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第12話 アジトにて①

「……今からですか?」


「そう! 今から! 早く行くわよ」


「僕達、そろそろ帰らないといけないんですけど……」


「そんなに時間はかからないから平気よ」


 さっきカチコミに行くっていったじゃん。“伝説の傭兵団”と一戦交えるつもりならどう考えても短時間では終わらない。っていうか命の危険さえある。


「暴力沙汰は勘弁なんですけど」


「言葉の綾よ。本当はジャックに奪われたものを取り返しに行くのよ」


「はあ……もしかしてヴァルバードの卵ですか?」


「それもあるけどもっと大事なものよ」


「僕が行けるのは彼らが特別な処置を施した監禁部屋だけですよ。なんでもその部屋はカトリーヌさんの力すら封じることができるとか」


 まあ、その部屋でも僕の白い鳥居(ワープゲート)は召喚することができるんだけどね。ただ、あの時は不意をつくことができたから逃げられたが、彼らが本気で阻止しようとするならば次はわからない。


「私の力を封じるぅ? あのガキ共にそんなことできるわけないでしょ! そんな部屋、私の力で破壊してやるわ!」


 勇ましく啖呵を切るカトリーヌさんは自信満々だ。しかし、聖女様は自己評価が高すぎるのか大雑把なのかポンコツなのかイマイチ信用できない部分がある。


「さあ、行くわよ!」


「……条件があります。僕の頼み事を聞いてくれたら連れていきますよ」


「条件? 何よ、カミヒトのクセにいっちょ前に。まあいいわ、言ってごらんなさい」


「カトリーヌさんに封印魔法をかけてほしい()()があるんです。それもできるだけ強力で長持ちするような」


「封印? 一体何を封印するつもりなのよ?」


 どうしよう、例の呪いの事はハクダ様に誰にも言ってはいけないと言われている。うっかり喋ってしまったらカトリーヌさんやマリンさん、ロアイトさんにまで堕ちた神の呪いがかかってしまうぞ。


 いや、そもそも異世界までその呪いは有効なのだろうか? ハクダ様によれば向こうの世界全体に呪いが及んでいるらしいのだが、それがこちらの世界にまで堕ちた神の呪いがかかっているとは考えにくい。もしかしたらこちらの人間には喋っても平気なんじゃないだろうか?


 でももし異世界にまで呪いの作用が有効なら彼女達は死んでしまうかもしれない。ああ、困った。なんて説明しよう。


「ええと……」


 僕が言い淀んでいると聖女様は何かを察したのかゆっくりと口を開いた。


「……もしかしてイヤチコの呪いと関係あるのかしら?」


「ええ、まあ……」


「ふーん、なるほどねえ……」


「よくわかりましたね」


「あんたほど力を持っている使者が封印なんて選択をする相手は向こうの世界ではそれしかないでしょ。まあ、あっちの世界の事はまだよく知らないけどね!」


「それで、僕のお願いは聞いてもらえますかね?」


 聖女様は腕を組みウウーンと唸ってしばし考えていた。


「いいでしょう。私が封印の何たるかをあんたに伝授してあげるわ」


「……できればカトリーヌさんに来ていただきたいのですが」


「私はこっちで手一杯なのよ。あんたの世界の面倒までみていられないわ。でも安心なさい。封印のスペシャリストである私が徹底的に封印のノウハウを仕込んであげるから!」


 手を腰に当てふんぞり返っているカトリーヌさんはどこか得意げだ。手一杯と言うけれど、ただ面倒なだけでしょ……。


「ねえさまの封印は世界一。期待していい」


「確かにそうなんですが、封印だけだとただ問題を先送りにしているだけなんですよねえ……」


「話はまとまったわね。じゃ、早くあれ出しなさいな」


 本当は聖女様に全部お頼みしたかったけど、彼女からは絶対に働きたくないオーラを感じた。彼女を動かすことは無理だ。このあたりが落としどころだろう。


「分かりました。ですが話し合いでお願いしますよ。彼らと戦うことになったらすぐに撤退しますからね」


 いざとなったら、聖女様を置きざりにしてでも僕一人で帰る所存である。


「はいはい。さ、行くわよ!」


 僕は聖女様に促され白い鳥居(ワープゲート)を召喚した。


「誰が行くんですか?」


「私とあんたで行くわ。マリン、ロアイト、留守番よろしくね」


「ジャック兄様達によろしく」


「カトリーヌ様、カミヒトさんに迷惑をかけてはいけませんよ」


「私、迷惑なんてかけたことないし。じゃ、しゅっぱーつ! 待ってろよ、くそガキ共!」


 僕は小さくため息を付くと、聖女様と一緒に鳥居に足を踏み入れた。








「よっ! 久しぶり」


「カトリーヌ!?」


 僕達の前には鉄格子があり、その先の部屋にはジャックさんを含め3人ほど居た。一人は妖艶な美女であるシェヘラザードさんともう一人は見たことのないややふくよかな男だ。いきなり現れた僕達にジャックさん達は驚いていた。


 不意打ちが利いたせいかカトリーヌさんはご満悦の様子だ。しかし僕達が居るのは特別な監禁部屋。岩肌に豪華な調度品が不釣り合いなこの部屋は、僕がクライス王子に化けていたジャックさんに閉じ込められた場所だ。


「相変わらずの仏頂面ね。かれこれ3百年ぶりかしら?」


「あら、姉さん。お久しぶり。わざわざカミヒトを連れてきてくれたのぉ?」


「ふん。あんたも相変わらずね、シェヘラ」


「何をしに来た?」


「そりゃ用があるから来たに決まってるでしょう?」


「俺達にはない。その男を残してお前はさっさと帰れ」


「あんたにはなくても私にはあるの。ジャック、()()返しなさい」


「なんのことだ?」


「とぼける気? あんたが盗んだことは知ってるのよ!」


「知らんな」


「ああん!? 返しなさいよ!」


「知らん。帰れ」


「おおん!?」


「まあまあ二人とも。お互い言いたいことはあるだろうけど、久しぶりに会ったんだからまずは再会を喜ぼうよ」


 言い合いするカトリーヌさんとジャックさんに割って入ったのは僕の知らないふくよかな男だ。マンマル王国のモント王よりは丸くないがBMI値でいえば25は超えているだろう。


「ヤーコプ」


 聖女様の口から聞き覚えのある名前がでてきた。シェヘラザードさんが僕に会わせたいと言っていた人物だ。


 マリンさんによればヤーコプさんは“伝説の交渉人ネゴシエーター”であり、凄腕の交渉術を持った竜頸傭兵団りゅうけいようへいだんの一員である。なんでもどんな困難な交渉でも彼の手にかかれば大抵は解決してしまうらしい。


「姉さん封印から出てこれたんだね。心配したよ」


「ちょうど飽きてきたしね。それに私が居ないとこの世界は回らないからそろそろ本気を出してやろうかなってね」


「やはり自分で封印したのか……」


 カトリーヌさんはまるで自分では人一倍仕事ができると思っている自己評価の高いビジネスマンのような口調で言った。あんなに封印から出るのを嫌がっていたのに調子のいいものである。


 ジャックさんは心底呆れた表情をしていた。きっと彼女のことをよく知っているがゆえに、何も期待していないと言うか諦めていると言うか、そんな微妙な雰囲気を醸し出していた。


「変わってないね、姉さんは。安心したよ」


 ぽっちゃり体型のヤーコプさんは柔和な笑みを浮かべ心の底から言っているようだった。彼はジャックさんとは正反対の印象で人懐っこさや親しみやすさを感じる人柄だ。


「そっちの彼が今代の使者のカミヒト君だよね? やあ、初めまして。僕は竜頸傭兵団のヤーコプです」


「どうも……野丸嘉彌仁のまるかみひとです」


 ニコニコと僕に挨拶をするヤーコプさんは不思議と警戒心を抱かせないほど大らかさや安心感がある。ただあまりに不自然な程、僕の中に警戒心が起こらないことに警戒心が起こる。


「君と少しお話したいんだけどいいかな?」


「ダメに決まってるじゃない! あんたカミヒトを勧誘する気でしょ!」


「その通りだけど、姉さんの許可いる?」


「当たり前よ! カミヒトはもう立派なカトリーヌ教の一員なんだから! 今度カミヒトに第二階の地位を授与する予定よ」


 なにそれ聞いてないんですけど。そもそも聖女様とは仮契約を結んだだけであって、全面的に彼女の陣営に組するわけではない。カトリーヌ教内での地位を貰ってしまったら完全にカトリーヌさんの下に付くということになってしまうではないか。僕が望んでいるのは対等な関係であって、明確な上下関係はご勘弁願いたい。


「そうなの?」


 ヤーコプさんが僕の方を見て尋ねた。ここはキッパリと否定しておこう。


「いいえ。そのような事実はありません。カトリーヌさんとは末永く対等な関係でいたいと思っています」


「ちょっとどういうことよ!」


 どういうことも何もそういうことですよ。


「やっぱりね。姉さんは自分勝手な人だから、いつも一人で勝手に決めちゃうんだ。それで僕達は数え切れないくらい苦労したものだよ」


「全くだ」


「そういうところは千年前から変わらないわよねえ。困ったものだわ」


 3人の表情から本当に苦労したんだと思わせられる。もしかして彼らが聖女様の下を去ったのは、彼女の傍若無人ぶりに嫌気がさしたのかもしれない。


「彼はカトリーヌ教に属していないわけだから、僕達が勧誘しても文句はないよね?」


「そんなの許可できないわ。どうしてもというのなら力ずくで阻止するまでよ!」


「へえ……その部屋はあらゆる力を封じる特別な場所でね。いかに姉さんと言えども何もできないと思うよ?」


「おほほ。舐めないでもらいたいわ。あんた達の小細工なんておもちゃも同然よ」


 聖女様の高笑いが洞窟内に木霊する。心底自身の力を疑っていないようだ。


「ならばやってみろ」


「言われなくてもそうしますけど?」


 下がっていなさいと言い、カトリーヌさんは鉄格子の先のジャックさん達に向け両手を出した。


「こんな辺鄙なアジトごと吹っ飛ばしてやるわ! 喰らえ! カトリーヌショックウェーブ!」


 高らかに叫んだ技名が洞窟内に響いた。だが、ただそれだけである。カトリーヌさんが突き出した両手からは何も出なかった。


「あ、あれ? おかしいわね……」


「どうした? お前の不快な声しか届かなかったが?」


「くっ……カトリーヌアクアバレット! カトリーヌアースクエイク! カトリーヌメガフレア!!」


 聖女様はいくつも技名を叫び魔法の行使を試みるが一向に何かが出る気配はない。虚しく彼女の声が響くだけである。


「ハアハア……カトリーーヌ、ファイナルインパクトぉぉお!」


「「「……」」」


「フッ……」


 聖女様渾身の必殺技も不発に終わった。叫ぶだけ叫んだカトリーヌさんを見てジャックさんは心底小馬鹿にした様子だった。


「これでわかったか。お前は己の力を過信している。貴様は自身が思うほど大層な人間ではないのだ」


「なにを偉そうに……!」


 拳を強く握り肩を震わせギリギリと歯を擦り血走った目でジャックさんを射抜く聖女様は、悔しさに取り憑かれた鬼神のようである。しばらくフーフーと荒く息をしていたが、やがて落ち着いたのか大きく息を吐き深呼吸をした。


「どうやら封印から目覚めたばかりで本調子ではないようね。代わりにカミヒト、あんたがやっておしまいなさい!」


 えっ……僕に振るの? 


 聖女様が強がるのはいいが彼女達の諍いに僕を巻き込むのはいただけない。しかしこの場で神術を行使できるか試してみたくはある。白い鳥居はこの特別な監禁部屋に召喚できるが、これは僕の神としての特性であるので神術ではない。竜頸傭兵団が敵か味方か分からない以上、万が一のことを考えて神術が使えるかどうか確認しておく必要があるだろう。


 彼らと事を構える気はないが確かめるくらいならいいよね?


 僕は頭の中でそっと破壊玉を念じると、僕の前にバスケットボール大の燃え盛る黄金の玉が出た。ふむ、どうやら神術も使えるらしい。


 破壊玉を見たジャックさんは眉間に皺を寄せ険しい表情であった。対する聖女様はにんまりとご満悦の様子。


「……驚いたね。本当に今代の使者は特別なようだ」


「ふふん、やるじゃない。さあ、そのままこのふざけた檻をぶっ壊すのよ!」


 聖女様に破壊を命令されたが僕は彼らと争う気はない。どうしようかとジャックさんにアイコンタクトすれば、彼は観念したように深く息を吐きパチンと指を鳴らすと僕達の前の鉄格子が消えた。


「来い」


「初めっからそうすればいいのよ」


 カトリーヌさんは意気揚々とジャックさん達の元へ向かっていった。これは彼らのアジトに招かれたと思っていいのだろうか。かなり無理矢理な方法だけれど……。

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