第12話 災いの神 ~初めての浄化~
山の神は大きな蜘蛛と人間のハイブリットだった。その醜悪な姿は神というより化け物と言ったほうがしっくりくる。突然現れたそれにビビって動くことができない。
こちらが恐れていることを察してか、より一層、ニタニタと邪悪な表情を浮かべる。僕達を嬲って遊ぶつもりじゃないだろうか……。
蜘蛛の化け物が人間の手みたいな足を振り上げ、ソレを僕たち目掛けて振り下ろした。蜘蛛の化け物との距離は結構あるが、なんと、足が伸びて僕たちに襲いかかる。
「!!?」
まずいと思い、すぐさま結界を張ろうとした時、横からスーツを着た赤鬼が現れ、化け物の足を掴み僕たちを守ってくれた。おじさんが鬼に変身したみたいだ。
「大丈夫か!?」
「は、はい。おかげさまで……」
近くに気配を感じたので横を見てみると、いつの間にかあの高圧的な男がいた。水晶さんの攻撃から立ち直ったようだ。
スーツのポケットに手を突っ込んだ無礼男の前の地面に、光る円形の模様が浮かび上がった。中にはびっしり難しい漢字が書かれており、和風だか中華風の魔法陣のようだ。その魔法陣が激しく発光したかと思うと、中から何かが現れた。
白い着物に長い刀を持ち、サラサラの長髪に整った顔、額には角が二本、身の丈は赤鬼になったおじさんと同じ2メートルを超える巨躯だ。鬼だ、鬼を召喚した。
「鏖鬼、やれ」
鏖鬼と呼ばれたイケメンの鬼は手に携えた刀で、蜘蛛の化け物の足を切り裂く。
「い゛~~~!!?」
予想外の攻撃に驚いたらしく、後ろに跳躍してこちらから距離を取る。しかし、怯んでいる様子はなく顔は憤怒の表情だ。
「痛い!痛いよぉ!!」
腕の中の煤子様が叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「……クソっ!魂が山の神と融合しているからだ。奴を傷つければ煤子様も傷つく……!」
「それじゃあ、どうすれば……」
「鏖鬼」
山の神に追撃を加えようと、男が鬼に指示を出した。
「ま、待ってください。彼が苦しんでいます!」
「分かっている。だからすぐに消す。やれ」
僕は咄嗟に男の召喚した鬼の前に出た。鬼の迫力にへっぴり腰になるが、ここは引く訳にはいかない。でもめっちゃ怖い……。
「何をしている!邪魔だ、どけ!」
「僕が浄化をしますから、もう少し待ってください!」
「ヘタレが!貴様は何もできていないだろう。それに浄化などできたとしても無意味だ。俺がすぐに片付ける!」
「いえ、僕がやります!やらせてください!」
「まさか浄化をすれば、あの世へ行けると世迷い言をいう訳じゃないだろうな?死後の世界など存在しない。さっさと災いの神を倒す事が、その人柱の唯一の救済だ!」
確かに僕も死後の世界には懐疑的だ。しかし、それでも煤子様には安らかに成仏してほしいという思いが、どんどん強くなるのを感じている。
「い゛っい゛っい゛っい゛っい゛っい゛っ!」
僕たちの言い合いを見ていた蜘蛛の化け物が、ニタニタと突然笑い出す。すると蜘蛛の体からブツブツと何かが出てきた。
僕は思わず悲鳴を上げそうになった。蜘蛛の体から出てきたのは老若男女無数の人の顔だった。そのどれもが涙を流し苦しんでいる。
「シク……シク……シク……」
「クル…シイ……」
「タスケテェ……」
「まさか……アレは今まで取り込んできた魂か!?」
「おっかあ!!!」
煤子様が叫んだ。どうやらあの中にお母さんの顔があるみたいだ。
あの化け物……まさかあの魂たちを人質にしているのか? 自身を傷つければあの魂たちも傷つくとわかっている。そして僕達がそのことに躊躇して攻撃をためらっていることも。厄介だ……。思った以上に知恵がある。
「脅しのつもりか? くだらん……。鏖鬼!」
僕の目の前にいる召喚された鬼は、山の神に再び攻撃を加えようと大きく跳躍した。
「まっ……!」
止める間もなく飛んだ鬼は、しかし、途中で雷に打たれたように硬直し、最高到達点に達しない内にボトリと落ちた。左手の水晶さんが眩しいほど発光している。
「貴様……! なにをした!」
また水晶さんが何かやったみたいだ。
『邪魔者は私が止めます。カミヒト様はどうぞ思うがままになさってください』
僕は力強く頷き、蜘蛛の化け物を見据える。距離があるとはいえ、このおぞましい化け物と対峙するのは、やはり怖い。だけど、震えはいつの間にか止まっていた。よしやるぞ。
そう思ったら、山の神は突進の構えを見せた。あ……まずい。あの巨体ですごいスピードで突進する山の神は、まさに大型トラックのようだった。ああ、死んだな、と思ったのは一瞬。すぐさま横から赤鬼のおじさんが出てきて蜘蛛の化け物を止めた。
「はやく……やれ……」
必死で止めるおじさん。おじさんが作ってくれた時間を無駄にする訳にはいかない。早速浄化を試みる。浄化の方法は直感でわかった。先程出した、あの黄金色の光だ。あの光をもう一度出せばいい。
僕は目を瞑り、両手を突き出して黄金の光をイメージした。囚われている魂を開放する慈愛の光。朝焼けのような、大地に降り注ぐ優しい光を思い浮かべる。
手の先に力強い、神聖な力がどんどん大きくなるのを感じる……! 目を開けるとそこには、灼灼と燃え立つような黄金の球があった。ん?少しイメージと違う……。
黄金の球は直径1メートル位で太陽のようにメラメラしている。浄化属性というよりも攻撃属性だ。……これ、当てちゃって大丈夫?
戸惑っていると、黄金の光球が勝手に発射した。
「い゛っ!? 」
目にも止まらぬ速さで放たれた光球は、おじさん諸共、山の神に直撃した。目を開けられないほど強い閃光が走る。
「い゛い゛い゛い゛……!」
化け物の断末魔が辺りに響き渡る。それはそれはもう、腹の底に響くような恐ろしい声だった。
程なくして声が聞こえなくなったが、まさか倒してしまったのか。光が収まり、慌てて後ろの煤子様を確認すれば、良かった、何事もなかったようだ。しかし、煤子様の体が淡い黄金色の光に包まれている。表面の黒いすすがポロポロと落ちていき、地面に着く前に霧散していく。
「ああ……あったかいなあ……」
黒いすすが全て取れ、現れたのは10歳にも満たない可愛らしい男の子。これが彼、本来の姿なのだろう。
「あんちゃん、もう痛くないよ! 黒いのがなくなったよ!」
「うん、よかったね」
ほっと一息つく。無事に浄化が成功したようだ。……そうだ、おじさんはどうなった? 山の方を見れば、おじさんは平然と立っていて、上空を見上げていた。巻き込んでしまったのかと思って焦った。山の神はというと、どこにも見当たらない。
――坊や……――
「おっかあ!」
空を見上げると、幾人もの人が浮かんでいる。その中の1人、簡素な着物を着た女性が両手を広げ、煤子様だった男の子に呼びかけていた。男の子は宙を翔け、お母さんらしき人の腕の中へと飛び込んでいく。
「おっかあ! おっかあ!」
――坊や! 坊や! ――
親子は抱き合い、泣きながら再開を喜んでいる。僕もホロリと貰い泣き。
――ありがとうございます――
お母さんが僕に向かい礼を言う。周りに浮いている人たちは僕に向かって頭を下げている。修験装束と思われる服装の人達が多い。恐らくこの人たちが山の神を鎮める儀式を行った人達だろう。
――あんちゃん、ありがとう――
お母さんと手と繋いでいる男の子は幸せそう。
――ありがとうございます――
満面の笑みの男の子や周りの魂から、フワッと温かい何かが流れてくる。それは僕の中に溶け込んで一体となった。
「よかったね」
煤子様の体が少しずつ光の粒子となって宙に溶けていく。どうやらお別れのようだ。
――感謝します――
――これでお役目が果たせました――
――ああ、やっと逝くことができる……――
彼らの体はどんどん薄くなり、粒子となってこの世界に還っていく……。
――おばあちゃん、あめ、おいしかったよ。ありがとう――
ニッコリと笑っておばあさんにそう言うと、男の子達は完全に光の粒子となって消えた。光の粒子は天に導かれるように昇り、ゆっくりと消えていく。僕は光の残滓を見つめていたが、やがてそれも完全になくなった。
裏庭に光が差し、燦々と太陽が輝いていた。