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第15話 みんなで日本へ

「ああ、カトリーヌ様、なんという美しいご尊体でしょう。カミヒト様から長き封印から目覚めたと聞き及びましたが、直に拝する栄を賜りましたこと冥加に存じます」


 聖女様の姿を見たイーオ様は感嘆の声を上げると、片膝をつき片手を胸に当て頭を垂れてこの世界の最敬礼のポーズを取った。


「ふふん、まあね。カミヒト、あんたも平伏していいのよ」


「遠慮しておきます」


「生意気ね!」


 聖女様はその言葉とは裏腹に機嫌よく階段を降りてきた。マリンさんやロアイトさん幹部二人が左右を固め、その後ろにアリエさん達3人が付いてくる。僕達の前まで来たカトリーヌさんは腰に手を当て満面の笑みを浮かべていた。


「楽にしていいわよ」


「はい」


 聖女様の許可を受けイーオ様は静かに立ち上がる。


「ずいぶんとご機嫌ですね。ジャックさんとの交渉がうまくいったんですか?」


「当然よ。ジャック(くそガキ)なんて大したことないわ」


「ということは()()を返してもらったんですね」


「まあね」


「あれってなんですか?」


「あんたは知らなくていいの。そんなことより私を見て何か気づかない?」


 聖女様はウェーブのかかった金髪をファサァっと後ろに流して、なんだか面倒くさいことを言い出した。どこも変わった様子はないが、強いて言うならウザさが1割位増したところだろうか。


「……少し髪に艶が増しましたか?」


「私の髪はいつもツヤツヤよ! 見てわからない? このパーフェクトカトリーヌの神聖にして最強のオーラが!」


 なんだパーフェクトカトリーヌって。全然わからない。どっからどう見ても先程のカトリーヌさんと全く変わらない。僕が顔にはてなマークを浮かべていると聖女様はわざとらしく大きく息を吐き、大げさにヤレヤレと首を振った。ちょっとイラッとくる仕草だ。


「あんたもまだまだね。このパーフェクトカトリーヌの圧倒的存在感がわからないとは」


「はあ……」


 あれが戻ってきたおかげでパーフェクトカトリーヌとやらになったのだろうか。しかし見た目は全然変わらない。


「まあ、いいわ。それよりイーオ、あなたの今までの功績を評価して第三階に昇格させるわ。これであなたも晴れてカトリーヌ教の聖女を名乗れるわよ」


「謹んで拝命致します」


 突然の昇進辞令を受けイーオ様は厳かに一礼した。


 カトリーヌ教の位階は確か十二まであるので、上から三番目である第三階といったらかなりの裁量権があるんじゃないか。恐らくスパイ疑惑のあるイーオ様にそこまで権限を与える理由は、彼女を泳がせて尻尾をつかむためだろう。自由な裁量を得れば工作もしやすくなるだろうし、そこに乗じてスパイとしての証拠を掴む腹積もりかもしれない。


「そういうわけだから、ロアイト、マリン、あんた達は今から昇格の儀式をやっておいて。イーオ、第三階の者はスキルを授かる権利があるわけだけど、今はバタバタしているから後にしてくれないかしら?」


「承知しました。私のことなど後回しで構いませんから、どうぞカトリーヌ様は御自分のご都合を最優先にしてくださいませ」


「それから昇格の儀式が終わったら、早速聖女としての任務を与えるわ」


「はっ。カトリーヌ様の命、謹んで承ります」


 イーオ様は顔を上げると僕にニコリと微笑み、ロアイトさんとマリンさんに連れられて階段を登りどこかへ消えていった。


 僕達もそろそろ日本へ帰還しようか。天女あまめちゃんを見ればうつらうつらと眠そうにしている。彼女は早寝でいつも9時に寝ているから、異世界旅行での疲れも相まってこの時間でもすでに眠気が限界に近いのだろう。


「カトリーヌさん、アリエさん、僕達もお暇させてもらいますね。留学の件はまた後ほどこちらから伺いますので」


 まずは菩薩院桂花ぼさついんけいかさんと会ってお話をしなくては。アリエさんも向こうでの生活をどうするか考えなくちゃいけないな。


 僕が帰還のため白い鳥居(ワープゲート)を召喚しようとすると聖女様が待ったをかけた。


「何ですか?」


「何ですかじゃないわよ。今から行くのよ。アリエと私が!」


「……カトリーヌさんも来るんですか? それに全然受け入れる準備できてませんよ?」


 なんで聖女様も来るんだ。あなたここでやること沢山あるはずでしょ……。


「そんなん知ったこっちゃないわよ。さあ、行くわよ!」


「理由は何ですか?」


「そりゃあ、あんたんとこのジンジャが安全だからに決まってるでしょ。ロアイトも色々してくれたようだけど、チョウエツジンジャの結界には敵わないしね」


 つまり彼女は邪神が怖いから超越神社に避難したいのだな。パーフェクトカトリーヌとやらでも邪神に対抗できないのだろうか。見た目は全然変わっていないしただ虚勢を張っているだけなのか。


「ロアイトさんにはちゃんと許可をもらったんですか?」


「何でロアイトの許可が必要なのよ。あんたんとこに行くって言ったら反対されるに決まってるじゃない。だからここから追っ払ったんでしょ」


 まさかその為だけにイーオ様を昇格させたんじゃないだろうな……。さすがにそれはないと思いたいが聖女様だしなあ。


「許可がないとカトリーヌさんは連れていけません」


「断るわ。今すぐ私も行く!」


「ダメです」


「行くったら行くの! ぜぇ~ったい、行きますからね!」


 聖女様は駄々をこね頑として行く気だ。だが僕としてもロアイトさんに無許可で連れて行くわけにはいかない。っていうかこっちの面倒事をどうするつもりなんだ。


 やいのやいのと二人して言い合っていたが、天女ちゃんが夢現ゆめうつつにして今にも眠ってしまいそうだし、結局いくつかの条件を付けて僕が折れることとなった。


「ちゃんと僕の所へ行くとロアイトさんに置き手紙をしてくださいよ」


「わーってるわよ」


 聖女様の人差し指の先が青白く光ったかと思えば、彼女はまるで指揮者のように指を振るう。空中には聖女様の指の軌跡どおりに青白い文字のようなものが浮かんでいた。こちらの世界の文字であろう。


「これで良し! さあ、出発よ!」


「カトリーヌ様、私は不安ですよ……」


「へーきへーき。アリエは若いんだからすぐに慣れるわよ。それにニホンは面白いんだから!」


 僕も不安ですよ、聖女様。さて、どうなることやら。


 白い鳥居(ワープゲート)を召喚し5人で中に入れば見慣れた超越神社に着いた。すでに日は落ちており辺りは薄暗い。点在する灯籠がぼんやりと神秘的な光を放っている。


「ふあー! 今日からここが私の城ね!」


「……これが“伝説のジンジャ”、そして神域……」


 超越神社に初めて入ったアリエさんは恐る恐るといった様子で辺りを慎重に見回していた。顔にはやや警戒の色が浮かんでいる。対するカトリーヌさんは実家に帰ってきたような気安さだ。


「カトリーヌさん、約束通りこちら側で暮らしてくださいね。アリエさんも今日はカトリーヌさんと一緒にこっちの住居を使ってください」


 聖女様に出した条件の一つは、彼女には異世界側の超越神社で暮らしてもらい日本側の超越神社に来る場合は僕の許可を得ることである。カトリーヌさんはずば抜けた魔法の使い手でありあちらの世界でも使用することができるので、無制限に日本での移動を許可したら向こうでトラブルを起こすことは必至だ。そんなわけだから彼女の行動は制限する必要がある。


 彼女達を住居兼本殿に案内してとりあえず今日はアリエさんの事は聖女様に任せた。こちらの住居も何故か電気ガス水道が使えるので、これらの使い方を熟知している聖女様がいれば安心だろう。


「それでは僕達は向こう側に帰りますね。カトリーヌさん、アリエさんに日本《異世界》のことを詳しく説明して上げてください。何かあったら水晶さんに連絡お願いします」


「わかったわ。あ、お菓子持ってきて」


「……承知しました」


 カトリーヌさん達と別れて僕達日本組は赤い鳥居を通り日本側の超越神社へと帰ってきた。住居兼本殿に着くと天女ちゃんは疲れたためか寝る準備を早速始めた。聖子さんは怨霊メイクを落とし白装束から私服に着替え終わると僕と一緒に入り口の鳥居の前まで歩く。


「お疲れ様、聖子さん。異世界はどうだった?」


「とても刺激的だったわ」


 彼女にしては珍しく演技的でない素直な微笑を浮かべていた。その様子から今回の異世界旅行には満足しているようだった。


「ああ、そうだ。昨日今日は研修扱いにするから明日明後日は代休で休んでいいよ」


「別にいいわよ」


「そういうわけにもいかないよ。一般企業のように法令は遵守するつもりだから」


 超越神社はホワイトな労働環境を目指している。だから休みはちゃんと取ってもらうのだ。


 というのは表向きの理由で実際は彼女にはこちらの都合で休んでもらわなくてはならない。というのも明日はアリエさんの件で霊管のおじさんに相談をするつもりであるし、天女あまめちゃんに頼んでアリエさんと引き合わせるために破魔子ちゃんを呼ぶ予定である。その時ついでに菩薩院桂花さんにアポを取れないか頼んでみるつもりだ。


 そういうわけだから、聖子さんに知られたくない話もでてくるだろうから休んでもらったほうが何かと都合がいいのだ。


 聖子さんは僕の目をジッと見つめた。何かを探るような目つきに僕は少し気圧される。       


「もしかして、私の実家が関係ある?」


 思わず胸が高鳴った。思いがけない彼女の質問に僕はしどろもどろになる。


「そんな事は全く無いけど……どうしてそう思うの?」


「私の家が普通でないことは知っているからね。ま、いいわ。でも休むのは一日だけよ? フフ、これから面白くなりそうだわ」


 聖子さんはあの芝居がかった不吉な笑みを浮かべると僕に背を向け歩き出した。心なしか楽しそうな彼女の背中が見えなくなるまで僕はその場に佇んでいた。


 彼女は奇抜な格好こそしているものの聡明で常識も併せ持っている。どこまで気づいているか知らないが菩薩院家の特殊性に早い頃から感づいていてもおかしくない。


 彼女についてしばし考えを巡らせていると懐の水晶さんがバイブった。


『カトリーヌ様の言う聖子様の特別な能力は正しくは正邪逆転ではなく“陰陽反転おんみょうはんてん”といいます』


「陰陽反転……」


『これは菩薩院の家霊かれいの特有の力で、あの方の眷属である菩薩院の血族にはその力は受け継がれません。彼女達はあの方の加護を授かっていますが、あくまであの方の守護者でしかないのです』


「え……それじゃあ何で聖子さんはオシラキ様の力を受け継いでいるの?」


『…………』


 それ以上水晶さんは答えてくれなかった。謎が増えたが水晶さんがこの事実を伝えたことは、きっと僕にとっても重要なのであろう。もしかしたら彼女の存在は僕の思っている以上に大きいのかもしれない。


 あの日初めて、聖子さんが超越神社を訪れたのは偶然ではないような気がした。

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