9. 酒場のメシがマズい問題「このダイバンは出来損ないだ。食べられないよ。」
リアの世界の酒の味は微妙だった。
アメリカの禁酒法時代の粗悪な酒の飲み方がヒントとなり、ギルドの酒場のドリンクメニューに特別感を出す着想を得た。
では料理はどうなのか?
リアの世界の料理が牙を剥く!
「・・・。」
俺は運ばれてきた料理を見て絶句した。
「コレは・・料理なのか?」
「主殿、聞こえてる!さっきから丸聞こえなのじゃ!」
また酒場の店員に睨まれた。
しかし、俺は悪くないと思うぞ。
「焼いただけの肉、焼いただけの芋、焼いただけの卵か・・ある意味斬新だな。」
塩味が付いているので、それなりに食えるが、塩も薄いので物足りない。
・「ダイバン」(焼いた何かの肉)
肉は何の肉か分からず、保存状態が悪くて妙に臭い。
血抜きが杜撰なのだろう、血生臭さも後口に残る。
それらを誤魔化す為にやたら焼いてる。
表面は焦げが多くて、中心は生。ヤバいよコレ。
火力調整って知らないの?
とにかく、肉が臭い。不味い。
・「ワイバン」(焼いた芋)
芋はモソモソして、すぐ味に飽きる。
そして当然のように中心は生。
厳しい。
・「サクバン」(焼いた何かの卵)
卵に至っては爆発した。
殻ごと焼いて、そのままテーブルにドン!というダイナミックなサーブスタイル。
雑!
どうも冷めてから殻を割らないといけないらしい。
食べようとして叩いたら破裂して、盛大に飛び散った。
周囲は爆笑だったので、ネタ的にツカミはOK。
皆に手を振って拍手喝采を貰ったら、店員から怒られた。
いや、怒るなら食べ方の説明をしてくれ。
卵は普通にウマイ。
だが、もう少し塩が欲しい。
・「ヤマ」(果物)
ヤマという果実は洋梨のようなもの。
香りは良いが、甘味が少なく、酸っぱい。
サクサクしてて、歯応えはいいけど、ジューシーさが足りなかった。
「食い物も全体的に微妙だな。」
「主殿、もう完全に営業妨害じゃ・・。」
店員を完全に敵に回してしまった。
あと、この店の味を好んでいる客も睨んでいる。
さすがに居心地悪くなったので、そそくさと退散した。
俺達が出たあと、店員が水を撒いていた。
そこは塩じゃないのね。
路地を歩きながら感想を述べる。
「こんなんで中級クラスなら、全然問題ないな。これなら冒険者ギルドは、街一番の酒場になるぞ。」
「主殿の世界の果物を食べたら、もうこの世界の果物じゃ満足出来ないのじゃ。」
俺は確かな手応えを感じていた。
リアも同意を表明する。
「オイ!ちょっと待ちな!」
「?」
俺達を呼び止める男の声。
後ろを振り返ると、エプロン姿の男が立っていた。
さっきの酒場の店主だろうか?
「ウチの店の味に、随分とケチを付けてくれたそうじゃねぇか!そんな口を叩くんなら、お前はもっとウマイもんが作れるんだろうな!?」
怒鳴り散らしながら、俺の目の前までズンズン歩いてきた。
え?何コレ?グルメバトル展開ですか?
面白そう!乗った!
「ふん、あの程度の味で息巻くとは、余程貧相な舌をしているとみえる。」
ここは全力で煽ってバトルに繋げる!
逃がさないぞ。
「言うじゃねぇか。ただで済むと思うなよ!」
怒り心頭の様子で、腕捲りし始めた。
喋ると唾が飛んでくるので、もっと離れて欲しい。
「ふっ、暴力に訴えるとは、料理の腕では勝てないという敗北宣言か?料理人なら料理の腕で勝負したらどうだ?」
我ながら完璧な煽り文句だ。
「の、望むところだ!」
よし釣れた!
「いい度胸だ。では明日、貴様の店にこちらが出向こう。同じ素材、同じキッチンで調理して、ウマイ方が勝ちだ。いいな?」
「はっ!上等だ!逃げるなよ!」
そう言って酒場の店主っぽい男は踵を返した。
まさかの異世界料理バトルになるとは。
よーし、張り切って勝負に挑むぞ。
◆
「勝者、邪神ブルー!」
「「「おおおおおおお!」」」
勝った。他愛もない。
と言うか俺が「邪神ブルー」ってバレた。死にたい。
「信じられん。何故こんなにウマイんだ?」
酒場の店主は、俺が焼いた肉を見詰めながら震えていた。
俺がやったのは、簡単な調理。
まず、肉を洗って可能な限り血を抜く。
次に果実のヤマの皮を微塵切りにして、塩と一緒に揉み込み臭み消し。
焼くときは、最初強火で表面を焼き、その後じっくりと弱火で仕上げた。
店主は、俺が何をやってるのか意味不明という顔だった。
店の常連客10名に審査員をして貰い、全会一致で俺の勝ち。
俺としては、あの程度のステーキの味に満足して貰っても困ると、困惑しかない。
肉の鮮度が良ければ、倍は美味いぞ。
「ふははは!四郎・・じゃなかった、店主よ。俺はいつでも受けて立つ。精進せよ!」
「「「邪神!邪神!邪神!」」」
邪神コールが始まった。
「うるせぇ!邪神って言うな!」
「「「ぎゃはははは!」」」
酒場は大盛り上りだった。
◆
数日後
「勝者、邪神ブルー!」
「そんな・・どうして。」
「ふ・・、店主よ。食材と真摯に向き合え。そうすれば食材の声が聞こえるだろう。こうした方が美味しいよ、とな?精進せよ!」
「「「邪神!邪神!邪神!」」」
「うるせぇ!邪神って言うな!」
「「「ぎゃはははは!」」」
俺は別の酒場からも挑戦されていた。
初日の酒場の店主と仲が良いらしく、リベンジマッチという話だ。
しかし、ここも似たようなもので、杜撰な調理法だから楽勝だ。
今回も全会一致で俺の勝ち。
味に差が出にくい焼き芋ワイバンでさえこの結果。
とんだけテキトー料理なんだよ。
その後も連日グルメバトルに呼び出され、冒険者ギルドの計画が遅々として進まない。
由々しき事態である。
◆
「これ、俺を客寄せパンダに使ってるよね!?」
どうやら俺とのグルメバトルがあると聞くと、客が大入りとなり大盛況だと酒場の店主の間で噂になったらしい。
「ウハウハだぞ」「勉強になる」「入場料とっても客で溢れる」「ウチもやろう!」「そんな手があるのか!」「邪神ブルーは商売の天才だ!」
こんな事言ってた。
お陰で、グレイスフォードでも有名人になってしまい、街を歩くと挨拶される。
「邪神様、こんにちはー」
「あら邪神様、今日はどこで料理対決ですか?」
「あー邪神様だー!」「邪神って言うな!」「ウケるー!」「ウケない!」
待て、普通”邪神”って、もっと畏れられないか?
何で全員フレンドリーなんだ?
「邪神様、本日は北の酒場でバトル申請が来ています。」
「もう嫌だ!」
その後「いい加減にしろ!」という俺の一声で、グルメバトルは無くなった。
◆
「冒険者ギルドの酒場で提供する酒と料理はもういい。次にやるべき事を進めよう。」
連日の酒場巡りのお陰で、酒場の雰囲気や相場は分かった。
それと酒場の店主とも懇意になったので、酒などの仕入先も紹介して貰えた。
有名人になった事により、従業員の募集もやり易くなった。
一応動いた甲斐はあったと信じたい。
酒場関係の問題は片付いた。
次の問題を片付けよう。
「主殿、冒険者ギルドなどしなくても、酒場を始めれば、連日満員の人気店になるのは確実じゃぞ。」
「のじゃイカは引っ込んでるです!冒険者ギルドは正義!冒険者ギルドはジャスティス!もう忘れてるです。」
「リアのアホ」
「バーカ!バーカ!」
リアは迂闊な発言により、ロゼ、ローラ、ライアからブーイングを受けて、俺の背中に隠れた。
「狩場は街の南側でよし、魔物が向かってくる餌の開発は鋭意製作中、酒場のメニューよし、酒と食材の仕入れ先よし、冒険者しか利用出来ない酒場で冒険者登録を促すのもよし、冒険者ランクで直接戦う狩りを煽る算段もついた、次はもう1つの致命的問題だ。」
「何じゃったかの?」
「魔物に比べて、この世界の人間が弱い!」
「あー。」
リアも納得だ。
「直接戦う狩りを始めてくれたけど、毎回大怪我して全然ランクが上がらないとか、全く魔物に勝てないとか、そういうのは困る!」
それは俗に云う無理ゲーだ。
いきなりハードモードでは、取っつき難い。
「医療体制の充実だけでは解決できませんわね。」
アーゼが頬に手を当てて困り顔。
「それも確保するが、何らかの補助措置を講じよう。」
そうしないと、罠と弓のかったるい狩りに逆戻りだ。
「マスター、魔物の弱点を教えては?」
「セラ、魔物の弱点とはなんだ?」
「物理で殴る」
「それは弱点とは言わない。」
「え?」
それで勝てれば悩まないんだよ。
この世界の魔物に、分かり易い弱点属性等無い。
普通の動物が魔素を多く吸収して、強くなったのが魔物なのだ。
現世の猪や熊に目立った弱点があるか?
刃物での刺突に弱い、目を潰されると弱い、脚を折られると弱い。
確かにそう言われると弱点とも言える。
では、その弱点を突いて、どうぞ猪と戦って勝って下さい。
と勧められたらどう思う?
・・無理。戦いたくないです。
そう反応するのが正常だ。
その弱点を突けるなら、普通に戦って勝てるんじゃね?
こんな会話になるよね?
元が弱点らしい弱点がない動物なので、魔物になっても同じなのだ。
ちなみに、この世界には異世界の定番である、火土風水等の属性の概念もない。
四大精霊とかいう不思議存在も居ない。つまんない。
だから、「火属性が弱点の魔物は、火属性攻撃で楽勝だぜ」なんてロマンは通じない。
それに、この世界の魔法は、特筆すべき威力がない。
石を投げて、その速度を加速させて威力を上げる的な補助効果だけだ。
物理の延長線上なのだ。
魔法攻撃で無双なんて夢の世界なのである。
あと、人間の魔力は大抵が低い。
身体強化など使うと、数十分しか維持出来ない。
魔素切れを起こして程なくリタイアだ。
この世界の生物は、魔素の恩恵で生きている。
普段から無意識レベルで、魔素を利用しており、筋力や身体機能も魔素で強化して生きている。
つまり、魔素がないと、脆弱貧弱。
魔素を切らすと、一見屈強そうな戦士より、俺の方が力が強いのだ。
その為、魔法を使って戦うのは効率が悪く、魔素切れのリスクが高いので温存が基本。
魔法はピンチの時の切り札的な扱いとなっている。
「せめて魔法が使いたい放題なら、マトモな戦いになるんだけどな。」
身体強化はシンプルだが効果的だ。
「主殿、魔石を渡してはどうかの?」
「ん?人間は魔素を直接取り込めないんだろ?」
食事等から摂取する必要があると以前に聞いたぞ。
「肌に貼り付けておけば、ある程度吸収するのじゃ。」
「ピップエレキバン!?」
「スライム軍団の作った高純度の魔石なら、米粒大で人間の魔素を補充するには充分じゃろ。」
「それいい!採用!」
手軽に人間を強化できる!
「魔石を勝手に売らないように、返却を義務付ける必要があるがな。」
「そうだな。」
早速テストしてみた。