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第42話 鬼神②

 濁流のように激烈な陽の氣が艶鬼えんきの金棒に集う。白巫女は今までで一番のご馳走を食べ湯悦に浸っていたが、その凄まじいプレッシャーを感じてとっさに気を引き締めると鞭を鬼神に打ち付けた。しかし鬼神は肉が裂け骨が折れてもびくとも動かず、目の前の不届き者を睨めつける。


「消えろ! クズが!!」


 艶鬼は金棒を大上段に構えると白巫女に叩きつけた。神の怒りの一撃は少女ごと地面を吹き飛ばし大爆発を起こす。艶鬼を起点にオオキミ山が半分ほど消し飛んだ。山は異界化したことで大分頑丈になっていたが、怒りに狂った鬼神の前では滑石かっせきのように粉々に塵となった。


「きゃあ!?」


 突然の爆発に天女あまめは地に伏した破魔子はまこ五八千子いやちこを咄嗟にかばい自身が盾となった。アリエと冷華れいかも助けたかったがそこまで手が回らなかった。


 隕石が落ちたかのような衝撃に山の破片は宙に高く上った。舞い上がった土は弧を描くように落ちると、その場にいた全員に覆いかぶさり体を埋める。


 鬼神は脱力感を覚えながら白巫女の気配を辿った。致命傷は負ったはずだが周囲はまだ異界化したままである。白巫女のテリトリーである異界がまだ崩壊していないのであれば生きているということだ。


「隠れおったか。小賢しい」


 艶鬼えんきは白巫女を見つけるのは時間がかかると判断した。現世に留まっていられる時間はあと少しだが、あの不届き者を殺さずには帰れない。鬼神は冷華の位置を探った。自分の眷属であるのでこちらはすぐに見つかった。


 傲然と大股に歩くと数十メートルほど進んだところで止まる。土の中に手を突っ込むと埋まっていた冷華を乱暴に引っこ抜いた。


「う……あ……」


 艶鬼に持ち上げられた冷華は苦しそうに呻きを上げ憔悴しきっていた。力が入らないようで腕も足もダランと垂れ下がっている。鬼の王を召喚するのはそれ程までに負荷がかかるのだった。


「おい! お前が不甲斐ないせいであのような小娘にここまで追い詰められたぞ」


「も、もうしわけ、ありま、せん……」


「責任を取れ」


「せ、せきにん?」


 冷酷な鬼神の瞳に冷華の全身が粟立あわだつ。


「お前はにえだ。血の一滴まで儂に捧げよ」


 冷華は青ざめた。艶鬼は自分の命を喰らおうとしている。白巫女との決着をつけるために鬼神の人柱である自身を食べようとしているのだ。


「お、お待ち下さい。今、艶鬼様の人柱はたけ一族の中で私だけでございます。ここで私の命を絶ったら、誰も艶鬼様を現世にお呼びする者がいなくなってしまいます」


「そんなことは分かっておる。だが儂は我慢が嫌いだ」


「お、お願いします。後生ですからそれだけはお止めください」


たけの巫女としての責務を果たせ」


「お願いします、艶鬼様! どうかそれだけは勘弁してください! お願いします!」


 冷華の必死の懇願も虚しく艶鬼は大きく口を開けた。鋭い牙が冷華を捕食しようとギラリと光った。


「い、嫌……死にたくない……」


 冷華は逃れようと手足をバタつかせるが、鬼神の怪力の前にはなんの意味もなさなかった。眼前に迫りくる大きな口に冷華はぎゅっと目を瞑った。


「やー!」


 艶鬼が冷華を頭から丸ごとかぶり付こうとしたとき、腕に鈍い衝撃を感じた。金色の髪の少女が掛け声とともに冷華を持った右腕を蹴り上げたのだった。


「……なんじゃあ、小娘? 邪魔をするなら殺すぞ?」


「冷華さんを離してください! 人間さんを食べるなんてダメですよ!」


「黙れ。妖かし風情が儂に指図をするな」


 艶鬼は金棒を振り上げると天女あまめに振り下ろした。しかしグシャッといつも手に伝わる感触がない。


「お?」


 羽虫のような弱小の妖怪を潰したつもりだったが、小娘程度と侮った妖かしは自慢の金棒を両手で受け止め耐えていた。艶鬼は小突いた程度の力しかかけていなかったが、それでも並大抵の妖怪ならば即死する。


「存外にやるのう」


 鬼神はジリジリと力を入れ押しつぶそうとする。天女あまめは必死に堪えるが、彼我の力の差は歴然としていた。『怪力無双』というスキルを持っていてもまるで歯が立たない。膝を地面に付き押しつぶされそうになる。


「うっ……」


 天女がもうダメだと思った瞬間、フッと腕が軽くなった。同時に腹部に強烈な衝撃が貫く。息ができない衝撃に目が一瞬真っ白になった。


「……っ!?」


 艶鬼えんきの蹴りがまともに入り天女の体は後方にすっ飛ばされた。ボールのように軽やかに弧を描き飛んでいく。このままではオオキミ山から落ちてしまうというところで、何かの影がギリギリ天女を捕らえた。


「大丈夫ですか、アマメ?」


「ア、リエ……さん?」


 土だらけになりボロボロのアリエが天女を支えていた。


「……無事、だったんですね。良かったです」


「人の心配をしている場合ですか……。爆発で目が覚めましたよ」


 弱々しい表情で天女は精一杯微笑んだ。アリエが呆れたように呟く。


「それよりも……破魔子はまこは?」


 アリエは数十メートル先の掘り起こされた地面に横たわっている破魔子を見た。傍らには五八千子いやちこが介抱をしている。


「気を失ってますけど、多分命の危険はないと思います」


「そうですか」


 アリエの心中は安堵の気持ちとバツの悪さがないまぜになっていた。彼女がああなっているのは自分の所為だという罪悪感があった。


「……あれは一体何ですか?」


 アリエは忌まわしい雰囲気の中にも荘厳さを秘めた何かを見た。その何かは自分たちを一瞥してたが興味がないようで、片手に持っている冷華に視線を移していた。


「冷華さんのお家で祀っている神様みたいです。白い女の子はあの人にやられちゃいました。まだ生きているみたいですけど」


「それで、あなたはなぜあの神に向かっていったのですか?」


 アリエとしては白巫女を倒してくれるのであれば、それが何であろうと構わなかった。確かにあの神はいいモノではないが、アリエの優先順位は悪氣あっきの王になろうとしている白霊はくりょう貴族を確実に殺すことだ。


 辺りの冥氣めいきは薄くなったとは言え、依然として禍々しく漂っている。得体のしれない白霊貴族にトドメを指してくれるのならば邪魔をする理由がない。


「鬼神さんは冷華さんを食べようとしてるんです。理由は分かりませんがそんなの絶対ダメですよ!」


「……人柱にするつもりではありませんか?」


 アリエは鬼神の体が薄くなっていることに気がついた。思い出すのはアリエの世界にいる邪神だ。アロン教の邪神は人柱を用いないとこの世界に干渉できない。神の中には人を依り代にしないとこの世に顕現できないモノもいる。アリエは目の前の神もその類だろうと推察した。


「理由はどうだっていいんです。早く止めないと……!」


 立ち上がろうとする天女あまめをアリエはぎゅっと掴み離さなかった。


「アマメ、いいですか。現状では私達が白巫女を倒す術はありません。白巫女をここで殺さないと必ずこの世界に大厄をもたらします。ですから白巫女はあの神に任せましょう。あの人には悪いですが彼女が犠牲になれば、多くの人々が助かります。あなたには辛いでしょうがここは我慢してください」


「そんなのダメですよ!」


「アマメ、耐えてください」


「だって冷華さん、死にたくないって言ってたんですよ!」


「どうにもならないことはあります」


「わ、私の目指す完璧な美少女は誰も見捨てないんです! 見捨ててはいけないんです!」


「アマメ、私の言う事を聞いて下さい」


 鬼神は再び大口を開けて冷華を喰らおうとしていた。


「私、行きます!」


 天女は力ずくでアリエの拘束を解くと鬼神に向かい一直線に走る。手負いのアリエには天女の怪力を抑えることはできなかった。白巫女から受けた腹部のダメージは大きく、天女を追いかける力ももはや残っていない。


「アマメ!」


 天女は鬼神に迫りもう一度、腕を蹴り上げようとした。だが足にはいわおのような硬い感触はなく空を切った。


「馬鹿め。見逃してやったというのに。2度はないぞ、小娘」


 天女の蹴りを軽やかに避けた鬼神は金棒を構えると、横薙ぎに彼女の脇腹へと叩きつけた。殺意のこもった一撃が天女に直撃する。本来の力を僅かにしか出せない今の艶鬼でも、全力で攻撃すれば天女の体を粉々にして原型を留めることを許さなかっただろう。


 しかし天女は自分の背丈より大きい金棒を腕でガードして耐えてみせた。


 取るに足らない妖かしだと思っていた小娘が自身の攻撃を防いだ。予想外のことに鬼神は驚き、また屈辱を覚えた。


「貴様!」


 短気で直情的な艶鬼えんきは後先のことは考えず、天女を殺すことだけしか頭になかった。金棒を高く上げると天女あまめの頭めがけ振り下ろす。


「アマメ! 逃げなさい!」


 後方から叫ぶようなアリエの声が聞こえたが天女は動かなかった。


「にげ、ません!!」


「死ね」


 艶鬼の金棒が目前まで迫っていた。凄まじい圧迫感に身が竦む思いだった。それでも逃げるわけにはいかない。


 自分の目指す完璧な美少女は決して弱者や困っている人を見捨てない。それが生来の“とんでもない美少女”という妖怪の特性であり天女の本質だ。


 自身の志を達成するにはどうしても力がいる。天女なりにどうすればいいか、いつも考えていた。そして初めて破魔子が絢爛乙女に変身したのを見たとき、カチリと何かが自分の中で嵌まった。これこそが理想であると。


 だから天女は逃げなかった。水晶に認めてもらうには本気を見せなければならない。今にも倒れそうになるが足に力を入れ踏ん張る。絶対に冷華を助けると手を握りしめ、金棒に拳を突き出した。


 両者が激突する瞬間、天女の熱い思いに呼応するかのように水晶がまばゆく光った。

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