第20話 岐路②
僕は広間で皆を前に、今日赴いた先の神社であった出来事、おじさんとの会話の内容、そして五八千子ちゃんの呪いが強くなったことを話した。
当然ながら堕ちた神に関連する事柄は言えない。だから堕ちた神が何かしらの方法をもってオカルト雑誌の編集部に接触し、復活のため集めた呪いを自身に向けたという僕の憶測は黙っていた。
代わりに、五八千子ちゃんを呪わんとする何者かが呪いを実行し、五八千子ちゃんの呪いが偶然それを吸収したのではないかと説明した。余計な心配はさせたくないし、堕ちた神の呪いがどこまで有効でどこまで喋っていいのか分からないので、事実を曲げて説明せざるを得ないのだ。
「なるほど、そういうことでしたか。確かに、これは遊んでいる場合ではないですね。ヤチコちゃんを呪おうとする悪の組織はこの私が成敗してみせましょう!」
「今の話のどこに悪の組織がでてきたんだい?」
「そこはノリだよ、テンカちゃん。でも、ヤチコちゃんを呪おうとしたのが、単独犯とは思えないんだよね。きっとrindo_hasimotoは下っ端に過ぎなくて、裏に何かとてもつない組織がいるはずだよ」
僕の話を聞き終わると、一番消極的だった破魔子ちゃんが一番やる気を見せた。幼馴染である五八千子ちゃんが何者かに狙われているのだから、当然といえば当然なのかな。
「何か関連がありそうだから調べに行こうとしたら、イヤチコの予言で強敵が確定したわけですか……。日本へ来てから禄に戦っていないので楽しみですよ」
すでに戦闘モードのアリエさんはこころなしか楽しそうにみえるけど、まだ戦うと決まったわけではない。確かに白巫女は怪しいんだけど。
「呪いを打ち負かさず吸収するパターンか……。厄介だな」
「呪いが強くなったとは穏やかではないね。五八千子、体に変化はないのかい?」
「うん、今のところ問題ないよ」
「白巫女伝説ね。私もチラッと聞いたことあるけど、もし私の五八千子に危害を加えようとするなら、白星降村の連中はタダじゃ置かないよ」
「その柏崎という男の話だと関連性はないというが、万が一ということもある。ここは白星降村の連中に吐かせるのが常道だろう。零源五八千子が標的となっていれば貴様らが騒ぐのも無理はない。煩わしいが、同行を許可しよう」
「あなたの許可など必要ありませんよ。黙っていなさい」
「そうですよ! リーダーはカミヒトさんなんですから、鷹司さんは3歩下がって私達の後をしおらしく付いてくればいいのです!」
「君がしおらしくする姿……見てみたいなあ」
「黙れ、俺に指図をするな」
みんな行く気マンマンだ。巻き込みたくない気持ちはまだ少しあるけど、彼女達と一緒だと心強くもある。皆が力を合わせれば、どんな難局でも乗り越えられそうな気がする。まあ、纏まっているとは言い難いが。
「運命を共にする仲なんだから、皆仲良くしよう」
「そうですよ! 仲良しが一番です!」
「……」
とにかく、明日はこの7人で白巫女伝説のある元白星降村へと行くことが決まった。どんなことが起こるか分からないが、1人で抱えていた難題を吐き出したら気分が楽になった。
急に食欲が湧いてきたな。厄介事に頭を悩ませていたので、禄に夕食が喉を通らなかったのだ。
僕は急いでご飯をかき込んだ。
「野丸様、お食事中すみません。少しよろしいですか?」
話が一段落し、明日の予定をあれこれ立てているところにやってきたのは、魔境神社の宮司で夢天華さんのお祖父さんである玄遠さんだった。
「ええ、なんでしょう?」
「実は先ほど、『呪須津』という一族から連絡がありまして。かの家の当主が、明日にでも野丸様を呪須津家に招きたいと。どこで嗅ぎつけたのか野丸様が我が家に逗留していることを知っているようで……」
玄遠さんの口から呪須津家という言葉が出てくると、場の空気がピタッと止まったように感じた。皆、雑談をやめて動きが止まっている。……どうしたんだろう?
困ったような嫌悪を感じているような、微妙な顔をしている。呪須津という名前を知らない僕と天女ちゃんとアリエさんは、皆の様子に戸惑うばかりだ。
「えっと……何なんですかね、その呪須津家っていうのは?」
ただならぬ雰囲気に僕は思わず遠慮がちに尋ねた。
「はい、呪須津家は御園小路や水無月と並ぶ西の御三家の一角でございます」
「その御三家の一つの呪須津家が僕に何の用なんでしょうか?」
「さあ、それは分かりません。ただ、救世主様と名高い野丸様にぜひとも来ていただきたいと……」
そんなこと言われても明日は元白星降村に行かなければならないのだ。そこで僕達の命運が決まるとは、さっき五八千子ちゃんが話してくれたばかりだ。寄り道している暇はない。それに皆の様子も気になるし……。
「申し訳ありませんが、断っていただけますか? 明日は大切な用事がありますので、先方にそう伝えてくれますか?」
「ええ、承知していますとも。野丸様方には重大な使命がありますので、私としましても余計な邪魔をするのはいかがなものと思っていたのです。しかし、呪須津家もあんなんですが、一応御三家ですので無下にできなかったのです。こちらで断っておくので、野丸様は気になさらぬように」
そう言って玄遠さんは広間を出ていくと、妙な緊張感があった空気が弛緩していった。呪須津家とはどんな人達なのかよく分からないが、何となく難を逃れた気がする。
「カミヒトさんも厄介な人達に目を付けられましたね」
破魔子ちゃんが気の毒そうに言った。
「……どう厄介なの?」
彼女や玄遠さんの言いぶりから、呪須津家とは腫れ物っぽい印象を受けたが、東側の御三家の嶽一族のような家なのだろうか。
「私も直接、呪須津家の人と会ったことはないんですが、呪須津家を訪れた家の人達は皆揃ってもう二度と行きたくないとボヤいていましたから……。めったに表情を出さないあのひいおばあ様すら露骨に嫌な顔をしていました」
「御園小路の人達も似たようなことを言っていましたよ。できることなら関わらない方がいいとも。ね、父さん」
「……そうだね。私も一度だけで十分だ」
「まあ、ワタシも何度か行ったが、その度に嫌な思いをしたもんさ。あそこには極力近づきたくないねえ……」
「あの親父が珍しく愚痴を零していたからな。怒るというよりは忌避しているといった感じだったな。あそこは嶽よりも嫌われているだろう」
「私も小さい頃に招待されたのですが、迎えの呪須津家の人を見て、その、気分が悪くなってしまって……。途中で引き返してしまいました」
出るわ出るわ、呪須津家の悪評が。みんな口を揃えて批判的なことしか言わない。一体どんだけなんだ、呪須津家。
「何なんですか……その呪須津家っていうのは……」
「あそこは疫病神を祀っているんだよ。悪神の類さね。その氏子である呪須津もそういったモノに傾倒していてね……」
「そんな人達が御三家なんですか……」
どちらかというと討伐される側ではないか? 御三家といえば霊的な力があって、悪霊やら怨霊を倒す退魔師的な役割を持った一族というイメージだが……。
「そう思うのも無理はないが、アレはアレで必要な存在なのさ。ま、関わりたくないがね」
「皆の話を聞きますと、僕は危機を逃れたようですね……」
明日は僕達の運命を決める日であるから、とんでもない難事が待ち構えているだろうと内心戦々恐々としていたが、別の厄介事を回避できたことは素直に嬉しい。これから先も呪須津家とは距離を置きたいと思う。
「呪須津家はしつこいって話ですよお~」
破魔子ちゃんがホッとする僕を見て脅かしてくる。ちょっとやめてよ。本気で嫌なんだけど。
「呪須津家とは縁を持たないように気をつけるよ……」
場合によってはハクダ様に呪須津家と縁がつながらないように加護をかけてもらおう。また貸しができてしまうが、この場合仕方ない。絶対に呪須津家とは関わらない。
僕が心のなかで固く決意をしていると、五八千子ちゃんが困った表情をして僕に何かを伝えようとした。
「あの、カミヒトさん……言いにくいのですが……」「カミヒトさん、あなたは明日呪須津家へ行くべきだわ」
突然背後から光子さんの声がした。振り向くと、そこには唐傘を大事そうにもった島田髷の神様がいた。いきなり現れたからびっくりした。しかも呪須津家へ行けとはどういったことだろう。嫌なんですけど。
「……どういうことですか? 明日は大事な用事があるのですが……」
「もちろん事情は全部知っているわ。それでもあなたは呪須津へ行かないとダメ」
……どういうことだろう? 本当に嫌なんだけど。
「……詳しく説明願えますか?」
「私が説明してもいいのだけれど、彼女に聞いたほうが良いんじゃないかしら?」
光子さんは五八千子ちゃんに視線を送る。五八千子ちゃんは了解したとばかりに小さく頷くと僕に説明してくれた。
「先ほど、玄遠さんから呪須津家の名前がでたときに、霞がかっていた未来がよく視えるようになったんです。いくつか分岐した未来のうち、私達が勝つために進むべき道がはっきりしました。勝利へと辿り着くためには、カミヒトさんは呪須津家へと赴かなければなりません。そちらでも私達の命運を決める何かがあります」
五八千子ちゃんは力強く断言した。
「……どういうこと? 呪須津家に何が待ち構えているのかな?」
「そこまでは分かりません。ですが、そちらも重大な事態が起こることは間違いありません。2つの場所で同時に凶事が発生します。ですからカミヒトさんは呪須津家へ行ってください。それから鷹司さんも……」
「俺も呪須津へ行けばいいのだな? 元よりこの男に付いていくつもりだったが」
「はい。そして――」
五八千子ちゃんが言い切る前に、今までずっと黙っていた縁雅千代さんが静かに手を上げた。
「私も野丸さんに付いていきます……」
か細く聞き取るのがやっとの声量だった。しかし、いつもの虚ろな瞳ではなく、確固とした決意を湛える表情をしていた。五八千子ちゃんが頷く。
「それがハクダ様の思し召しなんだね?」
セツさんに問われ千代さんは小さく首肯した。ハクダ様も何かを掴んでいるみたいだ。やはり何かあるのか呪須津家。でも行きたくないぞ、呪須津家。
しかし僕の意思とは無関係にあれよあれよと呪須津家行きが決まってしまった。こうなると元白星降村は千代さんを除いた乙女組だけで向かわねばならなくなる。
……不安だ。
「では白巫女伝説の調査には私と破魔子、五八千子に天女、そしてクールビューティーアリエの5人で向かうんだね?」
「なんですか、その呼び名は……」
「おや? お気に召さなかったかな? ではキューティーアリエはどうだろう?」
「普通に呼んでください」
夢天華さんとアリエさんがじゃれ合っているのは珍しいな。旅行中に打ち解けあったんだろうか。
「夢天華、あなたはダメよ。ここに残っていなさい」
光子さんが毅然とした口調で言い放ち、夢天華さんの同行を許さなかった。
「……光子様?」
「備えなさいと言っています」
「承知しました」
夢天華さんはそれだけで何かを察したらしく、執事のように慇懃に礼をした。しかし彼女がここに留まるとなると、元白星降村には破魔子ちゃん達4人で向かわなければならない。めっちゃ心配だ。
「4人だけで大丈夫かな?」
「心配は無用です! この私とアリエさんの退魔絢爛乙女団が2人も揃っているのですから! 向かうところ敵なしですよ!」
胸を張って自信満々に言っているがやはり不安だ。アリエさんは問題ないとしても破魔子ちゃんはちょっと抜けているからなあ……。天女ちゃんもスキルの怪力無双があるとはいえ、元は生まれたばかりの非力な美少女な妖怪であるし、五八千子ちゃんに至っては常人より体が弱いくらいだ。
「私はまだその退魔なんちゃらではありませんよ」
「ええ、分かっていますとも。私の実力をみて、リーダーと認めたら……ですよね?」
「その可能性は薄いと思いますが」
「あの、私もその……メンバーに……」
皆いい感じに力が抜けて気張っていないみたいだが、それでも心配だ。僕はチラッとセツさんを見やる。セツさんなら嶽一族の出身だし桂花さんの師匠であるし、ハクダ様の怒りを買ってもピンピンとしているので、相当な実力を持っているんじゃないだろうか。
「あの、セツさん……」「私は行かないよ」
速攻で断られてしまった。
「そこを何とか……」
「この老体に無茶をさせようってのかね? 兄ちゃんは酷いねえ。私はもう隠居の身だよ。未来は現役世代が守るべきじゃないのかね?」
そういう言われるとぐうの音も出ない。セツさんはゆうに100歳を越えているので確かにその通りなのだが、同時に妖怪じみた浮世離れした雰囲気もあるので意外に戦えたりするんじゃないかと思ってしまったのだ。
「カミヒトさん、私達4人で行きます。4人が揃っていれば何とかなりそう……だと思います。逆に言えば、それ以外の方がいても、多分意味がないかと……」
「フッ……。この菩薩院破魔子がいますので、何も問題はありませんよ。こっちは任せてください」
「カミヒト殿、私が付いていますのでご安心を。カミヒト殿はどうかご自分の任務に集中してください」
「私も微力ながらがんばりますよ! カミヒトさんはクロイモちゃんを守ってあげてくださいね!」
「兄ちゃん、さっきも言ったがこの娘らを侮っちゃいけないよ。この娘達を見ていると、まだ小娘だった頃の桂花達を思い出すよ。あの頃の桂花達と比べてもなんら遜色はない…………かもしれないから心配いらないさ」
そこははっきり断言してほしかった。しかし、確かにセツさんの言う通りかもしれない。数ヶ月前に偶然神になったへっぽこな僕よりもよほどのこと彼女達の方が頼りになる。気合を入れないといけないのは僕の方ではないか。
「私も非力な身ではありますが、全力を尽くしますのでお互い頑張りましょう。大丈夫です。私達を信じてください」
五八千子ちゃんは全く気負った様子はなく、落ち着いて余裕すらある。他の三人も同様だ。
「分かった。明日は僕と鷹司君と千代さんは呪須津家へ。五八千子ちゃんたちは元白星降村で白巫女伝説の調査をお願いするね。何が起ころうともみんな無事に戻ってくること。約束だよ」
みんな僕の言葉に力強く頷いた。