第16話 呪いの人形
「で、その青髪の娘を妖怪として転入させたいわけか」
「ええ、そうなんです。どうにかなりますかね?」
「なんとかなるが、だがその娘は妖怪じゃないだろう?」
「ええ、まあ……」
異世界から帰還した翌日、僕は早速おじさんを超越神社に呼んだ。何故かと言えばアリエさんを妖聖学園に転入させたいので相談をするためだ。
アリエさんは当然ながらこちらの世界の文化や常識やルールなど全く分からないわけだから、一から教育することになる。僕が付きっきりで教えてもいいが、妖聖学園の特待組には多くの妖怪達に人間社会に馴染むための教育を施しているので、ここで転入生として彼らと一緒に学んでもらおうと思った次第である。
アリエさんには悪いけど彼女を妖怪として扱えばこちらの世界に対して全くの無知であっても違和感がなく、するっと学園に馴染めるのではないかと考えたわけだ。妖聖学園には天女ちゃんや五八千子ちゃんがいるし、彼女達の助力も得られるのでなかなかいいアイデアだと思う。ついでに破魔子ちゃんもいるし。
「……カトリーヌさんの知り合いでいいんだよな?」
「ええ、私はカトリーヌ様の忠実な信徒ですので。こちらでカトリーヌ様がお世話になったと聞き及んでいます」
おじさんは“伝説のさといも”の実食会でカトリーヌさんの霊体と出会っており、彼女が五八千子ちゃんの体を癒やしたことも知っているので、聖女様の知り合いとなればなんとか力になってくれるはずだ。
ちなみに水晶さんによるとアリエさんの言葉がおじさんに通じるのは彼女が僕の眷属になったかららしい。僕の眷属であれば異世界と日本の言語の障壁が取っ払われるからだそうだ。
この理屈でいえば聖子さんはすでに僕の預かり知らないところで僕の眷属となっているということだ。
「普通に人間として転入させたらダメなのか? 海外出身のようだが……」
「色々事情がありまして、彼女は世情に疎いんです」
「まあ、そういう事ならなんとかしてみるが」
おじさんは言葉にはしていないが詳しい事情を聞きたそうにこちらを見ている。カトリーヌさんがただの霊体ではないことは分かっているだろうし、こちらのアリエさんも訳ありだと感づいている様子なので気になるのだろう。
「近い内に説明しますので今は何も聞かないでいただけると」
おじさんは当然ながら異世界の存在なんて知らないわけだから、彼女達のことを説明するにはまず異世界のことを説明しなければならない。言葉で説明しただけでは信じないだろうから、異世界のとりわけファンタスティックな街並みの聖都にでも直接連れて行けばいいだろう。
こちらのゴタゴタが一段落したら近い内に異世界観光ツアー第二弾を敢行してみようか。
「了解した。早速学園長に計らってみよう」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
「さて、じゃあ次はこちらの用件だな」
「……伺いましょう」
昨日、おじさんに相談したいことがあると連絡したのだがその時、ちょうど俺も3つ頼みたいことがあったんだと逆に何かの依頼の申し入れがあった。3つもである。
流石に異世界での経験もあって初めての依頼である煤子様の時のようにビビることは無いだろうが、それでも怖い系は勘弁してほしいと思う。そんじょそこらの悪霊では身の危険など全く感じることはないが、なんというか怖い霊や心霊現象そのものに忌避感があるのだ。ゴキブリを嫌う感覚に近いと思う。
心霊現象を起こすでかい顔のおっさんよりも1つ目猿のような怪物系の怪異の方が全然いい。要は得体のしれない不気味さが嫌なのだ。オカルトホラーに出てくる怨霊よりスラッシャーホラーに出てくる殺人鬼のほうが行動予測がしやすいぶんまだマシというわけである。
そんなわけだから心霊系は嫌ですよ、おじさん。
「まずはこいつを見てほしい」
おじさんは隣に置いてある大きなキャリーバッグを指した。長期間滞在用の一番でかいサイズのだ。これを最初見たとき嫌な予感がしたが、きっとこれから出張か旅行に行く為に持ってきたのだろうと思うことにした。
しかしよく考えるまでもなく、そんな物は車に入れっぱなしにしておけばいいだけで、こんなところまで持ってくる必要はない。つまりこの中には厄介な何かが入っている可能性が高い。
おじさんがキャリーバッグを開けると中には大小様々な木箱が十個ほど入っていた。材質や意匠はバラバラだがみんな高そうで、木箱と木箱の間には緩衝材が丁寧に挟まっていた。そして木箱には御札が貼ってある。やっぱり嫌な予感はあたったな……。
「これは?」
「呪いの人形だ」
マジっすか……。ちょっとすごく嫌なんですけど。
「……これをどうにかしろと?」
「まあそんなとこだ。簡単に説明するとな、霊管では一年に一回、全国の神社仏閣に寄せられたお祓いを依頼された呪いの人形を集めているんだ。殆どが依頼主が勘違いした普通の人形だが中にはまれに本物がある。前年も膨大な量の人形が送られてきたがちゃんとこちらで本物だけを選り分けたから安心してくれ」
全然安心できないよ。それじゃあ、ここにあるのは全部本物ってことじゃん。
「失礼。先程呪いという言葉が出ましたが、まさかこの国にも邪教がいるので?」
アリエさんの眼光が鋭く光った。異世界では呪いは邪教が使うものであるからそう聞いたのだろう。
「邪教ではありませんよ」
実際この国に邪教が存在するのか知らないけど、異世界のような呪術を使う邪教はいないと思う。
「そうですか」
「邪教?」
「こっちの話です。気にしないでください」
おじさんはそうかと言うと木箱の一つを持ち上げ上蓋を開けて中から人形を取り出した。出てきたのは呪いの人形としてはオーソドックスな市松人形だ。しかし呪いの人形らしく年季の入った見た目だが僕にはあまり嫌な気配を感じなかった
「これは東北地方の旧家から送られてきたもので、何でも昔、座敷牢で虐げられた娘が居たらしく、その娘の怨念がこめられていてこの通り血の涙を流して恨みと寂しさ訴えるんだ。人形を破壊すれば済む話だが、依頼主がそれではあまりに不憫だというので強く浄化を希望していてな」
「血ですか……」
おじさんはこの通りというが市松人形の目には何も流れていない。もしかして今は油断させて、夜になったらシクシクと涙を流し僕を驚かせるつもりだろうか。そういう腹積もりなら今すぐ浄化することも吝かではない。
「ん?」
おじさんは僕の反応に疑問を覚えてか市松人形の顔を見ると訝しそうな目つきをした。
「おかしいな……」
顎に手を当て人形を調べながらしばらく考えていたが、市松人形を置いて別の木箱から今度はお高そうな西洋人形を取り出した。赤毛の髪の幼女型の人形だ。
「このアンティーク人形は来歴は不明だがこの通り髪が腕に巻き付いたり噛んだり、人に害をなして精神がおかしくなるまで離れない」
おじさんはそう言うが人形は動かず普通の人形である。こちらのアンティーク人形からも嫌な感じはしない。おじさんも呪いの気配を感じなかったらしく、先程と同様に人形をためつすがめつ丹念に調べていた。
「……おかしい」
おじさんは次々と木箱から人形を出した。動物型のぬいぐるみやキャラクター物の人形、フランス人形やお雛様まで様々である。しかしどの人形も僕には呪われてるとは思われなかった。おじさんは全て出し終わると信じられないといった様子で困惑していた。
「どういうことだ」
もしかして普通の人形と間違えて持ってきちゃったんじゃないか。厳重な梱包に御札までしちゃってポカミスもいいところである。
「まあ、誰にだってミスはありますよ」
「いや、そんな馬鹿なミスはしない。確かにここに来る前に確認したときは呪われていたんだ」
おじさんの言うことが事実なら超越神社に来る道中で呪いが勝手に無くなったことになる。でもそんなことあり得るか? あ…………ここならあり得るわ。
「もしかして超越神社の境内に入ったから呪いが浄化されたんじゃないでしょうか?」
超越神社には強力な結界が張ってあり強力な悪霊だって寄せ付けないし、境内は神聖そのものである。もしかしたらそんなに強くない呪いなら、境内に入っただけで浄化されてしまうんじゃないだろうか。
「なに!?」
おじさんはめっちゃ驚いていき、前のめりになって僕にちょっと唾が飛んだ。
「いや、しかし……ここならばそれもできるのか……?」
難しそうな顔でうつむいて考え込んでいたおじさんだが、やがて顔を上げるとニヤリと片方の口の端をあげて呟いた。
「そうかそうか、ここに持ってくるだけでいいのか。呪いの人形だけでなく他の呪物も……」
やばい、このままでは全国の呪いのアイテムが超越神社に集結してしまう。
「流石に数が多すぎるのはちょっと……」
やんわりと牽制だ。おじさんにはお世話になっているし、会うたびに感謝パワーをくれるありがたい人であるが無条件で承諾するわけにはいかない。
「安心してくれ。一度に大量の呪物を持ってきたりしないさ。ああいった物は一つ一つが大した呪いでなくても、一箇所に多くの物が集まれば大きな災となることもある。それ以前にまずこの神社の境内に入れただけで本当に呪物が浄化されるか再現性を検証すべきだろう」
恐らくだが呪いの人形が浄化されたのは、超越神社内に充満している神正氣に触れたためであると思われる。それはつまり呪いの力と神正氣が相殺され、境内の神正氣が消費されたと考えるべきだ。そうなると超越神社を覆う結界に影響があるかもしれない。
邪神の侵入すら防いでみせた頼りになる結界なので、この結界の機能が損なわれるようならお断りしなければならない。
「検証するのはいいんですが、僕の主導のもとでやらせていただけると……」
「勿論だ。それにガチでやばい呪物は移動させることすら困難だから、ここには危険度が中程度以下の呪物しか持ってこれないだろう。ああ、それからきちんと浄化料も払うぞ」
「まあ、そういう事なら……」
お金はこの間のサエ様関連の依頼でたんまりと頂いたが、従業員である聖子さんに払う給料もあるし天女ちゃんやアリエさんの生活費もあるので多すぎて困るという事はない。とはいえ結界に支障があってはならないので、十分に検証すべきであろう。
「決まりだな。それじゃあ、次の依頼はこれだ」
おじさんは上機嫌に隣に置いてある本革のビジネスバッグから何か冊子を出した。白地の表紙には中央に“X”とだけ印字してある。似たようなものを最近おじさんから渡されたぞ……。