第13話 浄化を終えて
天を見上げたまま、しばしボーッとしていた。達成感と哀愁と緊張から解かれた脱力感で何も考えたくなかった。
「大丈夫か?」
後ろに手を置かれビクッとした。いつの間にかおじさんが来たみたいだ。人間に戻っている。
「ええ、何とか…」
本当に何とか立っているという感じだ。ハッ! そうだ、山の神はどうなった。
「あの、蜘蛛の化け物は……」
「ああ、そいつは消えたよ。浄化と攻撃を同時にやるなんてな……。すごいんだなお前」
ずっと仏頂面だったおじさんが優しげな顔で労ってくれる。こんな表情できたんだね。
嶽兄妹の兄はというと、煤子様達が成仏した方向を見て呆然として動かない。これが驚いているだけなのか、水晶さんが何かしたのかはわからない。
「信じられん……神々しきこと菩薩院桂花の如しだ。いや……それ以上……!」
何か小声でぶつくさ言っているがよく聞こえない。まあ、いいや。放っておこう。妹の方は無感情に僕を眺めているだけである。
「お疲れ様でした、カミヒトさん」
本当に疲れた。もうヘトヘトだ。主に精神が。
「ごめんなさい……私何もできなくって……」
「付いてきてくれただけで心強かったよ」
これはもちろん、本心だ。
天女ちゃんと話していたら、突然ヌッと横から嶽兄が出てきた。無言で僕を見下ろしている。結構背が高いな……。見つめあうこと数秒ほど。
「あの……」
「……嶽鷹司だ」
「えっ?」
「行くぞ、冷華」
それだけ言って、嶽兄妹は帰っていった。一体何だったんだ。
「……まあ、認められたんじゃないか?」
そういえば、初対面の時、名乗られていなかったな。
おばあさんの所へ行けば、ペタリと地面に座り、さめざめと泣いていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
おばあさんは僕の手を両手で握り、何度もお礼を言った。きっとおばあさんなりに煤子様のことを不憫に思っていたのだろう。
「疲れているようだから、少し休むか」
「そうしてくれると助かります」
先程の客室に戻り、お茶を飲んで一息つく。落ち着いたおばあさんが入れてくれたお茶だ。御菓子もたくさんある。ああ、温かいお茶が身にしみる。僕の隣にはおじさんと天女ちゃんが座っていて、机を挟んで差し向かいがおばあさんだ。
暫しまったりしていたが、気になる事があったのでおばあさんに聞いてみた。
「伝承では煤子様だけが人柱になったようですが、なぜ他の人達の魂も山の神に囚われていたのでしょう」
「申し訳ありませんが、私にも分かりません。しかし、修験装束に見覚えのある家紋を見ました。この装束を着ていた者達が、山の神を鎮める儀式を行った一族たちでしょう。御堂家はこの一族の分家筋でございますから」
「人柱だけでは鎮められなかったんだろう。因果を辿ってあの者たちに行き着いたんじゃないか?」
よく分からないけど、それだけ山の神の力が強かったってことか。見た目もめっちゃ怖かったし。
「何にせよ、浄化が成功してよかったです」
「はい! カミヒトさんすごい神様っぽかったです」
「ええ、ええ。本当によろしゅうございました。私はもう煤子様のことが不憫で不憫で……。煤子様がお目覚めになっているとき、時折苦しそうにうめいている声やお母様を呼ぶ声が聞こえて来ました。私は恐ろしくもあり、悲しくもあり、何もできない自分が情けなくて……」
おばあさんはハンカチを取り出して、目頭を押さえた。
「でも、おばあさんが供えた飴には喜んでいましたよ」
最後に煤子様がお礼を言ったことはおばあさんにも聞こえていたはずだ。
「はい、少しでも気休めになればいいと思い、供えていたのですが……ああ、良かった」
そう言うとおばあさんは感無量といった様子でさめざめと泣いた。おばあさんのその様子は、心の底から煤子様の身を案じていたようで本当にいい人だなと思った。僕も煤子様が苦しみから解放されたことは純粋に嬉しい。
「本当に、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて何度目かしれないお礼を言った。そしておばあさんから煤子様と同じ何かが流れてきた。力が湧いてくるぞ。何なんだこれ。
「ほんのお気持ちですが」
分厚い茶袋を渡され、中を見てみたら万札が入っていた。
「あの……これは?」
「少ないですが」
「いえ、頂けません」
これは本当の気持ちだ。10万円くらいならもらってたけど、100万円以上はあるぞこれ。こんなに受け取るのは正直怖い。
「受け取っておけ」
「えっ……でも」
「正当な対価だ。お前はそれだけの事をしたんだ」
おばあさんもおじさんに同意する。改めて受け取ってくださいといわれたので、ここは受け取ることにした。
「それじゃあ、そろそろ帰るか。御堂さん、我々はこれで」
「はい、野丸さん、龍彦さん、本当にありがとうございました」
「御堂さんお元気で。それでは失礼します」
「お邪魔しました!」
僕たちは車に乗り込み御堂家を出発した。おばあさんは見えなくなるまで手を振っていた。時計を見たら御堂家に来てから2時間も経っていなかった。ずいぶんと濃い時間を過ごしたな。もうクタクタだ。
「報酬はうちからも出る」
「うちって、霊管からですか」
「そうだ。お前には期待してるぜ。これからもよろしくな」
これからも? ……これからもこんな事するの? 確かに煤子様は救えた事は良かったと思う。しかし、何度もこんな怖い目に合うなんて嫌だ。
ああ、よろしくしたくない。よろしくしたくないぞ! 何か断る言い訳はないものだろうか……。
「あの、仕事が忙しいので、なかなか都合が合わないかもしれません……」
「仕事?何の仕事だ」
「普通の企業で働いてます……」
「早く辞めちまえ。稼ぎはこっちのほうが全然いいぞ」
「それは魅力的なんですが……」
「辞めづらいんだったら俺がなんとかしてやろうか?」
何とかするって何をするんだろう。霊管は退職代行サービスもやっているんだろうか。正直気が進まないから強引に話題を変えることにする。
「零源さんの鬼に変身する力って、何なんですか? 」
実はずっと気になっていた。水晶さんは異世界には魔法があると言っていたが、この世界にも似たような力があるのだろう。
「……嶽一族は鬼を使役することができる」
「嶽一族の力ですか……。零源さんは婿養子だったんですね」
「ああ。それから龍彦でいい。霊管には零源の家の者がたくさんいるからな」
「わかりました。でも今朝はビックリしましたよ。車から鬼が出てくるんだから。次からは普通に来てくださいよ」
ハハハ、なんて軽く笑って言ったが、おじさんは険しい顔をしていた。
「……正直言うとな、あの時はめちゃくちゃビビってたんだ」
「ビビってた?」
「あそこの敷地は霊管の管轄でな、元々は曰く付きの場所だったんだ。古びた祠があるだけの荒れ地だったんだが……超越神社っつったか?あんなもんができてるんだからな。あの土地には少し前に訪ねたばかりで、その時はいつも通りだった。事前に巫女様から聞いていたとはいえ、訪ねてみれば、神社ができていて、得体のしれない人間と妖かしがいたんだ。警戒もするさ」
ちょっと待って。曰く付きとか聞いてない。素敵な家をもらったと思ったら、まさか事故物件とかやめてほしいんだけど。
スマホが振動したので見てみると、水晶さんのアプリが起動していた。
――何も問題ないので安心してください――
ほんとに? 信じて大丈夫?
「まあ、なんにせよ、今日は助かった。ありがとう」
フワッとおじさんから何かが流れてきた。煤子様やおばあさんと同じやつだ。本当に何なんだ。
「これからもよろしくな」
おう……、結局よろしくしないといけないのか……。