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第10話 再会

 まばゆい光とともに聖女様を封印していた琥珀が砕けた。


 僕は至近距離で強い光を受け思わず腕で顔を覆う。光はすぐに収まり腕を下げると、ロアイトさんがいつの間にか、落ちたカトリーヌさんをキャッチしどこから出したのか白い布ですっぽりと包んでいた。


「はあ……ようやく出てこれましたね」


 感慨深げなロアイトさんに抱いている白い布がモゾモゾと動く。中から聖女様の顔だけが覗いた。プハーッと長く息を止めていてたかのように盛大に空気を吸い込んだ。


「ぬぁ~んてことするのよ!」


 復活一番の声は抗議である。そんなに出たくなかったのか。


「あんた! 私達の会話聞いてたわね! 盗み聞きなんて男のする事じゃないわ! このムッツリ野郎!」


 勝手に頭に響いてきたんだからしょうがないじゃないか。酷い言い草だ。


「因果応報ですよ。やはり世の中悪いことができないようになっているのですね」


「なんであんた嬉しそうなのよ!」


「それは嬉しいに決まっています。こうして再びカトリーヌ様の本体と相まみえたのですから。かれこれ2、3百年ぶりですか」


「ねえさま、私も嬉しい」


「ぬああああああ!!」


 聖女様は悔しそうに地団駄を踏んだ。すると今度は頭を抱え叫んだ。


「ボッチがー! ボッチがー!」


「落ち着いてください。邪神はこの場所へは来れませんよ」


「ボッチを舐めんじゃないわよ! あれは色々規格外なのよ!」


「カトリーヌ様は怯えすぎです。いくら邪神が規格外でも禍氣のないこの場へは絶対に来れません。禍氣のスペシャリストである私が言うのですよ?」


「でもボッチは本当にやばいのよ!」


「それでも断言します。ここは安全です」


「……ホントに?」


「本当ですとも。五聖殿は元々悪氣を通しませんし、念には念を入れてこの御座所ござしょも禍氣の入らぬよう細工を施しておりますから。それはご存知でしょう?」


「…………」


「カトリーヌ様がいつ目覚めてもいいように常に改良を心掛けていましたから自信ありですよ」


 ロアイトさんはまるで子供を諭すよう母親のように慈愛の籠もった声色で優しく言った。聖女様は子供のように不服ではあるが取り敢えず納得したような顔だ。これではどちらが年上だかわからない。千年も生きていれば彼女達の年の差など誤差なのかも知れないが。


 カトリーヌさんはパチンと指を鳴らすと、自身を包んでいた白い布を思い切り投げた。一瞬ぎょっとしたがちゃんと服を着ていた。日本で見たときと同様、金の派手な刺繍がしてある白地の神官服だ。聖女様は肩にかかったウェーブの金髪を乱暴に後ろにやると勝ち気に僕に言った。


「ふん。私のあまりの美少女っぷりに驚いているわね? そう、これが本来の神聖にして荘厳かつ華麗なカトリーヌ様よ。さあ、存分に敬いなさい。ああ、それから勘違いしないで頂戴。私はまだこんなものじゃないの。パーフェクトカトリーヌをあんたに見せるにはまだ早いわね」


 言いたいことだけ言ったカトリーヌさんはいつにもましてドヤ顔である。破魔子ちゃんよりもドヤ顔だ。さっきまでの狼狽ぶりが嘘のようだ。


「お元気そうで何よりです」


「あんたは相変わらず冴えない顔してるけど、とんでもないことやってのけたわねえ」


「そう。カミヒトはすごい。美味しいタレを出す」


「……あんた薬師の精霊でタレ出すのやめなさいよ」


「やめない。あれはタレの精霊」


「マリンは薬師の精霊の使い方が贅沢ですからねえ」


 おかしな精霊がいたもんだと思っていたが、やっぱりあれタレ専門の精霊じゃないんだ。薬師というくらいだから本来は怪我や病気を治す精霊なのかな? あのツボから液状タイプの薬をだすのだろう。タレは……まあきっとおまけだ。


「そんなことより、あんたここに来るの遅くない? ジャック(くそガキ)に拉致されてすぐ逃げ出したんでしょう? だったらもっと早く来なさいよ。高貴な私をいつまでも待たせるなんて言語道断よ!」


 ああ、そう言えばマリンさんには竜頸りゅうけい傭兵団のアジトの出来事しか言っていなかったな。その後、邪神を家に招いた事は話していない。


「その事なんですが……」


 僕は邪神を超越神社へ招くこととなった経緯を詳らかに話した。


 カトリーヌさんは邪神が大災害獣と戦っている時に乱入してきて、僕が彼女の矛先を躱すため友達になろうと打診した事を聞いて目をくわっと開いた。


 続いて竜頸傭兵団のアジトから帰還した後、邪神を超越神社に招いてケーキをご馳走したり、境内を見て回った事を聞くとプルプルと震えだした。マリンさんやロアイトさんも僕の話を聞いて驚きを隠せない様子だ。


 竜頸傭兵団のシェヘラザードさんみたいに気持ち悪い虫を見るような目で僕を見た。ちょっとそれ傷つくんですけど……。


 彼女達の反応を見るに、僕が邪神と繋がりを持ってしまったことを警戒しているのだろう。僕は彼女達の懸念を払拭するために縁雅えんが神社でハクダ様に邪神との縁を切ってもらったことを説明しようとしたが、その前に聖女様が吠えた。


「あんたブァ~~~ッカじゃないの!? ボッチと友達とか何考えてんのよ! もうホントに! ホントにもう! 本当にバァーーッカじゃないの! 信じられないわ! このクソ野郎!!」


「いや、あの、この話には続きがありまして……」


「聖都から出ていけ! あんたのせいでボッチがここに来たらどうするのよ! 早く出ていけ! この疫病神! 悪霊退散! 悪霊退散!!」


 僕の話を聞かずにカトリーヌさんは汚物を見るような目で罵詈雑言を吐いた。しかも何か魔法を使うとしている。聖女様は僕に両手を突き出すと僕の真下に魔法陣が現れた。これ転移陣じゃん……。


「お、落ち着いてください! 僕の話を聞いて……」


「彼方まで吹っ飛べーー!!」


 魔法陣が輝きを増し、足元が崩れるような浮遊感を感じた。あ……飛ばされる……。


「ふげえ!!?」


 飛ばされるかと思った瞬間、ロアイトさんがカトリーヌさんの脳天にチョップをぶちかました。浮遊感が無くなり下の魔法陣が消えた。


「カトリーヌ様、落ち着いてください。カミヒトさんがまだお話していますよ」


「は、話すことなんてないわ! さっさとその疫病神を聖都から追い出しなさい!」


 酷い言い様だ。しかし彼女のビビリ方から察するにやはり邪神とはこの上なく恐ろしい存在であるのだろう。


「確かに私も驚きましたが、恐らくカミヒトさんは邪神に対して何らかの対策を施しているのだと思います。その証拠に邪神と繋がりができてもここまで無事に辿り着けたではありませんか」


「うん。昨日から一緒にいるけど邪神の気配は一切なかった」


「……あんたボッチ対策できるわけ? だったら早くいいなさいよ」


「だから言おうとしたじゃないですか……」


 落ち着いたがまだ半信半疑のカトリーヌさんに、僕は水晶さんに促され行った縁雅神社での出来事を語る。勿論、零源れいげんの呪いの事は伏せた。僕の話を聞き終わったカトリーヌさんはキーっと悔しそうな声を上げた。


「ずるい! あんただけ! 私もボッチと縁を切る! その白蛇の神のところへ連れていきなさい!」


 今度は駄々をこね始めた。


「ハクダ様に会えるかどうか分かりませんよ? 一応縁雅家の人に頼んでみますが、会えたとしてもお願いをするには対価が必要ですよ?」


「対価ぁ? そんなのこのカトリーヌ様にかかればチョチョイのチョイよ。神の願いが如何様なものであってもこの“伝説の聖女”に不可能はないわ! で、それは何なのよ?」


「ハクダ様を信奉する一族の子孫繁栄の為に尽力することですね」


「なにそれ面倒ね! 時間がかかりそうじゃない。私はそんなに暇じゃないの。だから私の為にあんたがやりなさいよ」


「お断りします」


 こちとらすでに2回分の願いを叶えて貰った訳であるから、その分2回分の貸しがある訳である。つまり神様相手に借金をしている状態だ。これ以上は増やしたくない。故に彼女には御自分で頑張っていただこう。それから日本に来たついでに五八千子いやちこちゃんの呪いについて知見をいただきたい。


「断るな!」


「ねえさまうるさい。それは後にして。それより見てほしい物がある」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ聖女様を止めマリンさんが彼女の前に立った。聖女様はふんっと鼻を鳴らし僕を一睨みすると、不服そうだがこちらの話題を打ち切ってマリンさんに向かった。


「なによマリン。もしかしてスピネルが言ってた事? なんかおかしな事があったらしいわね?」


「そう、これ」


 マリンさんは猫耳フード付きの服のポケットからリュノグラデウスの卵を出した。両手を揃えてちいさなお手々の上に乗せてカトリーヌさんに見せる。


「なにこれ? 卵?」


「リュノグラデウスだったもの」


「リュノグラデウスぅ? ちょっとカミヒト、あんた浄化しきれてないじゃない」


「それが浄化はちゃんとできているみたいなんです」


「魔氣はない。ねえさま持ってみて」


 カトリーヌさんはマリンさんから渡された卵をためつすがめつ丹念に調べた。途中から眉根を寄せて不可解そうな表情に変わる。


「……確かに魔氣はないわね。それどころか神聖な感じさえするわ」


「本当にそれはリュノグラデウスなのですか?」


「間違いない。でも神話と合わない。ねえさまはどう思う?」


 カトリーヌさんはしばし卵を見つめながら黙考していたが、やがておもむろに口を開いた。


「そう言えば神話では“大霊樹だいれいじゅ”を守護する五体の聖獣が居たわね。“原初の魔物”が現れてからパッタリ出なくなったけど」


「そう。私も最初にそれを思いついた」


「……大災害獣は“原初の魔物”の片割れでなく、神話の聖獣が魔物化したものだと?」


「分からない。でもその可能性はある」


「“大霊樹”が“原初の魔物”のせいで朽ちたわけだから聖獣も無関係ではなさそうね」


「なるほど。大災害獣が聖都をひたすら目指していたのは、聖獣だった頃の帰巣本能が働いていたとも考えられますね」


「でも大災害獣の魔氣は特別。やっぱり“原初の魔物”の片割れかもしれない」


「神話ではそのようにはっきりと書いてありますからね」


「まあ、神話自体どこまで本当か分からないから、すべて真実とは限らないけどね」


 カトリーヌさん達は3人でガヤガヤと議論を始めた。この世界の神話を知らない僕は黙って彼女達の話を聞いているほかなかった。まあ、大災害獣の由来自体あまり興味はないけれど。


「ま、とにかくこの卵をなんとか孵化させてみましょう」


 議論の末、取り敢えずそのような結論になった。あれこれ考えても現時点では何もわからないので、卵を孵してみれば聖獣かどうかは分かるのではないかということだ。3人共、卵からは神聖な波動しか感じないし危険はないだろうという判断だ。目下のところ、孵化させる方法を調べるという事で話がまとまった。


 さて、話も一段落したことだしそろそろ僕の用件を言わせてもらおうか。今回の異世界訪問の一番の目的は、聖女様に封印の魔法についてご教授いただくことだ。零源家の呪いは思った以上にやばそうなので、呪い元の堕ちた神とやらを復活させないために、聖女様にいい感じに先送りできる封印を聞きに来たのだ。


「あの、カトリーヌさん、実はお願いが……」


「そうだ! カミヒト」


「……なんでしょう」


 僕が喋ろうとしたのに聖女様に遮られてしまった。また何かやらせるつもりじゃないだろうな。


「交換留学しましょう」


「交換留学?」


 突然何を言い出すんだ。


「そ。あんたの国にそういう制度あったでしょ? こっちの世界の住人とあっちの世界の住人をお互い留学させるの」


「はあ……留学ですか。一体誰と誰を?」


 交換留学なんてどこで覚えたか知らないけど、聖女様のことだから何か企んでいそうだ。まさか僕とカトリーヌさんを交換して僕をこっちでこき使う気じゃないだろうな。彼女は向こうで絶対サボるだろうし。


「聖子をこっちによこしなさい。代わりにそっちにはアリエを派遣するわ」

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