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エピローグ

 五八千子いやちこは自らの意志で先頭を歩いていた。普段ならどんな時もお付きの者が五八千子を囲うようにして守っている。それは呪いが遠ざかり健康体となった今も同じだ。放課後、破魔子はまこ天女あまめと駅前の繁華街に遊びに行くことはあるのだが、その時も数人零源(れいげん)のお付きが同行している。


 零源の巫女であるから周りが過保護になってしまうのは五八千子も理解していたため、それに文句を言ったことはない。それでも自分の足で自分の力で自分の意志で自分が先頭になって未踏を歩きたいという気持ちが強くあった。しかしそれをする勇気がないことは自覚していた。


 それでもこれくらいなら行けるかも。


 そう思ってこの一団を率いて歩いてみることにした。目的地までは歩いて10分ほどだ。それでも五八千子にとっては、ただの人で混雑したホームでも誰の守りもなく歩くのはとても緊張することだった。


 初めての経験――


 こんなことは普通の日本人であればだれでも経験したことのある取るに足らない何でもないことだ。それでも五八千子にとっては怖く未知でありウキウキする冒険そのものである。


 小さなキャリーケースを引きながら、一歩一歩ゆっくり人混みをかき分けるように進む。目の前を複雑にてんでバラバラに動く観光客に五八千子は軽いめまいがした。


 どうしてみんなぶつからないのだろう?


 人口密度が極めて高いホームを入り乱れる人は皆誰かにぶつからないようにうまくかわし歩いていた。五八千子いやちこにはそれができず誰かにぶつかりそうになると、大抵はその人が避けてくれる。何度かぶつかってしまいその度に体がよろけてしまった。


 それでもなんとか進み階段の前まで来た。ここを下り八条西口から少し歩くと、タクシー乗り場がある。そこが御園小路みそのこうじとの約束の場所だ。ドキドキする胸を抑え深呼吸する。大した距離を歩いていないが胸の鼓動がいやに早く打っていた。


 エスカレーターがあるが五八千子は階段を使うことにした。五八千子は病弱で大半をベッドで過ごしていたので、筋肉がやせ細り体力もない。だから頑張って体力をつけるためにできるだけ歩くようにしていた。


 キャリケースを持ち上げようと両手に力を入れる。しかし彼女のやせ細った腕ではろくに力を出せずキャリーケースを持ち上げることすら叶わなかった。


 やっぱりエスカレーターを使ったほうがいいかしら?


 自身の不甲斐なさに落胆しエスカレーターの方に向かおうとした時、ヒョイとキャリーケースが持ち上がった。横を見れば破魔子がにっこりと微笑んでいる。


「私が半分持つからゆっくり行こう!」


「……ありがとう!」


 五八千子は手すりに左手を添え、右手のキャリーケースを破魔子と一緒に運んだ。といってもほとんど破魔子が持ち上げていたのだが。


 破魔子は五八千子の幼馴染であり一番の友達である。いつも自身を気遣ってくれて元気で逞しい彼女のことが好きだった。今も五八千子のことを気遣ってくれ、2人分のケースを持ち上げてもへっちゃらである。破魔子の明るさと前向きな姿勢と力強さに憧れていた。


 五八千子は破魔子の介助の下、長い階段を降りる。ゆっくりゆっくり下る。破魔子は五八千子に寄り添うように彼女のペースに合わせた。階段を下りきると五八千子は一際大きく息を吐く。


 ふと周りを見るとカミヒト達が微笑んでいる。彼らも五八千子の意図に気づき五八千子のペースに合わせ後ろから見守っていた。五八千子はうつむき思わず赤面した。自分のことばかりで途中から彼らの存在をすっかり忘れていたからだ。


「頑張りましたね!」


 天女あまめがねぎらいの言葉をかけた。その微笑は柔らかく非現実的なほど美しく、まるで天女てんにょと見紛うほどだ。同じ学校で机を並べ共に学び、今ではよく行動を共にするほど仲良くなった妖怪の美少女。


 あの日、零源の巫女を蝕む呪いから開放された日、彼女と出会った。初めて見たときは驚いたものだった。その類まれなる容姿に加え、あの夢にでてきた少女にそっくりだったからだ。


 五八千子いやちこの見た夢。予言。


 まるでアニメの魔法少女のような出で立ちで、街中を駆け巡り怪異達を討伐する夢。そこには五八千子を含め5人居た。その内の一人は破魔子で残りの三人は見たこともない少女達だったが、その一人が天女であった。


 五八千子はちらりと天女の横の青髪の少女を見る。最近出会ったばかりだが、その顔は見覚えがあった。彼女もまた夢に出てきた一人だ。


 端整で凛々しい青髪の少女は泰然とした態度で、自分と年が近いと思えないほど大人びて見えた。しかし同時に今にも消えそうなほど儚げにも見える。自分たちとはどこか違う。五八千子には本来なら交わるはずのない縁が、何か特別な力が働き、こうして自分達を引き合わせたように思えた。


 まだ彼女のことはよくわからない。それでも五八千子は彼女とも仲良くなれる気がした。彼女とはこれから一緒に困難に立ち向かっていくのだろう。いや、これからというより()()()というべきか。


 零源五八千子れいげんいやちこには人の禍福を予知する力がある。ついこの間、五八千子はこの力で鷹司たかしを含めこの場にいる全員の運命をおぼろげに見た。それはおぞましいほど残酷な未来と、これ以上ないほど最も良い結末を迎える未来。2つの未来が螺旋を描くように揺蕩たゆたって交わってはっきりしない。


 自分達の行動や選択次第でどちらにも振れる不安定な状態。そして今回の旅が自分達の運命を決める重要な岐路であると直感した。


 五八千子はもう一人の幼馴染を見た。ユラユラ体幹が揺れ夢でも見ているかのような虚ろな瞳。彼女がこの状態になってから久しい。神域で力を溜めている時はいつもこうなる。おそらく千代は縁雅えんが家の守り神ハクダの命によりカミヒトに同行したのだろうと五八千子は推測した。


 五八千子は深く呼吸した。自分が見た予知は誰にも言っていない。いたずらに心配させても意味がないと思ったからだ。五八千子は今はまだ自身の胸のうちにだけ留めておくことにした。最悪な結末を迎える可能性があるが、それでも五八千子に恐れはなかった。


 皆と一緒ならきっとどんな困難でも乗り越えられる。


 カミヒト達と一緒にいると不思議と心が凪ぎ、体中から力が湧いてくる。負ける気がしない。旅行を楽しもうとする余裕すらある。五八千子は静かに闘志を燃やし再び歩き出した。ゆっくり力強く一歩一歩。


 しばらく歩くと約束の場所が見えた。友達の御園小路みそのこうじ家の少女が手をふっていた。

ここまでお読み下さり誠にありがとうございます。


第三章はこれで完結です。


ブックマークや評価を下さると大変励みになるのでどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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