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第1話 迷い家

 「どこだここ……?」


 1月中旬、真冬の中、一人高頭山でハイキングをしていたのだが、変なところに迷い込んでしまった。


 おかしいな、整備された一本道を歩いていたんだけど……。


 目の前にあるのは古民家。江戸時代くらいの古民家。有料の公園とかにある見学できるような昔の家だ。立派な黒い門もある。


 周りは森で道らしきものはない。


 靴紐が解けたので、しゃがんで結び直して、さあ歩こうと思って立ち上がったらこれだ。マジ神隠し。


 はあ……またかと、思わずため息が出る。僕は子供の頃からこういった怪現象に何度か遭遇したことがある。これで何度目だろう?


 ここはまよってやつか。遠野物語で読んだことがある。


 でもあれ東北の民間伝承じゃなかったっけ?ここは高頭山だ。高頭山といえば天狗だ。なのに迷い家だ。


 迷い家といえば山奥に家があって、その家にある什器じゅうきとか家畜をとってくれば裕福になれるという話だ。しかし僕は何もとる気にはなれない。だって怖いから。帰りたい。


 だが、どうやって帰ればいいものか。お手軽登山が楽しめる初心者向けの高頭山と言えど、山の中を適当に進めば遭難は免れない。しょうがないから古民家の反対側に行ってみるしかない。


 門の内側に入り、古民家の裏に回ってみれば広い庭があり、そこには紅や白の花が咲き誇り、立派な鶏たちが闊歩していた。更には牛小屋や馬舎があって、多くの牛さんやお馬さんがいた。やはりおかしい、高頭山にこんな施設はなかったはずだ。


 庭を隈なく探してみたが、道らしい道はない。どうしよう、閉じ込められたかも。どんどんと不安になってくる。


 古民家の周りには帰るためのヒントはなかった。まだ調べていないところは家の中だ。こうなった怖いけど入るしかない。


 僕は正面に回り、玄関の前に立った。中をそっと覗けば誰かがいる気配はない。意を決して入ってみることにした。


 玄関を入って、次の間には朱と黒との膳椀がたくさん取り出してある室があった。奥の座敷には火鉢があり、鉄瓶の中のお湯が沸騰している。


 ……なんだか生活感があるな。一体ここにはなにがいるんだ?


 ぶるりと背筋が凍る。ああ、なんで僕がこんな目に合うんだ。それもこれも、あのおみくじのせいだ。初詣に行った近所の神社でおみくじを引いてみたら、旅立ちの項目に1月XX日に高尾山に行くべしって書いてあったから。今思えばあのおみくじも変だったな。なんだよ超吉って。何故かそこに書いてある内容をするりと信じてしまった。


「あの……」


「……っ!?」


 突然後ろから声をかけられ、心臓が跳ね上がった。


「あのう……」


 声は女の子の様に思える。恐る恐る後ろを振り返ってみれば、驚天動地、とんでもない美少女がいた。


 あまりの美少女さに声を失う。芸能人やモデルを含めて、今まで見た中でダントツで美少女だ。天女もかくやと思われる程の、形容できない美しさである。


 その完璧な美少女っぷりと迷い家っぽいところに居る事を考えたら、目の前の少女が人間ではないことは容易に想像がつく。化生けしょうの類かもしれない。


 日本昔話的にいえば、美女に化けて、引っかかった男を食う悪い妖怪だ。アンコウでいうなら疑似餌。僕たち人間もルアーという物でお魚さん達を騙している。今の僕は騙される側だ。


 まずいぞ、食われてしまうかもしれない。


 どうやって逃げ出そうかと思案していると、とんでもない美少女はおずおずと僕に何かを差し出した。


「これを渡すように頼まれました」


 美少女の手には水晶のような球体がある。片手に程よく収まりそうな大きさだ。得体の知れない美少女からこんなもの受け取りたくないんだけど……。


「だ、誰に頼まれたんですか?」


「待ち人さんです」


「待ち人?」


「はい、待ち人さんです」


 誰だろう、待ち人って。待ってる人なんていないんだけど……。


「き、きみは……?」


「私は妖怪とんでもない美少女です。最近生まれました。よろしくお願いします」


 とんでもない美少女はとんでもない美少女という妖怪だった。道理でとんでもない訳だ。


「どうぞ」


 とんでもない美少女さんは、僕の手をとんでもなくキレイな手で、ふんわりと包み込むようにして水晶を渡した。


「あちらからお帰りになれるみたいです」


 美少女は家の入口の方を指差した。入り口の先には細い獣道があった。おかしいな、さっきはあそこに何もなかったはずなのに……。しかし帰れるというのならすぐにでも帰ろう。


「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね……」


「はい、さようなら。またお会いしましょう」


 僕は心の中でもうお会いしたくありませんと思いつつ、そそくさと迷い家を出て獣道を走った。五分ほど走ると、見知った遊歩道に出た。よかった、帰ってこれたようだ。振り返ると僕が走ってきた獣道は消えていた。


 僕は怪現象を体験する原因となったおみくじをカバンから出した。超吉なんてすごく縁起が良さそうだし、珍しかったからカバンにずっと入れておいたのだ。


 たたまれたおみくじを開いて見てみた。


 旅立ち 縁雅えんが神社に行くべし


 失せ物 水晶


 転居 しばし待て


 商い 神職以外あり得ない。それ以外は凶。


 病 神職なら一生縁が無い。他は早死。


 恋愛 知らん。自分で頑張れ。


 方位 縁雅神社が吉


 待ち人 早く会いに来て


 鳥肌が立った。内容がまるっと変わってる……。前見た時はこんなんじゃなかった。もっと普通だった。


 どうしよう……。お祓いしてくれる神社、探さないと。

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