第1話 魔境神社へ
嶽一族の鷹司君の依頼をきっかけに京都まで一緒に来た僕達7人は、魔境神社に向かうべく御園小路家が指定したお迎え場所までやってきた。
五八千子ちゃんを先頭に歩いてきた場所はとあるホテルの一階であり、ここはタクシーやハイヤーの乗り場となっている。観光客の間を通り抜け待合室へ向かうと、僕達に向かい手を振っている少女が居た。
「テンカちゃん!」
初めに破魔子ちゃんが少女の下へ駆け寄った。
「やあ、破魔子。久しぶりだね」
彼女は御園小路家の者で破魔子ちゃんの友達らしい。どうやら彼女が御園小路の使いのようだ。
テンカちゃんという少女は、スラリと背が高く長いポニーテールを揺らし、ジーパンにパーカーというラフな格好で、仕草や喋り方からボーイッシュな印象を受ける美少女だ。破魔子ちゃんと同い年らしいのだが、大人びているのでアリエさんと同年代といった方がしっくりくる。
「お久しぶりですね、夢天華さん」
次に五八千子ちゃんが彼女の前へ出た。にっこり笑い恭しく一礼する五八千子ちゃんを見て御園小路の少女は目を見張った。
「……本当に元気になったんだね、五八千子。まるで別人かと思ったよ。お祝いに東京まで向かいたかったんだけど、何分忙しくって。申し訳ないね」
感無量といった様子で少女は五八千子ちゃんをしげしげと眺めていた。
「ふふふ。別に気にしなくったっていいんですよ。この通り、私自身の足で挨拶に来れますから」
それよりもと言って、五八千子ちゃんはちょうど僕と御園小路の少女が対面になるように体をずらす。
「野丸様、紹介します。こちら御園小路夢天華さんです」
五八千子ちゃんに紹介された少女は一歩前にでると、左胸に手を当てまるで執事のように優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。私は御園小路夢天華と申す者です。救世主様にお会いできましたこと嬉しく思います。拝顔の栄に浴しましたこと幸甚の至りでございます」
「……野丸嘉彌仁です。あの、もっと普通にしてくださると……」
彼女の仰々しい言い方は待合室の他の人達から注目を集めた。それまではとんでもない美少女である天女ちゃんや、青い髪が目立つクール系美少女のアリエさんに視線が集まっていたが、今は僕と夢天華という少女が注目されている。特の僕のことを胡散臭気に見ており、お前のどこが救世主なんだといいたげである。マジで恥ずかしい。
僕の居心地地の悪さをよそに夢天華さんはさらに大げさな身振りで続けた。
「とんでもない! あなたのことはくれぐれも丁重に扱うようにと光子様から言われております。それに私達御園小路家も野丸様には大変感謝をしておりますので」
少女は一歩下がり今度は地面に膝を付いて一礼した。長いポニーテールが跳ねる。僕達は更に注目を集めた。周りからの視線が痛い。
……この娘わざとやってないか? 聖子さんや破魔子ちゃんより芝居がかって見える。
御園小路家の少女は周りなど気にせずに堂々と立ち上がると、手を差し出し握手を求めた。僕はそれに応じたがその挙動はぎこちなかった。
「テンカちゃんは変わらないね」
「いつだって私は私だよ。さ、ハイヤーの準備はすでにできておりますので皆様どうぞこちらへ」
そう言ってポニーテールの少女は控室のドアを開けると、紳士のように僕達全員が出るまでドアを押さえていた。全員外に出ると少女は先頭に立って予約していたハイヤーの場所まで案内した。
少し歩くとハイヤー専用の区画があり、そこに2台の高級外車が止まっていた。運転手の人達は老紳士といった風貌ですでに車の傍らに控えている。
「この時期の京都は混んでいますので長く乗車しても疲れない車種を選びました。さあ、どうぞこちらへ」
運転手さん達が助手席のドアを開ける。御園小路の少女は中にはいるように促した。
「野丸様は私と同じ車でいいでしょうか? 色々とお話を伺いたいもので」
「ええ、それは構いませんが、それより嶽鷹司君はどこでしょう? 彼は一足先にこちらに来ていると思うのですが」
「ああ、彼はすでに出発しましたよ。待つこともせずに一人でさっさとタクシーに。全く、嶽一族というのは協調性が無くて困りますね」
少女は額に手をつき大げさにため息を付いた。そうか、鷹司君は先に行ってしまったのか。
「行き先は同じですから私達も向かいましょう。御園小路家は幼い頃に行ったきりなので楽しみです!」
僕達は二組に分かれそれぞれの車に乗った。先頭の車に僕、御園小路夢天華さん、セツさん、縁雅千代さんが、後ろの車は破魔子ちゃん、天女ちゃん、アリエさん、五八千子ちゃんだ。
高級外車のハイヤーが発進しホテルを出てすこし進めばもう渋滞に捕まった。知識としては知っていたが大型連休中に来たことはないので、身を持って体験するのはこれが初めてだ。目的地まではどれくらいかかるのだろう? 長くなりそうだな。
「混んでいるのは市街地や一部の観光地周辺だけですので。渋滞ポイントを避けて通ればそこまで時間はかかりません。抜け道も把握しておりますから」
魔境神社は京都市の北側の人里離れた山間部にあるらしい。近くには電車も通っておらずバスの本数も極端に少なく、また観光地としてめぼしい神社仏閣が少ないため観光客もほとんどいない場所なのだそうだ。
「辺鄙な所にあるが贅沢にも御園小路の邸内に直接温泉を引き込んでいるから、広い湯船にゆっくり浸かることができるよ。いや、御園小路の温泉は久しぶりだね。ああ、楽しみだ! カッカッカ!」
「へえ~、家に温泉があるんですか。羨ましいですね」
「近くに温泉の源泉が湧き出ていますので、我が家の邸内に引き込んでおります。疲労の緩和や血行促進効果があるので湯治にも使えます。きっと満足していただけると思いますよ」
「それは楽しみですね」
「我が家に滞在中は何不自由無く過ごせるように、誠心誠意尽くさせてもらいます」
「ありがとうございます。しかし急に訪れることとなってしまったので、ご迷惑ではなかったでしょうか?」
「とんでもない! 光子様も野丸様が来てくれることを大変よろこんでおりますし、私達御園小路一同も同じ思いでございます。それにしましても、嶽一族の彼のわがままで急に京都に来ることになったと伺っていますが、時期が時期ですし、移動にご不便はありませんでしたか?」
「折よく霊管の方達からチケット優遇してもらえまして、快適に移動することができました」
なんでも霊管は西の御三家がある関西方面へも頻繁に行き来しているらしく、今日も何名か京都に行く予定があったのだそうだ。五八千子ちゃんも一緒に京都に行くということで、その霊管の方々から新幹線の指定席のチケットを譲ってもらうことができたわけだ。おかげで指定席でゆったりと移動を楽しめた。
「霊管は西へ東へ忙しく飛び回っていますからね。あの人達の仕事ぶりにはいつも感心させられています。私達も家業が忙しかったのですが野丸様のおかげで余裕ができまして、ようやく霊管のお手伝いをすることができました」
「僕のおかげですか?」
「ええ、光子様のお傘様を見事に修復してくださいました。あの朱色の輝かしさといったらもう! それはそれは美しゅうございました。あの日以来、光子様のやる気がうなぎのぼりですから! 私共も大変助かっております」
そういえば超越神社のお祭のとき、光子さんが持っていたボロボロの傘に神正氣を込めたら新品のようになったんだっけ。光子さんすごく喜んでいたな。セツさんによるとあの傘は神器のようなものらしいが。
「それは良かったです。でも光子さんのやる気と御園小路の家業の負担が何か関係があるんですか?」
「ええ、もちろんあります。詳しくは魔境神社に着いてからお話しましょう」
その後も僕と御園小路夢天華さんはあれこれと会話をしていた。千代さんはずっと黙っていて、たまにセツさんが横からおしゃべりに参加するのだが、ほとんど僕達二人で話していた。彼女は僕について聞き、僕は鷹司君の愚痴だ。
いつの間にか外の景色は鬱蒼と茂る樹木に変わっており、車は狭い道路をクネクネとゆっくり進んでいった。しばらくすると小高い山の麓に着き車が停止した。そこは車が何台か停められそうな細かい砂利が引いてある開けた場所だ。山々に囲まれたその場所は人家もなければ店もない、人工物と言えば目の前のアスファルトの道だけの山の中だ。なぜこんな山奥で停まったのだろう?
「さあ、着きましたよ」
「……着いた?」
どういうことだ? 辺りには何も無いじゃないか。
「カッカッカ! まあ、初めてだからそんな反応になるね。とりあえず降りなよ、兄ちゃん。面白いものが見れるよ」
頭の中ははてなマークでいっぱいだったが、セツさんに促されたのでとにかく降りることにした。
後ろにはもう一台の車も停車していて、中から天女ちゃん達が出てくる。全員が降りると運転手達は僕達の荷物をトランクから取り出し、一礼すると各々の車に乗り込みそのまま出発してしまった。僕達は山の中に取り残されてしまった格好だ。
「あの……」
僕と天女ちゃんとアリエさんは困惑していた。だが残りのメンバーは理由を知っている様子で余裕がある。
「まあ、カミヒトさん、見ていてくださいよ。面白いことが起こりますから」
破魔子ちゃんはしたり顔でニヤリとした。事情の知らない僕達はお互いの顔を見やり戸惑うばかりだ。
「なかなか大したものだからよく見ておくといいよ」
セツさんもニヤリとしたり顔だ。
「では」
そう言うと夢天華さんは目の前の小高い山の方へ歩いていった。僕達から数メートル離れた所で止まると大きく腕を広げる。
「はっ!」
掛け声とともに広げた腕を勢いよく振り、思いっきり両手を合わせるとパアンと当たりに小気味よい音が響いた。すると驚いたことに鬱蒼と木々で覆われた山の麓に立派な鳥居が出現し、その先には幅が広く長い長い大階段が姿を現した。階段は山の中腹まで続いているようだった。
「わあ!」
「これはこれは……」
天女ちゃんとアリエさんが感嘆の声を上げる。僕自身も驚いた。結界で神社全体を隠していたのだ。異世界にある聖都の五聖殿も結界でその姿を隠していたが、まさかこちらの世界にも似たようなものがあるとは思わなかった。
「我が魔境神社はその役割上、縁雅神社のように一般の参拝客に公開することができませんので、このように普段は隠しております」
「なるほど……」
「こことは別に直接上にある我が家に続くルートもあるのですが、野丸様には最初は是非とも正門から入っていただきたく思いまして。長い階段ではございますが、まだお若いので大丈夫ですよね? ああ、五八千子のことを考えていなかったよ。この階段を登るのはまだキツイよね? 私が抱っこをして運んでいこうじゃないか」
五八千子ちゃんに向かい大きく腕を広げた彼女はお姫様だっこでもして登るつもりなのだろうか。なんだか彼女の言い回しや振る舞いは宝塚の男役のようだ。
「……いえ、大丈夫です。自分の足で歩いてみます」
「じゃあワタシを頼むよ。老体ではこの階段を登るのはキツくてねえ」
「御冗談を。大婆様は見たところまだまだご壮健であられるようなので、私などの介助など不要でございましょう」
夢天華さんはすげなく断る。セツさんは見た目は元気そうだが優に100歳を超えているはずなので、確かにこの階段は厳しいかもしれない。とはいえ、セツさんから発せられる妖怪じみた雰囲気はただの老婆とは言いづらかった。
「全く最近の若いもんは薄情だねえ」
そう言いつつもセツさんは愉快そうに笑っていた。
「せめて荷物くらいは持っておくれよ?」
「わかりました」
セツさんは背中に乗せた大きな風呂敷を僕に渡した。僕は自身のキャリーケースとは反対の手に持ったが、これが意外と重い。
僕達は朱色の鳥居の前に皆一列に並んだ。鳥居の神額には魔境神社と記してある。皆揃って一礼すると僕達は鳥居を潜り長い階段を登り始めた。
大階段は一段一段の幅が広く、整備されていて歩きやすい。しかし頂上が見えないほど長かった。
「この階段は365段あります。ちょうど一年の日数と同じですね。御園小路家では大晦日になるとこの階段を一段一段噛みしめるように登り、その年を振り返る風習があるんです」
365段もあるのか。これは普通の人なら荷物をもったまま登るのは厳しいのではないだろうか。神になる前の僕だったらヒーヒー言いながら登っていただろうな。
先頭は五八千子ちゃんで横の手すりを使いながらゆっくりと上っていった。彼女の横には破魔子ちゃんが手をつなぎ引っ張っている。その後ろに五八千子ちゃんと自分の荷物を持った天女ちゃんが続く。僕達も彼女たちのペースに合わせてゆっくり付いて行った。