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第4話 みんなで異世界へ

 縁雅の神域から戻ると待機していた縁雅千代えんがちよさんに客間に案内され、ここで待機するように言われた。1人にされた僕は備え付けの座椅子に座った。客間は十畳で内装は簡素であったが所々に蛇の置物やら掛け軸やら装飾があった。蛇の神様を祀っているだけあって、鳥居も社殿も蛇仕様である。


 僕はじっと目を瞑りハクダ様に聞かされた呪いの事を考えていた。どう考えてもヤバそうだ。絶対に関わりたくない。しかし灼然しゃくねんさんはこちらを巻き込む気のようだし、仮令たとえうまく逃げたとしても堕ちた神とやらが復活してはかなり不味いのではないだろうか。


 とするとやはり僕が動くしかないのか。うーん、堕ちた神がどのくらい強いのか分からないが真っ向から向かうのは下策のように思える。じゃあ、二度と復活しないように封印の重ねがけとかどうだろう。聖女様は封印が得意だったはずだ。彼女はスペシャリストだからきっといい封印を知っているに違いない。そうだ、聖女様にお願いしてみよう。


 呪いの性質上、堕ちた神の居場所は容易には分からないだろうが取り敢えず対抗する手段だけは用意しておこうと思う。ハクダ様のおかげで邪神との縁も切れたことだし、早速明日異世界へ行ってみるか。


 丁度、今後の方針が決まったところでコンコンとドアがノックされた。


「入るよ」


 客間に入ってきたのはセツさんと千代さんだった。千代さんは両手で細長い包を大事そうに持っている。


「どうだったかい? ハクダ様は」


「ええ、こちらの願いも聞いていただき優しい方だと思いました」


「そうかい。それは良かったねえ。でもハクダ様への借りは安くないよ? 覚悟しておくんだね」


 セツさんは愉快そうに笑うと机を挟んで対面の座椅子に座った。


「それしにても兄ちゃんやるね? ハクダ様から神器までせしめるとは」


「その代わり大きな借りができてしまいましたよ……」


「カッカッカ。まあしょうがないね。何かを得るには相応の対価が必要なのが世の理ってもんさ」


「ええ、仰るとおりです」


「安心しな、兄ちゃん。世の中、甘言を弄して詐欺みたいな取引をする悪い神も居るがハクダ様はちゃんと等価交換だからね。千代、アレを兄ちゃんに」


 セツさんに促され千代さんが紫の包を僕の前の机に置いた。


「それが兄ちゃんのご所望の品だよ。開けてみな」


 僕は包を手に取り丁寧に開いていくと、出てきたのはナイフくらいの大きさの刀だった。鞘には白い蛇が渦を巻いている文様があった。縁雅家の家紋であろうか。


「その守刀まもりがたなは持つ者にハクダ様の加護を授ける神器さ。それを持っていれば、よほどの事がない限り悪いモノを避けてくれるよ。いわゆる魔除けってやつだね」


「ありがとうございます」


 これを聖子さんに持たせれば一安心だ。


「……兄ちゃん、ハクダ様が神器を授けるなんて滅多に無いことなんだよ。そのレベルの物が必要だなんて、よほど強い悪縁なんだろうね? 一体誰に持たせるつもりなんだい?」


「……ハクダ様が仰るには菩薩院聖子ぼさついんせいこさんらしいです」


 正座しているのにユラユラと姿勢が定まらない千代さんが答えた。表情も心ここにあらずといった感じでまるで白昼夢を見ているようだ。神楽舞を踊っていた時はしっかりしていたのだが。


「……ああ、あの娘か。桂花けいか曾孫ひこだね」


「彼女をご存知なんですか? ハクダ様は彼女のことを菩薩院の巫女と仰っていましたがどういう意味でしょうか?」


 セツさんの様子からして菩薩院の事情というやつを知っていそうだ。


「それは私が言えることじゃないね。桂花に直接聞いてみてはどうだい? あの娘もきっと兄ちゃんに興味をもっているはずだよ」


 セツさんからもハクダ様と同じような回答がきた。やっぱ教えてくれないか。


「桂花さんと知り合いなんですね」


「桂花とは古い仲だね。まだあの娘が十にも満たない頃に私の弟子になってね」


 桂花さんって確か90歳を余裕で超えているはずなんだが……。その師匠であるセツさんって一体何歳なんだ?


「僕は桂花さんにまだお会いしたことは無いんですが、どういった方なんですか?」


「一言で言えば才能の塊だね。あの娘ほど天に愛された人間は見たこと無いよ。性格はそうだね、自分にも他人にも厳しい厳格そのものだね。とにかく真面目で面白味はないねえ。それでもあの娘が慕われているのは、戦後の動乱から今までずっと人の為に最前線で戦っているからだろうね。桂花が居なかったら日本は大変な事になっているよ」


「すごい方なんですね」


「そうだねえ。あの娘が裏で日本を支えていたと言っても過言ではないよ。でも桂花ももう年だからね。いつ逝ってもおかしくない。それなのにあの娘と同様の才能が未だ出てこない。私は日本の行末が心配だよ」


 大げさにため息を付いたかと思うとセツさんは僕の目を見てウィンクした。


「ま、今は兄ちゃんがいるから全然心配してないけどね」


 めっちゃ期待されてるじゃん僕。


「程々に頑張ります……」


「カッカッカ。期待しているよ。それはそうと兄ちゃん、魔境神社へはいつ行くんだい? ワタシはいつでも行けるよ」


 ああ……そう言えばそんな約束もしていたな。超越神社のお祭の時、おみつさんという神様の旦那さんの傘を直して気に入られたから招待されていたんだっけ。魔境神社というヤバそうな名前から敬遠していたのだが、やっぱり行かないとだめか。


「近いうちに……」


「老い先短いばばあの為に早くしておくれよ?」 


 僕は曖昧な返事をして縁雅神社を後にした。








 超越神社に着く頃にはすでに五時を回っていた。辺りはまだ明るい。どんどん日が長くなっている。社務所の方では聖子さんと天女あまめちゃんが後片付けをしている。


 社務所に近づくと聖子さんが僕に気づき手を止めた。彼女は今日は怨霊メイクをしていない。


「もう大丈夫なの?」


「お体は平気ですか?」


「おかげさまで。一晩寝たらスッキリしたよ。二人共僕を運んでくれたんだよね。ありがとう」


「私はほとんど何もしてないわよ。天女ちゃんが1人であんたを担いでね。彼女、随分力持ちね?」


「えへへ」


 天女ちゃんは『怪力無双』というスキルを持っているので、男1人運ぶくらい訳ないのである。


「あ゛っあ゛っあ゛っ」


「なあカミヒトー。あたいお腹へった」


 聖子さんの肩にはクロイモちゃんが付いており、サエ様が僕の袖を引っ張りご飯の催促をしている。どちらも聖子さんは見えていない。


 異世界では見える人がほとんど居ないおっちゃんや邪神は普通に見えていたのだが、こちらの神様と菩薩院家のコシラキ様は本当に全く見えていない様子だ。彼女の実家は何かしらの理由で聖子さんに対しあらゆる超常現象を遠ざける処置を施しているのだが、異世界産の超常現象は別枠なのだろうか。


「それはそうと、今度はいつ異世界へ行くのよ?」


「明日の朝にでも行こうと思うんだけど」


 ハクダ様のおかげで邪神との縁も薄くなったことだし、早く僕が無事であることをアリエさんやイーオ様に伝えたほうがいいだろう。“伝説の傭兵”のジャックさんがクライス王子に化けていたことも。それから聖都に行ってカトリーヌさんに会ってこなくては。


「私も行くわ」


 聖子さんが同行を願い出た。彼女は異世界に並々ならぬ関心を持っていたので行きたがるのは予想できたが、さてどうしよう。ハクダ様から守刀を貰ったが邪神の事を考えると、なるべく聖子さんを異世界に近づけたくないな。


「危険も多いから止めた方がいいんじゃないかな?」


「危険なんて百も承知よ。カトリーヌからも来るように言われているし。私、魔法を使ってみたいわ」


「うーん……」


「何が不満なのよ」


「不満というわけじゃないんだけど……」


 ポケットに入れていたスマホと水晶さんが同時にバイブった。スマホ経由で水晶さんがメッセージを出したということだろう。スマホを取り出すと、水晶さんのアプリが起動していてメッセージが書き込まれていた。


 ――彼女を異世界へ連れていきましょう――


 水晶さんは聖子さんを異世界へ連れたがっている。どういうわけだか水晶さんは、聖子さんを眷属にしていたがったりと彼女のことを特別に思っているフシがある。


 危険じゃないかな?


 ――ハクダ様の加護があれば邪神の心配はないでしょう――


 うーん、まあ、水晶さんがそう言うなら。今度の訪問は大災害獣の討伐みたいな危険はないだろうし。


「分かった。異世界に連れて行くよ。でも僕の言うことはちゃんと聞いてね?」


 聖子さんは僕の了解の返事を聞くと片方の口の端を上げてニヤァっと笑った。その怖い笑い方、どうにかならないかな。


「じゃあ、明日の午前中に行こう。動きやすい服装で来てね。ん? 天女ちゃん、どうしたの?」


 僕達の会話を黙って聞いていた天女ちゃんがものすごくモジモジしていた。両手を太ももの間に入れてモジモジと。僕の顔をチラチラと見、言いたいことがあるけど言うかどうか迷っている様子だったが、彼女は意を決したように口を開いた。


「あの、私も異世界に行きたいです」









 異世界側の超越神社、白い鳥居(ワープゲート)の前に僕と聖子さんと天女ちゃんが立っている。本日は土曜日、妖聖学園は休みである。


 結局あの後、聖子さんと水晶さんの勧めもあって、天女ちゃんも異世界に連れて行く事となった。しかし彼女は学校があるので休みの日になるまで異世界行きは延期することにした。


「緊張します!」


 天女ちゃんも異世界に興味津々であったのでこの日を楽しみに待っていた。期待に満ち溢れた顔をしている。


「そうね」


 聖子さんも同様である。彼女にはあの日、すぐ縁雅の守刀を渡した。邪神の危険性を時間を掛けて詳しく説明し、縁雅家から貰ったことは伏せつつ守刀の効果効能を伝え、肌身離さず常に持っているようにお願いした。聖子さんは以外にも、ふーんと言っただけで僕の言うことを素直に聞いてくれた。


「……本当にその格好で行くの?」


「当たり前じゃない」


 聖子さんの格好はというと例の死人が着る白装束にホラー映画でよく見る女の霊を模した怨霊メイクである。彼女の中ではこれが正装らしい。普通の格好で来てほしかったんだけど……。


「じゃあ二人共、事前の打ち合わせ通りよろしく」


 二人には事前に異世界の事情と僕の今までの経験を詳らかに説明して、何か危険があったら僕の判断ですぐに白い鳥居(ワープゲート)で日本に帰るように約束してもらった。天女ちゃんは大丈夫そうだけど聖子さんは何か理由をつけて残りそうな気がしたので、念を押して約束させた。


「分かったから早く行くわよ」


「行きましょう!」


 二人とも体からワクワク感が隠せていない。本当にめっちゃ楽しみにしていたみたいだ。


 僕は遠足で小学生を引率する先生のような気分で白い鳥居の前に移動した。転移するポイントは首都メイゲツの近くだ。大災害獣と戦った場所、名前は確かシンエン荒原だったかな。そこからメイゲツに入り、聖都への転移陣を利用させてもらうつもりだ。


「それじゃあ行こうか」


 僕が先頭で白い鳥居に入った。いつも通りまばゆい光に包まれ、数秒ほど経てば目の先には立派な城塞が見えた。無事、転移完了である。


「わあー! 大っきい!!」


 続けて天女ちゃんと聖子さんがやって来た。二人共一変した景色に驚いている。珍しく聖子さんが普段の演技めいた雰囲気が抜け素が出ている。


「……本当だったのね」


 聖子さんはドドさんという明らかに人間ではない毛玉とすでに邂逅していたが、異世界という存在は彼女の中で半信半疑だったようだ。しかしここに来てそれが証明されたわけである。


「なんだ!? 貴様らは!?」


 後ろから突然、怒鳴り声が聞こえてきた。声のする方を向けば槍を持った兵士がいた。よく見れば周りにはマンマル王国の兵士達がこの辺り一帯を警備するように配置されている。兵士の後ろにはドデンとでっかいリュノグラデウスが封印されている卵があり、その周辺は特に人が多く厳重に警備されていた。


「どこから出てきた!? 貴様ら邪教の者か!」


 兵士が大声で詰問すると他の兵士達がワラワラと集まってきた。


「アロン教徒か!?」

「また奴らが邪魔をしに来たのか!」

「おのれ邪教徒共が! 成敗してくれる!」

「誰か王宮に使いを! スピネル様を呼んでこい!」

「なんだこの奇妙な女は……」

「なんという美少女だ……」

「バカ! こんな美しい人間など存在しない! 気をつけろ! 化性けしょうの者だぞ!」


 マズイぞ。完全に邪教徒扱いだ。恐らくこの厳重な警備はリュノグラデウスの卵をアロン教から守るためで、その警備の中に僕達が転移してしまった。突然現れた得体の知れない3人組であるから、兵士達が僕達のことを邪教と疑って騒ぐのは無理のないことだろう。とはいえこの状況は良くないぞ。


「大変な騒ぎになっているわね?」


 聖子さんが非難がましく僕を見た。確かにこの状況は想定しておくべきだったかな。一回出直そうか。面倒だけどセルクルイスから僕の身元を証明できる人を連れてこようか。


 更に増える兵士達を前に僕は白い鳥居(ワープゲート)を召喚しようとしたが、少し階級の高そうな兵士が慌ててこちらにやって来た。


「ま、待て! この方は使者様であられるぞ!」


 どうやらこちらの方は僕のことを知っているらしい。大災害獣戦であの場に居たのだろう。助かった。


「大変失礼いたしました! 使者殿、ご無事だったのですね!」


 騒いでいた兵士達はぎょっとして慌てて平伏した。この様子からして僕の話しはちゃんと伝わっていたらしい。


「ええ、おかげさまで。アリエさんかイーオ様はまだこちらにいらっしゃいますか?」


「はっ! そのお二人なら王宮におられるはずです。しばしお待ちを!」


 そう言うと兵士の人はリュノグラデウスの卵の方へ急いで走っていった。遠目でその様子を眺めていると、なんだか背の小さい女の子の前で片膝を付き報告していた。話を聞き終わるとその女の子がお供らしき人二人を連れてこちらへ歩いてくる。三人とも皆アリエさんと同じ意匠の青い鎧を着ていた。


 ガタイのいい長身の男二人に挟まれて、猫耳付きフードを被った小学生高学年位の女の子が僕らの前に出た。


「あなたが使者?」


「ええ、そうですけど。あなたは?」


「私はマリン。隊長」


 隊長を名乗った少女の瞳は宝石のようにどこまでも澄み渡っていた。信じられないことに、どうやらこの少女が青炎討伐部隊の隊長らしい。

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