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第13話 ムクロガハラ③

 大鬼は僕をギラギラとした目で凝視している。口からはよだれが垂れている。まるで長い間空腹だった獣が、獲物を見つけて今まさに飛びかからんとしている様ではないか。


「お前、あの時の奴だよなあ?」


 ……御堂邸でのことを言っているのだろう。鷹司たかし君が召喚した鏖鬼おうきが山の神に攻撃しようとしたときに、水晶さんがガツンと一発やったんだった。あのときは山の神と煤子すすこ様の痛覚が同期されていたので、仕方がなかったのだ。


「あの時のことでしたらすみません。謝ります。こちらとしては差し迫った事情があったので、決してあなたに害を為すつもりはなかったんです」


 先手必勝で全面的に非を認め謝罪をする。とにかくこの鬼は危なそうなので下手下手でへりくだっていこう。


「死ね!」


 物騒な掛け声と一緒に、硬質な音が甲高く響いたかと思ったら、目の前に鏖鬼おうきがいた。僕はヒグマより遥かに大きな鬼が一瞬で距離を詰め、殺意のある攻撃を仕掛けてきたことに驚き、尻もちをつきそうになった。あの音は結界に刀を振り下ろしたときの衝突音だったようで、僕が鏖鬼を認識したのはすでにこの鬼の攻撃が終わった後であった。


 ……危なかった。結界をずっと張りっぱなしにしてて良かった。


 バクバク音を立てる心臓を抑えながら、網膜に残像すら残さないこの鬼の速さに恐怖を覚えた。殺気に満ちた眼が僕を捉えている。まさか、話も聞かずいきなり殺そうとしてくるとは思わなかった。


鏖鬼おうき! 何をする!」


「ヒョオオウゥ!」


 鷹司君の制止も聞かずに鬼を両手にもった出刃包丁のような刀で結界を滅多打ちにする。


 金属同士が激しくぶつかるような不快な空気の振動が僕の耳朶を打った。鬼は高速で移動し、四方八方から斬撃を繰り出す。


「鏖鬼! やめろ!」


 鷹司君は印を結んでなんとか鏖鬼を止めようとしたが全く効果がない。それもお母さんの封印のせいなのか、それともムクロガハラが鏖鬼のホームグランドであるからなのか。


「鏖鬼!」


「邪魔だ!」


 鬼はその大きな手で鷹司君を掴むと、あろうことか乱暴に彼をぶん投げた。鷹司君は大きく弧を描き骨の山をいくつも越え飛んでいった。キィンと刀が結界を斬りつけた。彼の心配をする間もなく鬼の攻撃がまた始まった。


 雨あられと斬撃が降り注ぐ。止まる様子はない。結界は今のところ無傷であるがいつ傷が付くとも知れない。


 まさか壊れることはないと思うが、鷹司君でも制御できないようだし、もう攻撃しちゃってもいいよね? 内に響く音もすごくうるさいし。


 僕は鬼に狙いを定め破壊玉を繰り出した。が、鏖鬼おうきには当たらず、骸骨の山に真っ直ぐ向かうと爆散し、骨片の雨がドバドバと辺りに降り注いだ。


「……!」


 僕は一度にいくつもの小さな破壊玉を出し、あらゆる方向にショットガンのように撃ちまくった。もちろん、鷹司君がいるので鏖鬼にだけ当たるように調整した上でだ。


 相手が速すぎるので隙間ができないように適当に撃ちまくる。しかし、あの巨体であるのに関わらず、器用に避け全く当たらない。どうしたものか。とりあえず、地面に捕縛用の鎖の神術を仕込んでおこう。シュルっとな。


「やるじゃねえか! 殺しがいがあるぜ!」


 大鬼が後ろに飛び、僕から距離を取った。2本の刀をクロスさせると、黒いオーラのようなものが刀を縁取った。なんだか、必殺技が来る予感……。


 僕は鏖鬼おうきが力を溜めている隙をつき、破壊玉を放った。高速で発射された破壊玉はまっすぐ無防備な鬼へと飛んでいく。


 悪く思わないでほしい。敵の大技というのは使わせないのが定石であり、隙があれば容赦なく付くというものだ。


 大砲のごとく飛んでいく破壊玉と、前に構えた鏖鬼の刀が触れる直前、鬼の体が一瞬ぶれた。当たったかと思った破壊玉はするっと鏖鬼の体を抜け、後方に飛び抜けていった。


 鏖鬼はニヤリと薄笑いを浮かべる。続けて二発目、三発目と打ち込んだが、また同じように鬼の体がぶれたかと思うと、破壊玉はすり抜けていった。


「……!」


 どうやら当たる瞬間に高速で移動しているようだ。必殺技を放つための力を溜めている最中まで高速で動けるのずるいぞ……。


「行くぜ!」


 もう必殺技に必要な力が充填したらしく、鏖鬼おうきは刀を大上段に構えた。纏う黒いオーラは煌々とギラつき、当たったらとても痛そうだ。ということで、事前に地面に仕込んで置いた鎖を解き放つ。さあ、捉えておしまいなさい!


 下から金色の鎖が蛇のように大鬼を締めようと勢いよく出てきた。しかし鬼はすんでのところで、高く飛翔し鎖から逃れた。金色の鎖は鬼の後を追う。


「小賢しい!」


 鏖鬼は向かってくる鎖を刀で一閃、捕縛用の鎖は千々にちぎれジャラジャラと地面に落ちた。くそう、捕獲失敗だ。


 宙高くにいる大鬼は上から攻撃をするつもりなのか、今にも刀を振り下ろそうとしている。恐らく、飛ぶ斬撃的な遠距離攻撃なのだろう。大丈夫だとは思うが、万が一結界ごと破られて、胴体が真っ二つになったらどうしよう。


 こうなっては仕方がない。こちらも肉体を強化して対抗だ。超パワー神主は燃費が悪いからあまり使いたくないのだが、そうも言ってられない。


 僕は神正氣を体中に巡らせ、身体強化の神術を行使しようとしたが、直前で懐の水晶さんがバイブった。と同時に突然ピシャっと雷が落ちる音がしたと思えば、鏖鬼が空中で体を硬直させ、そのまま地面に大きな音を立て落ちた。なんか、どこかで見たような光景だ。


『いまのうちにどうぞ』


 やっぱり水晶さんの仕業だった。ナイスアシスト。僕は痺れて動けない大鬼に向かって破壊玉を放つ。破壊玉をまともに受けた鏖鬼おうきは吹っ飛んでいき、骸骨の山の中に突っ込んでいった。ガラガラと崩れる骨の山。辺り一面を覆う粉塵。手応えはあったので、これで終わりだといいのだが。


 僕は警戒を怠らず、崩れた山を凝視した。すると粉塵の中からニョキッと鬼が立つ影が見えた。ゆっくりだが力強く歩いてくる鬼が骨片の塵の中から出てくる。全身ホコリまみれではあるが、あまりダメージを負ったようには見えない。結構強めに打ったんだけどな……。


「大丈夫か!?」


 鷹司君がこちらへ駆け寄ってきた。彼も鬼と同じくホコリまみれだ。


「君こそ大丈夫?」


 用心深く鬼を見ながら僕は言った。目立った怪我はなさそうだが、ホームラン級に飛んでいったのだからどこか痛めているかもしれない。


「ああ、問題ない」


 彼の無事に安堵しつつも、近づいてくる大鬼に緊張感が高まる。鏖鬼からすれば前回と同じ攻撃を受けたのだから、屈辱を感じているのではないか。


 まだ、戦うのか……。今度こそ超パワー神主の出番か……。


 そう考えて身構えていると鬼は僕達の手前10メートル程の距離で止まった。そこで乱暴に尻をつきあぐらをかいた。


「興ざめだ……」


「…………」


 鬼はブスッとした表情で僕を睨みつけている。ただ、もう戦意はないように見える。これは降参と受け取っていいのかな?


「おい、名を教えろ」


「……野丸嘉彌仁のまるかみひとです」


 反射的に名乗ってしまったが、こんな凶暴な鬼に名前を教えて良かったのだろうか。鷹司君を見れば特段気にした様子もないので、多分問題ないのだろう……ないよね?


「……お前、水無月の者か?」


「いえ、違いますけど……」


 なぜ僕が水無月家の出身だと思ったのだろう? 水無月とは鷹司君のお母さんの旧姓で、西の御三家の一角だ。僕とは全く関係ない。野丸のまる家はいたってノーマルな家柄であるから、家系図を辿っていっても特殊な力を持った家系には行き着かないはずだ。


「もう満足しただろ。俺達は帰る。もう邪魔するなよ」


 疑問は残るがこんなところに長居はしたくない。さっさと退散しよう。


 後ろの大鬼を警戒しつつ僕達は魔境門の前まで来た。鷹司君が手を触れるとまた鏡面がさざ波から大渦へと変わった。渦が収まると魔境門の向こうに光子さんと傘の旦那さんの姿が見えた。光子さんは僕達を認めるとたおやかに手をふる。ホッとする光景だ。


 僕達が魔境門を潜ろうとすると鏖鬼おうきが最後に声を掛けた。


「たかしぃ、待ってるぜえ」


 鷹司君は何も答えなかった。

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