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第20話 百

画面には暗闇に一人、動画主のにゅーさんという男が後ろ姿で立っていた。この男の姿だけが不自然に浮かび上がっているのは動画に加工を施したのだろうか?


 すでに心霊スポットを99ヶ所巡るという目的は終えている。この不可思議な映像はサプライズ的なおまけであろうか。


『はい! ということで100ヶ所目に着きました!』


 不気味な雰囲気とは対照的ににゅーさんの声は快活としている。100ヶ所目とはどういうことだろう? 動画内で散々99ヶ所にとどめておかないと大変な事になると言っていたのだが、あれはこのためのフリで、100ヶ所目の恐怖を際立たせるための演出なのだろうか?


『蝨ー迯??蜈・蜿」?にある洋館には遨「蟀?がいるそうです! この先にあるみたいなので早速行ってみましょう!』


 なんだ? 今までは訪れる場所の詳しい所在地を説明していたのだが、今回は全く聞き取れなかった。耳で聞き取った音が脳で理解される前に消えていってしまうような不思議な感覚。


 男は暗闇を歩き出した。カメラは彼の後ろ姿を斜め後方から映し出している。


『この先の洋館はですねー、ある訳アリの家族が住んでいたらしいのですが全員が謎の怪死を遂げているみたいなんですね。この家族は悪魔を崇拝していて、悪魔を呼び出そうとした結果本当に呼び出せてしまい魂をその悪魔に喰われてしまったという噂です。二階の窓には首を吊った娘のシルエットが見えたり、誰もいないのに洋館からは断末魔が響いたり……。いやあ、非常に楽しみです!』


 にゅーさんは足取り軽やかに道なき闇を進む。カメラは一定の距離を置いて彼の背後を付いていく。そう、背後を映しているのだ。


 今まで彼はずっと一人で心霊スポットを巡っていて、自身でカメラを持ち動画を撮影していたのだが、今見ている映像はにゅーさん以外の誰かが撮っていることになる。一体誰が? 彼の友人だろうか? にゅーさんは闇をひたすら突き進む。カメラはずっと後ろ姿を映していて彼の顔は一切見えない。


 ……これも演出の一部だよな? 


 そう思いたかったがこの動画から発せられる濃厚な死の気配が、その願望の入り混じった浅薄な考えを否定した。


 彼はもう死んでいる。


 にゅーさんからはそれまでの映像のような生気は感じられなかった。今の彼はどちらかといえば赤いワンピースを着た逆さまの女に近い存在のように思える。


 にゅーさんが死んでいるとなると、今彼が歩いている暗闇はまるで黄泉へ続く道のようではないか。彼が歩を進めるごとに悪寒が強くなるのはその所為かもしれない。


 僕はこの先にある何かが大量昏睡事件の原因であると直感した。全身に緊張が走る。いつでも不測の事態に対処できるように身を構えた。


『お、あれが噂の洋館ではないですか!?』


 そう言うと彼は走った。カメラも速度を上げ彼の後を付いていく。


『本当にありましたねー!! 見てください、立派な洋館ですよ。朽ち果てた姿が不気味さを増していますねー!』


 カメラがその何かの姿を映したとき、僕の全身に恐怖が駆け巡った。


 彼が洋館といった()()は大きな顔であった。建物並みの大きな生首である。


 長く縮れた髪は目を隠し顔の大半を覆っており、まるで一本一本がヘビのようにざわざわと蠢いている。髪からわずかに覗く肌はしわがれていて老人のようだ。


『だあ゛だあ゛』


 口から出た音はまるで赤ん坊のようだが、言いようもなく不快で嫌悪感を催す。


『なんだか呼ばれている気がしますねー! 怖いけど早速行ってみたいと思います!』


 にゅーさんは得体のしれない顔に近づいていく。カメラはその場に固定されたように動かない。彼の背中がどんどん小さくなった。


 にゅーさんが大きな顔の前まで来ると口が開かれた。中から瘴気のような気体が漏れ、画面越しからも鼻をつまみたくなるような錯覚を覚える。


『この扉を開ければ洋館の中へ入れます。いやー、ドキドキしますね』


「いけない……!」


 彼がすでに死んでいることは分かっているしこれは画面の中の過去の出来事だが、それでも僕は制止の言葉を吐かずにはいられなかった。


『それではオープン!』


 そう言って彼は大きく開かれた化け物の口の中に入っていった。にゅーさんが完全に中に入れば、口がゆっくりと閉じていく。


 ぐしゅり。血が勢いよく吹き出す音がした。


『ぎゃあああああああああああああああああああああ!!』


 にゅーさんの言葉にならない悲鳴が響き渡る。


『いた゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!』


 化け物の口は少しずつ少しずつ閉じていく。まるで男の悲鳴を楽しむようにゆっくりと。


『い゛た゛い゛よ゛お゛お゛お゛!』


 化け物の口は三日月のように歪んでいる。


 男の悲鳴が鳴り止むと化け物は美味しい食べ物を味わうように咀嚼した。骨や肉が砕ける音だけが聞こえる。しばらくするとごくりと嚥下する音がした。


 僕は唖然としてその様子を見ていた。全身に汗が吹き出している。残り時間を見るとあと10秒もない。


 ようやく終わる……。


 すると僕のその一瞬のスキをついたかのように、画面右端から女の手が映った。


『ツギハオマエダ』


 声とともに女の手が画面いっぱいになると、その手が僕の首を掴んだ。


「……!!?」


 僕の首は画面から出てきた手に痛いほど強く握られ、そのまま抵抗する間もなく引っ張られる。薄い粘着性の水のようなものを潜った感触がした。


 僕の体は乱暴に放り出され地面を転がる。すぐに結界を張り立ち上がれば目の間に居たのは、あの赤いワンピースを着た女だった。ニタニタとこちらを見ている。


「オマエモ! オマエモ!」


 僕の結界に顔を貼り付け、血走った目で狂ったように結界を叩く。


「……っ!」


 僕は浄化玉を捻り出すと結界の中から女の霊に向かい一発ズドーンとお見舞いした。


「オオオオオオオ……!」


 黄金の炎に包まれた女は断末魔の声を上げ苦しそうにもがいていたが、やがてその顔は憑き物が落ちたように穏やかになっていった。


「アアア……ヤット……」


 目頭から雫がこぼれ僕を見て微笑むと女はスッと消えた。一瞬どういうことなのだろうと思ったが、背後からあの嫌な音が聞こえ思考は中断された。


「だあ゛だあ゛」


 本番はこれからだろう。僕は頬を伝う汗を拭いゆっくりと振り返えると、そこにはあの顔だけの化け物が居た。やはり僕は画面の中に吸い込まれてしまったようだ。


 コレが昏睡事件の犯人に違いない。こうなった以上はもうコイツと戦う以外の選択肢はないのだろうな。得体のしれない化け物は異様な雰囲気であり、見ているだけで恐怖を催すが勝てない相手ではない。


 僕は自身の周りに破壊玉をいくつも出す。それはレベルアップしたおかげか、大きく力強くなっていた。


 さて、にゅーさんの敵を討たせてもらおうか。彼はあまりいい印象ではなかったが、あんな最後を見せられてしまったのだから同情くらいはする。


 僕は手を顔の化け物に向け、一斉に破壊玉を発射した。10個ほどの破壊玉がすべて化け物に着弾し、爆発音と共に金色の火柱が上がる。


「だあ゛ー!」


 化け物の悲鳴が上げる。僕は追撃を加えるべく追加の破壊玉を出し再び放とうとすれば、結界に有刺鉄線のような化け物の髪が幾重にも巻きついた。キリキリと締め付けるその髪に僕は破壊玉を打ち込む。金属が切れるような硬質な音が響いた。


 千々にちぎれた金属のような髪が宙を舞う。その先に顔があらわになった化け物がいた。僕はその顔を見て、否、その目を見て驚愕した。爬虫類のように細長い瞳孔が縦と横にクロスしている特徴的な目……。


 ……これは五八千子いやちこちゃんに憑いているあの人形の呪いの目と同じだ。一度あの目を見て僕は呪われた。


 驚きと戸惑いで思考と体が硬直した。その僅かな隙に僕の結界に何か黒い影が張り付く。動物をかたどった影絵のようなモノだ。これも五八千子ちゃんに纏わりついている呪いだ。それがどんどん数を増やし僕の結界に集まってきた。


 一体どこからと思えば、地面に落ちた髪の破片が次々に畜生の影となり僕を呪わんとする。無数に結界に張り付くそれは、間違いなく()()()()の呪いだ。


「だあ゛だあ゛だあ゛だあ゛」


 あの不快な鳴き声が耳元のすぐ近くで聞こえた。背筋に鳥肌が立ち体が跳ね上がる。十字の瞳孔と目があった。


「だあ゛だあ゛」


 目から、そして耳から混濁したおぞましい負の感情が僕に中に入ろうとする。


「……っ!」


 また僕を呪う気か。しかしその呪いはすでに履修済みだ。負の感情は僕の中に入る前に霧散した。


 僕は自身の身体の中で呪いが浄化されるのを確認すると特大の破壊玉を出した。直径3メートルはあろうか。これで一気に決めるつもりだ。


「だあ゛! だあ゛!」


 獰猛な獣のように殺気立つ顔の化け物は、僕に対し敵愾心を放つ。僕も負けじと破壊玉に更に力を込めた。小さな太陽のような破壊玉が煌々と燃え盛る。


「……いけっ!」


 特大の破壊玉を化け物めがけぶっ放す。真っすぐ飛んでいった破壊玉を防ごうと化け物の金属のような髪が盾のように顔を覆った。しかし僕の破壊玉は髪の盾をたやすく打ち破り本体を穿つ。


「おぎゃあ!!」


 閃光が闇を切り裂き激しい音が耳をつんざく。やや遅れて化け物の不快な断末魔の叫びが聞こえた。爆散し粉々になった破片は宙を舞いボトボトと落下する。破片は地面に触れると溶けるように消えていった。


 ――ニ……クイ……――


 どこからともなく怨嗟の声が聞こえたのを最後に、化け物の気配は消え辺りは真っ暗な闇になった。静寂が訪れ鼓動の音だけが聞こえる。どうやら無事倒せたようだ。ふぅと深く息を吐く。


 しかしずいぶんとあっさり倒せてしまったな。もっと苦戦するかと思ったが、あまりの手応えのなさに拍子抜けしてしまった。


 まあ、何はともあれ事件の黒幕を倒したのでもう被害者はでないだろう。帰ったらすぐにおじさんに報告だ。ああでも、堕ちた神のことは言えないな。なんて説明しよう。


「…………」


 あれ? これどうやったら帰れるんだ? ボスを倒せば自動的に元の場所に帰還できるかと思っていたが、全くそのような気配はない。四方八方闇でありどこにも出口は見当たらなかった。


 ……もしかして閉じ込められた?


 帰還方法がわからず徐々に焦りが増してきた。スマホで水晶さんに連絡を試みるが全く通じない。しくった……水晶さんを置いてこなければよかった。でも水晶さんなら僕の異変に気がついて何かしらの対策を講じてくれるはずだ。


 わけのわからない闇をむやみに歩くわけにはいかず、僕はその場でしゃがみ込みただ水晶さんの助けを待った。何もできることはないのでグルグルと思考だけが回る。


 一体この場所は何なのだろう? 流石にあの顔の化け物は堕ちた神の本体ではないよな。どういった目的で動画を見た人を昏睡させたのだろう?


 一時間かそれ以上か、待てども待てども水晶さんからは何の連絡もない。僕はおもむろに立ち上がると360°見回した。どこもかしこも闇が広がるだけである。


 ……ちょっとだけ歩いてみようかな。


 この場にいても埒が明かないので少しだけ闇の中を進んでみようかと思った。でもどの方向に向かへばいいのだろう? ええい、ままよ! 考えても無駄だから適当に行ってしまえ!


 ……チリン


 そう思ったときどこからともなく鈴の音が聞こえた気がした。僕はハッとなり耳を澄ます。


 ……チリン


 もう一度聞こえた。間違いない。聞き違いではなく確かに鈴の音だ。その後も鈴の音は一定間隔で断続的に聞こえた。


 なんだろうこの音は。気になるが罠ではないか……。


 一瞬ためらったが他に何の手がかりもないので、僕は意を決してこの音の下へ向かうことにした。結界を張ったまま道なき道を、一寸先も見えない闇を音を手がかりだけに進む。


 歩を進めるごとに鈴の音は大きくなる。しばらく歩くと遙か先にぼんやりと淡く光る何かを発見した。耳をすませばそこから鈴の音が発せられているようだ。僕は生唾を飲み込み慎重にその淡い光の下へ向かった。


 近づく事に輪郭があらわになる。どうやら淡い光は人であるようだ。僕は警戒心を高めより注意深く鈴の音を鳴らす人らしき物の下へ歩く。


 はっきりとその姿がわかる距離まで近づくと鈴の音が止んだ。僕は立ち止まって目の前の人物を観察した。この鈴を鳴らしている人物は女性であるらしく、水色の着物を着ていて編笠を目深に被っており顔はよく見えない。


 編笠のせいで彼女の目は見えなかったが僕を視ていることはわかった。沈黙の中、お互いに見つめ合う。最初に口を開いたのは着物の女性だった。


「もし、野丸嘉彌仁のまるかみひと様でございますか?」


 か細く抑揚のない声で彼女は言った。


「……」


「野丸嘉彌仁様でございますか?」


「……そうですが、あなたは誰でしょう? なぜ僕を知っているのですか?」


 警戒心が更に高まる。悪い感じはしないが彼女は何者であろう? 人の形をしているが人間でないことは確かだ。


「私は青時雨あおしぐれと申す者でございます」


「あお……しぐれ……?」


桂花けいか様の忠実な下僕しもべでございます」


「!?」


 青時雨を名乗る女の人から最近よく聞いたことのある名前がでてきた。菩薩院家の当主であり現代最強の退魔師――


「その、桂花さんという人はもしかして……」


「桂花様がお待ちでございます」


 彼女はそう言うと鈴を一際大きく鳴らした。鈴の音が虚空に高らかと鳴り響くと僕の意識はまるで深遠に溶け込むように遠ざかっていった。


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