に距離を縮めた。高く跳躍すると脚に神正氣を集中させた。


「必殺! ダイヤモ……」


 白巫女に飛び蹴りを食らわせようとした天女あまめだったが、伸ばした右足に鎖が絡みつき動きを阻害された。もう一本の鎖が天女の心臓を貫こうと一直線に伸びる。


「天女ちゃん!」


 破魔子はまこは素早く鎖に照準を定め矢を射った。鎖は弾かれ軌道が変わり天女の体をかすめる。ギリギリのところで助かった天女は脚に巻き付く鎖を強引に解いた。倒れている白巫女にもう一度攻撃を加えようとしたが、2本の鎖はまるで意思があるかのように主人を守ろうと威嚇する。


 天女がそれ以上踏み込めずにいると白巫女はゆっくり立ち上がった。肩を大きく上下させ荒い呼吸をしている。俯いていて表情は見えず体全体から殺気が迸っていた。鎖を手に掴むと顔を上げ、鬼の形相で叫ぶ。


「殺す!」


「アマメ、下がりなさい!」


 アリエの言葉に反射的に後方へ飛び退くと、天女の立っていた地面は鞭によって大きく抉れていた。


「殺す! 殺す! 殺す!」


「うわ~……目がイッちゃってますよ」


 ずっと幼さのあった白巫女の顔は今は悪鬼の形相のごとく憤怒に満ちており、理性が吹き飛んだ様はまるで別人のようであった。


「それだけ効いているということですよ。このまま畳み掛けますよ! ハマコは矢をできるだけ射ってください。アマメは鎖に注意し、もう一度懐に飛び込んで白巫女を始末してください!」


「はい!」


「わかりました!」


「あああああああああ!」


 白巫女は半狂乱になって力任せに腕を振るう。鞭を打ち付けると再び鎖は乱舞しアリエ達を襲った。


 より力強さを増した攻撃だったが、それでもアリエは軽やかに捌く。後方から破魔子が弓を引き連射した。アリエがそれに力を乗せ白巫女の分魂匣キューブめがけ放つ。しかし鎖は二人の力が合わさった幾本の矢を全て叩き落とした。


 白巫女は今度は破魔子とアリエも排除すべき敵とみなし二人に意識を割いているようだった。油断も慢心もせず殺意を持って迎え撃とうとした。


「上等」


 アリエは猛烈な鞭をいなし破魔子は矢を出来うる限り射った。二人のコンビネーションは完璧だったが、白巫女も負けじと彼女達の攻撃を防ぐ。激しく打ち合う攻防は一進一退で互角であった。


 破魔子はほんの少しもミスが許されない緊迫した状況の中で、白巫女の攻撃のパターンを解析しつつあった。アリエを参考にして矢の動きを予測がつきにくいように変えていく。軌道を曲線にしたり速さに緩急をつけたり、アリエだけに負担をかけず、分魂匣キューブに届くように工夫をした。するとだんだん拮抗状態が崩れ、白巫女の鞭を押し始めた。


 アリエは急速に成長する破魔子を背中越しに感じ、思わず口の端が釣り上がる。


「ハマコ、一気に攻めますよ!」


「はい!」


 アリエと破魔子はここが勝負どころとばかりに激しく攻勢をかけた。対する白巫女も必死に抵抗する。勢いを増した二人の攻撃であったが、白巫女の死力を尽くした反撃に押し返されまたも五分五分の状態となった。


「……っ!」


 白巫女の猛攻に二人は攻めきれずにいた。それどころか徐々に押し返される。ジリジリと追い詰められるが、しかしここまで白巫女がアリエ達に肉薄できたのは、それだけ二人に集中しているからだった。殺気立った白巫女の目は破魔子とアリエ()()に注がれている。


 天女あまめはこの好機を見逃さなかった。自身から白巫女の意識が外れたのを感じると、ひっそりと気配を消して近づく。打ち乱れる鎖に当たらないギリギリの距離まで行くと、白巫女の側面から思いっきり神正氣を解放した。


「!!?」


 白巫女は突然自分のそばから天敵ともいうべき聖なる力が湧き上がったのを感じて一瞬硬直した。反射的に鞭を向ける。


「近づくな!」


 天女は鎖の鞭をナックルグローブで受け止める。アリエのように華麗に捌く技術のない天女は、鞭の衝撃を手の甲にまともに受けてよろめいた。


「ハマコ!」


「了解!」


 天女によりほんの僅かに出来た隙を見逃さずアリエと破魔子は渾身の力で矢を叩き込んだ。白巫女はハッとし咄嗟に体を丸め、分魂匣キューブをかばう。超神速で放たれた朱い閃光は幾本も白巫女の体に刺さった。


 白巫女が鞭を離し呻いているところにすかさず天女は飛び込む。黄金に輝く右足が白巫女を捉えた。天女の飛び蹴りが炸裂する。



「必殺! ダイヤモンドキーック!」



 天女の足と白巫女の体がぶつかると黄金の光が強く輝いた。金色の柱が天に伸び、凍てついた異界を照らす。温かい光は異界全体に降り注ぎ冥氣を浄化した。破魔子はこの世界の息苦しさや肌を刺すような空気が和らぐのを感じた。


「……やった?」


「いえ、まだです。白巫女は生きています。しかし……」


 白巫女は仰向けに地に伏しピクリとも動かない。衣服はボロボロになりむき出しになった肌は火傷になったように赤く爛れていた。


「うわ~、痛そう……」


「ご、ごめんなさい! 白巫女さん!」


「敵に情は不要です。我々にできることは早く止めを刺して上げることだけです」


 アリエは申し訳なさそうにする天女を諌める。両手に剣を構え虫の息となった白巫女を睨む。天女の様子に彼女に白巫女を殺させるのは酷だと思ったアリエは、自分の手でけりをつけることにした。


 アリエが一歩踏み出すと、おもむろに白巫女は上半身を起こした。ヨロヨロと幽鬼のように立ち上がる。


 アリエの足が止まった。頬に一筋の汗が流れる。目の前の敵はすでに瀕死であり殺すことは造作もないと思われた。だが白巫女から発せられるプレッシャーにアリエは臆した。


「我ハ、悪氣あっきヲ、スベル……者ナリ」


 白巫女の異様な様子に破魔子と天女も身構える。圧はどんどん強くなり、3人は動けなくなった。白巫女が体をブルブルと震わせると胴体から幾本もの鎖が飛び出てきた。それは武器として使っていた鎖よりも太く禍々しい。胸と腹から8本、背中からも8本。16本もの鎖が破魔子達を殺さんとうごめいていた。


「……もしかして、ピンチ?」


「……そのようですね」


 白霊はくりょう貴族の真っ赤な目からは何の感情も読み取れない。焦点が定まらずどこを見ているのかも不明だ。ただその瞳には理性など欠片もないということだけはわかった。白巫女が天を仰いだ。


「邪魔立テ……スル、者ハ、滅スル!」


 白巫女の咆哮と同時に16本もの鎖が荒れ狂う。まるで怒りを発散するかのように自身の異界の中心であるオオキミ山を無秩序に乱れ打った。


「きゃあ!」


「た、退避しますよ!」


 制御不能となった鎖の鞭から逃れようと3人は五八千子いやちこの下へと走る。一本の鎖が彼女たちを襲った。


「ダイナミックパーンチ!」


 天女が二人を守るため鎖を渾身の力で殴りつけたが、その圧倒的な力に押し負け弾かれた。


「あうっ!」


「天女ちゃん!」


「アマメの怪力をものともしませんか……!」


 それでも鎖は僅かにずれ直撃は避けられた。追撃に身構えた3人であったが鎖は大きく垂直に立つと、勢いよく地面を叩きつける。土塊が高く舞う。


「逃げますよ!」


 アリエ達は走ると五八千子いやちこと合流した。少し離れたところに冷華が立っている。


「ど、どうしたのでしょうか?」


「わかりません。手当たり次第暴れているように思えます」


「いきなり8倍だなんて無茶だよお……」


「いえ、8倍どころではありません。一本一本が先程より強くなっています」


「きゃああ!?」


 五人の近くの地面を鎖が打ち付けた。爆発したような衝撃が起こり地面が崩れる。


「五八千子ちゃんは私の背中に乗ってください!」


「は、はい」


「あなたも来なさい!」


「……私のことは放っておいてください」


 アリエは舌打ちをすると無理矢理冷華(れいか)を抱えた。


「な、なにをするのですか!? 無礼者!」


「黙っていなさい!」


 地鳴りがしたかと思えばアリエ達の立っている場所が土砂崩れのように下へ滑っていく。アリエ達は跳躍し、すんでのところで脱出した。


 猛る16本の鎖はまるで子どもが癇癪を起こしたように荒れ狂った。山の地面を叩き削り破壊の限りを尽くす。破魔子達は制御不能に暴れまわる鎖を避けながら、崩れるオオキミ山を必死に走り回った。


「ひゃああ! 山が無くなっちゃうよ!」


 数十秒か数分か。永遠とも思える時間の中で鎖から逃げ続ける。やがて破魔子達の精根が尽き果てる一歩手前で鞭の嵐が収まった。3人はゼエゼエと肩を上下させへたり込みそうになるのをぐっと堪える。


「うわあ~……。もう山じゃなくって丘になっちゃったよ……」


 砂場の山が子どもによって無邪気に破壊されたようなオオキミ山の残骸を見て破魔子は呟いた。300メートルに少し届かないオオキミ山は、鬼神と白巫女の暴走によって今は20メートル程の高さになった。


 土くれが堆く積もった中央で白巫女は腕をだらんと垂らし恍惚とした表情で立っている。正気に返ったのか、元の子どものような無邪気な瞳にもどっていた。白巫女は破魔子達の方を向くと純真さと獰猛さが混ざった笑みを浮かべる。


「うふ。エルフィまた強くなっちゃった」


 体から伸びる鎖を愛おしそうに撫でるとそう言った。対する破魔子、アリエ、天女の3人はすでに体力の限界だった。しかし3人に絶望の色はない。アリエが呟いた。


「おかしいですね。体はもう限界のはずなのになぜだか全身から力が湧いてくるようですよ」


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