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第37話 奈落③

 強襲の時間という校内アナウンスが流れると、「し」組は騒然とした。慌てながら教室内にあった机や椅子を前と後ろ二箇所のドアの前に積み始める。事情のわからない僕達は結界内で警戒しながらその様子を眺めていた。


「急げ! 前の奴は早く準備しろ!」


「新入り! お前は前だ!」


「は、はい……」


 おさげの女の子は言われるがままに机と椅子で作ったバリケードの前に行った。この教室の半分くらいの亡者がバリケードを支えている。


「あの、これから何が起こるんですか?」


 僕は近くの昭和のお姉さんに聞いた。


「うるさい!」


 お姉さんは僕の話を聞かずさっさと後陣についた。もう半分の亡者はバリケードを支えている前陣の後ろに武器を構えて立っている。


 彼らの様子とさっきのアナウンスの内容から察するに、恐らく3階の亡者が攻めてくるのだろう。理由はわからないが。


「皆、分かってると思うけど裏切りはご法度だよ。特に罪があと一つの者はね」


 エンジニアっぽい男の言葉に亡者達は頷いた。今の彼らは僕達にかまっている余裕はなさそうだ。僕はこれ幸いにと後ろの方に移動した。だって巻き込まれたくないじゃない。


「なんだか大変なことが起こりそうですねえ」


「隙だらけだな。後ろからやってしまうか?」


「今は様子を見るべきでしょう。彼ら程度ならいつでもどうとでもなりますから」


「しっ! 来るよ」


 階上で雄叫びが聞こえたかと思うと、地響きが鳴った。階段を集団で駆け下りてくる音が聞こえる。


「来たぞ!」


 廊下に怒号がとびかうと、大人数の走る音が聞こえてきた。それと同時に僕達の教室のドアが勝手に開く。隣の教室で激しい音と悲鳴が上がった。続いてこの教室にも血走った亡者達が群がり、バリケードを壊そうと突進してきた。


「殺せー!」


「耐えろ!」


 前陣は必死になって机を抑えている。後陣はそれぞれの武器で侵入者に攻撃していた。だが外の亡者は自身が傷つくこともお構いなしに教室になだれ込もうとしている。亡者の一人が思い切りバリケードを蹴り上げると、一気に決壊した。


「うわ!」


「殺せ!」


 外の人達は力が強いようでバリケードをいとも容易く破った。侵入者の一人は机を支えていた中年の男の首元にナイフを刺した。男はその場に倒れピクリとも動かなくなった。


「よっしゃ! これで俺も二階の仲間入りだ!」


 一人殺されたのを皮切りに、隊列を組んでいた「し」組の面々は蜘蛛の子を散らすように教室のあちこちに散開した。侵入者が次々と入ってくる。悲鳴があちこちから聞こえ、侵入者は逃げ惑うクラスメイトを襲った。どんどん入って来る侵入者に彼らは為すすべもないようだ。


 目を背けたくなるような殺人が教室中で行われていた。なぜ亡者同士で殺しあっているのだろう。僕は唖然として見ているしかできなかった。


 必死に抵抗する者もいれば、教室から飛び出し逃げ出す者もいる。リーダー格の男は頭を斧でかち割られ即死した。脳髄と夥しい血が床に散乱する。僕の結界をハンマーで叩いていたギャングのような男は全身を殴打され殺された。驚いたことに彼の体はその場に留まらず、薄くなったかと思えば消えてしまった。


 学校中から聞こえる殺戮の音は、その規模から考えて数千という数の亡者達が争っているように思われた。阿鼻叫喚、まさに地獄絵図だ。


「おぞましいな」


「はあ、あまりいい光景ではないですね」


 彼らもこの惨状に苦々しい顔をしていた。ふと、僕の結界を誰かが叩いた。


「い、入れて……!」


 おさげの女の子が涙目で懇願していた。包丁で胸を刺されていた子だ。僕は彼女が罪人ということを一瞬忘れ、あまりにも哀れなので無害そうな彼女を助けて上げたくなった。


「野丸さん、ダメですよ」


 そんな僕の心情を察してか千代さんが声を上げた。彼女は僕の腕を掴み、意志の強そうな瞳でじっと見つめた。


「……うん、そうだね。ごめん」


 千代さんが止めてくれなければ、情に流されて皆を危険にさらすとこだった。


「お願い! 入れて! うっ……!」


 バンバンと結界を叩いていた女の子であったが、うめき声を上げズルズルと地に伏した。背中には包丁が刺さっている。彼女の背後には昭和のお姉さんが立っていた。


「あは♪」


 その顔は歓喜と興奮で紅潮していた。震える手は喜びによるものだろうか。なぜ古めのお姉さんは同じ教室のおさげの彼女を殺したのだろう。裏切りはご法度だと言っていたが……。


 何かを成し遂げた達成感を感じているようなお姉さんの体に異変が起きた。天井から光が彼女を包み込む。雲間から差し込む光芒のようなそれは彼女を祝福しているようにも見える。


 光を纏った昭和のお姉さんを周りの亡者達は憎々しげに見ている。だが見ているだけで彼女を攻撃する者は誰もいなかった。


「何が起きているのでしょうか?」


「わけがわからんな」


「殺せ~!」


 侵入者が僕達に気がついた。数人の男たちが一斉に向かってくる。武器で結界を破壊しようとしたが、こちらの結界はそんなことではびくともしない。


「ああ!? なんだこりゃ!」


 侵入者達は何度か結界を壊そうと試みたが、無駄だと分かると暴言を吐いて他の逃げた亡者を追いかけた。生きている亡者達は全員教室から逃げたようで、この場には死体と殺害に成功した亡者しか残っていなかった。


 しばらくするとまた学校のチャイムが鳴った。


 ――本日の強襲の時間は終了です。速やかに教室に戻ってください。繰り返します……――


 アナウンスが流れると学校中に溢れていた悲鳴や怒号が消えた。廊下から移動する大勢の足音が聞こえる。ドアから生き残った亡者が満身創痍で戻ってきた。


 わからないことだらけだが、今の状況を整理するといくつかの発見した。


 まず殺された者は、死体がその場に留まっているパターンと体が消えるパターンがあった。殺した者はこの教室に留まっている者と上の階に帰った者、そして天井から降りた光を纏っている者がいた。最後のパターンはこの教室では昭和のお姉さんしかいない。


 ――おめでとうございます。贖罪しょくざいを果たした方は一階、救済室までお越しください。繰り返します……――


 またアナウンスが流れた。


「ああ……ああ……! やっと……」


 昭和のお姉さんは涙を流し手を組んで天に祈りを捧げていた。もう止めどもなく涙が溢れている。しばらく祈ってから教室を出ていった。他の亡者達はそんなお姉さんを憎むように羨むように見ていた。


「贖罪を果たすか……」


「救済室? あの立入禁止の先にあるのかな?」


「どうやら特定の条件を満たした場合に通れるようですね」


「あの方はどうなるのでしょうかねえ?」


「彼女はこの地獄から解放される資格を手に入れたんだよ。裏切りによってね」


 吐き捨てるように言ったのは、いつの間にか復活したエンジニアっぽいリーダー格の亡者だ。頭がきれいに割られていたはずだが元に戻っている。他の殺された亡者達もムクムクと起き上がった。皆、顔が真っ青で震えている。


 おさげの女の子は口を抑え、えずいて泣いていた。その姿をみて心が痛んだ。痛かっただろうな……。


「どういうことだ? いい加減説明しろ」


「そっちこそいい加減そこから出て、僕達に殺されてみたらどうだい?」


 男は苛立った口調で言った。鷹司たかし君は前に出た。結界越しに二人は向き合った。


「まあ、落ち着けよ」


 リーダー格の男の背後から一人の亡者が現れた。背が高く筋肉隆々で自衛隊服を着ている。角刈りに鋭い目つき、人を見下したように薄ら笑いを浮かべている風貌はいかにも悪人顔だ。自衛隊の亡者は男の肩に馴れ馴れしく手を置いた。男は苦苦しい顔をしている。


「君は……」


 確かこの亡者はリーダーの頭をかち割った人だ。彼は上の階には戻らずこの教室に留まっている。教室を見渡せば半分くらいの人達が入れ替わっていた。


「こいつら新入りなんだろ? 不思議な力を使うみたいじゃねえか。見てたが随分と硬えな? そんな力があるなんて羨ましいぜ」


 部屋中の亡者が一斉に僕達を睨んだ。あの惨状の中、安全圏で突っ立っていた僕達にヘイトが集まっているようだ。


「だがいつまでもそん中にいることはできねえ。なんたってここにいる以上、罪を償わなきゃならねえからな」


「償うとはさっきの殺し合いのことか?」


「そうだ」


「……説明してもらえますか?」


「ああ、いいぜ」


 意外にもすんなりと教えてくれるみたいで拍子抜けした。リーダーのように出てこいの一辺倒ではないが、果たして本当のことを話してくれるだろうか。


「まず、この奈落は生前罪を犯した罪人の魂に罰を与え、罪を償わせるための場所だ」


 ジンカイさんも元々奈落はそのような場所だと言っていた。その後、“絶望”が自身の復活のため改変したという話だった。


「罰とはさっきの殺し合いのことか」


「いいや、違う。罰とは俺達の中にある()()()の記憶のことだ。生前俺達が殺した人間の記憶がそっくりそのまま俺達の記憶として写されているのさ。お前達の中にもあるだろう? お前達が殺した奴のもがき苦しみ恐怖にまみれた体験が! 苦痛や絶望が! まるでついさっき遭ったかのように生々しい経験としてお前達の体中に染み付いているだろう!」


 当然僕達の中にそのような記憶はない。自衛隊風の男は僕達がその記憶に苦しんでいるだろうと想像しているのか、愉快そうにいやらしい笑みを浮かべた。


「なるほどな。お前達に殺された被害者が味わった痛みがそのまま返っているわけか。自業自得だな」


「随分と他人事だな? お前は何も感じないのか?」


「感じないな」


「はっ! こりゃ結構な逸材だぜ! 殺された記憶を持っても何とも思わないんだからな!」


 罰の理屈は納得できるものだった。要は彼らが生前与えた被害者の苦しみを追体験させられているわけだ。それはこの奈落の性質を考えれば理解できるものだが、ではあの殺し合いは何だったんだろう? 罪の償いとは全く関係なさそうだが。


「まあだが、お前らまだ一つだろう? だからそんな余裕ぶっこいていられるのさ」


「どういうことだ?」


 鷹司君の問いに自衛隊風の男が邪悪な笑みを浮かべる。


「罪を償う方法はこの忌まわしき記憶を誰かに押し付けることだ」


「……まさか」


「そうだ、別の亡者を殺すことで罪が一つなくなる。罪がすべて無くなった者は一階への許可を与えられ救済されるのさ。当然殺された亡者は罪が一つ増える。俺達はここで罪をそそぐために殺し合っているんだよ」


 殺し合いによる罪のなすり付け合い。おぞましいと思うと同時に納得もした。“絶望”は亡者を使って陰の氣を集めているとのことだった。陰の氣は人の負の感情と親和性が高いので、殺意や恐怖を生み出すこのシステムは合理的なように思える。殺す側、殺される側、どちらの感情も陰の氣の生産にはうってつけだろう。


「だからお前らもこの地獄から抜け出したくば、誰かを殺さなきゃならない。そんなとこに籠もってちゃあ、いつまでも救済はされないぞ。そういうわけだ。さっさと出てきて殺り合おうぜ」


「一ついいですか? さっきそこの彼は2階は一人か二人殺した亡者が配属されると言いました。では3階はそれ以上の罪を犯すと配属されるのですか?」


「そうだ。3階は3つか4つ罪を持った者達がいる」


「では殺されて体が消えた人達は3階へ行ったということですか?」


「よく見てんな。まあ、そういうことだ。だから兄ちゃんたちは一度殺されても上に行くことはないぜ」


 これで合点がいった。少なくても目の前で起きたことに関しては。消えた遺体は元から罪が2つあって、押し付けられた結果3になり自動的に3階へと行ったのだ。残っていたリーダーなどの死骸は罪が一つだったため、この教室に留まったというわけだ。


 殺した側も同様で、罪が3つのものは2になり2階に滞在する権利を得た。逆に4つのものは3つになっても条件を満たしていないので3階へと帰った。昭和のお姉さんは0になったので一階へ行き救済されるというわけか。


 そういえば今気がついたけど、先程の強襲ではみんな一人しか殺していなかったような気がする。殺された人もチャイムが鳴ってから復活している。もしかして一回の強襲につき一度しか殺すことも殺されることもできないのではないか。


「次に強襲についてなんですが……」


「おいおい、流石にこれ以上は言えねえよ。こっちはもうお前らを殺したくてウズウズしてるんだ。後は殺されりゃあ自動的に理解できる。もういい加減出てこいよ」


 ギラつき目は殺る気満々だ。自衛隊風の男はエンジニアっぽい亡者の頭をかち割った大きな斧を持って威嚇している。もうこれ以上この人から聞き出すことは無理か。もうやるしかないんだろうな。僕は鷹司君を見た。彼は了解したとばかりに頷いた。


 年下の彼に任せるのは年長者として頼りない気もするが、こういった荒事は彼の方が得意だろう。亡者を力ずくでねじ伏せることは僕でもできるが、その後の尋問とかできないし。ジンカイさんからも僕の力は“絶望”に気づかれやすいので、ジンカイさんの加護があってもできるだけ使わないほうがいいと言われたし。何事も適材適所ということでここは鷹司君に任せよう。


「あのう、私にやらせてもらえませんか?」


 鷹司君はやる気満々だったし、僕も彼にお願いする気でいたが、呪須津那蛾じゅずつなぎさんが待ったをかけた。


「なんだ、呪須津那蛾? ここは俺がやる。お前は大人しくしていろ」


「でも、こういうのってこの中で私が一番得意な気がするんです」


「俺では無理だというのか?」


「いえいえ、そんなことありません。ただ死者って意外に口が硬いんですよお。何度も殺し合いを経験した歴戦の亡者なら尚更です。でも私ならうま~く口を割らせられると思うんですよお」


 那蛾なぎさんは流し目で言った。その目は妖艶であるが同時に狂気も孕んでいてちょっと怖い。


「……ならばやってみろ」


 案外簡単に鷹司君は那蛾さんに出番を譲った。意外だな。彼は主導権を握りたがる出しゃばりだと思っていたのに。彼も強がっているが本当はこういうことが苦手なのか、それとも呪須津じゅずつ家の力を見てみたいのか。多分後者な気がする。鷹司君は横柄であるが、卑怯者でも臆病者でもないから。


「ありがとうございます。うふふ。皆さんのご期待に添えるように頑張ります」


 鷹司君は一歩引き那蛾なぎさんが前に出ると、自衛隊風の亡者と向かい合った。僕は結界の一部を解除して那蛾さんが出られるように入口を作った。


「おいおい! お嬢ちゃん一人でやるのかよ! まとめてかかってこいよ! なあ! 野郎が二人もいて情けねえ! お前らキンタマついてるのか!?」


「お気になさらず。私一人で事足りますから」


 結界の外に出た那蛾さんは殺意のたぎっている亡者達の前に出た。一見すると猛獣の檻の中に入れられた無力な子羊のように見えるが実際は逆だろう。


「まあいい。順番に殺っていけばいいからな。ああ、それから言い忘れてたことがある」


「何でしょう?」


「奈落の住人はみな同じ強さじゃない。罪が多い亡者ほど力が強く、理性が少なくなり残虐になる!」


「なるほど。上の人達が2階の人より力強かったのはそういうわけですか」


「そうだ。だから罪が一つのお嬢ちゃんは2つの俺には絶対に勝てねえ!」


 獰猛に笑った男は大斧を高く掲げ那蛾なぎさんに振りかぶった。

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