第5話 王城にて
「ん。確かに使者の気配がする」
猫耳フードを被った女の子が吸い込まれそうな瞳で僕をじっと見た。
「あ、野丸嘉彌仁と申します」
「知ってる。ねえさまから聞いた。私達の所為で迷惑かけました。それからありがとう」
どうみても小学生にしか見えないマリン隊長が深く頭を下げた。両サイドの屈強な男達も片膝を付き頭を垂れる。
「えっと……」
いきなりの謝罪に戸惑ってしまう。
「ヴァルバードを逃したのは私達のミス。大変迷惑かけた」
「いえ、それは別に……。そちらもアロン教の邪魔が入ったようですし」
「そう。全部アイツらが悪い。次に悪いのはアイツらを止められなかったスピネル。文句は全部スピネルに言って」
眉を吊り上げ怒った様子は可愛らしくどうみても小学生にしか見えない。本当に彼女はカトリーヌさんと同じく千年も生きているのだろうか。
「本当に気にしていないので……。それより伝えたいことがあるので、アリエさん達に会わせてもらえませんか?」
「アリエ達は王城にいる。あなたがまた邪神に攫われたんじゃないかと騒いでいたから無事で良かった。でも急に消えたから皆とても心配している」
「その事なんですが、クライス王子に化けていた竜頸傭兵団のジャックという人に攫われてしまいまして」
「……ジャック兄様が? 詳しく聞きたい」
ジャックさんの名前を聞いたマリン隊長は食い気味に僕の目と鼻の先まで近づいた。少し目が怖い。
「すぐに王城に行く。後ろの女の子はあなたの従者?」
「ええ、そのようなものです」
僕が返事をするとマリン隊長は何やらブツブツと唱える。すると僕達の足元には煌々と光る魔法陣が現れた。視界が暗転し浮遊感に襲われたかと思うと、一瞬でどこかの室内に移動した。
「はわわ!」
「……っ!」
転移した場所は随分と豪奢な部屋であった。天女ちゃんと聖子さんは突然の事に随分と驚いた様子だ。僕は急に別の場所に移動することに慣れてるけど。
「ここは?」
「王城の客間」
「あの、勝手に入ってしまって大丈夫なんですか?」
王城というのだから当然王様が住んでいるであろう。日本でいえば皇居のようなものだ。そんな所に無断で入ってしまってはかなり不味いのではないだろうか。不法侵入でいきなり極刑とか勘弁してほしいんだけど。
「問題ない。私はマリン。それにここは王城とはいっても離れの枝城だから」
「はあ……」
「私がすべて責任を取る。そもそもあなたは使者であり、この街を救った英雄の1人。だから何も心配しなくていい」
「そういうことなら……」
「早くジャック兄様に攫われた時の事を教えて」
こっちと言われ随分と装飾が派手なソファに座るように促された。
「ん?」
僕達3人がソファに座ったところで、四方八方の壁を貫通して何やらまばゆい光の帯が流れ込んできた。まるで小さな銀河のようなそれは神正氣の素の感謝パワーだ。感謝パワーが僕に流れ込んでくる。おお、これはメイゲツの住人の物か。
マリン隊長の転移魔法によりメイゲツの中に入ったので、溜まっていた神正氣の素が今僕に流れてきたのだろう。
大災害獣の魔氣の浄化という前代未聞の事をやってのけたのだから、当然こうなるだろうと期待していた。やっぱり感謝してくれたんだね。ありがとう、メイゲツの住人達よ。
……でもあんまり多くないな。少なくはないんだけど、期待した程じゃない。街の規模も大きいしセルクルイスの時より多いと思っていたのだが。そうか……これだけか……。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「早く説明して」
マリン隊長に急かされ僕はヴァルバードを浄化した後の竜頸傭兵団のアジトでの出来事を詳らかに説明した。
「なるほど、合点がいった」
話を聞き終わったマリン隊長は1人で納得しているようだった。
「合点ですか」
「そう。何者かがクライス王子に化けていたことで、今王城は大変な騒ぎになっている」
一国の王子に誰かが化けていただけでなく、対大災害獣戦特化の軍隊を陣頭指揮していたのだ、国を挙げての騒動にもなるだろう。
「本物のクライス王子は自室に眠らされていたけど、高度な隠蔽魔法をかけられていて誰も気づかなかった。更に王子が入れ替わっても誰も疑問に思わなかった。あなたから見てジャック兄様が化けていたクライス王子はどうだった?」
「完璧な指揮官でした。状況判断の的確さや兵の士気を鼓舞するカリスマ性も本人の強さも、まさに理想的な将だったと思います」
「そう。ジャック兄様は世界一の指揮官。あの“伝説の傭兵団”を率いているんだから。でも本物のクライス王子は凡人。いくら姿形がそっくりでも中身でおかしいと思う人はたくさんいるはず。それでもジャック兄様を本物のクライス王子と認識していた。あれほど多くの兵達が催眠にかかっていたのは異常なこと。だから大騒ぎ。今犯人探ししてるけど、得体のしれない敵にみんな内心戦々恐々としている」
「なるほど、それは大変でしたね。しかし犯人が分かったのでそこは安心ですね」
「うん。ジャック兄様やシェヘラ姉様の仕業なら納得がいく。だから合点」
「なるほど。……それはそうと彼らは僕が目的のようでしたが、なぜ居場所が分かったんでしょう?」
「シェヘラ姉様はそういうのが得意」
その後しばらくマリン隊長と情報交換をしていたが、ドアがノックされ話は中断された。マリン隊長が誰何すると、返事をしたのはアリエさんだった。イーオ様も一緒にいるらしい。ドアが開かれ二人が部屋に入ってきた。
「カミヒト殿、ご無事だったのですね……。兵より連絡があり急いで参りました」
「お元気そうで安心しました」
「ご心配おかけしまし……た!?」
アリエさんの体がいきなりチカチカ光ったかと思えば、小さな銀河が彼女から噴射された。何かと思えばそれはさっきと同じく、莫大な量の神正氣の素だ。そいつが一気に僕の中へ入ってくる。あまりの多さに感電したように痺れ身動きが取れなくなった。
あばばばば。
「か、カミヒト殿!?」
突然痺れだした僕に皆が驚く。
「あわわ! 大丈夫ですか、カミヒトさん!?」
「……大丈夫?」
天女ちゃんはあたふたとしているが、聖子さんはあまり心配してない様子だった。あばばばば。
「だ、大丈夫です……」
傍から見れば全く大丈夫そうではないだろうが、これは神正氣の素が体中を駆け巡っているだけなので問題はない。あばばばば。
「か、カミヒト様、本当に大丈夫なのですか?」
「は、はい…………」
それだけ言うのがやっとだった。痺れが止まらない。あばばばばばばばばば。
程なくしてアリエさんから流れてきた感謝パワーをすべて神正氣へと消化し、痺れが収まった。体中に力が漲る。
「本当に大丈夫なのですか?」
「ええ、ご迷惑おかけしました]
なぜアリエさんから神正氣の素が流れてきたかといえば、恐らく彼女が正式に僕の眷属となったためであろう。大災害獣戦でアリエさんにスキルを与えたからだ。
水晶さんによると僕の眷属となった者が集めた信仰や感謝の気持ちが僕に還元されるらしい。超越神社のお祭で天女ちゃんが神楽舞を踊ったときも同じような事があった。
「アリエさん、つかぬことをお聞きしますが、もしかしてメイゲツの人達から英雄扱いされてたりしませんか?」
「……ええ、私ごときが過分な評価をいただきまして。実力の伴わない名声に恥じ入るばかりでございます」
やはり僕よりもアリエさんの方にメイゲツの住人達の畏敬の念や感謝が多く向かったようだ。考えてみればそれもそうかもしれない。ヴァルバードを派手な技で真っ二つにしたし、彼女はマンマル王国の国教であるカトリーヌ教の神官でもあるし、おまけにクールで見目麗しい美少女ときたものだ。“伝説の何か”の使者とはいえ、顔もわからない異国の神職者よりよほど信仰を集めやすいように思える。
僕に感謝パワーが少なかったのはそういう事だったのだ。
「アリエさんはそれだけの働きをしたと思いますよ。自身を持って下さい」
彼女を通して神正氣を得られたのならば、目立つのが苦手な僕としては万々歳である。アリエさんにはこれからもガンガン活躍してほしい。
「ありがとうございます。カミヒト殿からそう言われると、少し気が楽になりました。それより……」
アリエさんさんは僕の両隣の天女ちゃんと聖子さんを見た。
「そちらの方々は?」
「彼女達は僕の従者です。一緒に連れてきました」
「まあ、カミヒト様のお国の方ですか。それでは東の大陸からいらっしゃったのですね。初めまして、私はカトリーヌ教第四階の神官イーオと申します」
イーオ様が深く頭を下げた。その動作は滑らかで淑女として見本のような挨拶だ。
「申し遅れました。カトリーヌ教青炎討伐部隊のアリエと申します」
「蓬莱天女です! よろしくお願いします!」
「菩薩院聖子」
初対面の4人の間には一見穏やかな空気が流れているが、天女ちゃん以外はお互い品定めをしているように感じた。どのような人物なのか少ない情報だけで推し量ろうとしているような、そんな雰囲気。ちょっと怖い。
「ん。そろそろ王の所へ報告にいく」
このなんとも言えない微妙な空気を察してか否か、マリン隊長が突然言った。
「報告ですか? カミヒト殿の事でしょうか?」
「それもあるけどクライス王子に化けてカミヒトを攫った何者かが分かった」
「そ、それは本当ですか?」
「本当。ジャック兄様だった」
「……あの“伝説の傭兵”のジャックですか?」
「そう」
「な、なぜ“伝説の傭兵”が……?」
「二度説明するのは面倒。今から詳しく王に説明するから二人も付いてくるといい。カミヒト、今から王に謁見する」
「えっ……今からですか?」
「そう、今から」
こういうのって事前にアポとか取っておくものじゃないの? 相手が王様であれば面会相手の身辺調査をしたり、日程を調節したり、面倒な手続きが色々ありそうなものだが。
「王様ってそんなに気軽に会えるものなんですか?」
「普通は無理。でも私は特別。顔パス。善は急げ。早く行く」
マリン隊長にせっつかれ僕達は急遽、王様の居る本城へ向うこととなった。ここから王の居る玉座の間までは歩いて10分ほどだそうだ。
僕達は枝城を出ると本城とつなぐ架け橋に出た。
「わあー!」
天女ちゃんから感嘆の声が漏れた。僕も思わず息を呑んだ。王宮はメイゲツの建物の中で一番大きく、架け橋から見下ろすメイゲツの街は朝日を受けキラキラと光っていた。
「ここからの景色はとても美しくて有名。メイゲツの住人なら誰もが死ぬまでに一度は見てみたいと思うほど。でも今はゆっくり観賞する時間はない。早く歩く」
マリン隊長はせっかちなようで僕達は早足で歩かされた。ああ、せっかくの異世界なんだからゆっくり観光したい。
本城に繋がる入り口に着くとそこには厳めしい警護の兵が二人立っていた。彼らはマリン隊長の姿を認めると敬礼をし、二言三言確認しただけで僕達をすんなり通してくれた。本城に入ってからも所々に警護の兵がいたが、皆マリン隊長をみると顔パスで通してくれた。
彼らの反応はみんな同じで、先頭を歩くマリン様に敬礼をし、アリエさんとイーオ様に尊敬の眼差しを向け、天女ちゃんを見て驚いた後デレっとしただらしない顔になり、最後に聖子さんを見てぎょっとする。僕は一瞥されるだけでほとんど見向きもされやしない。
道中アリエさんに僕が攫われた後の事を聞いたが結局、邪神はアロン教徒を助けに来なかったようだ。まあ、そんな感じはしていた。邪神ことボッチさんは僕の家に来るのが楽しみで、自身の眷属の事などすっかり忘れた様子だった。
アロン教徒は1人死亡し残りの4名は牢に繋がれ、これから聖都ホシガタに連行されるらしい。アリエさんの妹のマダコさんについてはちょっと聞けなかった。彼女のやったことは重罪であるから最悪極刑もあり得る。アリエさんの心中を慮ると妹の話題は出せなかった。
僕達はやたらデカい扉の前に着いた。この先に王様が居るらしい。数人の兵達がいかつい顔で警護していた。
「これはこれはマリン様。いかがなされましたか。本日、陛下との会談の予定はなかったはずですが」
「急用ができた。王に会わせて」
「……ただいまスピネル様がおります」
「丁度いい。説明する手間が省けた。会わせて」
「……そちらの方々もですか?」
「そう。マリンと“使者”とその従者とプラスアルファが来たと伝えて」
「し、しばしお待ちを!」
そう言うと兵の1人は玉座の間へ入っていった。しばらくすると戻ってきて、王様から了解を得た旨を伝え僕達を玉座の間へと案内した。いよいよ王様とご対面であ