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第12話 ムクロガハラ②

 鏖鬼おうきの鬼神の殺害宣言に鷹司たかし君はいたく驚いたあと、次第に強い怒りを表し声を荒げて鏖鬼を責め立てた。


「何を馬鹿なことを……! 気でも狂ったか。世迷い言をいうな!」


「いやいや、俺は本気だぜ?」


「自惚れるな! 貴様ごときが鬼神様にかなうとでも思ったか!」


 謀反ともいえる提案に鷹司君は烈火の如く怒った。彼としては生まれてからずっと祀っていた一族の神を殺すなど、考えられもしないことだろう。光子さんに対する態度でも神に対する敬虔さが窺えるので、特に自分のところの神様には篤い信仰心を抱えているに違いない。ならば背反とも謀反ともいえる鏖鬼の企みは到底受け入れられないだろう。


「確かに鬼神は強大だ。腹が立つが俺1人じゃ勝てねえ。だが、俺はあの女の秘密を握っている。それをうまく使えば勝てないこともない」


「そういうことを言っているのではない! 鬼神様に害を為すなどあってはならない! 今すぐ訂正しなければ、貴様の下らない企みを鬼神様に報告するぞ!」


「クックック。んなこと、とっくにあの女は知っているさ。俺が虎視眈々と奴の命を狙ってることなど、お前の親父や他の連中だって知ってるはずだぜ。公然の事実ってやつさ。報告したけりゃすればいい。だがな、鷹司……これはお前のためでもあるんだぜ?」


「バカなことを。なぜ鬼人様を殺すことが俺の利益になるのだ? バカも休み休み言え」


 鷹司たかし君は怒りを抑えられず吐き捨てるように言った。対する鏖鬼おうきはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


「水無月のクソ女の居場所を教えてやろうか?」


「……何? どういうことだ?」


 鬼の不可解な言葉に鷹司君は警戒心を強めたような口調になった。それでも母親の居場所が気になるのか、鏖鬼の次の言葉を待っている。


「お前のおっかさんはなあ……お前の加護を封じたあと、当然ながら鬼神の怒りを買った。あの時の鬼神は怒り狂って半端なかったぜ。クソ一族は鬼神がすべてだ。鬼神に反抗するなどあってはならねえ。他の家から嫁いできたとあっても、たけの一門に入ったからには鬼神には絶対服従だ。あの女は禁忌を犯したクソ女を殺そうとデタラメに強い呪いをかけようとした」


 大鬼は鷹司君の反応を楽しむように見ている。彼は難しい顔をして黙って話しの続きを待っていた。僕も続きが気になる。彼のお母さんに何か不幸が起こってなければいいが。


「クソ女は水無月の者達や、おそらくお前の親父の助力もあって、何とか鬼神から逃げることができた。だが奴の呪いは日ノ本すべてを網羅する。逃げ場はねえ。どこにいてもしつこく殺すまで追跡をやめない。唯一安全な場所があるとすれば、水無月の領域だけだ。あそこは水無月の神の加護が働いているからな」


「では、母は水無月家に……」


「恐らくな。鬼神は今も殺すことを諦めてねえだろうから、ずっと籠りっぱなしだろうなあ。長い間、子どもにも会えないままで……。ああ、不憫だ!」


「…………」


 この鬼は全く同情なんかしていないだろう。鷹司君を煽るような言い方にちょっとイラッときた。顔には出さないけど。


「それもこれも全部鬼神のせいだ! あの女がお前とおっかさんの仲を割いてるんだよ。どうだ、ろくでもないだろ? こんな奴、殺しちまおうぜ」


 鷹司君は何事か難しい顔で考えている。まさか、この信用ならない鬼と一緒に謀反を起こすとは思えないが……。


 ややあって、鷹司君は鏖鬼おうきを正面から見据え、毅然とした口調で言った。


「断る。どんな理由があろうとも俺が鬼神様を裏切ることはない。俺はたけ一族であることに誇りを持っている」


 鏖鬼には与さないときっぱりいってのけた鷹司君だが、鏖鬼は更に邪悪さを感じる笑みを深めるばかりで、まるで意に介した様子はない。


「話は終わりだ。母の居場所を教えてもらい、感謝する。俺達はもう帰る」


「おいおい、勝手に帰んな。まだ俺の話は終わっちゃいねえよ」


 大鬼は鷹司君を強く掴むと荒々しく立ち上がり、自分の目線まで彼を持ち上げた。ちょっと荒事は勘弁してほしいんですけど……。


「何をする!」


「たかしぃ……これは知ってるか?」


「何が……だ!」


 鷹司君は鬼の手から逃れようとジタバタしている。だが鬼の大きさとむっくり膨れた筋肉から推察するに、その膂力りょりょくは凄まじいものがあるだろう。常人がこの拘束から逃れるのは不可能だ。


 僕はハラハラしながらことの成り行きを見守るしかない。……念のため、神正氣を丹田たんでんに溜めておこう。


「お前の妹は鬼神の人柱だ」


「……なんだと? どういう意味だ?」


「言葉のとおりだ。お前の妹は鬼神の人柱としての才能を持って生まれてしまった」


 鷹司君も初耳であったらしく、もがくのを止め難しそうな顔をして何か考え込んでいる。確かに人柱とは物騒である。


「……それがどうかしたか。それは誉れあることではないのか」


「誉れあるぅ? クックック。確かに名誉なことだなあ。たけの守り神である鬼神の力をその身に宿せるんだからなあ。だがな、鬼神の強大な力はアホみたいに負担がかかる。才能があるといっても、所詮は人の身だ。命を削らんと鬼神の人柱は務まらない」


 鷹司君の顔が苦々しく歪んだ。やはりというか、神様の人柱というのは大きな負担がかかるらしい。僕の脳裏に浮んだのは、異世界で邪神の人柱になってしまったアロン教徒のガシャという老人だった。邪神が体に入って、こんがり焼けた焼死体みたいになっていたもんな……。


「しかも鬼神はたけに生まれた女しか人柱にできないが、本人は大の女嫌いでな。その扱いは自分の氏子であろうとぞんざいなものだ。酷使された挙げ句、ゴミのように捨てられるだろう。可哀想に。お前は妹が嫁に行く姿を拝められないだろうなあ」


「その話が本当であるという証拠はあるのか……!」


「証拠ぉ? んなもん、てめえの親族に聞けば答えてくれるだろうよ。俺は嘘はついてねえぜ?」


 大鬼は喉をクックと鳴らし愉快そうに、苦悶の表情を浮かべる鷹司君を眺めていた。


「なあ、分かっただろう? 鬼神がいる限り、お前たち家族は幸せになれない。たけに生まれた者が何人も不幸になるのを俺は見てきた。哀れなことに、嶽はずっと鬼神の奴隷の一族なのさ。奴がいる限りこれからもその関係はずっと続く。なあ、鷹司。ムカツクだろ? 悲しいだろ? 殺してやりたくなっただろ? 俺も同じ気持ちだ。この腐った因果を俺達で断ち切ってやろうぜ」


 鏖鬼おうきは甘く優しくいかにも親切そうにささやいた。しかしどう見ても僕には悪魔のような鬼が、人をたぶらかそうとしているようにしか思えない。鷹司君を見ればじっと黙っている。その心中はどのような考えが渦巻いているのだろう。


 やがて鷹司君は静かに、しかし断固とした口調で言った。


「たとえお前の話した内容が本当であったとしても、俺は鬼神様を裏切ることはできない!」


「おっかさんが不当な扱いを受けてもか? 妹がわずかしか生きられなくてもか?」


「そうだ。それがたけ一族の天命だ。鬼神様が掲げた使命は絶対だ。嶽に生まれた以上、俺はその使命を全うする!」


「使命? 何だそれは?」


「怪異共をたいらげ、この世界を安寧に導くことだ。人に仇なす人ならざるモノを一掃する! そのためならどんな試練でも受けて立つ。それが誇り高き嶽一族だ。断じて奴隷などではない!」


「クックック。なるほどなるほど。そりゃ大層な使命だ。恐れ入ったぜ。さすが俺の御主人様だ」


 鬼は鷹司君を握った手を開いた。彼はそのまま5メートル程の高さから落下したので、一瞬ヒヤッとしたがなんということなく骨の地面に着地した。


「だがな鷹司。お前は鬼神を盲信しているようだが、疑うことを覚えたほうがいいぜ? あの女が世のため人のために何かするなんて考えられねえ。その使命とやらの裏には何か別の陰謀があるかもしれないぜ」


「ふん。俺を欺こうなど百年早い。貴様の欺瞞などお見通しだ。俺達はこれで失礼させてもらう」


「はっ! 信用がねえなあ。無知なお坊ちゃんの説得は骨が折れるぜ。仕方ねえな。だが、鷹司。忘れてほしくねえのは、俺はいつだってお前の味方だってことだ。俺が必要になったらいつでも呼べ」


「いくぞ」


 鷹司君は僕にそう声を掛けると、鏖鬼おうきに背を向け魔境門の方へ歩いた。僕はその後を急いで追った。ここへ来て良いことも悪いことも判明したが鷹司君の心中は今どうなのだろう。複雑な心境であるのは間違いないが、僕としてはとりあえず荒事もなく帰れるのでほっと一安心だ。


「おい、ちょっと待て」


 鷹司君が魔境門に手を触れようとしたところで、鏖鬼が声を掛けた。僕は振り向くとかの鬼と目が合った。鷹司君ではなく僕を見ている。


「思い出したぞ。どこかで見た人間だと思ったら、前に俺に一撃を食らわした奴だな」

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