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第31話 白巫女②

 白霊はくりょう貴族は冥氣めいきを操る正体不明の存在である。異世界の冥界に住んでいるとされ、冥氣で人間を自分達の眷属に変える人類の天敵ともいうべき何かである。


 アリエがカトリーヌに聞いたところによると、カトリーヌが生まれる遥か以前からいたらしい。他の悪氣あっきにも言えることだが、彼らの出所は謎で古い文献にもほとんど記述がない。


「どうして白霊貴族おまえがここにいる!? 答えろ! 白霊貴族!」


 アリエは白巫女しろみこに剣を向けた。こちらの世界にいるはずのない白霊貴族が目の前にいる。アリエは混乱する頭を無理やり納得させ、今この場に白霊貴族がいる現実を受け止めるように努めた。


 真っ赤な目でアリエを観察していた白巫女がゆっくりと口を開く。


「……ねえ、あなたどうしてその名前を知っているの? もしかして、お母様がどこにいるか知っているの?」


「……何のことだ」


「ねえ、お母様はどこにいるの?」


「私の質問に答えろ! お前は白霊はくりょう貴族か? なぜここにいる!」


「私は白霊貴族。お母様がそうだから。ここはエルフィのお家。生まれたときからずっとここにいる」


「……何?」


 白巫女の話が本当であれば、彼女は日本で生まれ、そして母がいる。白霊貴族にも親子という関係があるかは不明だが、白巫女の母親もこの世界にいるということになる。アリエは困惑と焦燥を同時に覚えた。しかし焦りは禁物だと、逸る気持ちを抑えゆっくりと質問を続ける。


「お前は母の居場所を知らないようだが、いつからいなくなった?」


「エルフィの生まれる前から」


「……生まれる前? 何を言っている?」


「エルフィはお母様に会ったことがない。ただ生まれる前にお母様がエルフィの魂に伝言を残した。お母様の言う通りにすれば、いつか会えるって。だからエルフィはお母様の言いつけを守ってる」


「何を言われた?」


「いっぱい食べて強くなれって。エルフィが強くなったらお母様は迎えに来てくれるの。お母様はエルフィが強くなったら嬉しいんだって」


 アリエは先程、自身に取り憑いていた低級霊が白巫女に奪われたことを思い浮かべた。更に質問を続ける。


「なぜお前の母はお前に強さを求める?」


「エルフィは()()()の王になるんだって。だから強くならないといけないの」


「…………悪氣の王だと?」


 アリエは悪氣の王という言葉を今まで見たことも聞いたこともなかった。記憶を辿ってみても神話やおとぎ話、街に流布する都市伝説にも悪氣の王などという不吉な名前は欠片も存在していない。白霊貴族の王ならば実在するが、5つの悪氣すべてを統べる王などいるはずもなかった。


 そういえばと、アリエはカトリーヌが白霊貴族の王は女型おんながたであると言っていたことを思い出した。アリエの頭にある点と点が繋がって一本の線になった。


 白巫女の言うお母様がもし白霊はくりょう貴族の王であるならば、彼女は王の力を受け継いでいことになる。それだけでも脅威だが、白霊貴族の王が冥氣の主という枠を超えて、他の悪氣をも統べる王を作ろうと画策しているとしたら……。


 確証のないほとんど妄想のような推測であったが、アリエはこれが全く見当外れだとは思えなかった。


 白霊貴族の王は遥か昔、カトリーヌが封印をして今日までずっと封じられたままであるが、もうすぐその封印が解けるという話であった。もし復活すれば、人間世界の転覆を目論む大悪が蘇るだけではないかもしれない。それよりも、もっと恐ろしい災厄が起こるかもしれない。


 アリエは五八千子いやちこの予言を思い出した。今日が自分達の運命を決する日であると。この()の中にまさかアリエが生まれ育った異世界が含まれているかもしれないとは思わなかった。


 アリエは覚悟を決めた。杞憂ならばそれでいい。命を賭けてもこの白霊貴族を必ず討ちますと、心の中でカトリーヌに誓う。


「次はエルフィの番。あなたは本当にお母様を知らないの? 白霊貴族ってどこで聞いたの? 村の人間達は誰も知らないの。あなたはなぜ知ってるの?」


「お前に答えることは何も無い」


「ずるい。エルフィは答えたんだから、あなたも答えて。それからエルフィはお前じゃない。エルフィエイトエムフィエイト。お母様がくれた大事な名前」


「……私はお前の敵だ、エルフィエイトエムフィエイト。白霊貴族のことを知りたいのであれば、力ずくで吐かせてみろ」


 アリエは勇ましく宣戦布告したが、内心では不利な相手にどう戦うかと、懸命に策を考えていた。もとよりアリエはたとえ負けたとして、拷問されても何も話す気はなかった。


「あなたを倒せばいいの?」


「そうだ」


「わかった」


「っ!?」


 数メートルは離れていたはずの白巫女が何の予備動作もなく、アリエのすぐ前に現れた。白巫女は拳を握り乱暴にアリエに殴りかかる。アリエは後ろに大きく跳躍し、すんでのところで躱す。本殿の外に出ると、小雨が降っていた。さらに後ろに飛び退き、白巫女から距離を取る。白巫女が本殿からでてくるのが見えた。


「スキル・青凪あおなぎの乙女」


 アリエがスキルを発動すると、青い光に包まれる。煌々と辺りを照らす光が収まると、アリエは黒と青を基調にしたアイドルのステージ衣装のような服を着た絢爛乙女けんらんおとめへと変身した。


「はあはあはあ……」


 アリエが変身したのと同時に破魔子はまこ達が階段を登ってやってきた。息を切らした破魔子の後ろに五八千子いやちこを負ぶった天女あまめが付いてきている。破魔子は息を落ち着かせながら、可愛らしい衣装を身にまとったアリエに近寄った。


「はあはあ……あれ? アリエさん、もう変身しちゃったんですか?」


「ハマコ、白巫女は敵です。想定よりもずっと厄介な相手ですよ。すぐそこにいます。油断しないように!」


「えっ?」


 破魔子はアリエの視線の先にいる真っ白な少女を見た。冷たく禍々しい陰の氣を放つ浮世離れした少女は、人の形をしているが人間ではないと一目でわかった。


「むむむ! あれが白巫女ですか! 凄まじい陰の氣です!」


「え……? もしかして、あの方が白巫女ですか?」


 五八千子いやちこはひときわ驚いて呟いた。その顔は強敵を前にして恐れ慄いたというよりは、想定外の出来事に困惑しているようだ。そんな五八千子の様子に気が付かず、破魔子は守るように五八千子と天女の前に立った。


「ヤチコちゃんは白巫女から離れて。天女ちゃん、ヤチコちゃんを頼んだよ。変、身!」


 破魔子はまばゆい赤い光に包まれると、絢爛乙女へと変身した。


 白の下地に赤色の花々の刺繍が施された振り袖の上衣、緋袴ひばかまを模したミニスカート、白足袋にスカートと同じ色の鼻緒の下駄、頭には金色のティアラのような天冠てんかん。和装のアイドル衣装のような服に身を包んだ破魔子がポーズを決めて立っていた。


「人に仇名す妖魔よ、今日があなたの命日です! 光の矢で魑魅魍魎ちみもうりょう悪鬼羅刹あっきらせつ天魔波旬てんまはじゅんを射つ! 退魔絢爛乙女」「ハマコちょっといいですか」


 破魔子の前口上を遮ったアリエは神妙な面持ちだった。対する破魔子は邪魔をされ不服そうに抗議した。


「ちょっと、アリエさん。名乗りを上げるのは大事なプロセスなんですから邪魔しないでください。全く、空気が読めませんね」


「アレは白霊はくりょう貴族と呼ばれるモノです。私のせか……国にいる悪霊のような物だと思ってください。その膂力りょりょくは凄まじく、ある特別な力でないと対抗できません」


「ハクリョウ? えっ……アレってアリエさんの国にもいるんですか?」


「そうです。白霊貴族は黒聖でないと倒せません。しかし、私の属性は黒聖ではありませんし、ハマコはそもそも色聖を使えないでしょう? つまり、私達には白巫女を倒す術がありません」


「コクセイ? ちょっと何言ってるか分からないですよ」


「加えて、奴らは冥氣という人間を白霊貴族の眷属に変える悪氣を操ります。攻撃する手段が限定され、冥氣に触れることもできない。白霊貴族は人類の天敵とも言うべき存在なのです」


「んん? よく分かりませんが倒せると思いますよ?」


「いいえ、無理です。ですから黒聖持ち以外が白霊貴族と会敵した場合には、何を置いても逃げるのが定石です。しかし我々は逃亡は許されない。ならばどうするか」


「陽の氣でズバーンとじゃダメなんですか?」


「冥氣を避けつつ、多くの攻撃を加えることです。冥界にいる純粋な白霊貴族にはこの方法では意味がありませんが、人間を依り代にしてこの世に顕現した白霊貴族であれば有効です。恐らく、白巫女はコンドウウルリを依り代にしているはず。母体が人間である以上少しずつダメージは蓄積するはずです」


「なるほど、白巫女は近藤うるりさんに乗り移っているというわけですね。でも白巫女を攻撃しちゃうと近藤うるりさんの体は大丈夫なんでしょうか?」


「……ええ、問題ありません。白巫女しろみこを倒せば解放されるはずです」


 アリエは嘘をついた。白霊はくりょう貴族と近藤うるりは一体化しており、目の前の白巫女を傷つければ依り代であるうるりの体もダメージを受ける。白巫女を倒すことは、すなわちうるりを殺すことと同じだ。罪もない人間を結果として殺してしまうことに躊躇がないわけではないが、自分達にカミヒトのような力がない以上、犠牲はやむを得ないとアリエは腹をくくった。


 破魔子に事実を話せばいらぬ罪悪感に苛まれるだろうし、最悪の場合、戸惑い迷って逆にやられてしまうかもしれない。それだけは避けたいアリエは破魔子達に偽りを言うしかなかった。彼女達を騙した罪は後で償おうと、一人で重荷を背負う覚悟を決めた。


 何よりも大事なのは白巫女を殺すこと。そのためならば、いくら自分が蔑まれても構わない。確固たる決意の中に少しだけチクリと痛む心に、アリエは気が付かない振りをした。


「冥氣から逃げながら身体能力の高い白霊貴族に攻撃をし続ける。至難の業ではありますが、それ以外に方法はありません。長期戦になりますよ。覚悟してください」


「フッ……。この菩薩院ぼさついん……いえ、オンミョウ☆ハマコに不可能などありません。白巫女はきっと私が討ち取ってみせますよ。そうすれば、私をリーダーだと認めてくれますよね?」


「……期待してますよ」


 アリエが今まで見てきた破魔子は、期待できる実力を持っているとは思えなかった。だが、破魔子もカミヒトから自分と同じ力を分け与えられているのであれば、それなりに戦えるのだろうと信じたかった。


「この私が白巫女を倒し、近藤うるりさんを解放してみせます。さあ、退魔絢爛乙女団の初陣ですよ!」


「キュウ!」


「白巫女さん、あなたを成敗させていただきます!」


 人差し指を白巫女に向け、勇ましく吠える破魔子だったが、白巫女は何のリアクションも見せず、ただ突っ立っているだけだった。少しも動かず、じっと一点を見つめている。白巫女は五八千子いやちこを凝視していた。


「あっあっあっ……」


 アリエが不審に思うと、白巫女は歓喜の声を上げ一歩踏み出した。口からはヨダレが垂れている様に見えた。


「美味しそう……。すごく、美味しそう!」


 破魔子はぎょっとする。よろよろと近づく白巫女から五八千子を守るように両手を広げた。


「ちょっと! ヤチコちゃんは食べ物じゃないですよ!? カニバリズムなんて断固禁止です!」


「……まさか、イヤチコを食べることで力を得る気か!?」


「だ、だめですよぅ。人間さんを食べたらメッ! ですよ!」


「キュウ!」


 破魔子達は白巫女が五八千子いやちこを食べ物と認識していると思い込み慌てたが、五八千子だけはこの白い少女の視線が自分からわずかにズレていることに気がついた。彼女の視線は自分の肩の後方辺りに注がれている。そこには五八千子を苦しめている元凶がいるはずだ。


 白巫女は自分が視えない、だけどずっとその気配だけは感じている呪いが視えている。


 カミヒトも時折、チラと見て一瞬何とも言えない苦々しい顔をする存在……。


 長きに渡り、零源れいげんの巫女に取り憑き苦しめてきた呪い……。


 白巫女は()()を美味しそうだと言った。五八千子の第六感に最大級の警鐘が鳴る。


 五八千子は見立てが甘かったと、気後れした。彼女達と一緒ならどんな難敵にも勝てると強い予感めいた自信があった。しかし、実際に白巫女を目の当たりにして、()()()()()()()()に困惑し、その内に秘めたる予測不能な力を感じて、心がもろく崩れていくのを感じた。


 五八千子は強く拳を握る。気持ちで負けてはいけないと、深く息を吸い心を落ち着かせる。


「皆さん、恐らく彼女は私ではなく、私に取り憑く零源の呪いを見てそう言っています」


「えっ……ヤチコちゃんの呪い?」


「良かった……。五八千子ちゃんじゃなかったんですね」


「イヤチコの呪い……。カミヒト殿が言っていた最強最悪の呪いですか……」


 合点がいったと同時にアリエは更に強く危惧の念を抱いた。恐らく白巫女はこちらの世界で言う陰の氣を取り込み、力をつけているのだろう。零源五八千子れいげんいやちこの呪いは、アリエがカトリーヌから関わるなと言われたほど強力無比である。白巫女から見れば極上のご馳走であろう。


「アマメ、イヤチコを連れてなるべく白巫女から離れてください。白巫女は陰の氣を吸って自らの力とするのです。イヤチコの呪いが奴に吸収されたら未曾有の災厄となるでしょう!」


「いえ、私だけ逃げるわけには行きません。私の力も必要になるはずですから……」


「ダメです! 今すぐこの場から離れなさい!」


 アリエは白霊貴族の恐ろしさをよく知っており、悪氣の王などという未だかつてない大災厄になろうとしている白巫女から五八千子を何としてでも遠ざけたかった。最悪の場合、こちらの世界もあちらの世界も破滅することになる。


 アリエはさらに五八千子に引くように迫ろうとしたが、破魔子がアリエの肩に手を置きやんわりと制止した。


「アリエさん、ヤチコちゃんの第六感は当たるんです。ヤチコちゃんがそう言うなら、それが今の状況に取ってベストなんです。アリエさんの懸念も分かりますが、この私がいます。大船に乗ったつもりでいてください」


「あなたは黙ってなさい!」


 怒鳴るアリエに破魔子は一瞬ビクついたが、すぐにムッと不服そうな顔をした。五八千子は険悪になった空気を和らげるため、努めて優しくゆっくりとアリエに言った。


「アリエさん、どうか信じてください。私もこの場に必要なんです。いいえ、私達4人がそろってないとこの難局を打破できません」


 五八千子の口調には毅然としたものがあった。真っ直ぐアリエを見つめる瞳は揺るぎない意志の強さがある。


「……それも予知能力というやつですか?」


「はい」


「ねえ、もう我慢できない。食べていいよね?」


 白巫女の体から冷気が迸る。五八千子の呪いを据えるギラついた目は捕食者そのものだ。


「……っ! 仕方ありません! 白巫女は私とハマコで何とかします! アマメとイヤチコはできるだけ我々から距離を取ってください! ハマコ! 援護は頼みましたよ!」


 アリエは地面を強く蹴った。

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