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第30話 白巫女①

「そういえば名乗っていませんでしたわね。たけ一族本家の娘、嶽冷華(れいか)と申します」


 感情のこもっていない声色で冷華は自身の身分を明かした。冷華の本名を聞くと園田は驚き田中は一層険しい顔をする。


「……嶽一族の娘さんが身分を偽ってまでここに一体なんの用や?」


「お祓いに決まっていますわ。お金はすでにお支払いしたでしょう? それから近藤うるりさんの消息についてもまだ回答を聞いていませんわ」


 破魔子はまこは冷華が自分達と同じく、白星降はくせいふる村で行方不明になった近藤うるりの捜索に来ていることに驚いた。なぜなら破魔子が知る嶽冷華という人間は、凡そ人助けなどしないからだ。彼女は実家である嶽に忠実で、まるで感情などないかのように、淡々と言われたことを実行する冷徹な人形のようであると、破魔子は感じていた。


「せやからそないなお嬢さん知らん言うてるやろ。もしかして、そちらさん達も御三家の関係者ちゃいますか?」


 田中の敵意のこもった目を向けられると、五八千子いやちこは覚悟を決め毅然と言い放つ。


「はい。私は零源れいげん五八千子と申します。身分をかたり皆様を騙しましたことお詫び致します」


菩薩院ぼさついん破魔子です」


蓬莱天女ほうらいあまめと申します!」


「零源……。つまり霊管の関係者やね。全くほんまにしつこいな。菩薩院までいよってからに」


「私達も近藤うるりさんを探しに来ました。冷華さんとここで会ったのは偶然です」


「だから知らん言うてるやろ。私ら騙しよって。ここはあんたらが踏み込んでいい領域やないで! さっさと出ていき! 金は返さへんで!」


「そうは参りません。貴女方には近藤うるりさんを人柱にしようとしている、もしくは既にしている嫌疑がかかっています。霊管の名において白巫女を調査させてもらいます」


「霊管になんの権利があるんや! ここは私有地やで。これ以上ガタガタ抜かすなら警察呼ぶで!」


「どうぞ、そうして下さい。既に御園小路みそのこうじからの根回しが済んでいると思いますが」


「……チッ。御園小路も絡んでるんか」


 田中は忌々しげに言うと、五八千子達を睨みつけた。五八千子も内心ドキドキしながらも、負けじと田中の目を真っ直ぐ見つめる。田中の後ろでは園田がコソコソとスマホでどこかに連絡をしていた。恐らく下の住民達に知らせているのだろう。


 五八千子いやちこが彼らが来る前に本殿まで無理やり突っ走ろうかと考えていると、にわかに山の上から得も言われぬほどの冷たく禍々しい陰の氣を感じた。破魔子やアリエ、冷華も同様に察知したようで、4人で気配のする方向を反射的に見る。


 今まで感じたことのない陰の氣。全く未知の陰の氣。しばし呆気にとられた様子で、気配のする方を見ていたが、冷華がおもむろに口を開いた。


「……ふ、ふふふ。このおぞましい気! やはり思った通り白巫女は魔のモノでしたわね。あのようなモノを祀っているなど、もう言い訳は通じませんわよ。鬼神様の命により討伐させていただきますわ」


「討伐? 小細工までしよって、それがあんたらの真の狙いか。全く恐れ多い小娘共やな! それにしても……お嬢ちゃん達が白巫女様を? フ、フフフ……アハハハハハ! ちょっと、笑わさんといて!」


 田中は腹を抱え心底おかしそうに笑った。その姿に冷華が不快そうに顔を歪める。


「何がそんなにおかしいのでしょう?」


「フ、フフ……。だってお嬢ちゃんがけったいなこと言うさかい、思わず笑うてもうたわ。お嬢ちゃんもそれが無理なこと分かってるんちゃうか? 勇ましいこと言わはるけど、体震えてるで?」


 田中の指摘の通り、冷華は無表情を貫いていたが内心では動揺していた。微かに漏れ出た陰の氣ではあったが、それだけでも白巫女が想定していたよりもずっと厄介な存在であると本能的に理解できたからだ。破魔子や五八千子いやちこも体を強張らせ額に汗が滲んでいる。


 五八千子達の萎縮した様子を見て田中はほくそ笑んだ。


「な? 分かったやろ? 白巫女様はえらい強く美しい神様なんや。お嬢ちゃんらじゃどうあがいても勝てへんで。挑んだところで殺されてまうで? だからもう帰りや。私らな~んも悪いことはしてへんねん。白巫女様が魔のモノだなんてとんでもない。それはお嬢ちゃんらの誤解やからな? 行方不明になったお嬢さんはお気の毒やけど、私らほんまに知らんねん。お嬢ちゃん達の度胸や義侠心は大したもんやが、次からはもっと慎重に行動せなあかんで。私らも大事にしたくないから、ここで引いてくれたら、若気の至りっちゅうことで大目に見たるで?」


 田中は勝ち誇るようにまくし立てた。冷華れいか五八千子いやちこも二の句が継げず押し黙ってしまう。しかし五八千子達にここで引くという選択肢はない。なんとか言葉を振り絞ろうとする五八千子を見て、破魔子はそっと肩に優しく手を置いた。


「フッ……。舐めてもらっては困りますね。この菩薩院ぼさついん破魔子があの程度の陰の氣で、臆することなどないのです」


 最初は五八千子いやちこと同様に白巫女の気配にたじろいだ破魔子だったが、すぐに気を取り直した。昨夜、カミヒトから神正氣を補充した破魔子は、自信に満ち溢れ、生半可なことで揺らぐなどあり得ないことだった。


「これほどの邪悪な存在は見過ごせません。放って置けば必ず大厄となって善良な市民に牙を剥くでしょう。そうなる前に私達が成敗します! ね、アリエさん」


 破魔子は勇ましく宣戦布告をしてアリエに同意を求めたが、当のアリエはフードの下に顔を隠したまま微動だにしなかった。そんな様子に破魔子は違和感を覚えた。


「アリエさん?」


「……まさか……なぜ?」


 微かに呟いたアリエの声色は驚きに満ちていた。破魔子の声が聞こえていないようで、じっと視線を斜め上に走らせている。破魔子がアリエの顔を覗こうとすると、突然アリエは拝殿の奥へ走り出した。


「きゃっ!? ちょっと、アリエさん!?」


「待て!」


 田中が静止したときは、すでにアリエの姿は見えなくなっていた。憤怒の表情で田中が吠える。


「あの小娘! 白巫女様のとこへ行きよったな! 園田さん、追いかけるで! あんたらはここで待っときや!」


「そうは行きません。ヤチコちゃん、天女あまめちゃん、私達も追いかけるよ!」


 破魔子はアリエが走った方に向かい駆け出した。天女は五八千子を背負うと破魔子の後に続く。


「小娘共~!!」


 田中達は破魔子を追いかけ、冷華だけはその場から動かず何かを考えている様子だった。










 アリエは拝殿を突き抜け、本殿へと続く長い階段を駆け上がっていた。あの気配を感じてからその正体を確かめようと、反射的に体が動きだしてしまった。胸の内には驚きと動揺が渦巻いている。


 アリエは木々に囲まれた石造りの階段を何段も飛ばして、疾風のごとき勢いで本殿へと迫っていた。ポツポツと体に雫が落ちる。空はここへ来たときより薄暗くなり、今にも雨が本降りになりそうだ。


 山の頂上に着くと、そこには拝殿と同じような真っ白な社殿があった。白亜の本殿は下の拝殿よりもこじんまりとしていて、質素に寂然と佇んでいる。


 アリエはゆっくりと本殿に近づいた。石段を上り御扉みとびらを開く。ギギギィという音が立ち、扉が開かれると凍てつく空気が漂ってきた。アリエに冷や汗が流れる。


 慎重に中へ入ると、薄暗い本殿の中央に男が一人倒れていた。男の先には床が一段上がっておりその先に御簾みすが掛けてある。アリエが御簾に近寄ろうとすると、どこからともなく突風が吹き荒れた。


「ギャッ!?」


 突風は御簾に向かって吹き、アリエの背後の低級霊達が吸い込まれた。より濃くなった気配を感じてアリエの疑惑が確信へと変わる。


「まずい」


 御簾みすの奥から声がした。アリエはこの声の主が白巫女であり、それが敵であると認識し覚悟を決めた。右手に魔力でかたどった剣を出す。構え、青い刀身を伸ばすと、御簾を袈裟斬りにした。


 斬られた御簾は床に落ちると、姿を隠していた白巫女が露わになった。アリエは白巫女の風貌に驚愕する。


「だあれ?」


 彫刻のように冷たく美しい顔がアリエを見て不思議そうにする。白巫女は裾の広い十二単じゅうにひとえのような豪華な着物を纏い、髪は地に垂れるほど長い。年の頃はアリエと同じくらいで、肌は血が通っていないと思うほど白かった。


 白、白、白……。


 着ているものも髪も肌も全てが真っ白だった。唯一目だけが妖しく赤に輝いている。


「なぜだ……」


 すでに気配で確信し目で実際にその姿を確認しても、目の前にいるモノを信じられなかった。なぜなら白巫女と呼ばれるモノは、この場にいてはいけない存在であったからだ。


「なぜお前がここにいる!? 白霊はくりょう貴族!!」


 アリエは叫ばずにはいられなかった。

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