第6話 二体目
通された玉座の間は広く立派であった。床一面は大理石でできており、真ん中には赤い絨毯が敷いてあった。吹き抜けの天井は高くドーム状になっており、開放感が素晴らしい。見栄のための派手さや綺羅びやかさはなく、どちらかと言えば実務を執り行う為の空間といった趣がある。
ここで他国の王族や有力者と会談したり、貴族たちを集めて法律を決めたり、厳かな宗教的な儀式を行うらしい。
奥の方にはいかにも王様が座るような豪奢な椅子があり、そこにいかにも王様と言わんばかりの格好をしたふくよかな中年男性が座っていた。その対面に背の高い赤い髪の男が立っている。周りには人は少なく護衛を含め数人ほどしかいない。なんだか密談をしているような雰囲気だ。
案内の兵士が先導し僕達は赤い絨毯の上を歩き、王様の下まで来た。
「これはこれはマリン様」
ふとっちょの王様はマリン様の姿を認めると、喜色を浮かべ椅子から立ち上がり彼女に近づいた。にこやかにまるで親しい友達が尋ねてきたかのような振る舞いだ。
王様の第一印象としては普通の気のよさそうなおじさんである。あまり為政者としての威厳というものを感じない。
王様の後ろには本物のクライス王子が立っていた。相変わらずイケメンであるが、どことなく頼りなくジャックさんとは違い覇気という物を感じなかった。何はともあれ無事で良かった。
「ん。急に申し訳ない。急いで伝えたいことがあった。まずこっちは今代の“伝説の何か”の使者のカミヒト」
「おお! 貴方が使者様であられますか! お初にお目にかかります。私はマンマル王国国王モント・カドナシです。メイゲツを救ってくださった英雄殿にお会いできて光栄でありま……」
「おい」
王様がフレンドリーにこちらに挨拶をしている途中で、背の高い赤い髪の男が王様と僕の間にズイと入り遮った。
「お前がノマルカミヒトか?」
男の眼光は鋭く背は僕より頭一つ以上高い。長髪の赤い髪はやや癖がありワイルドな印象である。細身であるが筋肉がガッシリと付いているので、正面から凄まれるとすごい迫力だ。
「ええ、そうですが……」
「これがスピネル。邪教に翻弄された仕事のできない男」
「ああ!?」
「事実」
「あの、僕に何か用でしょうか?」
この背の高い人が赤刀武人衆の長であるスピネルさんらしい。マリン隊長と同じくこの人も千年も生きているので偉いのだろうが、王様が話している途中に割って入るとはどういうつもりだろうか。王様の方をチラと見ればニコニコとあまり気にしていない様子。
しばしスピネルさんに上から見下されていたが、彼の顔が歪んだかと思うと頭を下げられた。
「……すまねえ。迷惑をかけた。マリンの言う通りアロン教徒共にいいように翻弄されたのは事実だ」
マリン隊長と同様にこの人からも謝罪を受けた。見た目オラオラ系の不良っぽく見えたのだが、割と真面目なようだ。
「いえ、マリン隊長にも言ったのですが僕は気にしていないので」
「……そうか。そう言ってもらえると助かる。だがマリンにも責任はある。コイツがヴァルバードにモタモタと手こずっていたからだ」
「む……私は空中戦が苦手。しょうがない」
「あん? 俺だって予想外の事が起きた」
「魔人なんて大したことなかった」
「魔人よりも奴らの方が厄介だろ」
「あの、陛下の御前ですので、そのお話は後で……」
王様そっちのけで口論始めた彼らは普通に不敬ではないか。やはり千年も生きていると図々しくなるのだろうか。僕はとばっちりを受けない為にも王様を軽視していないとアピールせねばならない。
「問題ない。モントは赤ん坊の頃から知っている。その前の王も前の前の王もずっと前の王もお乳を吸っている頃から知っている」
「ええ、その通りでございます。マンマル王国は私が生まれる前よりずっとマリン様にはお世話になっていました。私のことなどどうか気になさらずに」
王様はニコニコと僕達に会話の主導権を譲った。一国の王であるのに随分と低姿勢な態度である。ちょっと好感度が上がった。
「でも確かにスピネルの言い訳を聞いているヒマはない。私達がここに来たのはクライス王子に化けていた何者かの正体がわかったから」
「なんと! それは真ですか!?」
「ま、マリン様、私に化けていた不届き者とは一体誰なのですか!?」
ずっと黙って後方に待機していた本物のクライス王子がここで初めて口を開いた。当たり前だが、彼も自分に化けていた者が気になるらしい。
「ジャック兄様」
「なに!? ジャックの兄貴だと!?」
一番驚いてみせたのはスピネルさんだった。“伝説のおしゃぶり”第3世代である彼は第2世代代表のジャックさんの動向が気になるのであろう。
「……まさかあの竜頸傭兵団のジャック様ですか?」
「そう」
「なぜ“伝説の傭兵”が私に……」
「おいマリン! 詳しく説明しろ!」
「そこの今代の“伝説の何か”の使者であるカミヒトが狙い。恐らくシェヘラ姉様がカミヒトがあの場に来ることを予知したと思われる。カミヒトから聞いた見た目の特徴も一致する。能力的に見ても間違いないと思う」
「マジかよ……。一体今になってなんで……」
「分からない。ただ確実に言える事はカミヒトの出現で何百年も行方を晦ましていた竜頸傭兵団が動き出したということ」
「……早くカトリーヌの姉貴に伝えたほうがいいな。すぐにでもアロン教徒共を連れて聖都へ戻るぞ」
「同意。でもその前にカミヒトにやってほしいことがある」
「僕にですか?」
「そう。リュノグラデウスの魔氣を浄化してほしい。できたら近くで見せて」
「ええ、それは勿論構いませんが」
邪神やメイゲツの人達から神正氣を大量に得たので、ヴァルバードと同じなら恐らく浄化できるだろう。
「おお! それは真でございますか!」
王様はその丸くテカテカ光っている顔に溢れんばかりの喜びを湛えて、僕の両手をがっしり掴み上下に激しく振った。
「確実にできるとは保証できませんが……」
「大丈夫。ヴァルバードが浄化できたのならリュノグラデウスも余裕」
「じゃあ早速行こうぜ。俺もマリンやカトリーヌの姉貴に不可能だった大災害獣の浄化がどんな物か見てみたいしな」
おおっと、この流れはよくないぞ。
「すみません。浄化は明日にしてもらえませんか?」
「なぜ?」
「この通り今回は従者を連れてきてますし、僕もメイゲツの街をゆっくりと見てみたいものですから」
今回の訪問は聖子さんや天女ちゃんも居ることだし、ゆっくり異世界観光をメインにすると決めているのだ。このまま彼らに主導権を握らせたらあれよあれよとまた面倒事を押し付けられるに違いない。彼らにも色々差し迫った事情はあるのだろうが、僕だって頑張ったのだからご褒美は必要なのである。
「おお! そうだ、そうするといい! 使者様たちにも慰安は必要でありましょう。メイゲツは歴史のある美しい街だ。きっと気にいってくれるでしょう。このクライスがご案内します。宿も心配は要りません。ズッケーア大陸でも有数のこの美しい王城でゆっくりなさるといい。夜は大晩餐会を開きましょう!」
クライス王子が諸手を挙げて歓待の意を示してくれた。その歓迎ぶりといったらちょっと引くくらいである。なぜにここまで僕達に好意を示してくれるのかと言えば、ひとえに下心があるからだろう。
だってクライス王子、僕達が玉座の間に入ったときからチラチラと天女ちゃんばかり見ていたから。今も僕に話しているが目線は天女ちゃんにいっている。
「ええ、ええ、そうして下さい。きっと使者様も我が街を気に入ってくれるでしょう。一日と言わず何日でもご滞在下さい。ご面倒はすべて我々がみます故に」
やったぜ。王様からの許可が出た。これで堂々と観光できる。
「そういう事なら私も今日は休暇にする」
「おい!」
「ねえさまへの報告は通信魔法で十分。文句があるならスピネルはアロン教徒を連れて1人で聖都に帰ればいい」
「……ちっ」
「話は纏まったようですね。それでは使者様方、私が街をご案内します。その前に従者の方のお名前を聞かせていただく栄誉を是非ともこの私めに与えてくださいませんか?」
クライス王子は天女ちゃんの前に跪き、きざったらしい言葉をかけた。っていうか聖子さんも従者なんだけど彼の目には彼女は見えていないらしい。
「私ですか?」
「はい、あなたです」
「蓬莱天女と申します」
「ホウライアマメ……。おお! エキゾチックな響きがなんて美しいんだ! あなたにピッタリの名前だ!」
天女ちゃんを前に浮かれているクライス王子を見ると、なんだかなーって感じがする。僕の中ではクライス王子はジャックさんが化けていたあの毅然とした優秀な指揮官といったイメージが強いから、こちらのとんでもない美少女を前に浮かれきっている王子を見るとなんだかなーと、残念な気持ちになる。まあ、彼が本物の王子なんだけれど。
「ちょっと、あんた邪魔よ」
天女ちゃんとクライス王子の間に聖子さんが割って入った。聖子さんを見たクライス王子は今初めて彼女を見たようにぎょっと驚いていた。
「な、何だお前は!」
さっきからずっと居たんだけどね。
「菩薩院聖子」
聖子さんのクライス王子に対する態度は素っ気なく、それだけ言うと彼を無視して王様の前へ出た。
「一ついいかしら?」
「なんでしょう、従者殿」
王様は怨霊メイクの奇抜な出で立ちの聖子さんにもニコニコと丁寧に対応している。最初は普通のおじさんかと思ったが、実は懐の広い良い王様なのかもしれない。
「提案があるわ」
「提案?」
メイゲツに一泊して翌日。只今、僕はシンエン荒原におり、リュノグラデウスが封印されている卵と相対している。距離は100メートルほど。僕の背後にはメイゲツの住人達が大災害獣の浄化を見学しようと所狭しと集まり、ガヤガヤとまるでお祭りのように騒いでいる。その数はなんと数万にも及ぶ。
聖子さんの狙いはつまりこれだ。彼女には神正氣を得るための条件を事前に説明してあったので、どうせ浄化をするなら人前で派手にやってはどうかという話しだった。感謝パワーをより効率よく得るには伝聞よりも目の前で実演した方が効果的ではないかという推測だ。
確かにこれは納得のいくことで、イーオ様の奇跡の実演会も同じような趣旨で、カトリーヌ教の権威の宣揚のためにわざわざ大勢の前で傷ついた人達を治してみせた。噂で聞かされるよりは実際に自分の目で見てもらった方が、より信仰を得られやすいのだろう。
そんな訳で聖子さんは信仰を得るためメイゲツの人々に大災害獣の浄化の実演をしたいと王様に打診し、モント王はこれを快諾してくれた。すぐにこの事を街中に知らせてくれたおかげでこんなに人が集まってくれた。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。見学希望者が多すぎてあぶれてしまった人達も多くいるらしい。
昨日はメイゲツに全世界初の大災害獣の浄化ショーが行われるというセンセーショナルなニュースが巡っていた裏で、僕達はメイゲツの街をゆっくり堪能していた。案内してくれたのはマリン隊長で、クライス王子は目立つから遠慮しろと王様から言われしょんぼりしていた。
その代わり王城で催された晩餐会では天女ちゃんの気を引こうと頑張っていた。しかし当の天女ちゃんはまだ生後数ヶ月の為か、異性の好意がよく分かっていない様子だった。その為、クライス王子のアピールは空振りまくってなんだか気の毒に思えた。
まあ、仮に男女の恋愛というものを理解していたとしても、天女ちゃんの目標はすべての人に愛される完璧な美少女になる事なので、特定の異性とそういった関係になるつもりはないんじゃなかろうか。
どこからか演奏が聞こえてきた。どうやら楽隊を連れてきたらしく、ファンファーレが流れてくる。
「我が愛するメイゲツの臣民たちよ!」
王様が魔法で声を拡声し集まった観衆に向け演説を始めた。
「見よ! あれこそが長き間マンマル王国の大患となっているリュノグラデウスである! 彼奴の所為で多くのマンマル王国の勇敢なる兵達の命が散っていった。そして今なお我らが子孫にその牙を向けているのである。すでにリュノグラデウスの封印はメイゲツと目と鼻の先であり、次こそはメイゲツに侵攻しこの美しき街に破壊の限りを尽くすだろう」
数万の観衆達はシンと静まり返り、モント王の言葉に耳を傾けている。皆真剣である。彼らが生きている内にリュノグラデウスが復活することはないが、自分たちの子孫やメイゲツの行く末を本気で案じているのが伝わってきた。
「その為、私達はこの歴史のある街を捨て別の地へ移転しなければならなかった。忸怩たる思いであった。王として何もできないことを恥じない日はなかった。しかし私もしがない1人の人間である。大いなる力の前には膝を屈するしかなかった。しかし……!」
ここでジャンッ!という打楽器の音と共に空には大きなスクリーンのような物が現れ、そこに白紋のある白い装束を着た冴えない男が映し出された。僕である。おお!という歓声が湧き上がる。ちょっと待って。聞いてないぞ、こんな演出は。
「我らの前に救世主が降臨なされた! 皆も知っての通り数日前、突如現れた大災害獣ヴァルバードを浄化せしめた“伝説の何か”の使者様であられる! “青の女神”アリエ様とメイゲツを救ってくださった英雄である! こちらの使者様がリュノグラデウスも浄化して下さると仰った!」
溢れんばかりの大歓声が起こる。こういう時どういうリアクションを取ればいいんだろう。人前に出ることに慣れていない僕としては所在なさげに突っ立ている事しか出来ない。っていうかアリエさん、青の女神って呼ばれているのか。
「皆の者、今一度使者様に祈りを捧げようではないか」
歓声が止み先程のお祭りのような騒ぎとは打って変わって静寂が辺りを包んだ。すると僕に神正氣の素が流れ込んできた。彼らの黙祷が僕に力を与える。この演出はどうかと思ったがこれはやる気が漲ってきたぞ。よし、やるか!
EX神術に必要な神正氣はすでに溜まっている。すぐにでもあのでっかい卵にぶち込むことができる。僕は構え両手に神正氣を込めた。いつもよりちょっと派手目なエフェクトにしてみようか。
僕の体から黄金のオーラが輝き出す。辺り一帯を照らす金色の波動に観衆から感嘆の声が漏れる。
大災害獣よ、聖なる波動で清まりなさい!
僕の両手から黄金の光線が放たれ、リュノグラデウスの封印を穿った。卵から立ち上る黄金の柱は天を衝きどこまでも高く昇っていく。柱全体の光量が増し、シンエン荒原全体を照らすほど強く輝いた。視界が全て金色の光に覆われたかと思えば、光はパッと散りシンエン荒原にまるで祝福するかのように金色の光の粒子が降り注いだ。
眼前のでっかい卵は跡形も無かった。浄化完了である。
観衆からは今日一番の歓声が轟いた。そして莫大な量の神正氣が僕に流れ込んできた。例のごとく電撃を受けたかのようにビリビリと痺れた。あばばばば。
まるで蛹から羽化したように体が一新されたように感じる。あばばばば。
何だかまたレベルアップしたようだ。あばばばば。
この痺れ、癖になりそう。