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第33話 白巫女④

 肩に刺さった矢を引き抜くと、白巫女しろみこの冷気は更に禍々しくほとばしった。その顔は白巫女の凍てつく陰の氣とは正反対に、烈火の如く怒っていた。


「ハマコ、私が白巫女を足止めします。あなたはその矢で思う存分攻撃してください」


「ええ、お任せください。私とアリエさんが力を合わせればきっと白巫女に勝てます」


 アリエは今にも飛びかからんとしている白き少女に突進した。


「邪魔しないで!」


 白巫女の乱暴に振り回す拳を華麗に躱すと、腹に一撃掌底を食らわせた。白巫女は少しだけ浮き後方に下がる。アリエは斬撃よりも打撃のほうがほんの少しだけ白巫女の隙を作ることができるので、肉弾戦主体で戦うことにした。


「そんなの痛くないもん」


 白巫女はアリエの顔面めがけパンチを繰り出す。アリエはさらりと受け流すと、白巫女の横腹を思い切り蹴る。その足を白巫女は捕らえた。


「捕まえた。引きちぎってや……!?」


 白巫女の腕に激痛が走った。破魔子はまこの矢が二の腕に刺さり力が緩む。その隙にアリエは足を引き抜き背後に回って、白巫女の後頭部に肘鉄を食らわせた。破魔子はほんの少し白巫女の体が硬直した瞬間を狙って、今度は太股に矢を放つ。


「痛い! どうしてエルフィをいじめるの!!」


 アリエは顎下を殴り上げた。すかさず破魔子は矢を射つ。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 半狂乱になって腕を振り回す白巫女だが、アリエはその拳を難なく避けた。白巫女の膂力りょりょくは凄まじいものがあるが、速さはアリエに数段劣る。戦闘技術の拙さもあって、白巫女の攻撃を避けることは難しくなかった。


 白巫女は破魔子を狙うがアリエがそれを阻止する。アリエの攻撃によってできた刹那の隙を狙って破魔子が矢を射る。白巫女に反撃の隙を与えず、二人は連携して白巫女の体に矢を叩き込んだ。全身に十を超える矢が刺さり、白巫女の純白の衣装は半分が血で赤く染まっていた。


「もう、許さない!」


 白巫女の人差し指に膨大な魔力が集まる。アリエはその桁外れの魔力にほんの一瞬動きを止める。その僅かな間隙に白巫女はアリエの前から忽然と消えた。


 白巫女は破魔子の背後に瞬時に移動すると、魔力のこもった人差し指を破魔子に向ける。


「ハマコ!」


「これで終わり」


 白巫女は笑みをこぼし破魔子の後頭部を魔力の光線で射貫こうとした。


「終わるのはあなたですよ」


「えっ?」


 破魔子は白巫女が自分の背後に来ることを察知して体を半回転させていた。白巫女が姿を現すと同時に心臓に矢を討つ。真紅の矢が白巫女の体を貫くと、地面に仰向けに倒れた。悲痛な絶叫がオオキミ山全体に響く。


「ハマコ、なぜ白巫女の居場所が分かったのですか?」


「……アリエさんも白巫女に負けないくらい速いですよね。音もなく近くに来るのは止めてください。心臓に悪いですから。白巫女が現れる場所ですが、彼女は自分が移動する場所に予め自身の陰の氣を送り込んでいるようなのです。さっき一回見ましたから、二度同じ手は食わないですよ」


 アリエは破魔子がたったあれだけで白巫女の瞬間移動のからくりを見破ったことに感心した。みかけによらず冷静でよく観察しているようだ。


「さあ、トドメを指してください」


「……そうですね」


 破魔子は地面にのたうち回る白巫女を見て、何となく心が痛んだ。純白の和服は赤で染まり、何本も体に矢が刺さっている。これ以上痛め付けるのは、なんだか弱いものいじめをしているようで気が引けたが、相手は破魔子が未だ嘗て見たこともないほどのおぞましい陰の氣の持ち主である。見逃すという選択肢はない。


 心の中でごめんねと呟くと、矢を構えありったけの陽の氣を込めた。すると突然、白巫女の体から夥しい量の白い()()が湧き上がった。白い何かは上昇すると、白巫女から十メートルほどの高さで雲のようになる。


冥氣めいき!?」


 冥氣の雲の中から無数の霧のような白い手が勢いよく飛び出しアリエ達に襲いかかった。


「うわわ! なにあれ! 気持ち悪い!!」


「ハマコ! あれを全て撃ち落としてください!」


「はわわ! 千射万箭せんしゃばんせん!!」


 破魔子の弓から何十もの矢が放たれ四方八方から迫りくる冥氣を、矢は自動で捉え迎え撃つ。撃ち抜かれた冥氣は霧散し消滅した。


「な、なんですか、あれ?」


「あれは冥氣と呼ばれる悪氣あっきの一つです。あれに触れれば白霊はくりょう貴族の眷属となり、見た目が白巫女のようになりますよ。自我は失われ、永遠に白霊貴族の奴隷となります」


「こわ! そんなの絶対に嫌ですよ!」


 白巫女はむっくり起き上がると、顔を俯け幽鬼のようにユラユラと立っていた。体を貫いていた矢がまるでガラス細工が割れるようにボロボロと朽ちていく。顔を上げた白巫女は鬼気迫る表情で破魔子をキッと睨んだ。


「絶対に許さない!!」


 白巫女の上の雲から再び冥氣が放たれる。今度は先程よりも多くの白い手が破魔子達を侵さんと強襲した。破魔子が負けじと迎撃するため矢を射る。しかし冥氣が多すぎて破魔子が一度に放てる矢の数では足りなかった。


 破魔子が二度目の矢を構える前に白巫女は突進する。アリエは自身に迫りくる冥氣を掻い潜り、白巫女の顔面を思い切り殴打した。だが、白巫女はまるで意に介した様子もなく破魔子だけを見据えて突き進む。アリエは追撃を加えようとしたが、冥氣に阻まれ後退を余儀なくされた。


 鬼の形相で迫ってくる白巫女と冥氣の群れを見て、破魔子はふぅと息をついた。


「仕方ありません。乙女技おとめぎを使うときがきたようですね」


 破魔子は斜め後方に大きく跳躍すると矢に膨大な陽の氣を集結させる。破魔子を追って飛び上がった白巫女と冥氣に弓を向けた。


「秘技! 流星“中紅花なかくれない”!!」


 破魔子の弓から幾筋もの赤い光線が放たれる。流星群のように降り注ぐ真紅の矢は冥氣と白巫女を無慈悲に撃ち抜いた。矢はそのまま地面を穿ち木々をなぎ倒し、山の頂上を半分ほど削った。土の崩れる音が激しく響く。


「な、なんの音や!?」


 階段から街の住民達が息をつきながら駆け上がってきた。崩れた片側の山と血だらけになって倒れている白巫女を見て、青ざめ悲鳴を上げた。


「ああ……ああ! 白巫女様!! なんとおいたわしい!!」

「お前らがやったんか!」

「この小娘共!! なんて罰当たりな!」

「もう許さへんで! とっちめたる!」

「お嬢ちゃんら……覚悟はええか?」


 住民たちは手にすきやクワ、鎌などの農具を持っている。中には猟銃を携えている者までいた。


 白巫女は弱々しく立ち上がり、フゥフゥと荒い息をしていた。弱々しく先程までの気迫はないが、依然として彼女の上には冥氣の塊が浮いている。


「ハアハア……まだ、立ちますか。頑丈ですね」


「白巫女さま~、白巫女さま~!」


「待っててください。今、この小娘共をにえとして捧げますから」


 今にも飛びかかろうとしている住民たちを見て、アリエは呟いた。


「面倒ですね。ハマコ、あれをもう一度射てますか?」


「ハアハア……しばらくは無理ですね。乙女技おとめぎは一度使うと再び使えるようになるまで、時間がかかるんです。でももう虫の息じゃないですか?」


「油断はできません。まだあんなに冥氣が残っているのですから」


 ボロボロな白巫女とは裏腹に上空の冥氣はより強くその存在感を増していた。何かが起こると、アリエは構える。


「許さない! 許さない! 許さない! みんな死んじゃえ!」


 白巫女が天に向かい叫ぶと、それを号令のようにして残りの冥氣が全て白い手となり、山全体をを囲むように散開した。


「まずい! この場にいる全員まとめて眷属にするつもりですよ!」


「あの量、さばき切れませんよ!」


「小娘共! 動かんとき!」


 中年女の田中が吠える。傍らには猟銃を構えた大男がいた。破魔子たちに銃口を向け引き金に指をかけている。


「動いたら射つで!」


「ちょ……白巫女はあなた達にも危害を加えるつもりですよ!?」


「そんなわけあるかい! 白巫女様は私らの守り神やで!」


 そうだそうだと住民達が合唱する。しかしアリエや破魔子は白巫女が彼らを守るようには思えなかった。事実、上空の冥氣は彼らにも矛先を向けている。


「破魔子ちゃん達の邪魔をしないでください!」


 隠れていた天女あまめがいきなり銃を持った男の前に現れたかと思うと、銃身を掴み真っ二つに折った。


「な……!?」


 天女は大男を持ち上げると、住民達の方へぶん投げた。


「ここは私に任せてください!」


「天女ちゃん! ありがとう!」


「ですが、肝心の我々があれに対処できるか……」


 アリエの言う通り、普通の人間ならば何人いてもどうとでもできるが、冥氣に囲まれたこの状況は如何ともしがたかった。頼りの破魔子は疲弊をしていて、あれ全てを打ち消せるとは思えない。



「 絶 対 零 域(ホワイトテリトリー)! 」



 白巫女が号令を出すと冥氣は一直線に降下した。


「せ、千射万箭せんしゃばんせん!」


 破魔子は慌てて陽の氣の矢で迎え撃つが、自身に降りかかる冥氣しか打ち消せなかった。アリエはせめて天女あまめ五八千子いやちこだけでも助けようと、彼女達を抱え冥氣から逃れようとする。


 そんなアリエの苦肉の策を無視するかのように、冥氣は人間を避け山全体に吸収された。瞬間、オオキミ山全体の空気が一変する。


 まるで雪山にいるかのような冷たさと息苦しさ。そして重力が何倍にもなったかのように体が重くなる。


「これって、まさか……異界化した……?」


「これ、は……山全体が冥氣に……?」


 破魔子とアリエは膝をつき体を支えるので精一杯だった。現状を把握しようとするが、体にかかる負荷のせいでろくに頭が回らない。対する白巫女は血だらけだった衣装が元の純白へと戻り、体の傷も治っていた。すっきりした顔で、楽しげに童女のように舞う姿を見て、破魔子とアリエは絶望した。

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