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第4話 魔境神社②


 荷物を置くため訪れた御園小路みそのこうじ邸は4階建ての木造家屋だった。宮大工が作ったと思われる立派な意匠はまさに高級旅館だ。


 中へ入ればロビーに数人の仲居さんのような人達が出迎えてくれた。客間は2階にあるらしく、趣のある階段を登ると僕は角部屋まで案内された。破魔子はまこちゃん達女子高生組はみんな一緒の部屋に泊まるらしい。アリエさんはやんわりと断ったのだが、破魔子ちゃんが交流を深めるためだと説得し強引に相部屋にしていた。


 僕の部屋は12畳の和室で1人で使うにはだいぶ広かった。中央には大きな机に座椅子があり、テレビ、冷蔵庫、金庫、クーラーなど必要なものが一式揃っていた。机の上にはポットと湯呑み、茶菓子が置いてある。謎スペースとして名高い広縁ひろえんもあった。普通に高級旅館の客間といって差し支えないほど、至れり尽くせりの空間であった。


 僕はキャリーケースを端っこに置くと、畳に大の字になって寝転んだ。どうにも僕は畳があると寝転びたくなる性分であるらしい。い草の匂いが心地よくしばらくそうしていたかったが、これから光子みつこさんが魔境神社の境内を案内してくれることとなっているので、名残惜しくも立ち上がった。


 僕はキャリーケースを引き寄せると、御園小路家に渡すために買った菓子折りを出そうと中を開ける。すると中に見覚えのない黒い物体が詰まっておりモゾモゾと動いていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 クロイモちゃんだった。空いたスペースにちょうどよくクロイモちゃんが収まっていた。


 いつぞや破魔子ちゃんや天女あまめちゃんと一緒に甲信越地方に任務をこなしに行った時と同じように、いつの間にか付いてきてしまったようだ。


「あ゛~」


 クロイモちゃんはキャリーケースからモゾモゾと抜け出すと、僕の足をよじ登り右肩にピッタリくっついた。どうやらクロイモちゃんも一緒に魔境神社を見て回りたいらしい。


 付いてきてしまったものは仕方がないな。こうなったらクロイモちゃんも連れていくしかない。


 僕はクロイモちゃんと一緒に部屋を出るとロビーに向かった。階段を降り真っ直ぐ歩くとロビーにはセツさん以外は皆揃っていた。


「わ! クロイモちゃんだ!」


 僕を認めた天女ちゃんがいの一番に駆け寄ってきた。天女ちゃんに撫でられたクロイモちゃんはあ゛~と気持ちよさそうに鳴く。


「勝手に付いてきちゃってね」


「コシラキ様と宿主は表裏一体ですからね。やっぱりこのコシラキ様はカミヒトさんを主として認めているのでしょう」


 そういうものなのか。でもクロイモちゃんはちょっと出かける時や異世界に行くときは付いてこないぞ。この個体は気まぐれなだけなのかもしれない。


「…………」


「ああ、鷹司たかし君もいたんだ」


「悪いか」


 1人彼女達の輪から離れていた彼はいつも通り不機嫌そうに答えた。その様子は渋々といった感じにも見えるし、案外乗り気であるようにも見える。


 いまいち彼の心情がよく分からないな。本当は嫌だけど神である光子さんに誘われて嫌々参加しているのか、それとも鷹司君自身も魔境神社に興味があるのか定かではない。


 彼の目的も判然としないし、どのように付き合えばいいのだろう。明日から2人きりでいくつか案件をこなす予定なんだけど心配だなあ。


「では皆そろったことだし行きましょうか」


「あれ? セツさんは?」


「ああ、大婆おおばば様は真っ先に温泉に向かいました。大婆様は何度も魔境神社へいらしているので、今更境内の案内などいらないのでしょう」


 夢天華むてんかさんを先頭にもと来た道を戻ると大階段の手前の鳥居に光子さんが傘を差して佇んでいた。光子さんは僕を認めるとたおやかに手をふる。周りの景色とあまりに自然に馴染んでいて、とても神様とは思えなかった。


「早かったわね。それじゃあ早速行きましょうか。あの婆婆ばばあがいないからのびのびできるわね。ほほほ!」


 僕達は光子さん先導のもと、広い参道をまっすぐ進んだ。魔境神社には一般の参拝客はいないのでもっと閑散としているかと思ったが、御園小路の関係者なのか思いのほか境内には多く人がいた。境内を掃除していたり、左右にあるよくわからない社殿に行ったり来たりと忙しない様子だ。


 参道の先には拝殿と思しき立派な社殿がある。拝殿の背後には山に沿って長い階段が伸びており、その先にはこれまた立派な社殿があった。あれが本殿だろうか。


 そしてその本殿と思われる建物からまた上に階段が伸びている。山のてっぺんまで続く階段の先には何やらそこにも建物らしき物があった。あれは何だろう?


「初めての人もいるからまずは魔境神社がどのような役割を持っているか説明しないとね。あそこでゆっくり説明しましょう」


 光子さんに促され僕達は拝殿の前まで来ると、靴を脱ぎ中へ入った。拝殿の中は手前が参拝用の空間であり畳が引いてある。そこから段が一つ上がって光沢のある天然素材であろう木の床が広がり、そこには祭礼用の神具が備えられている。一番奥には光子さんを模したであろう木像が安置してあった。


 光子さんは僕達を畳に座らせ、光子さんに似ている木像のそばに旦那さんである傘を立て掛けると、講師のように僕達の前に立った。


「まず魔境神社とはその名の通り魔境を管理している神社よ」


 僕の目を見ながら光子さんは言った。魔境ってなんぞ?


「カミヒトさんは魔境をご存知よね?」


「いえ、知りません。そこから説明をお願いします」


「あら、そうなの。分かったわ。じゃあまずは魔境からね。魔境とはこの世界から少しずれた所にある魑魅魍魎ちみもうりょう悪鬼羅刹あっきらせつが作り出す空間よ。今は異界と呼ばれることが多いわね」


 光子さんによると怪異やこの世ならざるものというのは、それ自体がうつつと幽冥のどっちつかずの存在であり、それ故現世(うつしよ)から切り離された独自の場所を作り出せるという。それは現実世界を模倣した世界であったり、全く別の世界であったりと様々だそうだ。


 ただそれは小規模なものが点在しており、ニュアンス的に異世界のようにもうひとつの世界というわけではなさそうだ。1つ目(ましら)を退治した後泊まった旅館で、顔の化け物が作った破魔子ちゃんと天女ちゃんの偽物に誘い込まれたあの場所が異界なのだろう。サエ様が封印されていた社の中も異界なのかもしれない。


「怪異達が作った異界はね、それぞれが独立しているのだけれど、現実世界のはざまや他の異界と干渉し合うこともあるの。そして間には流れというものがあって、多数の異界が混ざり合う場所があるの。その混ざり合う大規模な異界への入口がこの魔境神社にあるわ」


「先ほどご覧になったかもしれませんが、山のてっぺんに伏魔殿という名の社殿があるのですが、あそこに魔境へと繋がる入口があります。ですから我々御園小路(みそのこうじ)は伏魔殿に強力な結界を張って管理しています」


「入口は魔境門といって、元々この辺りは魔境門から魑魅魍魎ちみもうりょう達が盛んに吐き出される文字通りの魔境だったのよ。それを大昔にアタシと旦那様とアタシの氏子たちがこの地を浄化し平らげたの」


「なるほど、そんな来歴があったのですね……」


 魔境神社が思った以上に魔境だったので驚いた。つまりここは縁雅えんが神社のように縁起のいい場所ではなくて、本来はその逆の悪い場所なのだろう。しかしこの場にいても全く邪悪な感じがしないどころか神聖さすら感じるのは、光子さんや御園小路家の人達が頑張ったからなのだろうな。


「今でもその魔境門から悪いモノは吐き出されるのですか?」


「ええ、もちろんよ。最近はとみに活発になっているわね。ケガレが増えると怪異も活動的になるから困っていたの。アタシも氏子達もそのせいで疲弊していたんだけど……」


 光子さんは後ろに置いた旦那さんである傘をちらりと見た。


「カミヒトさんがあの人を治してくれたおかげで、こちらの戦力が大幅に上がったわ!」


「光子様のやる気も上がって万事うまくいっております。我々としても大助かりです。野丸様にはなんとお礼を申し上げればいいのか……」


 夢天華むてんかさんがまた大仰に膝を付いて頭を下げた。そういうの止めてほしいんだけどな。


「カミヒトさんはすごいんですよ!」


「あ゛あ゛あ゛」


 天女あまめちゃんや恐らくクロイモちゃんからもよいしょされた。


「カミヒトさん、後で伏魔殿に行く? 本来ならワタシ以外は一部の氏子しか入れないんだけど、カミヒトさんは特別に見学させてあげるわ」


「いえ、大丈夫です」


 そんな危なそうな所へ行くなんて冗談ではない。たとえ見学だけであったとしても御免被る。


「ふふふ、残念だわ。でも、もしご入用だったら遠慮なく言ってね」


「ご入用ですか?」


 魔境の入口になんて用はないんだけれど。


「魔境門は入口だから当然こちらから異界へ向かうこともできるの。名のある妖怪達は自身の空間に閉じこもって姿を隠しているから、もし奴らを退治しようというなら送っていくこともやぶさかじゃないわ」


「……いえ、結構です」


 それって強い妖怪に殴り込みに行くってことじゃないですか。


「……ほう」


「ふむふむ」


 どういうわけかアリエさんと破魔子ちゃんが興味を抱いている。二人とも、そんな目をしたって絶対に行きませんよ。


「魔境神社は大体そんな場所ね。危ない所でもあるから普段は結界で神社自体を隠しているの。あ、危ないと言ってもカミヒトさん達の安全は保証するから安心してね。あの婆婆ばばあは知らないけど。ほほほ」


 光子さんは袖を口に当て上品に笑った。機嫌も調子もよさそうだし、光子さんの言う通り危険はないのだろう。


「それじゃあ、境内を見て回ろうかしら。特別に宝物殿ほうもつでんにある貴重な物を見せてあげるわ」


 僕達は拝殿を出ると光子さんをナビゲーターに広い境内を回った。魔境神社は歴史が長いので様々な逸話を光子さんから聞くのは面白かった。特に宝物殿には歴史的に価値のある物も多く、博物館を見て回るようで非常に楽しめた。


 しかし境内にはしめ縄が張ってある岩や木や石像などが多くあり、場所が場所だけにそれらには昔の妖怪などの怪異を封印してあるのだという。そういう話を聞くとやっぱり危ない場所なのだなと少し気が引き締まる思いがした。


 そうこうして広い境内を見て回れば、時間が経つのは早いもので、すでに日が沈みかけている。この後は御園小路邸で歓待をしてくれるらしい。海や山の幸をふんだんに使った豪華な夕食らしいので今から楽しみだ。


「カミヒトさんはご飯の前に少しいいかしら?」


「はい、なんでしょう?」


「この後アタシの家でお話したいのだけれど」


 光子さんは旦那さんと僕と三人でお話したいらしい。彼女の家である本殿に是非ともと言うので僕はそれを了承した。


「では、私達は先に戻りますね」


 僕達は二手に分かれ、僕は光子さんと一緒に本殿へ向かうこととなった。









 僕と光子さんは再び拝殿に向かい、中に入って裏口を出た。裏口の先には山に沿って長い階段が伸びており、そこを登った先には威風堂々たる見事な朱色の社殿があった。ここが光子さんのお家の本殿だ。


 本殿の扉は金箔の貼ってある観音開きで光子さんが近づくとひとりでに開いた。扉の先は広い土間であり、そこで靴を脱ぐと漆塗りの廊下を歩く。少しすると襖があり光子さんが開くと僕を中へ招いた。


「さあさあ、何も無いところだけで寛いでちょうだい」


 そこは十畳ほどの純和室であった。真新しい畳に桐ダンス、鏡台、他にも年代物の調度品が設えられていた。なんだか昔見学したどこぞの富豪の指定有形文化財になっている家って感じがする。


 僕は中央の高級天然木と思われる一枚板の座卓の前に座らされた。机の表面はまるで鏡のように僕の顔を反射していた。いつの間にかお茶を持ってきた光子さんが僕の前に茶菓子とお茶を置く。対面に光子さんが座わると、その隣に光子さんがいつも大事そうに持っている傘が浮いていた。


「…………」


(初めまして、お客人。私は光子のつがい甲子椒林傘こうししょうりんさんと申すものだ)


 頭の中に男性らしき声が響いた。声の主は目の前の傘で間違いないだろう。


「初めまして。野丸嘉彌仁のまるかみひとです」


(魔境神社はどうだったかな?)


「興味深い物が多く、とても楽しめました」


(それは良かった)


 なんか普通に会話してるけど一体この傘はどういった存在なのだろう?


「あの、こうし、しょうりんさん……さんでしたっけ? いきなり不躾ですが初めにあなたの事を詳しく教えていただけませんか?」


「アタシの旦那よ!」


 それは知ってますよ光子さん。僕が知りたいのはなんで傘がしゃべって神様の伴侶ができるのかという事だ。セツさんは神器のようなものだと言っていたが……。


(そうだね、最初に私のことを話すのが筋というものだね。君には大きな恩があるのだからなんでも聞いてほしい。まず、私を一言で言うならば付喪神つくもがみになるだろうね)


「付喪神ですか」


 付喪神って確か長い年月を経た道具が妖怪化した物だっけ。


「カミヒトさん、勘違いしないでほしいのだけれど、うちの人はそんじょそこらの付喪神とはわけが違うわ」


「はあ……」


 光子さんが熱弁するところによると、旦那さんは現存する付喪神の中ではほぼ最古で、もはや神と大差ないほど力のある付喪神なのだそうだ。


「アタシと旦那が出会ったのは、この地が魅魍魎魑ちみもうりょう共に溢れていてまだ魔境と呼ばれていた頃だったわ……」


 光子さんは遠い目をしてそう語りだした。


「当時のアタシはケガレに満ちていたこの地を浄化しようと、氏子達と一緒に戦いに明け暮れていたの。でも次から次へと魔境門から溢れてくる妖怪ややま共に押されていて、もう撤退するしかないってくらい追い込まれていたわ。そんなとき、突然どこからともなく旦那が現れたの」


(懐かしいね。あの頃はまだ私も若かったものだ。使命感と正義に燃えていて、とにかく人に仇なす物の怪共が許せなかった)


「ふふ、私もね。そして旦那と氏子達と力を合わせて、どうにかこうにか魔境門を封じることに成功したの。もうその時にはアタシは旦那の虜になっていたわ。それからアタシたちは夫婦になって、ずっとここで魔境門を監視しているのよ」


 当時を思い出しているのか光子さんはうっとりした様子で旦那さんを眺めていた。惚気話とともに神様から直接聞かされる、伝説ともいうべき話に僕は聞き入っていた。


(しかし魔境門が我々の管理下に置かれたといっても、依然としてあそこを通じて妖怪共が吐き出される。そのせいで常に戦いを強いられるわけだから、長い時の中で傷つき老いて気がつけば、すぐそこまで死が迫っていた)


「魔境門自体をどうにかすることはできなかったんですか?」


(いや、あれは自然の力が成す神秘であるから、いかに神と雖もどうすることもできないのだよ)


「旦那の死期が迫っているのは誰の目からも明らかだったから、氏子達が気を利かせてアタシたちに旅行を勧めてくれたの。大変な時だったんだけど、アタシ達の為に無理をしてくれてねえ。それでお言葉に甘えて全国津々浦々を旅していたの。そして訪れたある神社で運命の出会いをしたのよ」


 光子さんが片目を閉じ僕にウインクした。彼女の長いまつげが触れ合う。


(君のおかげでこうしてまだ光子と共にいることができる。本当にありがとう。君には感謝してもしきれない)


「いえ、僕は大したことはしていないので」


 なんとなく神正氣を込めたら、思った以上に神正氣を取られただけだもんな。僕はほとんど何もしていない。


(謙遜しなくていい。私が蘇ったのは事実だから。君に何かお礼ができるといいのだが……)


「そうねえ。アタシも家へ招くだけじゃ物足りないと思っていたのよね。カミヒトさん、アタシ達に何かしてほしいことはないかしら?」


「ええと、今は特に何も……」


(では、君が困った状況になったら私達を頼ってほしい。きっと力になれると思うよ)


「そうね。それがいいわ。カミヒトさん、私達の力が必要な時はちゃんと言ってちょうだいね」


「はい、ありがとございます」


 図らずも神様と準神様を味方にすることができたようだ。ハクダ様や聖女様と違って純粋にこちらに力を貸してくれそうなのが嬉しい。


「ずいぶんと話し込んでしまったわね。お腹が空いたでしょう? 御園小路の邸内に行ってご飯をいただきましょうか」


 僕達は本殿を出て御園小路邸へと向かった。

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