第13話 アジトにて②
「さ、どうぞ」
ヤーコプさんが僕達を案内したところは監禁部屋の前の部屋の、中央に設置してある木でできた簡素な机だった。椅子は4つあって僕と聖女様はそこに座るように促された。対面にはヤーコプさんが座り、彼の後ろにはジャックさんとシェヘラザードさんが立っている。
「ちょっと、私はジャックに用があるんだけど?」
「その前に僕にカミヒトくんの勧誘をやらせてもらえないかな? ジャックと話すのはその後にしてほしいんだ」
「そんなのダメに決まっているでしょう! カミヒトはこっちのものよ!」
「カミヒト君はそう思っていないようだけれど? それにこれは取引だよ。僕がカミヒト君を勧誘する。その対価として姉さんはジャックと話し合いをする。この条件を飲んでくれないと、僕達としてはただアジトに侵入されただけだから、侵入者を排除するために武力行使をしなくてはならない。それはお互いにとって何の益もないことだと思うけど?」
「上等よ! あんた達が私に勝てるわけな」
「分かりました。その条件をお受けします」
「ちょっと! 勝手になに言ってるのよ!」
「暴力沙汰はなしだって言ったじゃないですか」
このまま一歩も譲らない聖女様に会話の主導権を握らせては彼らと戦闘することになってしまう。それだけは絶対に避けたい。聖女様ってば全然譲歩しないから聞いているこっちがヒヤヒヤする。
「百年も生きていない小僧のほうが大人ではないか」
「おおん!? あんた喧嘩売ってるの?」
聖女様が椅子から立ち上がりジャックさんを睨めつけた。本当に堪え性のない人だ。
「カトリーヌさん落ち着いてください。とにかく彼らの話を聞きましょう。ヤーコプさん、どうぞお話してください」
早く話を進めないと聖女様のせいで日が暮れてしまいそうだ。天女ちゃんや聖子さんを待たしているからここで時間をかけていられない。
聖女様は口を尖らせ渋々といった様子で着座した。はあ、手が掛かるなあ。
「早くしなさいよね! シェヘラ、お茶あ!」
「相変わらず、人使いが荒いわあ……」
シェヘラザードさんは深い溜め息を付くと奥にある階段を昇っていった。上の階には台所的な空間があるのだろうか。
「ありがとう。じゃあまず謝罪をしないといけないね。本当は君を拉致する予定はなかったんだ。ジャックの独断専行でね。びっくりしたでしょ? ジャックには僕達がちゃんとお説教しておいたから」
申し訳ないと言ってヤーコプさんは頭を下げた。チラとジャックさんの方を見れば目が合い、彼はバツが悪そうに視線を少しずらす。
「いえ、別にこれといって実害はなかったので。それにジャックさんには大災害獣戦でお世話になりましたから」
「そういってもらえると助かるよ。それからいきなり『仲間になれ』なんて言われても困るよね。一方的にこっちの要求を押し付けたって反発されるだけなのに。ちゃんとカミヒト君にも僕らの仲間になるメリットを提示しないとダメだよね」
ヤーコプさんは苦笑しながらそう言う。後半はジャックさんに向けて言った軽い文句のように聞こえた。
「メリットですか……」
ここからが勧誘の本番であろう。彼の人当たりの良い声色や表情で意識していても気を緩めてしまう。これは彼の生来の特質か、それとも“伝説の交渉人”としての力か……。
「そう。たぶん僕らなら君の力になれると思うんだ。ちょっと失礼するね」
ヤーコプさんは僕の目をじっと見た。それを見た聖女様が勢いよく立ち上がる。
「ちょっ!」
「黙って座ってろ」
「……っ!」
聖女様はぐぬぬと悔しそうな顔をしてジャックさんに何か文句を言おうと食ってかかろうとしたが、なんとか飲み込み乱暴に椅子に座った。よく耐えた。えらい。
しばらく僕とヤーコプさんは見つめ合っていたが、彼は腕を組んだかと思うとうーんと唸り何だか少し困った様子だった。
「君の願い事はわかった。君の世界全体に呪いをかけた堕ちた神をどうにかしたいんだね?」
今度は僕が勢いよく立ち上がった。何故その事を……。いけない! 堕ちた神の話はダメだ!
「あのっ……!」
「ああ、大丈夫。こっちの世界には呪いは適用外みたいだから。僕が生きているのが良い証拠さ」
ヤーコプさんは両腕で力こぶを作り健全アピールをした。彼のふくよかな体とは似合わないポーズであるが、僕は今それどころではない。
「詳しく説明しろ。ヤーコプ」
「まず彼は東の大陸出身ではなく、僕達の世界とは全く別の世界からやって来たようだね。そしてその世界には情報を隠匿するタイプの呪いをかけた元神が居るみたいだ。この呪いは極めて強力で、元神つまり堕ちた神の存在を知った者を殺してしまう。しかも世界全体に呪いはかかっている。カミヒト君はこの堕ちた神をどうにかしたいみたいだね。でも、めちゃくちゃやばそうだ」
驚いた。僕が異世界から来たことだけでなく、だれにも喋っていない零源の呪いのことまで知られている。一体何故……。
「別の世界だと? どういうことだ?」
「そこまでは分からないよ。僕の力は交渉に必要な情報しか読み取れないからね。ただ彼は僕達のいる世界とは別時空の世界からきたみたいだ」
「…………」
交渉に必要な情報。なるほど、それが“伝説の交渉人”の力か。
「ヤーコプはね、相手の今一番望んでいることが分かるの。相手のニーズを掴んで交渉を有利に運べるのよ」
聖女様がヤーコプさんの能力を補足してくれた。ただその顔は彼女に似合わず神妙であった。続けて聖女様は言った。
「なるほど、あんたが封印したい相手は向こうの世界の堕ちた神ってことね。…………嫌な相手ね」
「どうする、ジャック? 彼を仲間に引き込めば必然的に別世界の元神が僕達の敵になるよ? 詳細も居場所もわからないし、世界全体に呪いをかけるなんてどう考えても危険だよ」
さっきまで僕を仲間に引き入れることに熱心だったヤーコプさんだが今は否定的である。彼はそれだけ堕ちた神を脅威をみなしたようだ。カトリーヌさんの反応といい堕ちた神を侮っているつもりはないけど、僕の想定以上にとんでもない存在なのかもしれない。
不安が大きくなる中で、ジッと黙って考え込んでいたジャックさんが何かを決意したような顔をして僕の前までやって来た。
「カミヒト、もう一度言う。俺達の仲間になれ。俺達にはお前の力が必要だ。そしてお前は俺達が守る。竜頸傭兵団は誰にも負けない。たとえそれが神であったとしてもだ」
「……っ!」
断言するジャックさんに僕は心を動かされた。彼のゆるがない眼差し、安心感を覚えるほど力強い物言いは不安になった僕の心に強く突き刺さる。
ジャックさんは僕に手を差し出す。思わずその大きな手に縋りたくなった。
「ちょ、ちょっと!?」
僕の様子に慌てたカトリーヌさんが僕とジャックさんの間に立ちはだかる。
「か、カミヒト、まさか私を裏切らないわよね!? 大丈夫、すんごい封印魔法を教えてあげるから! それを使えば堕ちた神なんて永遠におねんねよ!」
「カミヒト。カトリーヌは頼りにならない。こっちに来い」
「カミヒト! こいつらと居たらきっと苦労するわ! 目的だって分からないし、すんごい面倒をかけられるわよ!」
苦労するのはカトリーヌさんと一緒にいても同じではないだろうか。しかし彼女の言う通り彼らの目的がわからないのがネックだ。仲間にならなければ教えてくれないと言っていたしどうすればいいんだろう。
堕ちた神という相当に厄介な強制オプション付きの僕をわざわざ仲間に引き入れようとするのは、彼らにもそれに引けをとらない問題を抱えているはずなのだ。もしかしたら零源の呪いより厄介かもしれない。
しかしそれを加味しても正直かなり心が揺れている。ジャックさんは“伝説の傭兵団”を率いているだけあって、彼についていけばすべてが解決してしまうのではないかと錯覚するほどの頼もしさがある。カリスマ性があるというのか、この人に付いて行きたいと思わせるオーラがある。
「カミヒト」
「カミヒト!」
僕は悩みに悩んだ末どちらにつくか結論を絞り出した。
「申し訳ありません」
僕はジャックさんに頭を下げた。
「……何故だ?」
「カトリーヌ教の皆様にはお世話になりましたから。竜頸傭兵団のことはまだよく知りませんし」
心が揺れに揺れたのは事実であるが、一時の感情で彼らの手を取るのは危険であろう。彼らについては知らない事だらけであるし、異世界で信頼がおける人達は皆カトリーヌ教だ。
アリエさんを初めセルクルイスの黄光衛生局の皆さんにはたくさんお世話になったし、今は亡きロゼットさんやシュウ君もカトリーヌ教である。異世界に来てから仲良くなった人はカトリーヌ教徒が多いのだ。
これがカトリーヌさん単体であればジャックさんの陣営に加わったかもしれないが、現時点では総合的に見ればカトリーヌ教に付くのが客観的にも僕の心情的にもいいように思える。
「封印などしても何の解決にもならんぞ。後世に負債を残すだけだ」
ジャックさんはカトリーヌさんの手口が分かっているようで、こちらの対処法が封印だと見破っている。仰る通りなのだが、時間を稼ぐという意味では有効ではないだろうか。昨今の少子高齢化問題等とは異なり先送りしたからと言って、こちらの呪いは問題がより深刻になるわけではないと思う。
有効な手立てを考える場合は時間がかかる。根本的解決を目指すならなおさらだ。だから封印という対処は目下の目標としてはなんら間違っていないのである。決して後の世の人に負債を丸投げするわけではない。
……結果としてそうなってしまう場合も考えられるが、それはそれだ。
「それはやり方次第ですよ。知恵を絞り新たな活路を見い出せばきっとどんな困難にも打ち勝てますよ」
胡散臭い言い訳だが割りと本気でそう思っている。というのもヤーコプさんのおかげで異世界では堕ちた神の呪いが効かないことが判明したからだ。
あの呪いの一番怖いところは堕ちた神の情報を誰にも伝えられず対策が立てられないことである。灼然さんもそのせいでハクダ様に頼ったのではないか。だが神であるハクダ様も大した情報を言えないままあれほどの傷を負ってしまった。これでは満足な対策を立てられない。
しかし灼然さんをこちらに連れてくれば、彼から直接堕ちた神について教えてもらうことができる。それができれば一番の問題点が解決だ。
もちろんうまく行かない可能性だって大いにある。
異世界では呪いが及ばないと言っても向こうの世界ですでに呪われている状態ならば分からないし、こちらの世界では大丈夫でも日本に帰った瞬間に呪いで殺される可能性もある。
予断を許さない状況ではあるが一筋の光明が見えたことも事実だ。今回の異世界訪問でこれが一番の収穫であるかもしれない。
「ま、当たり前よね。美しく崇高で尊敬のできる私を差し置いてこいつらのところに行くなんてあり得ないわ」
「…………」
「何よ?」
「いえ、なんでも……」
聖女様がもうちょっと謙虚で頼りになればなあ……。