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まじめに修行したいだけなのに(壱)

作者の偏った嗜好と下ネタ満載なので、苦手な方はご注意ください。


 陰陽師とは、まぶしくも妖艶でつかみどころなく、人々が恐るる妖、怪奇に強き公達きんだちではないのか。

 冒頭からせんは、狐疑のシワを眉間に寄せていた。


「よー、千。ぬらりひょんてこんなグロかった? イケメンだったよな、俺ほどじゃないけど」

「放課後の男子校生みたいな調子で話しかけないでもらっていいですか」


 千という名の娘、不知火しらぬい千速ちはやの頭文字をとった仮名けみょうである。千と何とかの神隠しを彷彿とさせるが、為方せんかたない。真名まなを隠す。その国では、もっとも基本的な護身法である。


 ところで目の前に立ちはだかる異形は、少年誌のあの方でもなく、日曜日の朝に観る極悪非道卿でもない。

 千は、二秒前に呆れた目で眺めていた師匠を盾にして隠れた。


「あちらのぬらりひょんは、R18指定に匹敵する恐ろしさです。あいにく私はまだ十七歳なので、さっさとやっつけちゃってください」

「待て。俺、千より年下なんだけど」

「お師匠は十六歳ですよね。この世界では立派なご成人です」

「理不尽とはこのことか」


 うじうじとしぶるその男。小説に出で立つ陰陽師とは程遠い優男であるが、正真正銘、血統書つきの陰陽師だ。名をカヲルという。

 譯あって、千と師弟の関係を築き、妖怪退治にくりだしている。


 カヲルは壮麗な太刀筋で刀を抜くと、ふたたび鞘に戻した。


「TikT○kでも撮ってる!?」

「明日にしよっか」

「なんで!?」


 貴重な土曜日をつぶす気か。

 千の剣幕に、異形──ぬらりひょんの後頭部がぶるんぶるん、揺れた。


 


 *




 千とカヲルの出逢いは、蝉の鳴き声に押しつぶされそうな、気怠い夏休みだった。逢魔が時、千がいつものように神社の境内を掃除していると、唐突千万に現れた。


 ブロンドヘアーに、きらめく宝珠のような碧眼。証明写真が初対面だったなら、目がくらみ卒倒するほどのブリリアントな顔立ち。だがそのときのカヲルは残念なことに目を泣き腫らし、鼻水を垂らしていた。なおかつ秀吉も吃驚する金ピカ袴に身をつつんでいたので、千はナチュラルに一歩あとずさった。


 日本かぶれの外国人観光客が、路頭に迷っているのだなと思った。


 開口一番が、それはもう流暢な日本語で「失恋したからなぐさめてくれない?」だったので、縁結びの御守りをつきだして六百円請求したものだ。


 いつまでたっても財布をださないので、話だけでも聞いてやるかと、厄払いの待合室で茶を出したところ──なんと、陰陽師だというではないか。


 もちろん千は、忍者と鬼退治のお次は陰陽師かと、すぐには信じなかった。だが、茶の間に放置していた呪いの日本人形が動きだし、二番煎じを淹れ始めてからは、目を輝かせた。銭のにおいだ。着用済みの巫女装束、メル◯リに出品しなくてすむかもしれない! と。


 千の実家の不知火神社は平安時代から続く、安倍晴明公ゆかりの神社である。ゆかりってだけでいたるところに五芒星を飾るので、年中クリスマスみたいな境内だ。千年の重みがまったくかんじられない。わー、きれい! だなんて安易に鳥居をくぐれば、棲みつきカラスのお待ちかね。手水をしない客は、男女問わずつつかれる。おかげで初詣もがらんどう。神さまにモチもついてやれない貧乏神社であった。


 あととり娘として、是非とも陰陽道を(金儲けに)極めなければと、意を決して弟子入りを頼みこむと、カヲルもまた土下座にでた。手元には、ひと月前の日付の鍋敷き漫画。


 漫画一冊、ひと説き。

 等価交換が成立した瞬間だった。


 しかし教えるにも日本にゃ滅多にものの怪は現れない。では何処へ行けばいいのかと食らい付けば、俺の国へ来いと言う。

 それが鬼ヶ島──その名も貺都きょうと

 平安時代で時を止めたままのこのせまき島には、妖怪心霊マニアの千でも、胸がいっぱいになるほどものの怪魑魅魍魎だらけ。犬も歩けば、生屍ぞんびにあたる物騒さ。

 目の前のぬらりひょんの頭にはなにがつまっているのか。人の内臓啜ってあら美味しいの顔をしている。


 そりゃあ陰陽師の背中にも(ぽよん、と)へばりつく。


「チチ、問題だ。ぬらりひょんはなぜ池からでてきたのでしょう」

「千だ、私は悟空の嫁か。ぬらりひょんといえば、タコとかイカの派生じゃないですか」

「さすが神社のあととり娘。詳しいな」

「Wikip◯diaです」


 頭部がやたらとデカく、色褪せた束帯装束を引きずり這うその妖怪は、とある邸の堀池に棲み着いている。夜がふけると池からあがり、ぬらり、ぬらりと邸を徘徊しては使いやっこを驚かせ、ついにはひとり、池に連れ込んでしまった。邸の女主人は卒倒し、それ以来部屋から出ていない。


 このような事件は、貺都の中心──皇帝の座す御所から通達される。御所の依頼ならば、大小関わらず受けることが、カヲルの務めだ。


「あっ、逃げた」

「…………」

「…………」

「……追ってくださいよ!」

「えー、いいよ明日で」


 あくびをこぼしながら「今夜一晩泊めて」と、近くにいた使いやっこに媚びる。床に伏せていたのではなかったか、女主人がとびだしてきた。

 

「そうしていただけると助かりますわ。わたくし、怖くて怖くて」

「お気持ちお察しします」

「お部屋はそのチンチクリ……お連れの方と一処でいいのかしら」

「私の弟子ですので、雑魚寝で結構」

「恐れ多いことを。国を担う陰陽師様にそのような無礼は働けません──」


 チンチクリンをのぞく!

 と、千へ敵意剥き出しの女房家主は、彫りの深い鼻を鳴らせた。


 貺都という国、カヲルのような金髪碧眼美少年が皇族に居れば、彼女のような南蛮美女も、貴族としてあでやかに存在する。決して物語のご都合ではない多分。


 高そうな羽織りから艶めかしい生足をめくり、去っていった彼女は明らかにイケメン陰陽師と、一夜のアバンチュールを御所望である。


 千は、判然としない。

 

「おかしいですね。入り口に忌中札が貼られていましたよね」

「みえたのか。よく気付いたな。あれは妖怪、火車かしゃのしわざだ。邸の家人に忌中があれば貼っていく」

「でも、彼女は喪服ではありませんね」

「人の目はだませても、妖にはごまかせないってことだ」

「で、誰が亡くなったのです?」


 使いやっこにたずねたのだが、あいにく働き始めたばかりで、知らないという。

 千は合点した。

 女ひとりじゃ、男手もいるってもんだ。


 通された出居でいには、うすら寒い初秋に薄っぺらい打掛一枚だけが床に敷かれていた。ぽつんと置かれた火鉢は炭のかわりに、香をくゆらせた手ぬぐいが色っぽくかけられている。


「わたくしの部屋へいらっしゃれば肌で温めてさしあげてよ的なサインですか、これは」

「なに、俺たちふたりで温め合えば、問題ないことだ」

「虫唾が走りますね。泊まるのでしたら、先ほど唱えていた呪文を教えてください」


 池が寸の間、湯気だったのを見逃してはいない。千は知っている。この陰陽師、わざと脅してぬらりひょんをにがしたのだ。


「あー、あれ。よく気づいたな、さすが俺の弟子。はい」

「お手」 

「お手じゃない! 月曜発売を土曜日まで待たされる身になってみろ!」

「お師匠は煩悩のかたまりか!」


 さてはゆっくり読みたいがために、一泊せがんだな。千はやむを得ず分厚い風呂敷の紐をほどいた。

 陰陽道は口伝で、教科書なるものは存在しない。言魂、手の型、あるときは剣技。あらゆる手法で呪を唱え印を結ぶ。結びは神さまの力を喚び、奇跡を起こす。はたからみれば、完全に異世界魔法だが手順をふめば、千にもできた。カヲルほどの威力はないが、お茶くらいは沸かせる。つまり便利!

 教示の対価は週刊漫画、一説二四〇円也。

 手にとるなり読みはじめたため、呆れた千は目を閉じた。転移をした日は、プールで泳いだあとのように疲れるためこの娘、暇さえあれば惰眠を貪る。

 カヲルの肩を枕に定め、全力で寄りかかった。


「え? 千? はやくない? レッドラインも越えてないよ?」

「────スヤァ」

「……うそだろ」

「………………」

「セン〜〜〜〜ンンン。センセン。起きろー」

「………………」

「いいにおいとか、させんなよお。頼むよお」

「………………」

「待て。待て待て待て待て! 待ぁってぇ────────!」

「ぁあ? うるさいなぁ、なにごとですか。こんなに寒いのに顔が紅いですよ、まさかラブコメで興奮してます? 気色悪いな」


 ページがセンターカラーの青春もので止まっている。


「すまん、ちょっともうどうにも理性がもたなくて。いやぁ女子高生の制服とは、誠にけしからんな。まさか千も着ているのか」

「着ていますよ。制服ですから」

「まことか。



 ……では、来週着てこい」

「理由は」

「パンチラが見た──ぐはっ」


 巫女装束を売らずに、着てきてよかった。祖母から教わった合気道みたいなやつがキマりやすい。必殺不知火流回し蹴りでカヲルは庭までぶっ飛んだ。


「お、皇子の俺を蹴り落とすとは死罪──」

「陥落皇子のお間違いでは。それで、どちらへ」  


 部屋へは上がらず、庭の土を踏んだまま遠ざかる。


「この邸に女はひとり。することといえばひとつだろうが」


 くるもの拒まずっ、と親指を立て、背中を向ける。

 千は憮然とした顔で見送った。


「女は、ひとりですか」


 空はすでに夜の帳を下ろしている。部屋へと戻るも、外気温とかわらずすっかり冷え込んでいた。カヲルの高めの体温で暖をとっていたのだが、千は知る由もなく。打掛一枚じゃあ、二度寝も難しい。

 こうなったら、このチンチクリン様が妖怪退治して進ぜようと、立ち上がった。


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