第21話 贄
殺風景な部屋の小さなテレビから笑い声が遠く響いてくる。画面の中ではお笑い芸人たちが面白おかしくトークを繰り広げていた。近藤うるりはそれをただ無感情に眺めている。
こんなものを見たい気分ではなかったが、テレビの点けていないとうるりは気が狂いそうになった。ここには娯楽品と呼べる物がこれしかなかった。持ち物は全て取り上げられた。
窓のない六畳一間には小さな机、テレビ台とテレビ、布団しかない。あとはトイレ付ユニットバスが付いているだけである。うるりが監禁されている場所は一見すると旅館みたいであるが、扉だけが頑丈な鉄製でできており、これだけが異様に浮いていた。
この扉は一日三回、朝昼夕と食事が運ばれてくるときだけ開く。食事はうるりを騙した中年女性が運んでくるときもあれば、全く知らない女が来るときもある。いずれも背後に体格のいい厳つい男達がおり、うるりが脱走しないようにガッチリと出口を固めていた。
監禁されてから一週間以上経った。最初はうるりも騒ぎ立て、扉が開いたとき脱走しようと試みたが、大男に平手打ちでふっとばされ刃物で脅されてからはずっと大人しくしている。それ以来、彼らが危害を加えてくることはなかったが、うるりはこれからどうなるのか、何をされるのか不安で不安でたまらなく、今にも発狂しそうなほど恐れが胸を満たしていた。
自分がこの白星降村と呼ばれていた場所に来ていることを知っているのは、現幽編集部だけである。うるりは毎日毎日、彼らが助けに来てくれるか、それとも警察に連絡して救助を要請してくれないかとずっと祈って待っていた。しかし一向に助けが来る気配はない。それでもただひたらすらそれだけを願って待っていた。
虚ろな目でテレビを見ていると扉がガチャリと音を立て開いた。
「お嬢ちゃんええこにしとったか?」
鉄の扉から老人が姿を見せた。うるりを騙したメンバーである園田という名前の男だ。園田はそのまま部屋に入ってきた。テレビの時間を見れば午後八時。一時間前に夕食を運ばれてきたばかりなので、この扉は翌日の朝まで開かないはずだった。うるりは身構える。ニヤニヤと嬉しそうな老人の顔に恐怖と嫌悪と憎しみを覚えた。
続いて田中が入ってきた。この中年女性はうるりを監禁拉致した主犯だ。
「お嬢ちゃん、今日はええ日やで。ずっと部屋に籠もってると気が滅入ってくるやろ。外に出したるさかい」
「な、何が目的ですか……」
震える声で、それでもできるだけ強い口調で言った。何度も聞いた質問であったが全く答えてくれず、今回もまた無視された。代わりにおかしなことを言われた。
「お嬢ちゃん、白巫女様に会いたいゆうてたやろ? 会わしたるさかい」
そんなモノに今更会いたくなかった。もう取材などどうでもいい。ただ家に帰りたかった。
「お願いします。もう勘弁してください。お家に帰りたいです。ここであったことは誰にも言わないので、どうかお願いします……」
うるりは額を畳にこすりつけて懇願した。
「白巫女様がお待ちやで。はよいこか」
そんなうるりを無視して田中は後ろの男達に合図を出した。男達は土下座をしているうるりの腕を取り、左右から持ち上げた。
「い、いや……!」
うるりが抵抗する前に、園田はナイフを取り出しうるりの首元に添えた。うるりの顔が青くなる。
「お嬢ちゃん、大人しくしててな。お供え物はなるべく傷つけたくないんや」
うるりは男達に半ば支えられながら、部屋の外へ引っ張り出された。そこはむき出しのコンクリートの壁で囲まれた小広い空間であり、町人と思しき人間が何人もいた。皆、品定めするように好奇の目をうるりに向けた。その視線はまるで見世物の動物をみるようであった。うるりは自分が人間と見られていないと感じゾッとした。
「この娘が贄や。ええこやろ」
「ほんまやな。活きがよさそうや」
「今回は長持ちするとええなあ」
「最近はよそもんばかりやが、白巫女様はお怒りにならへんのかいな」
「そないなこと白巫女様は気にせんわ」
「そやかてよそもんは足がつきやすくならへんか?」
「そこんとこは駐在さんがうまいことやってくださるわ」
好き勝手品評するこの町人達は、自分と同じ人間には見えなかった。うるりは俯き震えが強くなった。
「梨予ちゃん、これで助かったんやな。今頃ホッとしとるやろ」
「ギリギリやったな。もう後がなかったもんな」
「25になったらアウトやったな」
「梨予ちゃん、もうそんな歳なんか。時間が経つんは早いなあ」
意地の悪い笑みを浮かべながら町人たちは、聞えよがしに大きな声で喋った。それを聞いたうるりはショックで頭が真っ白になった。
もしかしたら友人の早田梨予に裏切られたのだのではないかと、監禁中何度もそんな思考が頭をよぎった。その度に必至にそれを否定した。大学時代からの友人に裏切られたなど考えたくなかった。
しかし、彼らの話を聞けばそれが事実であると認識せざるを得なかった。うるりの頬に大粒の雫がつたいポタポタと床に落ちた。