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第17話 蛇腹杉①

 ムクロガハラから帰ってきた僕は御園小路みそのこうじ邸へと戻り、大広間でセツさんと一緒に昼食をいただいていた。鷹司たかし君はホコリまみれになっていたので風呂へ直行した。


 ご飯を食べながらセツさんに鷹司君のお母さんのことを聞けば、セツさんも彼女が生きていると知っており、例の事件以来ずっと水無月家に籠もっているようだ。水無月の領域を出れば、鬼神の呪いにより瞬コロされてしまうのも鏖鬼おうきの言っていた通りだった。


 水無月家は和歌山にあり、ここから車で3、4時間のところにあるらしい。今からでも行けてしまえる距離だ。鷹司君はお母さんに会いに行くのだろうか。まあなんにせよ、僕の役割はもう終わったといっていいだろう。


 今日はまったり過ごすとして、明日は僕も京都を見学しようかと考えていると、夢天華むてんかさんのお父さんである宿星じゅくせいさんが広間へとやってきた。


「お食事中すみません。今、ちょっといいですか?」


「ええ、ちょうど食べ終わったところですので」


 宿星じゅくせいさんは少し困ったような、言いにくそうな雰囲気で話した。


「折り入ってご相談があるのですが……」


「なんでしょう」


「ええ、実は私の知り合いの神社の神主から、今朝連絡がありまして。この神社はとある怪異を抱えておりまして、どうやら異常があったらしく困っているらしいのです。我々にすぐ見ていただきたいと申し出があったのですが、あいにく今、御園小路の者はみんな手が離せない状況でして……」


 宿星じゅくせいさんは遠慮がちにそう言った。つまり、僕にその神社へ赴いて欲しいという訳だな。さて、どうしたものか。午前中はでっかい鬼とバトったから、もう今日はゆっくり温泉に浸かりたのだが……。


「その怪異というのは?」


「ええ、その神社というのは、その筋ではうしこく参りで有名でして。境内の片隅に大きなご神木があるのですが、それに藁人形を打ち付けて呪いをかけようと、全国からわざわざやってくる者達がいるのです」


 聖子さんみたいな人達が集まってくる神社とかちょっと怖い。


「ということはそのご神木が怪異ですか?」


「いいえ、それはその神社がダミーとして用意した物です。本物の怪異は神社の裏の山の中にあるのですが、そこに恐ろしい杉が生えているのですよ。『蛇腹杉じゃばらすぎ』というのですが、それが恐らく人を呪わんとしている者達を呼び寄せているのでしょう」


 蛇腹杉? なんか最近どっかで聞いたことあるような気がする……。


 さらに宿星じゅくせいさんの言うところによれば、この蛇腹杉というのは、そこに藁人形を打ち付ければ、必ず呪いを成就させてしまうという、とんでもなく危ない怪異であるらしい。なので、その神社はわざと丑の刻参り用の木を用意して、蛇腹杉へと誰かが赴かないようにしているのだそうだ。


 その神社は一週間に一度、定期巡回をしており、今朝方この怪異に異変を認めたというのだ。どんな異変かいえば、この蛇腹杉が真っ二つに割れていたという。発見した神社の人はこれは何かの凶兆かもしれないとビビリまくって、急いで御園小路家へと調査の依頼をしたというのだ。


「どうかお願いできませんか? 野丸様であれば先方も安心していただけると思うので。もちろん、謝礼はいたします」


 割れてるんだったら、その怪異はすでにお亡くなりになってるんじゃないかな。わざわざ僕が赴く必要はあるのか。正直に言えば行きたくない。


 僕がどうしようかと逡巡していれば、入口からシャワーを浴びてすっきりした鷹司君がいた。僕達の会話を聞いていたようで、彼はズカズカと歩いてくると勝手に僕達の話に参加した。


「受ければいいではないか。貴様の力があれば、どのような事態になっても余裕だろう? 俺も付いて行ってやろう」


「おお! 鷹司さんも一緒であれば、問題は解決したも同然でしょう!」


 宿星じゅくせいさんはキラキラした目で僕を見る。そんな目をされたら断れないではないか。


「……承知しました」


 ちくしょう、流されるままの自分が憎いぜ。








 宿星じゅくせいさんが用意してくれた御園小路家お抱えのタクシーに乗り、僕と鷹司君は件の神社へと向かっている。そこは魔境神社から北にあり、1時間ほどで着くそうだ。


 車内は沈黙が流れている。暇であるから、彼に今後のことを聞いてみようか。


「お母さんに会いに水無月家へ行くのかな?」


「……まずは親父に事実を確認してからだ」


 では今回の除霊旅行の間は行かないということだ。僕としては早く会いに行けばいいのにと思うのだが、彼の心境は複雑で中々踏ん切りがつかないのかもしれない。それともたけ一族の事情が関係しているのだろうか。


 まさか僕に一緒に付いて来いとは言わないよね? これ以上聞いてもやぶ蛇になりそうなので、この話題はこれでお終いにしよう。


 再び沈黙が流れる。窓に流れ行く景色を見ていると、食事の直後ということもあってか、だんだん眠くなってきた。


「……貴様は母に会ったほうがいいと思うのか?」


 目をつむりウトウトしていると、今度は鷹司君が僕に尋ねた。


「まあ、その方がいいと思うけど……」


 ただし、僕に頼らず1人で行ってもらいたい。そういえば、妹がいるんだから妹と行けばいい。鷹司君がお母さんと別れてしまったのは彼が幼い頃だと言っていたので、一つ下の彼女だって長い間お母さんに会っていないはずだ。2人で行けばいいんじゃないかな。


「妹さんと一緒に行ったらどう? 彼女だってお母さんが死んだと思っているんでしょう? だったら妹さんだって会いたいんじゃないかな?」


 僕がそう言うと、鷹司君はまた難しそうな顔をした。こんな顔は今日何度も見たな。しょっちゅうそんな渋面をしていると、若いのに眉間にシワができちゃうぞ。


冷華れいかは……母を知らない」


「……どういうこと?」


 彼女はお母さんの記憶がないほど幼かったのだろうか。


「冷華は伯父の……親父の兄の家で育てられた」


 またまた何やら深い事情がありそうだ。関わりたくない僕としてはこれ以上聞きたくないんだけど。そんな僕の思いに反して、鷹司君は滔々と彼の家の事情を話し始めた。


「俺の兄弟は冷華以外に姉と兄がいるんだが、この2人は鬼神様の加護が弱いせいか他のたけの親族と折り合いが悪くてな。一応俺の家は本家であるから、本家の人間が軟弱では嶽一族の将来に差し障りがあると言われ、親族の話し合いの結果、冷華は伯父の家で育たられることになった。許可がなければ俺達家族でも会えなかった。今思えば、冷華の鬼神様の人柱の才能を見越して、このような処置をとったのかもしれない」


 そんなことがあったのか。娘を取られた母親の心境はいかばかりであっただろうか。


「……お兄さんとお姉さんは今どこに?」


「二人共、成人する前に嶽を出ていってしまった。今どこにいるか全くわからない。姉は一度俺に会いに来たが、兄は全然だ」


「お母さんのところにいる可能性は?」


 鷹司君とどれほど歳が離れているか分からないが、例の事件があった当時、その2人がある程度の年齢で事の真相を知っているのであれば、お母さんの生存や居場所を知っているのではないか。


「その可能性もゼロではない。兄や姉のどちらか片方でも水無月に居れば、母もいくらか慰められると思うのだが……」


「……やっぱりすぐにでも水無月家へ行ったほうがいいんじゃないかな。できれば妹さんも連れて」


 話を聞く限りお父さんや親族に話したら絶対反対されそうだ。わざわざ鷹司君に死んだと教えているくらいだし、無理に会いに行こうとすれば、下手したら軟禁されるかもしれない。だったらシレッと素知らぬふりをして、水無月家を訪れればいいんじゃないかな。


「俺はともかく冷華は来ないだろう」


「やっぱり、会いにくいのかな?」


 思春期だし、記憶のない母親に会うのは抵抗があるのだろうか。


「いや、そうではない。冷華は母を母と思っていない。興味もなければ嫌悪もない。ただ無関心なだけだ。母だけでなく、俺たち実の家族は全員そうだ。冷華はただの親戚としか思っていないだろう。制限なく冷華と会えうようになったのもここ最近のことだ」


 御堂邸で彼らを初めてみたときは、ただの厭味ったらしい兄妹だと思っていたのだが、まさか彼らの間にそんな溝があるとは知らなかった。


 鷹司君はこの話はこれで終わりだと言わんばかりに、口を閉じ窓の外を見た。僕も反対側の窓から景色を見る。


「冷華は母のぬくもりを知らない」


 最後に彼は誰に言うとでもなくポツリと言った。









 タクシーに揺られて一時間ほど。京都北部にある丑の刻参りで有名な神社へと来た。山々に囲まれた長閑な場所にひっそりと佇んでいる神社は、それなりの広さがある。ここで真っ二つになった蛇腹杉とかいう怪異の調査をするわけだ。


 僕達を出迎えてくれた人は宮司さんで、この神社で一番偉い人である。


「よう来てくれはりました。何分私らの手に余るもんでして、困っとったもんですから、ほんま助かります」


 挨拶もそこそこに僕達は早速、蛇腹杉へ向かうこととした。嫌なことはサッサと済ませたいし、それは宮司さんも同じであろう。蛇腹杉は本殿の裏にある山の中腹にあるらしい。それほど高い山ではないが、登っていくのは大変そうだ。


 砂利道の参道を歩いていると、本殿を前に右側に柵としめ縄で囲まれた大きな木があった。その木には数十もの藁人形が打ち付けてある。これが蛇腹杉から意識をそらすためのダミーの木だろう。それにしても異様だ。


「はあ……すごいですね。これって藁人形が沢山ありますが大丈夫なんですか?」


 元は普通の木でも、こんなに怨念を受けたら新たな怪異になりそうなものだが。


「ええ、定期的にお祓いを行っておるんで問題はありません。それよりもこないに誰かを呪いたいと思っとる人が多いことに頭を抱えとるんですわ」


「ごもっともです」


 妹にプリンを食べられたからといって、丑の刻参りを敢行しようだなんて言語道断である。そんなカジュアルなノリでやっていいものではないだろう。


「いやいや、違うんですわ」


 宮司さんは僕の言葉を、それは解釈違いだというように否定した。


「誰かを呪うとする人が必ずしも悪いというわけではありまへん。そら、利己的な理由だけで呪う人もおりますけど、大抵は心に不満やら世の中の不条理さを感じておって、そのやる場のない憤りを呪いという行為に転嫁させているのがほとんどなんですわ」


 意外にも宮司さんは呪う側に同情のようなものを感じていた。宮司さんはさらに続けた。


「この身代わりのご神木も、蛇腹杉から意識をそらすだけやのうて、鬱憤晴らしの役割もありますねん。やっぱりここに来はる人達は孤独を感じてはることが多いので、しばらく気の済むまでやらしたげたら社務所の方に招いて、悩みを聞いたげてることにしとるんですわ」


 しみじみとそう語る宮司さんからやるせないさが染み出ていた。そんな様子から僕はこの人が、呪う側の人達を本当に心配しているのだと、その心の清さに感心してしまった。聖職者とはかくあるべきなのだろう。僕も見習わなくては。


 というか、どこぞの世界の某聖女様こそ、こうあるべきなのだ。彼女には宮司さんの爪の垢を煎じて、毎日飲んでもらいたいものである。


「悩みを聞いてもらえる人がおらんという人達が、今の世の中多いんですわ。昔は神社やお寺さんがそういう役割ももってはったんですが、今はそんなとこが少なくなってしもうて……」


 宮司さんは嘆息しながらそう言った。

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