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第23話 サエとお話

 僕は大広間でコーヒーを飲み読みかけの本を読んでいた。今日は春の陽光が暖かく気温も適度で過ごしやすい。久しぶりの休日だ。


 僕はここ数日間、堕ちた神に何かされたであろう昏睡状態となった人達を浄化するため、全国を巡り忙しく過ごしていた。


 退院した人もいればまだ入院中の人もいるが、皆体に問題はなさそうだ。霊管の職員と一緒にこそっと影から彼らに浄化玉を打ち込む作業は滞りなく進んでいる。


 浄化玉を打ち込んだとき、何か悪いものが浄化される感触があったので、やはり堕ちた神は彼らを使ってなにか良からぬことを企んでいたようだ。現時点で半数くらいは終わったので今日は中休みといったところだ。


 大広間には僕の他にアリエさんとサエ様とクロイモちゃんがいる。アリエさんは壁によりかかり気だるそうな様子だ。アリエさんも今日はお休みである。彼女はここ数日の日本の文化を学ぶための研修が応えたようでだいぶお疲れのようだ。


 聖子さんはアリエさん一人でも日本で暮らしていけるように、徹底的に日本の文化を叩き込むつもりのようだ。アリエさんから聞いた話によるとなかなかのスパルタぶりだった。アリエさんは賢いので大した苦も無くこちらのルールを覚えたが、何もかも違う異文化であるから、こちらの生活に短時間で馴染むのは難しいようであった。


「アリエさん、こちらの世界はどうですか?」


「……そうですね。文化水準が高く平和ですから、そこは素晴らしいと思います。カガクギジュツ?と言うのでしょうか、この国の発展ぶりには驚くばかりです。しかしその反面、とても忙しない世界だと思います。なぜこちらの人々は生き急いでいるのでしょうか?」


 アリエさんからは日本はだいぶ余裕がなく見えるようだ。確かに僕も会社員時代は仕事に忙殺されることも少なくなかった。今は時間的に余裕がある生活を送れているが、なぜにここまで技術が発展して便利な道具がたくさんできたのに、週5日8時間以上働かねばならないのだろうと常々思っていた。


 アリエさんは聖子さんによって朝の通勤ラッシュも体験しているので余計にそう思っているのかもしれない。聖子さんがなぜあのような苦行を体験させたのか疑問であるが。


「それから、不届き者を成敗するのが違法ということが納得できません」


 アリエさんは美少女で目立つので街を歩いていればナンパで声をかけられることも多く、一度しつこいナンパ野郎共を大勢の前でボコボコにしたらしい。聖子さんは警察沙汰はまずいと思いすぐに逃げたみたいだが、アリエさんはなぜ自分が逃げなくてはいけないのか不満に思っていたようだ。


「過剰でなければ正当防衛は認められますよ。しかし、アリエさんは身分を証明するものがまだありませんから」


 アリエさんの身分証明は天女ちゃんと同じく霊管に頼んでいるが、まだ出来ていないようだ。つまりアリエさんは今は不法入国した外国人のような状態である。警察に身分証明を求められたらすごく面倒なことになる。


「なるべく揉め事は起こさないようにしてください。問題があったら僕に連絡してくれればすぐ対処しますので」


 アリエさんにもスマホを買わないとなあ。でも最新の文明の利器であっても彼女は喜ばないだろうな。むしろ覚えることが増えて嫌がるかもしれない。


 時計を見ればすでに正午である。あと2時間ほどで嶽鷹司たけたかし君がここに訪れる予定だ。おじさんによると彼は僕に頼みたいことがあるらしいので話を聞いてやってほしいとの事だった。お互い今日が都合がいいのでおじさん経由で午後に会う約束をしたのだ。


 さて、そろそろお昼にしようか。でもその前にサエ様に聞いておきたいことがある。()()()()()()()ずっと気にかかっていた()()に関すること。サエ様から何かヒントが貰えるかもしれない。


「ほっ! ほっ! ほっ!」


「あ゛あ゛あ゛」


 僕はクロイモちゃんの前で正座でお手玉をしているサエ様を見た。彼女はオセ村という廃村で祀られていた神様で、一つ目(ましら)という妖怪に閉じ込められていた。見た目は童女で紅の生地に薄いピンクの花模様の着物を着ている。


「サエ様、ちょっといいですか?」


「ん? なんだ?」


 サエ様はお手玉を止め僕の方を見た。


「ちょっとサエ様の御神体について聞きたいことがありまして」


 御神体というのは神々が宿る物体であり、山や岩や木などの自然物や鏡、剣、勾玉などの人工物がある。例外はあるがほとんど本殿に安置されていて、一般的には見てはならないものとして扱われている。


 サエ様の御神体はサエ様が一つ目猿に封じられていた社にあったらしい。霊管の人が見つけて超越神社まで持ってきてくれた。立派なひつに収められていて、今は住居兼本殿家に丁重に祀ってある。


「アタイの鏡がどうかした?」


「御神体っていうのは神様にとってなくてはならない物なんですよね? それがないとこの世に姿を現すことができないとか」


「まあ、そうだな。力のある偉大な神様は分からないけど、アタイみたいな弱っちい神は神体がないと困るな」


 でもなんでそんなこと聞くんだと、サエ様は頭をコテンとさせた。


「いえ、例えばなんですけどサエ様の御神体がなくなってしまった場合はどうなるのかなと思って」


「そりゃ困るぞ。神体がなくなるとアタイはこの世界に顕現できなくなるからな。でもなんだってそんなことを……。ま、まさか……アタイの鏡を壊す気か!?」


 サエ様は立ち上がり信じられないといった様子で恐れおののいていた。いけない、いらぬ誤解をさせてしまったようだ。


「もちろんそんなことはしませんよ。安心してください」


「そ、そうだよな……。カミヒトはそんなことしないよな……」


 サエ様は胸に手を当てふぅ~と大きく息を吐いた。


「御神体が何かの理由で壊れたりそれそのものが無くなってしまった場合は、神様はどうなるのかなと思いまして」


 僕が聞きたかったのはこれである。御神体は無くなってしまった神様はどうなるのか。消えて亡くなってしまうのか、それともこの世界からいなくなったとしても何処か別の場所にいるのか。あの山が無くなってしまった()()は本当に消えてしまったのか。


「ん~~」


 サエ様は腕を組み唸りながらしばらく考え込んでいた。


「多分だけどいきなり消えることはないかなあ。でも、大切なものだからなあ。どうなるんだろう? 消えちゃうのかな? アタイにもよく分からないなあ」


「そうですか……」


 サエ様にもわからないようだ。やはりもう望みはないのだろうか。()()がいなくなってから随分と時間が経ってしまった。もう完全に消滅してしまったのだろうか? 望みの薄さに少し心が沈んだが僕は悟られないように努めて何事もないように振る舞った。


「サエ様はオセ村にいた以前はどこにいたんですか?」


「アタイは気がついたらオセ村にいたぞ! オセ村で生まれたんだ!」


 えっへんと胸を張って誇らしげにそう言った。すでに廃村となって誰も居なくなってしまったオセ村。彼女の故郷が無くなってしまったかと思うとちょっと胸が傷んだ。早くサエ様に新しい神社を用意しなくてはな。彼女のことを大事にしてくれる場所がいいな。


「サエ様、もうちょっと待っててください。今サエ様が気に入るような所を探していますので」


 霊管の人達が探してくれているのだが、なにぶん彼らも忙しくしているのであまり進んでいないのが現状だ。


「気にしなくていいのだ! 別にアタイは急いでいないしな。なんならずっとここでもいいぞ!」


「僕もサエ様と一緒にいると賑やかで楽しいですよ」


「アタイもカミヒトとクロイモと天女がいるから楽しいぞ!」


 へへへぇ~と無邪気な顔で笑ってみせた。その笑顔に落ち込んだ心が暖かくなるのを感じた。ふとサエ様は真面目な顔になり僕に尋ねた。


「なあ、カミヒト。なんでそんなこと聞くんだ?」


 そんなこととは御神体に関するあれこれだろう。僕は言うか言わまいか迷ったが、誰かに聞いてほしくて少しだけ語ることにした。


「……知り合いに神様がいたんです。僕にとって大切な……。でも彼女の御神体はなくなり彼女も居なくなってしまったんです」


 僕が初めて出会った神様。超常現象。怪異。


 天女あまめちゃんの入学式で蛇吉へびきちに偶然出会って思い出した。初めは蛇吉が僕が遭遇した初めての怪異であると思っていたのだが、幼い頃の記憶を辿っていくうちに()()に関する記憶が蘇ったのだ。


 僕の実家は今住んでいる場所の隣の隣の市だ。そこには僕が小学校低学年のときに引っ越してきた。幼い頃の僕は病弱で喘息持ちだったので、両親が自然豊かな場所へと移ったのだ。引っ越したマンションの裏には小さな山があった。


 そこで()()と出会った。当時学校に馴染めなかった僕と遊んでくれた神様。彼女といるとなぜだが元気に野山を駆け巡ることができた。今思えば僕の体が健康になったのも彼女のおかげだろう。


 実家の近くの山の神様。山を依り代とする神様。その山は自然豊かであったが、しかし開発により木は伐採され土は崩され生き物がいなくなって、今は住宅地になっている。山がなくなると彼女も一緒に消えてしまった。そして僕の中の彼女の記憶も。


 彼女は僕の前で消えてしまった。大粒の涙をその目に湛えながら、それでも僕を心配させまいとできるだけ笑顔を作るように努めていた。


 初めての喪失感。心に空いた大きな穴に幼い僕はどうすることもできず、ただただ毎日泣くことしかできなかった。


 その苦くも大切な記憶はいつしか消えてしまった。

 

 記憶が戻った今思うことはただ一つ。僕はもう一度彼女に会いたい。会ってお礼を言いたい。彼女を蘇らせること。それが僕の願いだ。


 人間ならば一度死んでしまえば生き返ることはあり得ないが、神様であればどうだろう。万に一つでも可能性はあるのではないか。神の源は神正氣である。神正氣さえあれば蘇らせることができるのではないか。


 何の因果か僕自身も神となって様々な奇跡を起こしてきたわけだから、到底不可能だと思われることでもできるかもしれない。試す価値はある。どうやればいいのか皆目検討もつかないけれど。


 サエ様はちょこちょこ歩いて僕の近くに来ると黙って僕の頭を撫でた。


「サエ様?」


「安心するといいぞカミヒト。神様っていうのはなかなか死なないらしいからな。隣の村の爺の神が言ってた。それにカミヒトはいい子だからな! だからきっとカミヒトの大切な神様に会えると思うぞ!」


 サエ様はニカっと笑って見せた。その屈託のない笑顔に僕は心が軽くなった心持ちがした。きっと今の僕は辛気臭い顔をしているのだろう。元気づけでくれたサエ様の心遣いが嬉しかった。


「そうですね。頑張ってみます」


「おう! 頑張れ! アタイもお手伝いするぞ!」


 懐の水晶さんがほんのり暖かくなった。どうやら水晶さんも応援してくれてるみたいだ。

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