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第5話 山田翔也

 オカルト雑誌現幽(きょうかい)の編集部である山田翔也(しょうや)は、取材のため都内のとある呪物コレクターの家へと向かっていた。


 この呪物コレクターは四宮半蔵しみやはんぞうという名の60代の独身の男で、国内だけでなく呪物と名の付くものは海外のものでも広く集める生粋の奇人である。現幽きょうかい編集部と付き合いは長く、山田も何度か四宮の下を訪ね彼のコレクションの逸話を記事にしたこともあった。


 今回の取材対象は四宮が最近手に入れたという呪いの藁人形で、この変わり者の老人から「面白いものが手に入ったから見に来ないか」と連絡がきたのだった。


 今日は直行直帰であるため少し遅めに自宅を出た山田は、電車を乗り継ぎ四宮の家の最寄りの駅で降りた。四宮の家は駅から少し離れており、20分ほど歩くと閑静な住宅街の中に四宮のアパートがある。新し目のアパートは中々設備がよく家賃もそこそこするようだ。


 四宮は仕事をしておらず定年を迎える前の職業も不明である。貧しい独居老人かと思えば、世界各地を漫遊し呪物を集められるだけの資金はあるようだ。一体どこにそんな金があるのだろうと以前編集長に聞けば、恐らく親の遺産を食いつぶしているんだろうと興味なさげな答えが返ってきた。


 山田自身も四宮本人にさほど興味があるわけではないので、その話はそこで終わった。大事なのは四宮が集めた呪物であり、謎の老人の過去はどうでもよかった。


 アパートに着いた山田はインターホンを押す。程なくしてドアが開き中から小柄で頭頂部の禿げ上がった男がでてきた。


「山田さんか。よう来たな」


 四宮は小柄だが筋肉はしっかりついており、足取りもたしかで活力がみなぎっている。未だ世界中を駆け回るだけ元気はあるようだ。


「これ、どうぞ。お邪魔します」


 山田はいつもどおりに菓子折りを渡してから中へ入った。久しぶりに来たが相変わらずすごい家だなと思った。


 四宮の家の間取りは2LDKであり、部屋全体に所狭しと呪物が並べられて生活スペースはごくわずかだ。2つの部屋は呪物で溢れておりリビングにまで侵食している。わずかに残ったスペースとキッチンだけで生活をしているらしい。


 2つの部屋には天井まで届く棚が設えられていて、そこに四宮が集めた呪物を飾っている。日本人形を含めた人形類が一番多いだろうか。その他にも掛け軸や壺、謎のお面や心霊写真、本物かわからないミイラなど種々様々な呪物がある。

 

 四宮は山田が訪れるたびに嬉しそうに呪物の詳しい来歴を話す。特異な趣味であるため、話を聞いてくれる同志がいるとついつい喋りたくなってしまうのだろう。


 山田はいつも話を聞く僅かなスペースにある机に行くと、その上にこの家では見慣れない物が置いてあったのを認めた。一眼レフのカメラだ。


「カメラなんて持ってたんですね」


 四宮がカメラを趣味にしていたとは以外であった。呪物にしか興味がない変人だと思っていたからだ。


「ああ……最近始めてな」


 山田は四宮が健全な趣味に興味を持つことができるのだと、内心安堵した。その道にどっぷり浸かっている人を見ると、オカルト雑誌の編集部に勤めている自分ですら距離を置きたくなるし、普通の人間ならば余計にそうだろう。このままでは呪物に囲まれて、孤独死してしまう確率が高い。


 そう思えばカメラという趣味をきっかけに健全な人間関係を築くのはいいことではないか。山田はお節介にもそう思った。


「ちょっとここで待っててくれや。例のブツを持ってくるから」


 挨拶もそこそこに、四宮は一眼レフを取るとリビングから出ていった。少ししてから両手に古臭い木箱を抱えて戻ってきた。長方形の木箱を山田の前の机に置く。


「これが呪いの藁人形ですか」


 木箱の大きさは焼酎の5合瓶より少し大きいくらいだろうか。山田はメモ帳を取り出し木箱の見た目を詳しく書き写した。


「相変わらず細かいとこまで書くんだな」


「うちの編集部はみんなそうですよ」


 いや、紫雨しぐれは細かい描写はせずいつも大雑把だったな。山田はあまり好きになれない後輩を思い浮かべた。


「じゃ、開けるぞ」


「お願いします」


 四宮が木箱の上蓋を外すと、中には純白紙に乱雑にグルグル巻にされているモノが入っていた。その紙が乱暴に取られると出てきたのは片手でぎりぎり持てるほどの大きさの藁人形だった。標準的な藁人形よりだいぶ大きい。四宮はその藁人形を大事そうに取り上げると、早速藁人形にまつわるいわくを話し始めた。


「これはとある呪術師が作った藁人形でな……」


 四宮が語るところによると、この藁人形は江戸時代中期のある有名な呪術師の作とされ、極めて強い呪力を帯びているのだそうだ。その呪いは当の呪術師にも制御ができないほど強く、人形自身が意思を持ち、常に呪う相手を求めて呪わせるために人に取り憑くのだという。


 そのためこの藁人形に魅入られた者はこの藁人形を使って誰かを呪わないといけない。呪いを成就させないと魅入られた本人が藁人形に呪われ殺されてしまうという。そして藁人形は転々と所持者を変えて、常に誰かを呪わんとしているのだそうだ。


「呪わせるために呪う……なんだかややこしい話ですね」


「恐らく呪うという行為自体がコイツの存在意義なのだろう」


「……もしかして四宮さんはコイツを使って誰かを呪ったりとか?」


「まさか、そんなことはせんよ。俺は呪いたい奴なんていないからな」


「では今の話が本当だとすると四宮さん自身が呪われてしまうのでは?」


 現在の藁人形の所持者は四宮である。そうなればこの老人が誰かを呪うまで、藁人形に呪われているということになるだろう。


「まあ、実際それっぽいことは起きたな」


「……! その話をぜひ詳しく!」


 山田は目を輝かせた。現幽きょうかいとしては実体験の話を本人から聞くことを重視している。この実話部分が現幽のキモであり、山田本人の趣味としても強く興味を惹かれた。


 四宮は机に藁人形を横たえると少し疲れた顔をして語りだした。


「毎晩夢に出てくるんだよ……。俺は何も無い真っ暗な所にいてな、遠くの方にポツンとこの人形がこっちを見ているんだよ。それが日を追うごとに近づいてきてな、数日前にはついに鼻が触れ合うほどの距離に藁人形がいてな……」


 山田はゴクリと生唾を飲み込んだ。もちろんメモをすることも忘れていない。


「まあ、それだけだが」


 オチになっていないオチに山田は肩透かしを食らった気分だった。それでは怪現象ではなくただの変な夢ではないか。


「……何か体に異変とかないんですか? 誰かを呪わないと逆に呪い殺されてしまうんですよね?」


「特にないな」


 山田は期待外れな展開に興ざめする思いだった。四宮がひどい目にあってほしいとは流石に思わなかったが、本人に何も無いというのでは怪談の結末としては弱い。保持者の夢の中に出てくるだけでは、呪いの藁人形のいわくと整合性が取れない。


 もしかして今回はハズレか。この話を記事にできるかと思案していると、四宮が話を続けた。


「これが身代わりになってくれたからな」


 そう言って山田の前に差し出したのは真ん中から縦に真っ二つに割れた陶製の人形だった。正座をしていてにこやかに笑う民族衣装を着た老人だ。


「これは?」


「こいつはようだ。中国で手に入れたものさ」


ようですか」


 俑とは古代中国で殉死者の代わりに主人と共に墓に埋葬する人形である。生きている人間を主人と一緒に埋める殉葬は野蛮な習俗であったため、殉死者の代わりに俑という人形を用いたというが、諸説様々である。逆にようという習慣があったため、それが殉死という悪習が生まれる原因になったと孔子は批判していた。いわゆる「俑を作る」という慣用句がそれである。


 俑にまつわる怪談も多いため山田もその程度のことは知っていたが、実物を見るのは初めてだった。


「その俑が身代わりになったというわけですか」


「そうだ。これは唐時代のようを使って向こうの霊媒師が身代わりの魔除けとして作ったものだ。俺も呪物なんて物騒なもの集めてるからな。こういったお守りなんかも結構集めてるんだよ。こいつはその中でも高くついたがな」


「はあ……ずいぶんと昔の物なんですね」


 山田はさっきとは打って変わって感心した様子だった。この魔除けとして生まれ変わった俑が四宮に向かうはずの藁人形の呪いを防いだというわけだ。呪いの藁人形と俑という魔除けの話は中々面白そうだ。山田はしげしげと2つに割れた人形を見た。


「写真、撮っていいですか?」


「ああ、いいぞ」


 了解を得た山田は藁人形と2つに割れたようをいろいろな角度から撮った。役に立つかわからないが、スマホの動画機能で360度ぐるりと撮影する。四宮は熱心に撮影する山田をしばらく見ていたが、やがておもむろに口を開いた。


「それ、貸してやるよ」


「えっ?」


 撮影する手を止めた山田は怪しむ目で四宮を見た。呪物好きのこの老人は自身のコレクションを誰にも譲ったり貸したりせず、現幽きょうかい編集部も貸出を何度も申し出たがその度に断られた。それが今回に限って貸そうというのだから、山田が訝しむのも無理はない。そんな山田の様子を見て四宮は言い訳をするように言葉を続けた。


「いや、そう不審がるな。俺も年を取って丸くなったという言い方が正しいのかわからないが、色々心変わりしてな。お前さん、オカルト雑誌なんか作ってる割にそういった不思議な体験はしたことがないんだろう? だから山田さんにゃ特別貸してもいいと思っているんだ」


 確かに山田は霊感が一切なく不思議体験や心霊現象など今まで一度も体験したことはなかった。他の現幽きょうかい編集部は何かしらそのような経験があるが、自分だけないことに一種のコンプレックスのようなものを感じていた。


 これはコンプレックスを消すいいチャンスかもしれない。


 しかし、思いがけないチャンスに山田は喜ぶよりもむしろ嫌な気持ちがした。


 編集長なら両手を上げて喜ぶだろうが、山田はいざそのような機会が訪れるとなると、やはり怖いという気持ちが強く躊躇してしまう。オカルト雑誌編集部としては受けるべきだが断りたい……。


「何、こいつもやるから心配はいらない」


 どうやって断ろうかと考えていると、四宮がポケットから10センチほどの陶製の人形を出した。槍を持った兵士のようでこれもようだろう。


「こいつも同じ霊媒師から買ったものだから効果は折り紙付きだ。安心していい。途中で怖くなったらいつでも返してもらっていいし、何かあればお祓いに精通してる霊媒師を紹介したっていいぞ。どうだ、持っていってみないか?」


 そこまでお膳立てされると、山田も現幽きょうかいの編集部としてのプライドもあり、藁人形を借りる方に心が傾いた。


 山田は四宮に断りを入れて藁人形を恐る恐る手に取りじっと見る。いくつも太い藁を編み込んでいてしっかりした作りだった。江戸時代中期にできたというが、古めかしい感じはない。


 この藁人形をじっと見ていると先程の怖い気持ちはなくなり、不思議と持って帰りたくなってくる。


 魅入られたように藁人形を見る山田の後ろで四宮はそっとほくそ笑んでいた。

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