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第8話 聖都ホシガタ

「ふあああ~~!」


 いくつかある聖都ホシガタへの入り口である朱南門しゅなんもんを抜けると天女ちゃんが間延びした驚きの声を上げた。僕と聖子さんも今まで見たことのない街並みに言葉を失う。というのも到底あちらの世界では見られないような光景が広がっていたからだ。


 まず建物が浮いている。大小様々な建築物が支えもなしに地面から独立しており、色とりどりの芸術的な意匠の建物がバルーンの様に聖都の空を彩っていた。


 その宙を浮いている建物同士を翼の生えた馬が引く車が往来している。ペガサスのような幻想的な生き物に思わず目を奪われた。


 それというのも異世界に行き来できるようになってから、ファンタジーを感じる存在といえば白霊貴族はくりょうきぞくであったり、魔物であったり、毛玉であったり、大災害獣であったりとあまり歓迎できないモノばかりだったからだ。


 しかしここにきてようやくファンタスティックな生物を拝むことができたのである。良い意味で異世界らしさを感じることができた。よく見ればペガサス以外にも何だか不思議な生き物が沢山いるのが目に映った。


 クスクスと笑いながらおしゃべりをしているのは羽の生えた小さな人間。妖精だろうか。フワフワと浮かぶ火や水や金属でできた動物の人形のような物体は精霊だろう。街道には人形ひとがたの硬い岩でできたゴーレムような物が荷物を運んでいた。


 そんなファンタジーなものが無数に居る。もしかしたら人間よりずっと多くいるんじゃないか?


「うわ~、かわいい生き物さんがいっぱい居ますね!」


「聖都は幻想世界の生物が多数いる場所。そしてそれらが人間と共存する唯一の場所」


「まるで楽園ね」


「そう。聖都は理想郷に近い。でもここに住める人間は限られる。魔力が多く幻想生物に好かれる人間でないと厳しい」


「好かれないといけないっていうのは理解できるんですが、魔力の多さはどうしてですか?」


「ん。すぐに分かる。付いてくる」


 マリン隊長が歩きだした。僕達はお上りさんよろしくキョロキョロと首を忙しなく動かしながら付いていく。通行人達はマリン隊長を見ると急に拝みだしたりキャーキャーと騒いでいたりと遠巻きに色めきだっていた。そういえばメイゲツで彼女に案内されていた時も似たような事があったな。マリン隊長はこの世界ではちょっとした有名人らしい。


 5分ほど歩いて着いた場所は厩舎きゅうしゃ。といってもそこに居るのはただの馬ではなく翼の生えた馬だ。


「聖都は広い。中央にある五聖殿ごせいでんまで距離がある。だから翼馬車よくばしゃで移動する」


 僕達に簡単に説明したマリン隊長はこの厩舎の責任者らしき人の下へ向かい話し始めた。責任者っぽいおじさんはマリン隊長に始終、平身低頭だった。


「二羽借りる。四人乗りの馬車はそれで充分」


 ここで移動手段としての翼の生えた馬と馬車を借りるというわけか。つまりここは貸馬車屋さんだ。ということはこれから空飛ぶ馬車に乗れるというわけだ。おお、楽しみじゃないか。


「お金は私が出す。カミヒトは翼馬よくばに魔力を与えて」


「魔力ですか?」


「そう。聖都で暮らすには幻想生物の協力が不可欠。彼らの協力を得るには対価が必要」


「なるほど、つまり対価が魔力であると」


「そう。翼馬だけでなくあらゆる幻想生物は魔力を対価とする。彼らの協力を得られれば生活が豊かになる。だから魔力が少ないとみすぼらしい生活をすることになる。それだと聖都で暮らす意味がない」


 どういった形で他の幻想生物が人間の暮らしに関与しているのかいまいち想像できないが、聖都での暮らしでは彼らの協力は必須であるようだ。その為には幻想生物の原動力である魔力の含有量が多い人でないと、ここでの生活は厳しいのだろう。


 それはいいのだが、僕は肝心の魔力を持っていない。僕の体に流れているのは神正氣だ。神正氣は魔力の上位互換らしいので問題はないと思うのだが。


「あの子達にする」


 マリン隊長が向かった先は2頭仲良く並んでいるつがいらしき翼馬のところだ。


「この子達に魔力を渡す」


「どうやって渡すんですか?」


「魔力をお団子状にして翼馬が食べやすくする」


 マリン隊長が僕に掌を見せると、そこに淡く光る青い光が球状になって現れた。大きさはピンポン玉くらいだ。


 僕は早速、彼女のお手本通りに掌に神正氣の玉を出すように念じてみた。大きさは水晶さんくらいでいいだろう。


 念じた通り僕の両の掌には厩舎きゅうしゃ一帯を照らすほど強く輝く黄金の玉が出た。マリン隊長よりも大きな玉にしたのは、ちょっと多めに対価を渡したほうがサービスが良くなるんじゃないかという思惑があってのことだ。


「おお……!」


 マリン隊長が感嘆の声を漏らし、厩舎の翼馬達が一斉にこちらに注目した。


 この神正氣の玉を二羽の翼馬の口元に差し出す。それを見た翼馬達は、ゴクリと喉を鳴らし涎を垂らすと一口に飲み込んだ。すると神正氣の玉が喉を過ぎたあたりで翼馬が輝き出した。白銀のオーラに包まれた翼馬は毛並みが艷やかに、大きく広げた翼は天使を思わせる美しさだ。


「わあ!」


 まるで神の御使いのような風貌に天女あまめちゃんが目をキラキラさせている。思わずスマホで写真を取りSNSに上げたい程、今のお馬さん達は神聖さに満ち溢れていた。


 二羽の翼馬はヒヒーンと歓喜に満ちた鳴き声を上げると僕に頬ずりをする。


「すごい……! ねえさまでもこうはならない」


 神正氣でも喜んでもらえたようで安心していると、厩舎の翼馬達が一斉に騒ぎ出した。まるで俺達にも食わせろと抗議をしているようだ。責任者のおじさんは慌てて、必死に宥めようとしているが全く効果がなかった。


 しゃーない、騒ぎが収まる気配はないし、他の翼馬達にも神正氣の玉をあげよう。消費する神正氣の量は大したものではないし大盤振る舞いだ。


 僕はおじさんに無料で神正氣を配る事を申し入れ、大量の黄金の玉を作った。大きさはピンポン玉くらいだ。これから僕たちを運んでくれる翼馬と同等の神正氣だと、流石に彼らに悪いから少なめにした。


 神正氣を食べた翼馬達は皆一様に光りだした。厩舎きゅうしゃ全体が白銀のオーラで満たされる。ヒヒーンと喜びの大合唱だ。


「太っ腹」


 責任者のおじさんはこれでもかとお礼を言っていた。それはもう腰を低くして、こちらの気が引けるくらい何度も何度も。それからおじさんは馬車の準備を手早く済まして、僕たちは天蓋付きの翼馬車よくばしゃに乗り込んだ。


 馬車は四人乗りで椅子は対面になっている。椅子は上等な起毛で座り心地が良かった。僕の隣にはマリン隊長が座り、対面には聖子さんと天女ちゃんだ。


「出発する」


「御者は誰がやるんですか?」


「翼馬は頭がいい。人間の言う事を理解している。目的地をこの子達に言えばいい」


 マリン隊長が翼馬に何かを伝えると馬車が動き出した。まるで新幹線に乗っているかのように滑らかに動いたかと思うと、勢いよく空を駆け出した。空を移動しているためか全く振動は無く揺れも少ない。これならば酔うことはなさそうだ。


「わっわっわ! すごい! 空を走ってる!」


 天女ちゃんのはしゃぎっぷりといったら、まるで子供のようだ。いや、子供か。見た目は十代後半であるが生後数ヶ月だからね。


 はしゃぐ天女ちゃんとは対照的に聖子さんはどこか腰の引けた様子だ。それも無理はないだろう。向こうの世界の飛行機とは違いこちらの空飛ぶ馬車は安全が保障されているか分からないし、僕達を乗せている筐体が木製である。普通の神経をしていたら彼女のような反応が当たり前ではないか。僕は自身の作ったドラゴニックババアで飛ぶことには慣れているけれど。


「聖子さん、大丈夫?」


「……少し驚いただけよ」


「顔が引きつっているけど……」


「平気よ」


 怖じけるところを見られた恥ずかしさの所為か僕をキッと睨む。しかしいつもの迫力はない。これ以上心配しても藪蛇になりそうなので僕は話題を変えることにした。


「マリン隊長」


「隊長はいらない」


「マリンさん、この馬車はどこへ向かっているんですか? カトリーヌさんのいる五聖殿って所ですか?」


「お昼ごはんを食べに行く。みんなお腹空いているはず」


 ああ、そういえば朝ごはんを食べたっきり何も食べていないな。午後一で浄化ショーを行ったから、あれから2、3時間は経っている。何も食べていない時間を計算したらとたんに空腹を感じた。


「良いお店を知ってる。お金は私が出す。カミヒトには精霊の魔力供給をお願いする」


「ご飯を食べるのに精霊の力が必要なんですか?」


「行けばわかる」








 ランチのお店への道中は低空飛行での流れ行く景色が珍しく、時間が過ぎるのがあっという間だった。聖子さんもすぐに慣れたようで空の旅を楽しんでいた様子だった。


 しばらく空の移動を満喫して着いた場所は高級そうなレストラン。こちらのレストランも浮いており高度が高く、周りにはこのレストランよりも高く浮いている建物はない。ここからの景色はさぞかし美しだろう。


「ここの料理は絶品。眺めも素晴らしい」


 マリンさんが先頭に立ち僕達はレストランの中へ入ると多くの従業員の人たちが出迎えてくれた。一番先頭に立っていたシックな服装の初老の男性がオーナーさんらしく僕達を席まで案内した。


 案内された場所は個室のテラス席で、眼下に広がる聖都の眺めは確かに素晴らしかった。すでにテーブルには4人分の食器類が用意されていた。どうやらこの個室はVIP専用らしく、マリンさんは常連でいつの間にかこの店の予約をしていたようだ。


 僕達4人が席に座るとオーナーさんが飲み物を尋ねた。何を頼めばいいのか分からなかったので、適当にアルコール抜きのおすすめの飲み物にした。


「お昼だから簡易なコース料理にした」


 注文はすでに決まっているらしく、飲み物と同時にサラダらしきものがきた。赤、黄色、緑と色とりどりで新鮮な野菜だ。どれもこれも見たことない野菜だがとても美味しそう。だが肝心のドレッシングが見当たらない。そのまま食べろということか。


「ちょっと待って」


 マリンさんがそう言うと、ブツブツ呪文を唱え始めた。何をするつもりだろう。


 呪文を唱え終えたマリンさんの前に直径30センチ程の魔法陣が現れたかと思えば、中央から小人のようなおじいさんが召喚された。長く白い眉毛とヒゲで顔の殆どが覆われており、服は和服っぽく手にはツボを持っていた。サンタをデフォルメしたような可愛らしい姿だ。


「……精霊ですか?」


「そう」


 一体何故このタイミングで精霊を召喚したんだ?


「タレの精霊」


 何、タレの精霊って……。


「早くタレの精霊に魔力をあげる」


 心なしかソワソワした様子のマリンさんに急かされ、僕はタレの精霊に神正氣の玉をあげた。おじいさんのサイズに合わせて飴玉くらいの大きさにした。


 神正氣を飲み込んだタレの精霊は目をくわっと開き飛び上がった。それまでの枯れた様子とは打って変わってハツラツとしている。元気になったタレの精霊はトコトコとサラダに近づきツボから白っぽい何かをかけた。タレの精霊が何かをかけたサラダをマリンさんがフォークで刺し頬張る。


「ん!」


 彼女はその眠たげな目を見開き驚いていた。


「極めて美味。やっぱり私の思った通り。あなた達も食べる」


 それだけ言うとマリンさんは黙々とサラダを食べる。タレの精霊ってあの()()のことだったのか。魔力を対価にドレッシング的なタレを出すとは変な精霊もいたものだ。


「……美味しいわ」


「おいしいです!」


 二人共謎のタレがかかったサラダを食べていた。せっかくだし僕も頂くとしよう。僕はみずみずしいレタスっぽい野菜を口に入れた。


 …………うまい。


 味はシーザードレッシングのようだが、今まで食べてきたどのドレッシングよりも美味しかった。上品かつ濃厚でありながら口当たりがいい。こんなに美味しいものは初めてだ。さすがタレの精霊だ。


 おじいさんの精霊はそれから色々なタレを出してくれた。酸味の効いた爽やかなレモン風味のタレやオニオン風味のこってりしたタレだったり、どれもこれもとても美味しかった。


 その後もタレの精霊は新しい料理が出てくるたびに神正氣を与えると、喜んで美味しいタレを出してくれた。白身魚のムニエルにかけるソースや分厚いステーキにかける濃厚なタレ、それから驚いたことにスープそのものまで出せるらしい。


 僕達は美味しい料理に格別なタレを心ゆくまで堪能した。


「大満足」


 ポンポンお腹を叩くマリンさんはどう見ても小学生だ。可愛らし仕草に思わず笑みが溢れる。役目を終えたタレの精霊は満足した様子で消えていった。


 食後のお茶はどこかホッとするような優しい味がした。満腹感と充足感に浸りながら食後のゆったりとした時間を楽しむ。女子たち3人はおしゃべりに花を咲かせ、僕はお茶を啜りながら空の景色を楽しんでいた。


「そういえばカミヒトさん」


 突然何かを思い出したように天女ちゃんが僕に話しかけた。


「クライス王子はどうして私と結婚したかったんでしょう?」


「……一目惚れじゃないかな」


「一目惚れ?」


「一目見ただけでその人を好きになってしまう事が人間にはあるんだ」


「その人のことをよく知らないのに好きになるんですか? 人間さんって不思議ですね」


 やっぱり天女ちゃんは男女の恋愛に関する感情というものをイマイチ理解できていないんじゃなかろうか。これが生後間もない故か、そもそもとんでもない美少女という妖怪には恋愛感情など備わっていないのだろうか?


「まるで天女あまめちゃんが人間ではないような言い方ね?」


 ……しまった、失言だった。聖子さんには天女ちゃんが妖怪であることは秘密にしているのだが、ついつい気が緩んでしまった。それもこれも聖都のファンタスティックな街並みのせいだ。こんな所に聖子さんと居るので彼女に話していいことと悪いことの区別がごっちゃになってしまった。


 僕はただ、聖子さんの言葉が聞こえなかったふりをしてお茶を啜ることしかできなかった。

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