大公と公爵家嫡男が、何やら企んでいるようですわ。
ーーーアンデルセン大公国、執務室。
「ヴェルバとドンナ嬢が、さっそく賊に襲われたらしい」
「何だと?」
パドーレは、グレンの告げた言葉に眉をひそめた。
「無事なのか?」
「特に問題はないそうだ。が、暴漢の情報はほとんど得られなかったらしい」
グレンは相変わらず、状況を面白がっているような笑みを浮かべていた。
「しかし、相手は統率が取れており、おそらくは正規に訓練を受けた兵士ではないか、という話だ。……さて、どこが彼らを狙ったのか、心当たりはあるかい? パドーレ」
悪戯っぽい目でこちらを見つめる彼に、パドーレは肩をすくめて見せる。
「それだけの情報ではお手上げだな」
「おや、思いつかない?」
「いいや。心当たりがあり過ぎて分からんほうだ」
ペンタメローネ王国側だけでも、宰相派の者たちに加えて、聖教会、王国軍大将、第三王子と、両国の友好を邪魔したがりそうな連中はよりどりみどりである。
さらにパドーレには、別の心当たりもあった。
ーーー単なる邪魔立てならまだマシだが……ベラの瞳に関する情報が、どこかから漏れている可能性を考えなきゃいけねーかもな。
秘密を知る者の中にそれを漏らす人間がいるとは思えないが、これで襲撃が止まないなら、危険な状況かも知れない。
「まぁ、一番可能性がありそうなのは宰相派だろうとは思うがな。友好がどうとかよりも、俺たちトレメンス家がこれ以上力を持つのが気に食わないから、邪魔しようとしているんだろう」
終戦の立役者として世間に認められているし、実際に動いたのもこちら側だ。
するとグレンは、片眉を上げて視線を上に向ける。
「なるほど。手を出したのがこちら側の不穏分子だったとしても、似たような行動理由ではあるだろう。……だけど僕は、『なぜ』友好を壊したいのか、という点について考えてみたいんだよね」
「なぜ?」
「そう。表面的に見ると、君が考えている通り友好自体はどうでも良くて、僕らの権力を削ぎたいのだろうと思えるけれど。もしそうではない場合、という部分も考えておかないとね」
ーーー相変わらず、用心深いな。
ベラの秘密に気づいている訳ではないだろうが、そちらの方向に話を掘り下げられるとマズイ。
パドーレは、素早く思考を巡らせた。
「……第三勢力がある、のなら、『友好そのものを壊す』ことに意味が出てくるな」
「そうだね」
こちらの提言に、グレンは軽くうなずいた。
「金、土地、権力……大体、人の上に立つ人間が欲を出すものはその辺りだろう。しかし両国が戦争をするよりも、友好を結んでいるほうが、それらは得られる可能性が高い」
「おっしゃる通りだな」
金が目当てなら、戦争よりも経済を回すほうが効率がいい。
土地が目当てなら、この辺りの大地はどこも肥沃なので、山を隔てた強国であるアンデルセンよりも、周りにある小国を狙うほうが楽だろう。
それ自体は、大公国側も王国側も事情は同じだ。
そして権力が欲しいなら、潰すのは、友好よりもまずは国内の敵対勢力である。
だからこそ、トレメンス家主導の友好を敵勢力である宰相が潰す、というのは考えられる話として提示したのだ。
スオーチェラが死んで友好が決裂すれば、こちらの管理責任に出来る。
「後は、女、かな? とてつもない美貌を持つ彼女自身がお目当て……と考えるには、宰相閣下はお歳を召されているかな」
色恋は人を狂わせる、とは言うものの、敵の娘に懸想するほどあのジジイは耄碌していないだろう。
瞳のことを知っていれば『初代王の再来』として彼女を立てることを目論むのもあり得ないとは言えないが……それこそ、スオーチェラは親トレメンス派の筆頭である。
「だが、聖教会の教皇がスオーチェラ自身を狙う理由は、もっとないぞ」
アゴを指で撫でながら洞察を進めようとするグレンに、パドーレは内心で舌打ちをしつつ、言葉を重ねる。
抜け目がなさすぎて、話を逸らし切れていないからだ。
「それなら、そちら側の敵勢力がヴェルバを狙った可能性の方が高い」
本当はそんなことはない。
〝見霊の瞳〟に関しては、ペンタメローネ建国の王のみが得たとされる、神の奇跡とも称される至高の力だ。
トレメンス、ドンナ両家によって隠されているが、バレれば王国全土に衝撃が走るほどの秘密である。
精霊を神の使者と位置付けている聖協会が、民衆へのアピールとしてスオーチェラを聖女に仕立てるために身柄を狙うのは、十分にあり得ることだった。
つまり、聖教会が黒幕だった場合、狙っているのは身柄の確保。
宰相の場合は、秘密が明らかになれば邪魔になる、彼女の暗殺だろう。
しかしそんなことを、いくら仲良くなったとはいえ、隣国の頭である切れ者にパドーレが明かすわけもなかった。
「敵が友好そのものを壊そうと目論んでいるとするのなら、既存派の頭を押さえている革新派のお前と、俺たちトレメンス家が今より力を持つことを恐れている宰相派が、それぞれに邪魔に思っているから、というシンプルな理由だと思うがな」
「なるほどね。……そこら辺が妥当な落とし所と考えると、残りの可能性は第三勢力だけかな」
話は逸らせたようだ。
グレンは特にパドーレの言葉を疑った様子もなく、話を最初の部分に戻す。
「僕らの友好を壊すことで、得をする国外勢力は、今のところ一つだけだ、と思ってるんだよね」
「どこだ?」
「〝修羅の国〟ヴィラグンマーさ」
その名前に、パドーレは頷いた。
大陸中央部にあるペンタメローネ王国は西方にあるアンデルセン大公国と『イッシ山』と呼ばれる山を挟んで、それぞれの領土を持っている。
逆にペンタメローネの南東側にあるのが〝修羅の国〟ヴィラグンマーだった。
横に広い国であり、アンデルセン王国とも国境は接している。
かの国は、人族とも獣人とも違う姿を持つ『魔族』と呼ばれる者たちが住み〝西の魔王〟ダイジャが支配している新興国だった。
彼らが、ヴィラグンマーのさらに南にある大森林で、エルフの街の一つ『ハイランド』を攻め滅ぼしたことは、記憶に新しい。
「……奴らが、今度はこちらの土地を狙っている、と?」
「かの魔王の考えはよく分かっていない。人前に姿を見せないからね。でも、君の国は魔王への対抗手段として『勇者』を探していたんじゃなかったかな?」
「……まぁな」
パドーレは、その件に関しては苦々しく思っていた。
ペンタメローネ王国にある『封印の塔』には、かつて存在した魔王を打ち倒した、という【勇者の聖剣】が存在する。
魔王はその剣でしか倒せない、とも言われていた。
そんな新たな魔王の存在を脅威と見た、現在病床に伏せる王が勇者を募るお触れを出したのだ。
が、一向に現れない勇者に業を煮やし『聖剣を手にした者には、同時に聖女を賜る』として数年前に塔に封じたのが……スオーチェラの妹、ローザだった。
それに怒った大叔父アラン・トレメンスが、彼女の護衛を買って出て『聖剣を手にしたければ、我を倒すがいい!』と『封印の塔』の門番になったため、余計に勇者が現れない事態になったという笑えないオチがある。
大叔父は、最強の騎士団長と呼ばれた英傑であり、パドーレ自身も負け越しているくらい腕が立つのだ。
それはともかく。
「こちらを攻めようとしてるヴィラグンマーが、両国に結託されると困ると思って、どうにか仲を裂こうとしてるってことか」
「あるいは逆に、僕たちと敵対してる側と手を結ぼうとしている、とかかな。魔族の力は強力だし……日和ったり靡いたり、利用しようという者がいてもおかしくはない」
「敵が多すぎるのは厄介だな……どこを警戒すりゃいいか、さっぱり分からん」
どこの国も一枚岩ではないし、また同時に敵の敵も敵同士だったりするのでややこしい。
だからパドーレは、政治が嫌いなのである。
「まぁ、誰が相手でも、とりあえずやれることは二つしかない。調査と監視だね」
逆に昔から身内でも殺し合いをしていたグレンは、あっけらかんとしたものだった。
いつもの笑みを浮かべながら、こちらに向かって片目を閉じて見せる。
「そこで提案なんだけど、君、あの二人の婚前旅行を見張っててくれない?」
「……は?」
「だって狙われてるのはあの二人だし、だったら誰が相手でもそこを見てるのが一番早いじゃない」
「お前な、誰が好き好んで他人がイチャイチャしてるのを見たいと思うんだ?」
あの二人が気が合うのは、パドーレからしてみれば自明の話だった。
今は多少ギクシャクしても、すぐに打ち解けるだろう。
確かにスオーチェラの瞳のことは心配だし、一緒に旅して護衛をするというのなら悪くないが、監視となれば窮屈で面倒だし、正直やりたくない。
「優秀なお前の部下でもつけとけよ」
「出立の時からつけてるよ。ヴェルバたちには知らせてないけどね。それに、四六時中見張ってろってわけじゃない。ただ、彼らの赴く辺境の街に君も向かって、間者から報告を受け取って、危なそうなら助太刀する程度で良いんだよ」
グレンは、そのままさらに言葉を重ねる。
「どうせ、モーリエを連れて帰る方向じゃない。……寄り道したら、君の愛しのモーリエと、結婚前最後の旅行を少し長く楽しめるよ?」
「よし行こう」
パドーレは、それを聞いた瞬間に即決した。
一人でならゴメンだが、モーリエと一緒だというのなら話は別だ。
事情はヴェルバたちもパドーレ側も一緒だが、ある程度近くにいて、グレンが周りを固めているとなれば、多少腕が立つ程度の刺客など脅威ではない。
王国五指に入るパドーレとスオーチェラ自身に、ヴェルバまで加わっているのなら、小隊規模で言えばほとんど最強に近い編成になる。
「じゃ、さっそく準備を整えよう」
「よし、俺はモーリエにそれを伝えてくる」
「……いや、乗せやすくて助かるなぁ、パドーレは」
「なんか言ったか?」
「気のせいじゃない?」
グレンがボソリとつぶやいた一言は聞こえなかったが、その笑顔に腹黒そうな気配を感じつつも、パドーレはその場を後にする。
奴は腹黒いが、仲間と認めた相手の不利益になりそうな振る舞いは決してしない。
その点は、パドーレも信頼しているのだ。
「モーリエと旅行か……よしっ!」
最愛の女の顔を思い浮かべてニヤけながら、パドーレは軽い足取りで彼女の元へ向かった。