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第19話 ネットに潜む怪異



 破魔子はまこちゃんとアリエさんの邂逅かいこうから翌日、現在時刻は正午過ぎだ。


 超越神社には僕一人。聖子さんはアリエさんを連れて外に研修に出掛けている。本当は僕が連れて日本のルールや常識を学んでもらう予定だったが、意外にも聖子さんがその役を自分でやると申し出たので彼女に頼むことにした。異世界で彼女達が共にいたのは僅かな時間であったがすでに仲良くなっていたようである。


 アリエさんは昨日はずっと超越神社にいたので外に出るのは今日が初めてだ。存分に日本を堪能してもらいたい。


 聖女様は昨日の夜に帰ってきた。案の定、大層お怒りで散々文句を言われた。しかし元はと言えば勝手に五聖殿から逃げた聖女様が悪いので理路整然と抗弁をしたのだが、なかなか怒りが収まらず、僕も疲れたので軽い願いを一つ聞くという条件で何とか収まった。


 アリエさんによると今日も聖女様はロアイトさんに連れ去られたみたいだ。ちゃんと仕事してくださいよ。


 さて、僕はといえば大広間でノートパソコンの前に居る。検索エンジンにとあるURLを入力し終わったところだ。例の原因不明の昏睡事件に関連があると思われる怪異がらみのURLだ。本当は今日見る気はなかったのだが、ちょうど一人であるし嫌な事は早々に終わらせるに限ると思い、今日決行することに決めたのだ。


 ……本当は先送りにしたかったけど。


 後はエンターキーを押せばこのアドレスに飛ぶ。念のため水晶さんはパソコンから少し離れた場所に置いた。僕に何かあったら誰かに知らせてもらう為だ。


 僕は息を深く吐くと覚悟を決めた。なるべく画面から顔を遠ざける。いきなり怖い顔が現れたら嫌だからだ。右手の人差し指をエンターキーに添え、左手で顔を隠し隙間から僅かに画面が見えるようにする。


 ……よし、覚悟は決まった。押すぞ!




『どうもー! にゅーさんです!』




 勢いよくエンターキーを押すと画面に現れたのは肩まである茶髪の若い男で自撮りでVサインを決めていた。背景は夜なのか暗く、男は派手なアロハシャツを着ており蝉の鳴き声が聞こえるので季節は夏だろうか。


 ……普通にアクセスできてしまったぞ。とりあえずいきなり怖い顔とか出てこなくてよかった。


『はい! ということで今回の企画は、夏なので事前にお伝えしていた通り百物語ならぬ百心霊スポット巡りをしたいと思います! とはいっても百物語は99話までしか話してはいけないそうなので僕もそれにちなんで99ヶ所巡りたいと思います!』


 なんだこの男は……ユー◯ュバーか?


 僕の疑問をよそに画面の男は滔々と説明する。それによると百物語というのは100話目まで話してしまうと青行燈あおあんどんという怪異が出てきてよくないことが起きるみたいだ。99話話さず途中でやめてもいけないので、この動画も分割せず99ヶ所まとめて一つの動画にするそうだ。


 再生時間を見れば2時間を超えている。投稿日時は去年の8月だ。チャンネル登録者数は一万人程度。概要欄を見れば自身の事がツラツラと書いてある。どうやらこのにゅーさんという男はうだつの上がらない動画投稿者のようだ。


 心霊スポット巡りということなので、ガチでヤバい悪霊と遭遇して、それが画面越しに見た人達を意識不明にしてしまったのだろうか……。しかし2時間も心霊スポット巡りを見るなんて嫌だな。何日かに分けて見ようかな。


『視聴者の皆さんも一度で最後まで見ないと、青行燈が出てきちゃうかもしれませんね。あはは」


 ま、先送りにするのはよくないし一気に見てしまおうか。時間もあるし断じて青行燈あおあんどんが怖い訳では無い。もしかして昏睡してしまった人達は途中で見るのを止めてしまったのかもしれないし。


『さて、記念すべき第一発目はXX県□□にあるS神社です! なんでもこの林の先にある鳥居で首吊り自殺する人が後をたたないとか……。その自殺した人達の霊なのか、この神社付近は幽霊の目撃談が多くて有名らしいです。早速行ってみましょう!』


 茶髪の男はライトを照らし林の中の道を歩いていく。カメラを右手で持ち時折自身の顔を映しながら、この神社の曰くを詳しく説明して歩いていった。幽霊が多くいるらしいので僕はおっかなびっくり見ていたが道中はそれらしきものは見当たらなかった。


「メモっとくか……」


 僕は動画の内容をおじさんに説明するため、事前に用意したノートに書き込むことにした。わざわざ心霊スポットの住所を詳しく言ってくれるので仮にこの動画で昏睡事件の真相が分からなくても、後の調査で原因を特定できるかもしれない。


『着きました! あれが噂の鳥居です。雰囲気ありますねえ。なんだか重苦しいというか……背筋に鳥肌が立ちます』


 暗闇の中でライトに照らされた鳥居は確かに不気味であった。しかしそこにも幽霊らしきモノはいない。男は鳥居の周辺もライトで照らしていたがそれらしきものは見当たらなかった。


『お! 奥に社っぽい何かがありますねえ! 行ってみましょう!」


 茶髪の男は怖くないのかグイグイと進んでみせた。少し進むと奥にはこじんまりとした社殿があった。お供物が置いてあり、古くはあるがちゃんと手入れがされていて管理が行き届いているように思える。


『この社の近くで女のすすり泣く声が聞こえるという情報があるのですが』


 男はグルリと社を一回りした。周囲の林にもライトを当てていたのだが、幽霊の姿も見えなければ声も聞こえなかった。ただ虫がやかましく鳴いているだけである。


『何もありませんねえ……』


 男がそう呟くと画面が切り替わり元の場所へと戻った。どうやらこの場所の心霊現象はデマであったようだ。


『残念ながら幽霊は見当たりませんでした。しかしまだ98ヶ所もあります。どれか一つくらいは当たりがあるでしょう!』


 陽気な声で男が締めくくるとまた画面が切り替わる。


『さて次は〇〇県△△にあるI灯台にやって来ました。こちらでは海難事故で亡くなった魂が夜な夜な海に現れるという噂があるようです。海にオーブのようなモノが浮かんでいるらしいのですが』


 今度も背景は暗く夜である。茶髪の男はI灯台にまつわる逸話を歩きながら説明すると灯台の入り口に来た。この灯台の敷地内には観光客が入れるらしいのだが、ライトに照らされた入り口の柵には「営業時間9:00~17:00」までと書いてあり施錠してあった。


『よっと』


 あろうことか、動画主は何の悪びれもなく入り口を超えるとズカズカと中に入っていった。完全に不法侵入である。見た目は軽薄そうなナリであったが素行もあまりよろしくなさそうだ。


 灯台の敷地は崖に立っており海のよく見えるところまで来ると男はライトで海を照らす。


『う~ん、それらしきものはないなあ』


 ライトを左右に照らししばらくオーブを探していた男が呟く。僕も動画を見た感じ嫌な気配はしなかった。こちらの心霊スポットも外れのようである。


 また画面が切り替わると男は灯台を背景に入り口の前にいた。


『今回も外れだったようですねえ。残念です。しかしこの近くに霊がでるという廃墟があるのでそちらに行ってみましょう!』


 この後も動画主は曰く付きの廃屋、廃病院、電話ボックス、山の中の池など次々と心霊スポットとしては定番の場所に行ったが、どれもこれも心霊現象らしきものは起こらなかった。僕は絶対にでるだろうと身構えていたのだが、不発が続いていたので気が緩んできた。


 しかしちょうど10ヶ所目の某旧道のトンネルに画面が変わると思わず声を漏らす。


「うわあ……」


『はいここの旧国道のトンネルはですね、以前の動画のコメント欄で教えてもらった心霊スポットです。幽霊の目撃はもちろんのこと、肝試しに来た大学生がわけもなく発狂したり、トンネルの途中で車が止まり無数の手に叩かれるなど様々な心霊現象が多発しているようです』


 カメラは三脚に固定してあるのか、映像は茶髪の男の全身とその背後のトンネルの入り口がすべて収まるような構図であった。トンネルはすでに使われていないらしく通行止めの看板が立て掛けてある。傍らの標識は折れていて、このトンネルが使われなくなってから久しいようだ。


 ……問題はこのトンネルに女がぶら下がっていることだ。トンネルの入口の天井にコウモリのように逆さまに直立不動でぶら下がっている女が居た。


 古臭いデザインの赤いワンピースを着ており長い髪を垂らして動画主の方をニタニタと見ている。顔は病的なまでに白く血まみれである。落ち窪んだ目はギョロギョロと忙しなく動いていた。


 何だよ、この幽霊……めちゃくちゃ怖いよ。聖子さんみたいじゃないか。


『今は封鎖されていてこの通り立ち入り禁止です。まあ、気にせず入ってしまいましょう(笑)』


 茶髪の男は三脚からカメラを抜き取りロープを跨ぐとトンネルに向かっていった。男には逆さまの女が見えていないようでどんどん近づいていく。女は更に口の端を広げ喜んでいるように見えた。


 ……これ、本物だ。


 聖子さんで耐性が付いた僕は何とか赤いワンピースの幽霊を冷静に見ることができた。よく観察すればこれがこの世のモノでないことが直感で分かる。


 おじさんによるとガチでヤバいところには霊管が一般人が侵入しないようにと、ギミックの幽霊や心霊現象を用意して追い返すと言っていたが、この幽霊はそのギミックではない。


 マジモンの霊の登場に僕は今すぐブラウザバックしたかった。そんな僕の思いとは裏腹に男はトンネルの中をズンズンと進んでいく。ちょうど女の真下を通ったとき、カメラが垂れ流しの髪に触れ画面が汚い髪の毛でいっぱいになった。


『いやあ……流石にここはめっちゃ怖いな。奥に進むほど嫌な気配が増しているように思えます』


 カメラは進行方向にライトに照らされたトンネルの中を映していたが、ときおりカメラを180度回転させ自身の顔に向けていた。その度に端っこの方に逆さの女が映る。距離を置いているが完全に男の後を追っていた。


『反対側まできましたが何も出なかったっすねー。復路に期待しましょう』


 往路は慎重に歩いていた動画主だったが、復路は心霊現象がなかったせいか調子づいて鼻歌まじりで軽やかである。しかし彼の背後には逆さまの女が一定の距離を置いて付いてきている。顔はずっとニヤニヤである。マジで怖い。


 元の入口まで戻るとカメラを三脚に肯定し先程と同じ構図でトンネル内の感想を述べていた。雰囲気だけで期待外れだ何だと強気で言っているが、君が見えていないだけでガッツリ居たからね。取り憑かれてしまったかもしれないからね。


 しかし肝心の逆さの女は画面のどこにも映っていない。もしかしたらトンネルからでられない地縛霊なのだろうか。だとしたら一安心だ。


『今回はでると思ったんですけどねー。次に期待しましょう!』


 画面が切り替わると車を運転している男が映っていた。カメラは男の左斜め前に固定してあり、ときおりカメラ目線になりながら自分語りをしている。だがそんなことはどうでもよかった。


「マジか……」


 画面右の助手席にはあの逆さの赤いワンピースの女が座っていた。図らずもお持ち帰りしてしまったようだ。


 そしてなぜかこの女はニタニタとずっとカメラ目線だ。まるで僕を直接見ているかのようで気味が悪い。僕は怖いので画面からちょっと遠ざかろうとした。と、腰を少し浮かせたときいきなり女の霊がカメラに顔を寄せた。


『あ゛ーー!!』


「うわっ!?」


 突然画面いっぱいになった聖子さんのような女の顔に僕は大きくのけぞって尻もちをつく。


 女の霊はまるで僕の反応が見えているかのように手足を狂ったようにバタつかせ、長い縮れた髪を振り乱しヒーヒーと喉から空気が漏れたような声で笑っていた。


 びっくりした……画面から飛び出てくるかと思った。その場で跳ねながら痙攣したようにビクンビクンと喜ぶ姿は狂気そのものだ。目線は相変わらず僕を捉えている。


 ……これは僕のことを認識しているな。もしかするとこの女が昏睡事件の元凶か?


 僕はドキドキする胸を押さえ、そっと人差し指にピンポン玉程度の浄化玉を出した。画面からこの幽霊がでてきたらすぐにズドーンと一発やっちゃうためである。この霊は顔は怖いが大したことはない。僕を怖がらせた報いを受けてもらおうではないか。


 いつでも浄化玉を打てるように構えているとまた画面が暗転し場面が移り変わった。


『えー、こちらのお寺の奥には蛇腹杉じゃばらすぎと呼ばれる木がありましてー……』


 女の霊を浄化する気満々である僕の覚悟とはよそに、動画は進み茶髪の男は次々を心霊スポットを巡った。


 その殆どが心霊現象とは無縁の何の変哲もない場所であったが、10ヶ所に1ヶ所くらいはガチであり、そこを訪れる度に男は漏れなく怪異をお持ち帰りしていた。


 子どもの霊であったり、動物霊であったり、わけのわからない化け物であったり……。


 その殆どは勝手に憑いてきたモノなのだが、中には男が粗相をしでかして連れてきたモノもある。今男の回りを憤怒の表情で飛び回っている落ち武者のような生首がそれだ。


 この動画主はどうにも素行に問題があるらしく、悪びれもなく立ち入り禁止の場所に入ったりたばこや空き缶をポイ捨てしたり、まるでマナーがなっていない。


 この生首は男が心霊スポットである廃寺にある地蔵を蹴り飛ばし、地蔵の首がもげたときにでてきたものだ。その地蔵の首を持ち帰り、得意顔で戦利品だと誇らしげに言っているのが今の場面である。


『これで98ヶ所目が終わりました。さあ、次がいよいよ最後です。最後ですからすごい場所に行きますよー!』


 最後の99カ所目は沖縄のユタというシャーマンの修行場で、最凶心霊スポットとして有名だそうだ。沖縄も多くの心霊スポットが存在するがここは一番ヤバいらしい。男はわざとらしく震える仕草をして、またもや立入禁止の看板を無視して修行場の林の中を進んでいった。


 本州とは違うセミの独特の鳴き声が聞こえる。周囲は薄暗く西の空がほんのり赤く輝いていた。雰囲気はそれっぽさ満点なのだがここからは怪異独特の気配はしない。恐らくハズレであろう。最凶スポットというのは名ばかりであったか。


 一つ前の廃寺の方がよっぽどヤバかった。今も動画主には生首が纏わりついているし。そういえばこの男、最初と比べるとずいぶんやつれているな。これは怪異達の影響だろうか……。


『いやぁ、ここも何もでませんでしたねえ……。しかし、ついに99ヶ所心霊スポットを巡り終えました! 感無量です! ああ、でもさすがに疲れたな。なんだか調子もよくないし、結局それらしきモノはでてこなかったし……。なんだか中途半端でごめんなさい。でも暇つぶしにはなったんじゃないでしょうか? 僕はこれから沖縄でマリンスポーツを楽しみたいと思います! 皆様、またお会いしましょう! ご視聴ありがとうございました!』


 画面が暗くなり音が途切れた。これで動画は終わりだ。何も起こらなかったことに安堵したが、これでは事件の真相はわからない。


 動画にはいくつか本物の怪異が現れたが体に異常はないし、女の幽霊もついぞ画面から出てこなかった。この動画を見て意識不明となった人達はやはり途中で見るのを止めてしまったせいで呪われてしまったのだろうか? それとも僕だから見ても何ともなかっただけなのか。


 考えても原因はわからないから、とにかくおじさんに動画の内容のノートを見せてみよう。動画主が訪れた場所に何か秘密があるのかもしれない。


 僕はノートをペラペラとめくって今見た内容をおさらいしていたのだが、ふとあることに気がついた。


「怪異がでた場所は全部視聴者からの情報だ……」


 これは偶然だろうか? 僕はこの事実に重要なヒントがあるかもしれないと思い、この動画主の他の動画のコメント欄を見ようとノートパソコンを操作するため画面に目を向けると、暗かった画面にポツリと一人後ろ姿の男が映った。肩までかかる茶髪のロン毛は動画主のにゅーさんだ。


 理由もなく全身に悪寒が走った。進行状況バーを見るとまだ五分ほど時間がある。まだ動画は終わっていない。

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