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みたらしだんごは甘めが好みです(弍)


 疲れが取れるからと折姫に勧められて、貴重な風呂に甘んじる。部屋へもどる頃には、空に一番星が瞬いていた。折姫の折った折り紙たちが回廊で踊り、庭を走り回る不思議な夜。手裏剣は風車のようにまわり、部屋へやわらかな風を運んでいた。折姫が気を利かせ、宮女を退かせているようだ。まるで御伽噺のなかのように、リスやネズミが盃や肴を運んでくる。

 久しぶりの酒だと、主上が意気揚々と帰ってきたが袴の裾から返り血が滴っていたので、ネズミにチューチュー退却を命じられていた。回廊で踊る折り紙たちはこのために折られたとばかりに、雑巾がけを始める。千は改めて異界の恐ろしさを垣間見た。


「主上も現場へ足を運ばれるのですね」

「当然だ。トップが暴れていないと、箔がつかないだろ」 

「東卍の方?」

「今日は山神が鬼を引き連れ人里へとおりてきた。不吉だよなあ」


 言うなり、地響きがする。


「今のは?」

「地滑りの前兆だ。このままだといつかは山が真っ二つ。山民の避難ははやくに終えているが、危惧する問題がふたつある」


 着替えを済ませた主上が腰を据えると、折姫は盃ふたつに透き通った酒を、千の茶碗へ甘酒を注ぎながら言った。


「ひとつは、海側への被害ね。土砂が流れ込んで海水に影響がでるかもしれない。人魚たちに知らせたいのだけど、なかなか会えるものではないから困っているの」

「彼女たちは警戒心が強いからね」


 どうしたものかと、考えあぐねた主上が、折姫の肩に頭を預ける。そのとろけた横顔の色香に千は思いがけず動揺し、ごまかしついでにカヲルへ訊ねた。


「あとひとつは?」


 こちらはまずそうな顔をして一杯目を干していらっしゃる。呑みたがっていた酒を、美姫の折姫が注いでくれたというのに。


「師匠?」

「となりの山の噴火!」

「なにを怒っているんですか」

「別に」


 主上は嬉しそうに、声を出して笑った。


「はは、驚いた。クウガからは聞いていたが、なるほどこれは見ものだ」

「俺は見せものじゃない」

「よし。カヲルは少し息抜きでもしてくるといい」

「少しって、なんだよ」

「七日間だけね」

「一週間だけ!?」

「ふふ。じゃれあってないで、食べましょう」


 折姫が千の皿にのせた果物かしは、干し杏子を蜜に漬けたものだ。千は肩を弾ませ皿を受け取った。杏子はお供え物のなかでもトップに君臨する大好物。疲れた頭に至宝のご褒美といえる。相変わらずイオリちゃんは気がきくなぁと、ためらいなくほおばった。


「おいしい〜〜〜〜!」

「よかったねぇ。……ふふふふふ」


 愉しい夜は、朧げに更けていった。




「カヲル様はどこへ?」

「薔薇の局にもいないわ、御殿にいらっしゃるのは確かなのに」

「見つけ次第、縛っておいて」


 几帳の外で、なにやら物々しい会話が繰り広げられている。カヲルは今宵も宮女たちと鬼ごっこかと、ぼんやり目を開ける。折姫たちが居なくなってから、何時間経ったのか。


 千は、いつの間にやら朝と同じ御帳台の上で転がっていた。朦朧としながらもぬくもりを求め、手で探る。いた。


「ミケ、みっけー。私のかわいいかわいいミケー!」

「にゃあ」

「寂しかったよお。昨日のミケったら、つれないんだもん」


 抱かせてもくれなかった、昨日のミケを思いだす。まるでちゃんと猫をしていた。別ネコのようだった。それにしてもここはカヲルの邸ではないのに、なにゆえミケが居るのか。

 などと考えられない程度には、千の頭は働いていない。


「うふふ。くすぐったい」


 頬ずりをすると、ミケが顔をなめてきた。


「やだ、まだ蜜がついてた? 美味しい? 美味しいよねぇ」


 そう、折姫がよそってくれた杏はすごく美味しかった。そればかりをおかわりしたほどだ。

 千は、うっとりと思い出した。

 ツルンとしてて、喉でトロッて蕩けて。鼻からぬける、クセになりそうな香り……あれは何だろう。


「酒だ、ばか」


 千は耳を疑──、うほど気は確かではない。


「あはは。ミケが、ミケが人の言葉を喋ってる。化け猫か」

「憑き猫といって、猫憑きの逆だ。人が猫に憑依できる」

「へぇすごい。ミケ博識」

「俺は酒がすごいと思う。今ならなにしても許してくれそう」

「そりゃあ、大好きなミケたんのお願いならなんでもござれだよ」

「ほほう、では訊かせていただこうか」


 千はゴクリと生唾をのんだ。

 ミケの訊きたいことってなんだろう。性別は牝です。


「ミカドと、俺、どっちがいい」

「は? ミケ」


 千は即答した。


「ち、ちがう。カヲル。カヲルとミカドだったら、どちらが好きなのか答えなさい」


 ミケったらかわいい。

 ご主人様を選んで欲しかったのか。

 千は満面の笑みを浮かべて、言った。


「カヲルに決まってるじゃない」


 主上の見た目の陰陽師らしさはどストライクだが、鑑賞物としての距離感でお願いしたい。そもそも本日が初対面であるし、既婚者に好意を寄せるほど愚かじゃない。

 ミケどうした。

 両手で顔を隠して、明日は雨か。


「はー、俺もう胸いっぱいだわ。ありがとう。今日はよく眠れそう」

「やだやだ、まだ夢から醒めないで」

「夢じゃない。え、夢じゃないよね?」


 自問自答のミケを、ぎゅうと胸に包みこむ。

 ずっとこうしてミケとお話ししていたい。カヲルの傷ついた顔をみるのはごめんだ。あのキレイな顔をぐちゃぐちゃにした失恋相手は他でもない、折姫なのだから。

 もちろん千は親友に会えて嬉しかったが、主上と仲睦まじい姿は、傍観者でも目に痛かった。


「ふたりともカヲルの気持ちを知っているくせに、目の前であんなにイチャイチャすることないと思う」

「まあ、色々あったし、いいんじゃないの」

「でもカヲル、割と平気そうだったなあ。たまにカリカリはしてたけど、愉しそうにしてた」

「お互い友だち少ないからね」


 ミケの返しが独特だが、まったく頭に入ってこない。ただこれだけは言わせて欲しい。


「カヲルにも、絶対しあわせになってもらいたい。どこかにすてきなお姫さま転がってないかしら」

「布団に転がってますけど」

「……いいなぁ。カヲルと結ばれたら、毎日がきっとキラキラする」


 金ピカ袴の反射作用は然り。

 ナチュラルに胡座の上は、心臓に悪かった。弟子がその扱いならば、恋人へはどんな距離感で接するのか。


「なに考えてるんだろ。カヲルが私を恋人にするわけないのに」

「……にゃあ?」


 ミケが、うずまっていた胸から頭を出した。信じられないといった表情で目を瞠いている。


「だってカヲルは私のこと、女として見てないでしょう。小荷物みたいに、膝にのせてさ」

「にゃああ?」

「どうせ私はただの弟子。面倒な生娘。チチだけが取り得の女ですよ〜」


「にゃ! にゃ!」


 またたびでもかじったか。


「まさか、さっき舐めたお酒で酔ったの? かわいい〜〜」

「にゃ!」

「……あっ、ミケ?」

「にゃ──────!!!!!!」


 カヲルはやらんっ、と言わんばかりにミケは帳台を飛び出していってしまった。そうだよね、ご主人さまが恋しくなったんだね。あきらめて庭側へ寝返りをうつ。すると几帳に人影が映った。


「ゴホンッ。入っていいか」

「カヲル? うん? いいけど……」


 一ミリでも触れたら殺す。


「千、具合はどうだ。大丈夫か」


 いや、師匠が大丈夫か。

 酔っ払って折姫の肩をポンして、背中に三本くらい矢が刺さっていた。そんなことがあったとは微塵も感じさせず、ブロンドヘアを風に靡かせ、帳台へ上がってくる。


「大丈夫じゃないかなぁ。頭いたい」

「すまん。折姫に杏子を出させたのは、俺だ」

「そうなんだあ。あれすごい美味しかったよ?」


 弟子の糖分不足を察するとは、さすが師匠である。


「あの杏子は、果実酒に漬けたものだ。ひと粒で盃一杯ぶんの酒がふくまれている」

「えー、私、数えきれないくらい食べたよ」

「わかっていて、止められなかった。介抱しよう」


 お布団をめくり上げて添い寝を決め込んできたので、肘鉄食らわせようと思ったが腕が上がらない。そのまま組み伏せられてしまい、千は己れの貞操の危機を改めて感じた。


「あのー。師匠、お盛んでしたら宮女の方々が探していましたよ」

「言っただろう。俺はもう女子高生にしか目がないんだ」

「宮女は食べ飽きたと。でも年頃の性欲はおさまらないから、弟子でも味見しとくかってことですか。控えめに言って最低です」


 千の正鵠を射た指摘に、カヲルの昂っていた感情が波のようにひいていく。


「千! いいかげんに気づけよ、俺はなぁ」

「だいたいお酒の力を借りるなんて、無責任です」

「責任をとればいいのか」

「そうですね。不知火神社に婿入りでもしてもらいましょうか」


 千は打ってでた。

 カヲルが婿入りすれば、修行を続ける手間省ける。満足に識神も使役できない己れなど、一生境内の掃除でもしていればいい。イケメンで凄腕な陰陽師だなんて、すぐにネットニュースにあがる。神社は大盛況、黒字万歳──。


「師匠。あの、そろそろ冗談はやめませんか」


 つかまれた手首がじっとりと熱をはらんでいる。


「不知火カヲルか。悪くない」

「正気の沙汰じゃあないですね」


 どうか、「酒に酔っているからな」と返して欲しい。泣き叫んで助けを呼ぶのに。

 千の当ては外れた。


「本気だよ。先週は生きた心地がしなかった。もうひと時も離れたくない」

「師匠は、イオリちゃんが好きなのでは」

「折姫のことか? とうに吹っ切れてる。夏に失恋したなどと言ったのは、官位をなくしたうえに、部下に足蹴にされたからだ。それに──」


 散々女をたらしこんでいたはずのカヲルの顔は、まるで初恋でもしているかのように、真っ赤に染まっていた。


「人の女でもない。近しい身分でもない。ただその娘が愛しいと思ったのは、はじめてだ」

「ほう。どちら様で」

「ほう。俺が弟子にとってる千って愛称の娘知らない?」

「どうやら私のようです」

「婿入りしたいくらい、大好きなんだけど」


 そう言って、カヲルは額と額を重ね合わせた。これでは頭突きも叶わない。


「さて、既成事実とやらをつくろうか。俺だって、酔って忘れられたじゃ敵わんからな」

「はい」

「はい。




 ──はい!?」

「でも、……カヲルはそれでいいの? 生まれ故郷を捨てて、貧乏神社に婿入りだなんて」


 誰がどう考えてもおかしな話だ。妖も霊気もない、現代日本では、カヲルの力は宝の持ち腐れといえよう。


 それに陥落したとはいえ、この国の皇子なのに──。


「やっぱり住む世界が違った。そんな理由でカヲルを不幸にさせたくないよ」


 熱が伝わるほど近付いていた唇が、ピタリと止まる。



「このばか、俺の心配なんかしやがって」

 


 胸苦しさが消え、寝返りをうつ。カヲルがあけた布団の穴をミケが埋め、程無くして千の安眠は訪れた。

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