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第22話 呪須津家①

 GW4日目。


 早朝、御園小路みそのこうじ邸前で僕と鷹司たかし君と縁雅千代えんがちよさんは呪須津じゅずつ家へ向かうため、御園小路が用意してくれた車の前にいた。呪須津家は三重県にあり、ここから車で3時間は掛かるので、僕たち呪須津組が一番早く出発する。他のみんなは朝早くなのに僕達のお見送りに来てくれた。


「カミヒトさん、頑張ってくださいね!」


 天女あまめちゃんが僕のお腹のクロイモちゃんを擦りながら、眩しいほどの笑顔で勇気づけてくれた。太陽のような笑みに思わず顔がほころぶ。


「天女ちゃん」


 僕は懐から水晶さんを出すと天女ちゃんに渡した。


「水晶さんですか?」


「うん。水晶さんは天女ちゃんが持ってて。きっと力になってくれるから」


 昨日、話し合いが終わったあと、僕は部屋に戻り水晶さんにあるお願いをした。彼女達の力を信じているとはいっても、やはり心配なものは心配だ。できうる限りの対策はしておきたい。そのため、水晶さんを天女ちゃんに預けることにしたのだ。


天女あまめちゃん、五八千子いやちこちゃんを守ってあげてね」


 天女ちゃんは一瞬キョトンとした顔になったが、頼られたことが嬉しかったのか満面の笑みになり元気よく返事をした。


「はい! お任せください!」


「ヤチコちゃんは私が守りますよ。カミヒトさんはご自分の心配をしたほうがいいんじゃないですか? なんせ、あの呪須津じゅずつ家へ行くのですから。あ、あとで呪須津家の感想を聞かせてください」


「私がいるのですから大丈夫ですよ。イヤチコも守りますし、白巫女しろみこも切り刻んでみせますよ」


「いや、まだ白巫女が敵と決まったわけじゃないんだけど……」


 2人ともいつも以上に余裕があり自信に満ち溢れている。昨日、神正氣を大量に上げたからかな。神正氣を注入した直後は2人揃ってハイになって大変だった。今から白巫女をぶん殴りに行くとか物騒なこと言っていたし。今はだいぶ落ち着いているけど。

 

 五八千子いやちこちゃんが僕の前に来てまっすぐ僕を見つめた。彼女も自然体で全く気負いがない。


「カミヒトさん、ご武運を」


「五八千子ちゃん達もね」


「そろそろ行くぞ」


 鷹司君が不機嫌そうに言った。彼は相変わらずだ。


 名残惜しいが僕は車に乗り込んだ。助手席は鷹司君で後部座席に僕と千代さんが座った。


「カミヒトさん、どうかご無事でね」


 窓から光子みつこさんの顔が見えた。花のいい香りが漂ってくる。


「ええ、ありがとうございます。あの、最後に確認なんですが、本当に呪須津じゅずつ家は敵じゃないんですよね?」


 五八千子ちゃんの予言では呪須津家で凶事が起こるとのことであった。呪須津家は疫病神を祀っているというし、散々悪評を聞いた後だったので彼らと敵対すると思っていたのだが、光子さんにきっぱりと否定された。


「ええ、呪須津が敵になることはないわ」


「ならいいのですが……」


 だとしても呪須津じゅずつ家で何かが起こることは間違いないので気を引き締めていかねば。


「それじゃあ、行ってきます」


「兄ちゃん、これ持っていきな」


 セツさんが僕と光子さんの間にヌッと顔を出すと、僕に水色の袋を何枚か差し出した。


 これはもしかして、フェリーとかで無料で配っているアレではないか。エチケット袋ってやつだ。


「さっき千代にも渡したんだが、きっと役に立つよ。タカ坊と分けな」


「え……これってどういう意味ですか?」


「無事に帰ってくるんだよ」


「あの……」


「時間ですので参ります」


 運転手さんがそう言うと車は発進した。窓越しにセツさんは手を振っている。


 え……ほんとにこれどういう意味? ちょっと不吉なんですけど。


 僕は手に持った水色の袋を見た。千代さんに視線を向けると、彼女は控えめに首をかしげた。彼女も意味がわかっていないらしい。


 窓からは木々が流れる景色が見える。車はすでに動き出し、もう後戻りはできない。一抹どころではない不安を抱えた僕は無慈悲に呪須津じゅずつ家へと運ばれていくのだった。






 ――――――――――――


 光子は空から走りゆくカミヒト達を乗せた車を見つめていた。憂いを帯びたその目は、危険な旅に向かう我が子を見送る母のようだった。


「やっぱりジンカイに会わせるなんて不安だわ」


(彼らとは何度もやり合ったからね。君がそう思うのも無理はない)


 零れるように呟いた言葉に、光子の夫である甲子椒林傘こうししょうりんさんが答えた。


(しかし、多くは語らなかったがジンカイから並々ならぬ覚悟を感じた。ここは彼らを信じるとしよう)


「でも、ジンカイとの因縁は千年以上も前からよ? 今更信じろと言われても……。灼然しゃくねんが取りなしてなかったら、今も争っていただろうし、呪須津じゅずつも御三家にはなっていないわ」


(そうだね。光子の懸念も最もだ。でも、()()が相手であればジンカイは我々の味方だよ)


「……そうね」


(私達は備えることしかできない。カミヒト君達を信じよう)


「ええ、もちろんよ」


 光子はカミヒト達を乗せた車が見えなくなるまで、ずっとその場に佇んでいた。



 ――――――――――――






 車に揺られること数時間、僕達は呪須津じゅずつに指定された場所、三重県の寂れた県道の傍らにひっそりとある寂れた神社に来ていた。


「イッヒッヒ。ようこそおいでくださいました」


「う゛~あ゛~」


 そこに呪須津家のお迎えの人が2人すでに待っていたのだが、彼らの姿を見たらもう帰りたくなった。鷹司君や千代さんも顔が引き攣っている。


「……野丸嘉彌仁のまるかみひとです」


「おお! あなたが救世主と名高い野丸様でございますか! 私は当主の呪須津屎泥処じゅずつしでいしょと申します。以後、お見知りおきを。こちらはせがれ忌麿いみまろでございます」


 当主を名乗った老人は、背が小さく腰が曲がっており、ギョロギョロと大きく落ちくぼんだ目が不気味で印象的な人だ。セツさんとは正反対の妖怪っぽさを感じる。セツさんが正義の妖怪だとすれば、こちらは悪い妖怪だ。


 とはいえ、この人は見た目はそこまで異質ではない。問題は息子と紹介した()()()()の男だ。


 中年と思しき男はハゲ頭で目の焦点が定まっておらず、口を半開きにしてよだれを垂らしている。身につけている服は、いい年こいて短パンとサンダルだけである。上半身は裸だ。


 肌は本当に血が通っているのかと首を傾げたくなるほど真っ白である。そして何より、その病的な色白の体中に無数の五寸釘が規則正しく刺されていた。数は数百はあるだろうか。


 刺したてホヤホヤのようで、血が傷口から滔々《とうとう》と流れている。幾筋もの細い血が流れて、下地の肌が真っ白であることも相まって、赤と白のコントラストが異様に目立つ。ここまで異常な容貌の人間は見たことがない。


「う゛~あ゛~」


「イッヒッヒ。倅も歓迎しますと言っております」


 もう本当に帰りたい。初っ端からこれでは、呪須津じゅずつ家の本邸はどれほどなのか検討もつかない。今すぐ回れ右して帰りたい。


「……嶽鷹司たけたかしだ」


縁雅千代えんがちよです……」


「おお! 縁雅家と嶽一族の方が来てくださるのは久しぶりですな! お二方もようこそおいでくださいました。歓迎いたしますぞ」


「う゛~う゛~う゛~」


「イッヒッヒ。倅も喜んでおりますぞ。ささ、時間がもったいなので、早速我が家にご案内します」


 呪須津じゅずつ家の当主は本当に嬉しそうにして、僕達を神社の奥に招いた。神社の後ろには鬱蒼とした森が広がっており、森の入口に年季の入った鳥居が立っていて、その先に林道が続いていた。


「呪須津の本邸はこの森の先にあります。30分ほど歩きますが、まあ、お若い方たちなので問題ないでしょう」


「う゛~あ゛~あ゛~」


「えっ? イッヒッヒ。確かにその通りだ。野丸様、倅が野丸様はまだお若いのにそのような立派な腹をしていては、不健康だと申しております」


「…………」


 全身に五寸釘が刺さって血だらけで、裸の大将より薄着なおっさんに健康がどうのこうのと言われたくないなあ……。


「う゛~う゛~あ゛~」


「心配なので、もっと運動してはいかがでしょうかと提案しております」


 そもそもこれはクロイモちゃんの蛹であり僕の腹ではない。僕はちゃんと適正体重である。


「おっと、余計なお世話のようでしたな。イッヒッヒ。ささ、無駄話はこれまでにして参りましょうぞ」


 きっと僕は苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう。僕の不愉快な顔を確認してギョロ目の老人は愉快そうに笑うと、そそくさと鳥居の中へ入っていった。


 ……呪須津じゅずつ家が嫌われている理由が分かった気がするわ。


 きっと本邸ではもっと嫌な目に合うのだろう。それでも逃げるわけには行かないので、僕達は仕方なしにギョロ目の老人の後を追い、鳥居を潜った。


「「「…………」」」


 鳥居を越えた瞬間、空気が一変するのを感じた。まるで超越神社に入ったときのように、はっきりと境界を越えた感じがした。ただしこちらは超越神社とは正反対にドロドロと粘っこく嫌な空気である。


 林道は石畳が引いてあってずっと奥まで続いている。高い木々が鬱蒼と生えており、午前中だと言うのに森の中は太陽の光が入らず薄暗かった。


「足元は滑りやすいので気を付けてくだされ」


 そう言うとギョロ目の老人は先頭を歩いていった。僕達もあとに続く。


「いやあ、それにしましても久しぶりのお客様でウキウキしますな! それも一度に3人も!」


「う゛~あ゛~」


「我が家はこんな辺鄙な田舎にございます故、訪ねてくる方が少ないのです。私共としましてはもっと他家の方々と交流を深めたいのですが」


「はあ……」


 ギョロ目の当主は深く嘆息したが、場所のせいと言うより呪須津《この人達》に問題があると思うのだが。この当主はそれを分かっていてあえて嘆いているフシがある。


 老人が1人で喋り僕が適当に返事をしながらしばらく陰鬱な森の中を歩いていると、突然、女の子の笑い声が聞こえた。森の中からだ。


 僕は声のした右側を咄嗟に見れば、十メートルほど先の大きな木の幹に、白いワンピースの小さな女の子が隠れるのが見えた。もしかして呪須津じゅずつ家の娘だろうか。しかし、さすがにこんな森の中に子どもが1人だと不自然だし、何より嫌な気配がした。


「ああ、あれは浮遊霊でございます。ここはもう我が神の領域内ですので、ああいった霊がたくさん集まってくるのでございます。野丸様にとっては珍しくとも何ともないでしょう?」


 立ち止まった僕にギョロ目の老人が説明してくれた。っていうかやっぱり幽霊か。良くない感じがしたから悪霊の類か……。浄化したほうがいいのかな。


「野丸様の浄化術は、あの菩薩院桂花ぼさついんけいか様を超えるほどとのお噂でございますが、我が神の領域内ではご遠慮くださいませ。ああいう霊は我が神にとって必要でございますので。もし、浄化をしようというのなら我ら呪須津じゅずつ家が敵になりますのでご注意くださいませ」


 当主は僕の心を読んだかのように忠告した。ギョロ目が更にギョロッとなって怖かった。


「……気をつけます」


 呪須津じゅずつの老人はにっこり笑うと歩を先へ進めた。


 ということはこの先、あんな霊がたくさんいるという事ではないか。ああ嫌だ。まとめて浄化してしまいたい。


 更に進むと予想通り、あちらこちらから幽霊や怪異達が僕達の前に姿を現した。


 木々の裏から無数の真っ白な手がおいでおいでと手招いていたり、修験道の服を着たミイラ達が僕達の前を横切ったり、池の上に漂っている火の玉だったりと奥に進むごとにその頻度を増していった。


 そういえば、進むごとに不快な空気が濃くなっている。だとしたら呪須津じゅずつ家本邸は一体どれほど不快なんだろう。


「あと10分ほどで着きますので」


 もう三分の二まで来てしまったか。やっぱりもう帰りたい。そう思っていると視界の先の木の枝に、人が何人もぶら下がっているのが見えた。十人以上はいるだろうか、皆力なくだらんと手足を垂れている。顔は俯いて見えない。


 林道の上に大きく伸びた木の枝に、きれいに揃ってぶら下がっている。いずれも白装束を着ていた。枝にはロープが縛られており、それは白装束の人達の首まで伸びていた。


 ああ、近づきたくない。しかし、ギョロ目の当主はぐんぐん進んでいく。


「……まさか本物ではないですよね?」


 思わず尋ねてしまった。だってこれがもし本物の首吊り死体であればマジでもう帰る。そして警察に通報する。


「もちろんこれらも哀れな霊でございます。真ん中の家人を除いては」


「えっ……」


 どういう意味ですかと聞く前に、真ん中の男の首吊り死体が一体だけ動いた。急に動いたので3人揃ってビクッとなった。


 首吊り死体は顔を上げ僕達に手を振った。とてもにこやかだ。


「ようこそ呪須津家へ」


 ……どうやらこの人は生きている人らしい。びっくりしたじゃないか。何で首を吊って平気なんだこの人は。っていうか一体何をしてるんだ。


「こうやって浮遊霊と混じることによって、彼らの気持ちを理解しようというのですよ。イッヒッヒ」


 僕は呪須津家あなたがたの気持ちが理解できません。


「ささ、早く参りましょう。このような場所で道草を食っていては勿体ありませんからな」


 老人と釘だらけの裸の大将は先へ進んでしまった。僕達も渋々付いていく。枝は地面から5メートルほどの高さにあるので、首吊り死体の霊の足が頭に触れることはなかったが、それでもこの霊達の下を通っていくのは嫌だった。


 そして更に歩いて10分、林道の先に大きな鳥居が見えた。


「あの先が本邸でございます」


 鳥居の先は開けた場所であるようで、ここよりかは幾分明るかった。あと数十メートルほどだ。鳥居の柱に額をつけて、こちらに背を向けて俯いて立っている男の霊がいるが気にしない。霊などこの30分で飽きるほど見たからだ。


 さてここからが本番だ。すでに疲れているが、まだスタート地点にも立っていない。そう考えると足取りが重くなるが行くしかないのだ。きっと鷹司君も千代さんも同じ気持ちだろう。


 背を向けた男の霊を無視して鳥居を超えると、その先には大きく複雑な木造家屋が幽々と佇んでいた。その奇態な外観に僕は早くも嫌な予感がした。

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