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第36話 奈落②

 亡者達の視線を一身に受けながら僕達は校舎の入り口の前まで来た。昇降口はガラスのドアでできており、片側が開いていた。どうやら僕達を招いてくれているらしい。


「行くぞ」


 鷹司たかし君が先陣を切って中へ入ってくれた。いきなり亡者に襲いかかって来られたら嫌なのでマジ助かる。


 校舎の中は蛍光灯が申し訳程度に明かりを照らしているだけでかなり薄暗い。玄関には靴箱が並んでおり、その先に階段があった。階段の手前は廊下で左右に伸びている。中の造りも一般的な学校のようだ。とりあえずここには亡者はいないようで安心した。僕達が土足で上がると、ドアが音を立てひとりでに閉まった。そしてどこからかアナウンスが流れてきた。



 ――新入生は2階、し組へ向かってください。繰り返します。新入生は2階、し組へ向かってください――



 突然の校内放送に驚いてしまった。


「新入生とは私達のことですよねえ?」


「どうする? 罠かもしれんぞ。わざわざ指示通りに動く必要もないと思うが」


 ジンカイさんによれば奈落は独自のルールがあり、“絶望”は最奥にいるというのだ。ルールを知ることは必須であり、無知なまま闇雲に彷徨うのは悪手な気がする。幸いに呪須津じゅずつの宝剣によって僕達という異物を“絶望”は認知できていないはずだ。だからここは罪を犯して奈落に送られた亡者のふりをするのがいいだろう。


「いや、2階に行こう。奈落は現世とは違う理があるみたいだから、まずはこの異界のことを把握しよう」


「私もそれがいいと思います。これほど現実世界と断絶された異界であれば縛りも相当強いはずです。とりあえずこの異界の流れに乗りましょう」


「うふふ。何だかワクワクしますね」


「わかった」


 僕達は2階に行くべく目の前の階段へと向かった。手前の廊下は左右に長く続いていたが、通せんぼするように立ち入り禁止のテープが貼られていた。


 鷹司君がテープの前に行き、長い脚でテープの上をまたごうとしたが、彼のつま先は何かに弾かれた。


「……ふむ」


 彼は今度は手でテープの上の空間を押した。鷹司君の手は見えない壁に阻まれたかのようにその場で静止する。どうやら結界的な何かがあるらしい。


「こちらも同じですね」


 反対側も同様に行けないみたいだ。こっちは那蛾なぎさんが調べていた。


「やはり上に行くしかないか」


 僕達は階段を上った。踊り場で折り返して更に進み、上りきると教室があった。ドアの上には室名札がある。


「2の……あ組?」


 室名札の「あ」という文字はひらがなで書いてあったが、180度回転しており逆さまになっていた。右隣を見てみれば「せ」が上下逆さまになっており、その隣もまたその隣も同様であった。何だか不気味だ。


「し組……ありましたね」


 千代さんが指し示した先は逆さの「あ」組から左側だった。「に」組「つ」組と続いてその先にある。左側ももれなく鏡文字になっている。


 鷹司たかし君を先頭に僕達は「し」組へ向かい歩き出した。コツコツと鷹司君の革靴の足音が廊下に響き渡る。この教室の壁の向こう側に亡者達がいると思われるので、なるべく音を立ててほしくないんだけど彼はそんなことお構いなしだ。


 鷹司君の後に続き「に」組「つ」組を通過する。各教室のドアのガラス部分は曇っており中は見えなかった。話し声や物音は全く聞こえない。あれだけ窓に亡者がいたのだから、少しくらい人の気配がしてもいいと思うのだが。まあ、すでに死んでいるのだから、気配なんか無いのかもしれないけど。


「し」組に着くとすぐに鷹司君はドアの取手に手をかけた。


「開けるぞ」


 僕の心の準備を待たないまま彼は普通にドアをスライドさせた。教室の中には人がたくさんいて、数多の顔が一斉に僕達の方へ向く。顔色が真っ白な亡者と思われる人達が無機質な視線でじっとこちらを見ている。僕達は彼らを警戒しその場に留まっていた。


 中には30人ほどいるだろうか、男女の割合は7対3くらいで、青年、中年、老人とほぼ全員が成人しているように見えた。ただ一人中央の女の子を除いて。


 教室の真ん中、いくつか合わせた机の上にセーラー服を着た女の子が仰向けになって倒れていた。胸には深々と刃物が刺さっており腕がだらんと下がっていた。血が机から滴り落ちている。生きているのか死んでいるのか分からない女の子を囲むように亡者達は立っていた。


 一体何なんだ、これは?


「どうしたの? 入っておいでよ」


 女の子のそばに立っていた一人の男が手招きをしながら言った。メガネを掛けタートルネックのセーターとジーパンを履いた見た目普通の青年だ。年は僕と同じくらいか。細身に理屈っぽい表情が何となくエンジニアっぽい。


 鷹司君は亡者達を一通り品定めするように見回すと、ズカズカと中へ入っていった。千代さんと那蛾なぎさんが続く。出遅れた僕は最後に入室した。僕が完全に教室に入るとドアが勝手に閉まる。嫌だな、閉じ込められてしまったぞ。


「そんなに怯えなくたっていいんだよ。僕達は仲間なんだから。一度に4人も入ってくるなんて嬉しいよ。さあ、歓迎会をしよう。こっちへおいで」


 女の子を囲んでいた亡者達は左右に分かれると前へ来るように無言で促した。エンジニアっぽい亡者がにっこりと笑い、腕を広げて歓迎の意を示した。鷹司君はポケットに手を突っ込み横柄にエンジニアの亡者へ真っ直ぐ近づく。僕も嫌だけど行くしかないんだろうな。机に横たわった血だらけの女の子をなるべく見ないようにゆっくり歩いた。


 教室の中央に移動すると亡者達は円形になり僕達を囲んだ。もしかして逃げられないようにするためか? 僕はいつでも結界が出せるように構えておく。


「貴様らは何なのだ?」


 鷹司君が気後れした様子もなく亡者に聞いた。主導権は彼に委ねて僕は大人しく黙っていよう。


「見ての通り奈落に囚われた罪人だよ? 君たちと同じね」


「それで罪人共が集まって何をしようというのだ? この女はお前達がやったのか?」


「それはこれから説明するよ」


 鷹司君の問いに的確にスラスラと答えた。罪人の亡者というから理性などないものだと思っていたが、予想外に意思疎通できそうで驚いた。


「その前にいいかな? 君達は何人殺したんだい?」


「……何?」


「とぼけなくったっていいよ。ここは生前人殺し、もしくはそれと同等の罪を犯した罪人が来る場所だよ。君達が2階に配属されたってことは一人か二人殺しているはずだ」


 僕達はあくまで罪人のフリをした生身の人間である。当然ながら僕は人殺しなどしたことがない。千代さんや鷹司君だってそうだろう。呪須津じゅずつ家はあんなんだけど、一線を越えるようなことはしていないって信じてる。


「貴様に答える必要はない。俺の質問に答えろ」


「そうはいかないよ。大事なことだからね。それに自分の立場わかってる?」


 僕達を囲んでいた亡者達が一歩近づく。彼らとの距離が縮まった。


「ねえ、もうやっちゃおうよ」


 輪の中の一人の女性が言った。肩幅が不自然に広い服を着ていて、髪型や化粧など古臭い感じがした。どことなく昭和っぽさを感じる。


 この古めの女性のやっちゃおう発言に警戒感が強まる。僕のとなりの机に横たわった女の子と、同じことをしようとしているのではないか。


「ん~、でも大事なことだからなあ」


「どっちでも構わんさ。どうせ()()から来た素人だ」

「早くやっちまおうぜ。ルールは?」

「あたしにやらせて! もうあと一人なの!」

「ダメだ。公平に決める。秩序を守るのがここのルールだろ?」

「早いもの勝ちでいいだろ」


 亡者達がザワザワと物騒なことを言いだした。これは襲われる予感。千代さんが刀の柄を掴む。僕も結界の準備はOKだ。でもその前にできるだけ対話を試みようか。でっち上げでいいから彼らの質問に答えよう。


「全員一人です。あの、ここのことを教えてくれませんか?」


「へえ、一人なんだ」


 エンジニアっぽいリーダー格の男がニヤリと笑う。先程までの笑みとは違い獰猛な気配を孕んでいる。他の亡者達も同様だ。今にも僕達に飛びかかって来そうだ。


「あの……」


「ああ怖がらなくてもいいよ。ちゃんと教えてあげるから」


 男はどこからか包丁を取り出した。それを合図に周りの亡者も各々武器を取る。鉄パイプやサバイバルナイフ、木刀や斧、バールのような物まで様々だ。皆殺気で漲っている。


「一回殺してからね」


 男がそう言うと全員が一斉に僕達に向かってきた。その目は腹を空かせた猛獣のように知性の欠片などない。一切躊躇なく武器を振りかぶった。鷹司君も千代さんも那蛾なぎさんも迎え撃つ気マンマンだ。


 僕はすかさず結界をブオン。ガキンと結界を叩く硬質な音が四方から響いた。


「なにこれ!」


 肩幅の広い服を着たお姉さんがヒステリックに叫んだ。出刃包丁でガンガン結界を刺している。


「しゃらくせえ!」


 スキンヘッドの男がバールのような物で何度も叩く。タンクトップに腕が入れ墨だらけのギャングっぽい男はハンマーで乱打した。亡者達は各々の武器で結界を壊そうとしているがびくともしない。さすが僕の結界だ。


 代わる代わる亡者達は物凄い形相で、僕達と彼らを阻む結界を破壊しようと試みたが、どうにも壊せないと分かると諦めだした。ハアハアと息をつき憎々しげに僕らを見る。


「……もしかして君達、霊能力者かい?」


 リーダー格の男が言った。


「まあ、そんなようなものです。僕達に攻撃は通じません。ですから平和的に対話をしましょう。まず、なぜ僕達を殺そうとするのですか?」


「それを説明するには一度殺されたら分かるよ」


「それは勘弁してください。死ぬのは嫌ですから」


「おかしなことを言うね? 僕達はもう死んでいるんだよ。ここで殺されても死ぬことはないよ。ほら、彼女を見てごらん」


 男が視線で後方を見るように促した。僕達が振り向いたのと同時に机に横たわっていた女の子は上半身を起こした。まさか動くとは思わなかったのでギョッとした。


 女の子は胸に刺さった包丁を抜くと咳き込んだ。血がビシャビシャと彼女の口から飛び出る。ハアハアと荒い息を整えると、ゆっくり机から降りた。


「やあ、気分はどうかな? これで君も正式に奈落の住人だよ。し組は君を歓迎するよ。」


「あり……がとう……ござい、ます」


 2つに分けたおさげ髪の彼女の風貌は、これといった特徴はなくごく平凡な容姿だ。頼りなく自信のなさそうな大人しめな印象だが、ここにいるということは彼女も生前人を殺しているんだよな。


「見ての通り殺されてもすぐに蘇るよ。彼女は()()から来たんだけど、新入生は表門裏門関係なく奈落の住人に殺されると、ここのルールが自動的に脳にインプットされる。そして自身を守り他者を殺すための武器も付与されるよ。だから君達も早く殺されて?」


 ルールを知るためには一度殺されないといけないだなんて、なんて嫌な場所なんだ奈落は。


「僕達を殺すことであなた方はどういったメリット得られるのですか?」


「うん、それも殺されたら分かるよ」


 ダメだ、彼らはどうあっても僕らを殺したいようだ。これ以上彼らから情報を引き出すの不可能だろう。でもだからといって痛い思いをするのは嫌だ。包丁が胸にズブリとか絶対嫌ですよ。


「もう力尽くで聞き出したらどうだ?」


「ええ、私も同感です。膠着状態では埒が明かないですからねえ」


「時間もないですし、私も鷹司さんに賛成です」


「お、いいね。皆やる気だ。早くそこから出ておいでよ」


 もうバトルは避けられない雰囲気になっている。仕方がない。やってやろう。鷹司君が。


 幸いここの亡者達は大した力はないように思える。人数は多いが彼らを制圧するのは難しくないだろう。


 僕が結界を解除しようとすると、急にチャイムが鳴り出した。キンコーンカンコーンというお馴染みのあの音だ。チャイムが鳴り出すと亡者達の表情は一変した。緊張しているような怖がっているような、とにかく動揺している。


「ちょっとまた!? 最近頻度が多すぎでしょ!?」


 昭和のお姉さんは半狂乱に叫んだ。一体どうしたというのだ。続けてアナウンスが流れた。



 ――強襲の時間です、強襲の時間です。二階三階の皆さんは直ちに準備してください。繰り返します……――



 今度は何が起きるんだ……。

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