第17話 新たな依頼
「もしかしてこの前渡された冊子のお仲間ですか……」
少し前におじさんからA~Dまで4冊の冊子を渡されたことがある。それぞれの冊子はある特徴によってカテゴライズされた全国の神社が載っていて、大雑把に説明すれば“A”が普通の神社で“B”がちょっと力のある人がいる神社、“C”が超すごい神社で“D”が曰く付きの神社だ。
超越神社はカテゴリ“C”の神社であり、カテゴリ“D”の神社はそれぞれの曰くに難易度が設けられ、その曰くを解決できればお金がもらえるというシステムである。
「そうだな、カテゴリ“D”に近いと言えばそうだろう」
曰く付きの神社に近いのなら普通に厄介事が記されているんじゃないか。僕はげんなりしながら渡された冊子を広げた。
“X”は他の冊子と構成が同じでまず北海道から順に沖縄まで大項目があった。しかし都道府県名の下には住所が書かれているだけで神社の名前はない。さらに沖縄の下には不明とインターネットと言う項目があり、それぞれの下には注釈やウェブアドレスが記載されていた。
「これは?」
「そこに載っているのはいわゆる心霊現象や都市伝説など怪異が発生していると思われる場所で、ある程度信憑性のあるモノだ。正直手が足りなくてカテゴリ“D”のようにそれが怪異として実在するか確実に担保はできていない。危険度も不明なモノが多く霊管でも対処しきれていないんだ」
おじさんによればこの手の怪異は年々増えており、それが本物かどうか見極めるだけでも一苦労だそうだ。確かに“X”の冊子は他のどの冊子より分厚かった。おじさんは霊管の人手不足を嘆いていたが、霊感のある人なんてそう多くはないだろうしこればかりはどうしようもないだろう。
不明という項目はそれが移動式の怪異であったり目撃情報がはっきりしないもので、インターネットという項目はネットに潜む怪異だそうだ。最近、頓に増えているらしい。
「それで、これをわざわざ持ってきたということは僕に頼みたい案件があるんですね?」
「そうだ」
外れてほしい予測ではあったが当たってしまった。ちくしょう。
「ここを見てほしい」
おじさんは冊子をめくり指し示した場所はインターネットという項目にある赤いボールペンで囲われたとあるウェブアドレスだった。有名動画投稿サイトのアドレスだ。
「このアドレスがどうかしましたか?」
「少し前に警察の知人から連絡があってな。なんでも不可解な現象があったようで霊管の案件ではないかとな」
続けておじさんが語ったことは次のとおりである。
おじさんが詳しく聞いてみたところ今全国で突然昏睡状態となってしまった人が増えているそうだ。原因は不明で当初は偶然だろうと問題にされていなかったが、昏睡した人には持病のある人は少なく若者も多いことから、もしかしたら事件性があるかもしれないと捜査に乗り出したところある共通点が見つかった。
その共通点が彼らが意識を失う直前で見ていたと思われる動画である。過去何ヶ月か突発的に原因不明で昏睡となった人達のネットの履歴を調べてみれば、その多くが件の動画の閲覧履歴があった。しかも閲覧した直後昏睡したのである。
警察がその動画を十分注意した上で見てみたところ、砂嵐が映し出されるだけで何も体に異変は無かったそうだ。何人もの警察や専門家が見てみたが結果は同じで、この動画が原因ではないと結論が出た。
しかし興味本位なのか無断でこの動画を見たある若い警察官がパソコンの前で倒れており今もなお意識が戻らず、いよいよこれは普通の動画ではないと霊管に話が回ってきたそうだ。
霊管は動画を怪異の類だとみなし対策を施した上で幾人もの人が何度も動画を見たが、その結果は警察と同じで砂嵐が流れるばかりの動画だったそうだ。
「俺の経験上こういった怪異はやばい案件であることが多い」
「…………」
「恐らく特定の人間にしか見れないようになっているんだろう。だがお前ならこういった細工も突破できるんじゃないかと考えてな」
怖い系は止めてほしいと願った矢先にこれである。しかもかなりやばそうな怪異であるそうな。何故、そのような案件を僕に振るのか。僕だから振るんだろうけど……。
「どうしましたか? 顔色が悪いようですが」
「いえ、大丈夫です」
「話はよく分かりませんでしたが、お困りのようでしたら力になりますよ」
いけないな。顔に出るほど動揺していたか。しかし心配そうに僕の顔を覗くアリエさんの優しさが心に沁みる。そうだ、僕には頼もしい仲間が増えたじゃないか。本格的にやばそうな案件に怖気づいていたが、よく考えれば神正氣も過去最高に充填されているうえ聖女様だっているし、この程度の怪異など恐れるに足りないさ。まあ、聖女様は今僕に怒っているだろうからしばらく力を貸してくれないかもしれないが。
とにかく実害も出ているようだし、神として頑張りますか。
「分かりました。僕の方で見るだけ見てみましょう」
「おお……やってくれるか!」
「お役に立てるか分かりませんが」
「いや、お前に任せたら解決したも同然だ」
「ええ、カミヒト殿なら簡単にやってのけるでしょう」
過剰な期待はプレッシャーになって嫌なのだが、やってやれないことはないだろう。パパっと終わらせるか。
「やれるだけやってみます。それで、最後の依頼はなんでしょう?」
「依頼というかお願いだな。俺の甥の鷹司のことだ」
僕が会ったことのあるおじさんの甥といえば、御堂邸で煤子様を浄化した時に同じ現場に居た嶽兄妹の兄だ。最初は社会人かと思っていたがどうやら高校3年生らしい。えらく高圧的だったので正直僕は苦手だ。
「彼がどうかしましたか?」
「あいつがお前に何か頼みたい事があるらしくてな……」
「彼が僕に? どういった用件でしょう?」
うへえ……嫌だな。
露骨に嫌そうな顔の僕を見るとおじさんは膝を正し改まった様子で言った。
「俺も詳しくは知らない。ただどうかあいつの頼みを聞いてやって欲しいんだ。鷹司は協調的でもないし人を見下した態度を取るが、それは嶽の問題であってあいつの問題ではないんだ。お前には義理もないし乗り気でもないだろうが、この通りだ、頼む」
おじさんは畳に額が付きそうなほど頭を下げた。何やら嶽一族にも事情がありそうなご様子。嶽一族の評判があまりよろしくない事と何か関係があるのだろうか。
「まあ、話を聞くくらいなら……」
甥っ子の為に頭を下げられる素敵なおじさんに免じて会うだけ会ってみようではないか。
「すまない……」
おじさんのどこかホッとした様子にずいぶんと彼の事を気にかけているのだなと思った。
すべての用件が済むとおじさんはすぐに帰っていった。もう少しゆっくりしていってはどうですかと言ったのだが、霊管は本当に忙しいらしくちょっと休憩する時間も惜しいようだ。これから妖聖学園に行って、早速理事長にアリエさんの転入の件を相談するらしい。嶽兄との面会の日はおじさんが間に入り調整することとなった。
おじさん、体を壊さないでくださいよ。
「帰ってきてませんね」
「そのようですね」
今いる場所は異世界側の超越神社だ。おじさんが帰った後二人でお昼ごはんを食べ、アリエさんに日本で暮らす上でのルールや注意事項を講義していると、いつの間にか妖聖学園の下校時間が近づいていた。
今日は天女ちゃんに頼んで、アリエさんと顔合わせをするために破魔子ちゃんを招くこととなっている。だがその前に、今朝ロアイトさんに連れ去られた聖女様が戻ってきてないか確認しに来たわけだ。
何故にロアイトさんが超越神社に来ることができるかというと、ひとえに僕の企てである。
聖女様の独断でここに連れてくることはやはり抵抗があったので、昨日は隙をみて僕一人で異世界へと舞い戻りロアイトさんに直接これこれこんな事がありましたと説明したのだ。
ロアイトさんは聖女様の置き手紙を見て途方に暮れていたところだったので、彼女からは大いに感謝された。すぐに連れ戻しますと、若干こめかみがピキっていたが僕は彼女をなだめた。
聖女様と約束した手前、ここで強制的に異世界に送還すれば一生恨まれること間違いなしだ。それに聖女様には近くに居てもらったほうが何かと都合がいいのではないかと思い直した。彼女の力や知識は日本でも役に立つだろうし、何よりすんごい封印魔法とやらを教えてもらわなくてはならない。
しかし超越神社に引きこもられて、全く異世界の厄介事にノータッチでも困る。そこで超越神社と五聖殿を繋ぐ白い鳥居を設置する案を思いついた。
聖女様は異世界側の超越神社に寝泊まりをしてもらい、そこから異世界へ通勤してもらうのだ。そうすれば聖子さんだって留学することになれば超越神社から異世界へ通えばいいだけである。僕としても彼女を一人異世界へ置いておくのは不安があるので、簡単に安否が確認できる超越神社に居てくれた方が望ましい。
というわけでロアイトさんに超越神社と五聖殿をつなぐゲートの設置の許可を求めた。勿論ロアイトさんにはゲートの通行許可を与える旨も伝えた。
ロアイトさんは少し迷っていたようだが、彼女も“伝説の何か”が気になるらしく、超すごいと評判の“伝説の神社”(異世界側)に自由に出入りできる権利に魅力を感じたのか、最終的には了承をもらえた。
そういった経緯があるのでロアイトさんは超越神社に来れるのである。そして今朝、嫌がる聖女様を連行したのだ。彼女にとっては寝耳に水だから僕のことを相当恨んでいるだろうな。機嫌を直すためにおいしい食べ物でも沢山買っておかないとな……。
「ロアイト様はしきりに驚いていましたよ」
「ヘンテコな場所ですからね」
「そちら側にも行ってみたいと仰っていました」
ロアイトさんやマリンさんはすでに異世界の存在を聖女様から聞いているので隠す必要もないのだ。
「そうですね、彼女ならいいかと。いずれお呼びするとして僕達はそろそろ向こうに戻りますか」
僕達は裏庭の赤い鳥居をくぐると住居兼本殿に戻り、まったりとお茶を飲みながら天女ちゃん達の帰りを待った。