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第38話 奈落④

「ぐっ……がはっ……!?」


 那蛾なぎさんの頭をかち割ろうとしていた自衛隊風の亡者が、斧を半ばまで振り下ろしたところで急に苦しみだした。手に持った大斧を落として両膝をつくと、胸を抑えヒューヒューと荒い呼吸をしている。教室の中にいた他の亡者も全員同様に胸を抑え、うまく息ができていないようだった。


 那蛾さんが何かをした様子は全く無かったが、これが彼女の仕業であることは間違いなかった。


「なにを……しやがった……!?」


「うふふ。さあ、なんだと思います?」


「ふざ……けるな……!」


 懸命に威嚇をする男であったが、苦しみでうまく動けないようで那蛾なぎさんを睨むことしかできていない。対する彼女は悠々と妖艶な笑みを浮かべている。


「あなたには色々と聞きたいことがありますからねえ。これ以上苦しみたくなかったら大人しく言うこと聞いて下さいね」


「なめ、るなよ!」


 斧を拾い気合で立ち上がった男は、痙攣する筋肉を無理矢理動かして那蛾さんに襲いかかろうとした。しかし斧を大きく振りかぶったところで男は硬直した。夥しい量の汗が全身から吹き出し、顔は苦痛に歪んでいる。


「あらあら、ダメですよ。そんなに激しく動いては。潰れてしまいますよ」


 男の右の顔面には大きな水ぶくれのような物が一つできていた。ふつふつと小さな水疱すいほうが湧き出たかと思えば、それらは急激に成長して男の顔の半分を埋め尽くした。更にそれは顔だけでなく全身に広がり、自衛隊風の亡者の体は水疱だらけになった。この水ぶくれが痛むのか男はぴくりとも動かなかった。


「うふふ。痛みますかあ?」


「なに、を……した?」


「ちょっとこの教室に肺炎を起こす細菌を撒いたんです。それからあなたにはおも~い皮膚病になっていただきました」


「ばか、な……。おれたち、は……しんで、いるんだ……ぞ……」


「あらあら、まさか亡者は病にかからないと思っているんですか? それは、大きな誤解というものですよお」


 那蛾なぎさんはクスクスと可笑しそうにしていた。細菌をばら撒くとか、なんかサラッととんでもないことをしているけど、僕達に害はないよね? 今のところ何ともないが。


「まずはこの校舎について聞きましょうか。一体ここは何階まであるんですか? どれほど亡者がいるのでしょう?」


「こた、える……気は、ない……」


「うふふ。ご自分の立場が分かっていないようですね? では、失礼して……はいプッツン♪」


 那蛾さんはどこから出したのか、右手に針をつまんでいた。それを男の腕にできた水疱に刺す。水疱は水風船のように勢いよく割れ、男は絶叫した。あまりに大きな声で叫ぶのでみんな驚いていた。見た目はそんなに痛そうに見えないんだけど、過剰に痛がっている気がする。


「どうですか? 痛むでしょう? うふふ。皮膚病に加え、痛覚をマシマシにさせる呪術も施しましたから。そんな水ぶくれを刺されただけでも、目玉を潰されたほどの痛みがあるはずですよ」


 男は再び地面に膝をつく。肺炎でろくに呼吸もできないのでかなり苦しそうだ。もう顔が塗炭とたんの苦しみってほど辛そうで、見ているこっちも痛くなる。


「はい、もう一つ」


 今度は額にある水疱を刺した。男はもう一度叫ぶと仰向けに倒れ、のたうち回った。しかし体を激しく床に擦り付けたせいでいくつかの水疱が破れたのか、もう全く人の声とは思えない音を発して咆哮していた。もがくこともできず、その場でただ叫ぶしかできない様は、目を背けたくなるほど酷かった。


 他の亡者達は那蛾さんからできるだけ距離を取って、壁に張り付いていた。彼らも呼吸がろくにできないので苦しそうであったが、体の痛みより那蛾なぎさんへの恐怖が勝っているようだった。その気持はよく分かるよ。だってこれ普通に拷問だもん。


「うふふ。安心してください。ちゃんと殺さないように加減していますから、た~っぷり、苦しめますよ? じゃあ、もう一ついっておきましょうか?」


「ま、まて……! はな……す、話すから……」


「あら、嬉しい。やっと分かってくれましたか」


 自衛隊の亡者は陥落した。涙目になって那蛾さんに懇願している。動くと痛むせいか仰向けに倒れたままだが。


「では、話しやすいように肺炎だけは治してあげましょう」


 那蛾さんは男に手をかざした。そしてしばらくすると荒かった男の呼吸が整ってきた。体を起こす余裕もできたようで、上半身をゆっくり立てる。顔は苦痛と恐怖で歪み、獰猛な雰囲気は全くなくなって、完全に降伏した小動物のようであった。


「この校舎について詳しく教えて下さい。それぞれの階はどうなっているのでしょう? 簡潔に答えてくださいね」


「……こ、この校舎は6階建てだ。1階には救済室があるが、それ以外は分からねえ。2階は罪が1つか2つの亡者がいる教室がある。3階は3つか4つ。4階は5つか6つ。5階は7つ以上の罪がある亡者がいる。数はよく分からねえ。ただ、俺が来た当初より教室の数が増えて、校舎がデカくなっている気がする……」


「なるほど。罪人が外から来る人数のほうが、救済室に行く亡者より多いということでしょうか? それで少しずつ拡張しているのでしょう。6階には何があるんですか?」


「6階は……6階は……」


「6階は?」


 自衛隊の亡者は何かを思い出したのか、ブルブルと体を震わせた。顔は青みを増し思い出すのを拒絶するかのように頭を振った。少ししてから男は口を開いた。


「6階には化け物がいる……」


「化け物?」


「そうだ……化け物がいる」


「もう少し詳しくお願いします」


「俺にもよく分からねえ。ただ6階には化け物達がいて、たまに俺達もうじゃさらいに下に降りてくる。化け物に捕まると6階へ連れ去られる……」


「その化け物は何なのでしょうか? 6階には何があるのでしょう?」


「分からねえ……本当に分からねえんだ。ただ化け物は屋上の番人とも言われている。屋上には()()があり、そこへ行くと未来永劫、この地獄で苦しみ続けることになる……」


 絶望……


 彼の言う絶望が概念的な物なのか、“堕ちた神”の核である“絶望”であるのか判断がつかないが、可能性はある。この男の話が本当だとすれば上に行くほど、亡者が強くなり更に最上階には男が怯えるほどの化け物がいる。これは上へ近づけさせないような奈落のシステムのようにも思える。“絶望”は奈落の最奥にいるらしいので距離的にも屋上が怪しいぞ。


「なるほど……。では次は強襲について教えて下さい」


「きょ、強襲は上の階の亡者と下の階の亡者を争わせるものだ。頻度は今までは2日に一度くらいだったが、最近は多い日で1日2回ある……。一度の強襲で殺せる回数と殺される回数は合わせて一回と決まっている」


「あなたは先程、罪が多いほど強くなると言いました。そうであれば強襲は下の階が不利になるようですが、2ここより下はありませんよね? この階ではどのようにして1階に行くために罪を押し付けているんですか? 教室内で殺し合いは行われていないようですが、さっきの彼女のように裏切るしか方法がないように思えるのですが? もしくは私達新入生を狙い撃ちですか?」


「同じ教室内では決闘というルールがある。ただこれは奈落のルールではなく、亡者達が独自に決めた規則だ。俺が来たときからあったが、これは教室内の秩序を守るためだ。秩序がないとずっと殺し合うことになるからな……。強襲のときも同じ階同士の亡者は殺し合わないという決まりがあるが、奈落のルールじゃねえから毎回何人か裏切り者が出る。新入生はボーナスだと思ってる」


「なるほど。決闘のルールについて詳しくお願いします」


「け、決闘は同じ数の罪を持った亡者同士で行われる。双方の同意が必要で無理強いすることはできず、罪が2つの者が1つの者を襲うことはできない。これらのルールは上の階でも同じだが、罪が多くなるほど理性も失われていくから、上の階に行くほど守られていない」


 まあ、そうなるよな。罪の数=強さだとすれば、多い者が少ない者を殺すのは簡単だ。ただそれをやっちゃうと罪の数が逆転し、力関係も変わってしまう。そうなると延々と殺し合わなくっちゃならないから、同じ教室内や階であれば、罪の数が同じ者同士しか戦えないというルールは必要であろう。


「奈落の大まかなルールは分かったが、一つ疑問がある。あいつはなぜこの階にいるのだ?」


 鷹司たかし君が指し示したのはおさげの女の子だった。彼に睨まれた女の子はビクリと肩を震わせた。


 でも、確かに鷹司君の言う通り考えてみれば計算が合わない。彼女は僕達が来たときすでに一度殺されていた。机の上に横たわって胸に刺さった包丁から鮮やかな血が流れていたのは、ついさっきの出来事だ。その後、強襲で裏切り者の昭和のお姉さんに背中を刺されたのを眼の前で見ている。


 彼女が元々持っていた罪と合わせると3つであるから3階に行っていなくてはおかしい。


「う、裏門から来たやつはなぜだか分からないが罪が(ゼロ)なんだ……」


「そう言えば表門だの裏門だの言っていたな。詳しく教えろ」


「俺もよく知らねえ……。表門から来る亡者と裏門から来る亡者の違いは罪があるか、無いかだけだ。ただ裏門から来る新入生のほうが多い気がする」


「救済室とやらには何がある?」


「きゅ、救済室に行くと文字通り、この地獄から救済される。俺達はここから抜け出したくてみんな救済室を目指しているんだ。救済室は俺達の()()なんだ。だから俺達は罪を全てそそぐために殺し合っているんだ」


 彼らのいう罪を雪ぐとは誰かを殺し、己の罪を擦り付けることだ。果たして、そんなごうの先に希望などが待っているのであろうか?


「……聞きたいことは大方聞いたか。貴様ら全員に問う。こいつが話したことは事実か? より詳しく説明できるやつはいるか? 嘘をつけば酷いぞ」


 鷹司君は教室にいる全ての亡者に対して言った。彼に睨まれた亡者達は必死になって首を振る。どうやら彼らの知識も自衛隊風の亡者と同じみたいだ。


「ありがとう、那蛾なぎさん」


「うふふ、お役に立てたようで光栄です。それで、いかがなさいますか?」


「屋上を目指すよ。どうにも怪しいからね」


 やっぱりこの奈落にはどうにも上へ行かせまいとする意志が働いているように思える。屋上になにか秘密があるのか、“絶望”がただ隠れているだけなのか不明だが、いずれにせよ確認する必要はあるだろう。ただ――


「1階も怪しいですよねえ?」


「自らの罪を他者に押し付けその方法が殺人など、償うどころか更に罪を重ねているだけです。これで救済されるなどあり得ません」


「下へ下へと亡者共を誘導しているようにも思えるな?」


 そうなのだ。鷹司君の言う通り上へ行かせないのではなく、下へ行くように仕向けているとも考えられる。正直どちらも怪しいから救済室も調べる必要があるが、元から罪のない僕達がどうやってそこへ行けるかわからない。一応、方法は思いつくんだけど、ちょっとリスクが高い。


「俺が救済室に行こう。お前達3人は屋上を目指せ」


 じっと考え込んでいる僕を見て鷹司君が言った。

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