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第34話 白巫女⑤

「うっ……うっ……」


 アリエは多くのうめき声が聞こえてきたので、重くなった首を動かして声のする方を見てみれば、住民達の体が白く変色していた。真っ赤な目、綺羅きらびやかな衣装を身に纏い、半分ほど白霊はくりょう貴族と化していた。背中から鎖が伸びると、それを白巫女しろみこが掴んだ。


「そん、な……」


 ただでさえ絶望的なのに、住民達が眷属になったことで状況はますます悪くなっている。絶体絶命の危機にアリエは死を覚悟した。せめて破魔子はまこ達3人は逃さないと。とりわけ五八千子いやちこの呪いは絶対に白巫女に吸収させてはいけない。


 唯一、希望があるとすれば自分と破魔子が白霊貴族化しなかったことだ。これは自分達がカミヒトの力を分け与えられたので、カミヒトと似たような特性を持っているからだと思われる。ここまで考えてアリエはハッとした。


「アマメとイヤチコは無事ですか!?」


「はい……大丈夫、です……」


 地面に突っ伏した五八千子を介護しながら天女あまめは言った。怪力無双というスキルを持っている天女は、この負荷にも耐えているようであった。


 アリエは安堵した。恐らく彼女達にもカミヒトの加護があるのだろう。最悪の事態は避けられた。後は彼女達を逃がすのみ。


「ハマコ……聞いて下さい。この状況、もうどうにもなりません。白巫女は私が止めますから、あなた達はなんとしてでも逃げてください」


「確かに状況は厳しいですが、まだ手は残っています。諦めるのは早いですよ」


 息も絶え絶えな破魔子が強がりとも言えない口調で返した。


「あなたも余力は殆ど無いでしょう? 冥氣めいきで白霊貴族になるのは免れましたが、それでもこの冥氣に満ちた空間では体にとてつもない負荷がかかります。対してここは白巫女のテリトリー。奴は更に力を増したように思えます。先程の技を繰り出したとしても、白巫女を倒すのは不可能でしょう」


「……アリエさん、死んじゃいますよ」


「もとより覚悟の上です。あなたは天女あまめとともに五八千子いやちこを逃がしなさい。そしてカミヒト殿に今の事態を伝えるのです」


「そんなことは認められません。リーダー命令です。白巫女を倒します。力を合わせて戦いましょう」


「私はあなたをリーダーとは認めていませんよ」


「どうしてですか!」


「今はそんなことを言っている場合ではありません」


 破魔子は逃げる気はなかった。負けそうだからといって仲間を見捨てるなど、破魔子が心に描く絢爛乙女けんらんおとめは絶対にしない。カミヒトから力を分け与えられた時に、理想を絶対実現させようと心に固く誓ったのだ。


 それにアリエが自分をリーダーとして認めてくれれば勝ちの目はある。絢爛乙女が使える乙女技おとめぎの合体技。それこそが退魔絢爛乙女団の真骨頂である。


 力を合わせた強力な必殺技であれば強くなった白巫女でさえも倒せる。だがアリエはまだ完全な絢爛乙女ではない。絢爛乙女となる資格は、破魔子を()()()()()リーダーとして認めていないと付与されない。破魔子は自分の不甲斐なさを嘆き苛立った。


「ねえ、逃げないの? エルフィ、追いかけっこがしたいなあ」


 痛みが収まり有利になったことで白巫女は冷静になり余裕ができた様子だった。クスクスと笑みをこぼし、破魔子たちを見る目は獲物をどう甚振いたぶろうかと残虐に光っていた。 


「ハマコ、頼みましたよ!」


 アリエは重くなった体と冷気で硬直した関節を無理矢理動かし白巫女に対峙した。


疾 風 神 雷(しっぷうじんらい)!!」


 冥氣の影響下にあってもアリエは雷の如き疾さで白巫女に突進した。激しい衝突音がなる。


「アリエさん!」


 アリエは白巫女をできるだけ遠くまで離すつもりだった。しかし白巫女の体は大岩のように重く、数メートル移動させることしかできなかった。


「もう終わり?」


 白巫女は腰に張り付くアリエの後頭部を軽く小突いた。


「ぐっ!?」


 アリエは気を失いそうな強い衝撃に、思わず手を離し後頭部を抑え悶えた。白巫女は人差し指に魔力を籠めると、アリエの頭を射貫こうと指を向ける。


「一矢必中!」


 破魔子はアリエを助けようと矢を撃ち出したが、白巫女は高速で発射された真紅の矢を難なく掴む。


千射万箭せんしゃばんせん!」


 白巫女は掌を広げると破魔子の放った何十もの矢が空中で制止した。まるで時が止まったかのようにその場に留まる。矢は白く変色すると氷が砕けるようにバラバラと地面に落ちた。


「あなた嫌い」


 白巫女は憎しみのこもった顔で破魔子を睨むと、人差し指に集中させた魔力を放った。白き光は破魔子の腹部を貫通する。


「うっ……!」


「「破魔子ちゃん!!」」


 天女あまめ五八千子いやちこが同時に叫ぶ。破魔子は前のめりに倒れそうになるのをグッと堪えると、ありったけの陽の氣を矢に籠めた。


「陽氣、ふ、よ……“深緋こきあけ”!」


 破魔子が引いた矢はアリエに向けて発射された。矢がアリエに吸い込まれると、彼女の体中に陽の氣が満ちる。破魔子は自身の陽の氣がアリエに譲渡されたのを確認するとその場に倒れた。血溜まりが地面にじわりと広がる。


「キュウ!」


 破魔子が気を失ったことで霊威武装が解けると、真紅の和弓が元の分霊に戻った。悲痛な鳴き声を上げ、破魔子の周りを飛び回っている。


「ハマコ……」


 アリエは立ち上がった。痛みに気を取られている暇はない。後悔も反省も後回し。今は破魔子のくれた陽の氣で白巫女を倒すことだけに集中する。


「疾風神雷・一閃!!」


 アリエは神速の太刀で白巫女を袈裟斬りにした。血飛沫が舞う。


「痛い! まだ抵抗するの!? 早く死んじゃえ!」


 攻撃は通ったが致命傷には至らない。アリエは追撃を加えようとさらに踏み込んだ。白巫女は鬼気迫るアリエに気圧され一歩下がる。今度は下から上へ剣を振り上げようしたとき、アリエの体に何かが巻きつき締め上げた。


「「「 ホ ホ ホ ホ ホ ホ! 」」」

「「「 ハ ハ ハ ハ ハ ハ! 」」」


 気づけば白霊はくりょう貴族となった住民達に囲まれていた。彼らから生える鎖にアリエは雁字搦めにされた。両腕両足が強く締められはりつけにされたように身動きができない。白巫女がゆっくりアリエに近づく。


「あなたも嫌い!」


 白巫女は大の字になって無防備なアリエの腹部を思い切り殴打した。臓腑が潰れたかと思うほどの衝撃にアリエは吐血しそのまま意識を失う。


「アリエさん!」


 天女あまめは叫んだ。冥氣に当てられ声も出せないほど弱っている五八千子いやちこを支えながら、地に伏している破魔子の下へと歩んでいる途中だった。白巫女は振り返ると五八千子の呪いの方へゆっくりと歩む。


「お腹すいた。おいしそう。おいしそう」


 天女は手を広げ五八千子を守るように白巫女を遮った。


「水晶さん、もういいですよね!」


 天女は手に持った水晶に何かを確認するように声を掛けたが、水晶には何も変化がない。


「水晶さん!」


 天女はもう一度何かの許可を求めるように言った。それでも変化はなかった。


 その時、一陣の風が吹いた。オオキミ山が白巫女の異界となってから風がパタリと止み、死の世界を思わせるほど冷たく全てが止まっているかのように思われたが、生暖かい空気が流れる。


 ただしそれは心地良いものではなく、じっとりと生々しい陰の氣であった。


「おいでませ、おいでませ。深奥にまします氏神よ、忠実なる僕の願いを聞き給え」


 抑揚のない平坦な声が響く。階段の入口、真っ白な鳥居の下に冷華れいかがいた。


「だあれ?」


 突然の乱入者に白巫女は誰何すいかする。この場の支配者である彼女でも無視できないほど、強烈な圧が冷華から出ていた。冷華の腰に届くほど長い髪は肩の高さまで切り取られており、手には黒い人形のような物を持っている。


「おいでませ、おいでませ。我がたまを喰らい仄暗きねぐらから起き給え」

「おいでませ、おいでませ。怨嗟えんさの炎はまだ遠く、黄泉戸よみど空洞あなを開きまし」


 冷華は白巫女をまっすぐ見据え呪文を唱える。圧力が強くなった。


「おいでませ、おいでませ。現世に蘇り魔を打ち払い給え」


 髪でかたどり血で固めた人形を天に掲げると、人形は紫黒しこくの炎に包まれた。冷華は自分の髪でできた人形を投げる。地面に落ちた人形の炎は大火となり辺り一帯を熱気で溶かした。


「顕現せよ! 鬼神、則天鬼后そくてんきこう艶鬼えんき!」

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