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師匠が、師匠の責務を全うしません(壱)

 千がリビングに流した華流ドラマは、時間たっぷり五〇話ある。テレビにかぶりつく母の足に、カヲルが描いた護符を三枚重ねで貼ってみた。念のため九字護身法を唱えてから一時間待機、はがしてみたが変化はない。

 相変わらずモザイクをかけたくなる色に腫れている。


「ウッ、ウッ、もう、あきらめたらぁ? グスンッ」

「三話目でそんな展開あった?」

 母は号泣の極みである。

「壊死してるわけじゃないみたいだし、ほうっとけば治るわよ」

 

 それより君主様と、テレビのボリュームをあげる母は呑気なものだが、今やひとりで立ち上がれない。放課後何度か病院をハシゴしたが、どこも診断内容は原因不明。痛み止めばかりが増えていく。

 せめて気休めにでもなればと、先日カヲルに教えてもらった、冷却呪文を唱えた。


「これこれ、気持ちいい」

「よかった。それじゃあ、行くね」


 そろそろ正午になる。

 じいさんばあさんは復活。父のバイトは念のため土日を休ませた。準備は万端である。

 千は風呂敷をかかえ、二週間ぶりに納屋へ走った。





 おそるおそる魔法円へ立つ千であったが、今日は尻もちをすることなく、板間へと足をつけた。ただ思わず、目をつむってしまうほどうるさい。妖怪たちの奇襲かと思ったほどだ。

 実際は、カヲルと北の方が星のとぶ取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「ほらぁ、来ただろぉ──!」

「よかった! まだ望みがあるわねっ! こうなったら、私がイチから説明するわ」

「うるさい! あっちいけ、邪魔なんだよ──!」

「あんたひとりじゃ、信じないわよっ! 嫁が誤解したままじゃあ、気まずいでしょー!」

「ばっ──、



 せ、千は、俺の弟子だぞ! 話せばわかってくれる!」

「あーら、そう! じゃあやってみな青二歳があ!」


 元皇子と、お姫……さま、ですよね?

 千はふたりに対し懐疑的になった。小学生の喧嘩より拙い。

 美少女に指をさされても悪い気はしないのが、カヲルの生き生きとした表情を見ると逃げだしたくなる。なんとなく居住まいを正そうと、その場に腰を据えた。

 床に添えた指をネコがふいになめる。ミケだ。抱き上げようとするが、手をすりぬけ気まぐれに庭へ降りていく。

 入れ替わるようにしてカヲルが目の前に立ったが、ミケのおかげで自然と笑みを浮かべられた。


「おはよう御座います、師匠」

「おはよう」

「朝からなにごとですか」

「千、よく聞け。あのクソババアは、俺の母親だ。化けているだけだ」


 一寸前の笑顔を返してほしい。なにを言っとるんだ、このお師匠は。という顔を満面で表現した。


「自分の奥さんに、間違ってもクソババアなんて言ってはいけませんよ」


 カヲルは膝から崩れ落ちた。

 北の方は「ほれみたことか」と、腹を抱えて笑っている。


「まっ、しょうがないわよねぇ。わたくしってば、こんなにも若く美しいんだからぁ」

「はぁー!? 若返りの香の原料を摘んできたのは、俺だぞ! なんだよこの仕打ちは!」

「はぁー!? 炊きたてのご飯食べられるのは、誰のおかげだと思ってんのかしらぁー!? ちったぁ親孝行しなさいよこのクソ息子がぁ!」


 千は、冷静に察した。

 美少女の「はぁー!?」は、カヲルの「はぁー!?」の表情瓜二つである。血を分けた親子でなければ、まず有り得ない。それに目の前の美少女の見た目はどう見積もっても未成年だが、所為がどうも怪しい。頬を覆う手の仕草は、ドラマを観ているときの母に重なる。

 一先ずこの場をなだめようと、千はふたりと膝を合わせ、茶を淹れた。


「ふたりとも落ち着いてください」


 フーッフーッ、茶を冷ます音が完全に出走前の馬である。まずカヲルがフライングをかました。


「そもそも、だ。母上が北の方なんて名乗ったのが間違いだったんだ」

「わたくし、譯あって名乗れませんもの」

「当たり前だろお!? 皇后のくせに、浮気して子どもまでつくったんだぞ? 母上は毒婦です、なんて紹介できるか!」

「あんた、私の大事な印象ぶち壊してんじゃないわよ!」

「事実だろうがぁ!」


 あの、一寸待ってもらっていいですか。

 千は両手で制した。もうすでに頭が痛い。


「家庭の事情は気になるところですが、おふたりが親子であることはもう、理解しましたので」

「あら、じゃあ次に話を進めていいわね?」


 お次は北の方がゲートをぶち破ってきた。


「ねぇ、あなた。なにゆえ先週来なかったのかしら。カヲル、魔法円の前で一日中ずーっと待ってたのよ? その夜は泣いて暴れて大変だったんだから」


 カヲルが淹れたての茶を噴く。


「母上は、またなにを言いだすのかな!?」

「あら。かわいい息子との約束を破ったのよ、理由を言及しなくては。わたくしが正室だと思って、傷ついて来なかったのでしょう? それってカヲルのこと、男として見てくれてるってことよね」

「直球すぎない!?」


 なるほど、北の方の意見には一理ある。

 千は、風呂敷をふたりの膝の前に差し込んだ。


「師匠、お忘れですか。前回は合併号です」

「はぁ」

「つまり、先週は休刊。お渡しできる品物がなかったので、致し方なく弟子もお暇をいただいたまでです」


 妙な間が空く。

 ししおどしがあれば、二度鳴った。

 戦意を失った競走馬たちは、無表情の笑みをこぼした。


「そっか。はは」

「ほほほ。わたくし、クウガにおやつのせんべいを焼いていたのでしたわ」


 千は戦線離脱をはかる北の方へ礼をのべた。


「いつも美味しいご飯をありがとうございます」

「いえ、そんな、それほどでもぉ。……息子、ドンマイ⭐︎」

「うるさいよ」

 

 北の方は、言わずもがなな一言をこぼしつつも引き際良く、そそくさと部屋を退いた。


 ないはずのししおどしが、また一度鳴る。


「それで、今日のご予定は」

「……うん、うん。決めた」


 言うなり部屋を退いた。日本時間にして十五分ほどだろうか。縁に足を投げだし待っていると、カヲルは庭から馬ごと迎えに来た。後光からの金ピカ袴、反射作用でいと眩し。


「手筈は整ったぞ、行こう」


 持ち直したようだ、表情が子どものように明るい。千も思わず笑みをこぼし、カヲルの背中を追いかけた。




 ※




 貺都の中心部には、皇帝の座す御所をかこい、東西南北に街が栄える。今日訪れたのはカヲルの邸から対角線上にある、南方の茶屋街。馬を朱雀門に預け、街中へと入った。

 直線にどこまでも続く街道は隙間なく店でひしめき合い、にぎわいを見せる。ところどころに焚き火がおかれているので、日向にいるようなあたたかさだ。冬も本番だというのに人々はみな、小袖小袴で歩いていた。先々進むカヲルを追いかけ、妖怪はどこかと尋ねる。


「退治はない。今宵に百鬼夜行が街を通るから、その前の見まわりだ」

「なるほどです。では今日は妖怪には会わないんですね」 前回を思い出し、胸を撫で下ろす。

「ただし歩くぞ。百鬼夜行お迎え布を店先にかけているか、一軒一軒、目で確かめねばならん。日暮れに間に合うかどうか──。普段なら絶対に断る仕事だ」


 今日のカヲルはずいぶんとバイタリティに溢れているようだ。ほめて欲しいのか、足をとめてこちらに「気をつけ」をした。


「ん」


 ん? 手を突き出して、おはぎでもくれるのか。


「ん!」

「おはぎ? おはぎ持ってないねぇ。なにを受けとればいいのかな?」

「ちがう。この先、人の往来が激しいから、その、あれだ。はぐれては、かなわんからな。行くぞ!」


 言うなり、手を無理矢理とって、再び歩きはじめた。


 千は思う。

 このぎこちなさはあれだ、恋人のそれではない。たとえるならはじめての孫の手をはじめてひく、おじいちゃんだ。あとすっごい熱い。


「師匠……、大変です。おててがすごい熱ですよ!」

「そうか。熱だな。白血球さんがウイルスを攻撃しているんだ。この胸の高鳴りは、体内の酸素供給が追いついていない証拠だ」 自分に言い聞かせているのか、独特にまわりくどい。

「くれぐれも、無理だけはしないでくださいね。手をはなさないで、しっかり握っていてください」

「は!? はい! それはもう! しっかりと!」


 今日こそは師匠のお役に立ちたい。おじいちゃんの引率者として頑張らねば。異界で迷子など言語道断である。


「さっさと終わらせましょう。えーと……、お迎え布って、あれか」


 店先に置かれた行灯看板に、紅く染め上げられ、五芒星の描かれた布がかけられている。左右等間隔に点々と、まるで飛行場の航空灯火のようだ。


「わかりやすいですね。これは助かります」

「目立つ色に染めたんだ。今日と知らずに出歩けば、鬼に行き合い死ぬこともあるからな。それに、たまに寄り道を好む妖がいる。お迎え布をかけていないと、名に反して妖を店のなかへと、迎え入れてしまうんだ」

「地味ですが、とても大事な作業ではありませんか」

「ああ。ええと、じゃあまず、あのうなぎ屋行こうか。お腹すいただろ」

「そうですね」


 ここ最近食欲がなく、今日も朝からなにも口にしていない。うなぎという高級食材単語に空腹感が芽生えてきた。


「しかし師匠、うなぎ屋さんはお迎え布がでていますよ」

「予約しといたから」


 ──予約? 千は耳を疑ったが、予約していたというなら為方ない。なるほど予約しただけのことはある。手際よく奥の座敷に通された。カヲルを訝しむも芳ばしい蒲焼きの香りに腰が畳に吸いついて離れない。なぜなら生まれて初めて食すからである。貧しい不知火家の蒲焼きといえば、魚ですらない茄子だった。

 心の準備が整わぬまま、うな重に箸を入れた千は、その美味に少なからず興奮した。


「お母さん、この世に生み落としてくれてありがとう。あと娘の、今世紀最大の贅沢を許してください」


 カヲルも久しぶりの舌鼓なのか、嬉しそうに食している。


「うまい! うまい!」

「おや? どこかで聞いた台詞ですね」

「いやほんとにうまい! なぜだ! 平民が作った飯は、みなこれほどにうまいのか!」

「あとで平民のみなさんとお母さまに、手をついてあやまりましょうね」


 美味しいご飯とカヲルの生みの親、北の方を思い出す。そう、お母さま。美少女は、血のつながった母君だったのだ。


「うふふ。でもたしかに、いつもと違う場所で、向かい合って食べるご飯もまた格別ですね」


 千は思った。

 皇子だったカヲルにとって、相手の表情を見ながら食べることが、すでに新鮮なことなのかもしれない。向かい合うのが、冴えない弟子の顔で申し訳ないが。


「師匠どうしました。箸が止まっていますよ?」

「いや、うまい理由……、それか。俺としたことが盲点だった」


 胸が苦しいのか、心臓をおさえはじめた。


「やはり体調が優れないのでは。このお務め、だれかに任せられないのですか」

「冗談じゃない……、俺は、俺の責務を、まっとうする!」

「言いたかっただけか」


 なんだかんだ平げたので、責務とやらの遂行を目指す。むかいのうどん屋が布をかけわすれていたので、千はすぐに忠告した。あれ、お昼うどんでよかったんじゃないの。胃にやさしいよ。


「あっ! あった!」

「またありました? ん?」


 カヲルが指を差した店には小間物屋と書かれた行灯が置かれており、しっかりと布がかけられている。しかし千は文句を言わず、店のなかへ前進していった。小間物屋の店内は、若い娘で花めいている。お化粧道具に、めずらしいおしろい箱や貝紅。

 だがしかし、千の目に映るものは、そんな女子力お高めのものではない。どちらかというと、お値段お高めのものだ。千は髪飾りの一角にへばりついた。


「きらきら! いっぱい!」

「なんだ千。やはりお前も女だな」

「しんじゅ! さんご! ひすい!」

「光り物ばかり、カラスのようなヤツだな。どれ、好みはなんだ」

「いちばん高いやつ」

「期待を裏切らないな。どれ、買ってやるか」


 孫に褒美をやる顔つきで、カヲルが懐に手をやる。千はゴクリと喉を鳴らした。



 ──値札がついていないし、店主も忙しくしている。つまりは己れの目利きにかかっている。



「安定した高額をねらうならば翡翠一択ですね。だがしかし私の勝負心が、もっとよく見ろといっています」

「鑑定団の人?」

「真珠はピンキリだ。腕が鳴る」

「千って、陰陽師目指してなかった?」


 まあいいけど。先ほどまでお熱でグッタリしていたカヲルの顔色がにこにこと良い。ここはじっくりと値踏みできそうだと、千は端から端まで見渡した。


「……あっ。これ」

「ん? いいのあったか。なんだ、組紐じゃないか」


 手に取った金色の組紐には、木で彫ったネコがついており、その目の玉に小さな翡翠が埋め込まれている。


「髪留めが欲しいなら、翡翠そのものでできたものもあるぞ」

「わっ! それすごい高そう!」

「こちらにするか」

「でも、こっちがいいなぁ。……すごくかわいい」

「そうか?」

「はい。だって見てください。この毛なみと目の色、ミケにそっくりですよ!」


 千はかわいいミケたんを思い出し、だらしない笑みを浮かべた。一方、カヲルの表情は雨雲のように曇る。次には千の手から組紐をさらった。


「これを見るたびに俺を思い出す?」

「ミケを思い出します」

「じゃあ買わん」

「なんで!?」

「女なら適当に高いもん、ねだっとけよ!」

「何を言ってるんですか。適当に選べませんよ。師匠が自分のお金をだして買ってくれるというのに」


 さあ出すのだ、懐から金を。


「お前の! そういうとこ!」


 カヲルはなんだかんだ言いつつ、店主の元へ向かう。その背中をみつめているのは、千だけではなかった。

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[良い点] これはもうクソッいいじゃねーかブクマポチーですわ
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