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逃げた婚約者を、追いかけますわ。


「いやー、困ったね」


 褐色肌の大公が、ははは、と笑うのに、ベラは冷たい目を向けた。

 するとグレンは、軽く両手を上げる。


「いや、普通に段取りを組んでも絶対に拒否されると思ってね。サプライズにしてみたんだけど、思った以上に行動が早かったね!」

「笑いごとじゃねーだろ!? どーすんだよ!?」

「責めていますが、貴方も共犯でしょう。パドーレ兄様」


 一体、何がサプライズなのか。


 両名のあまりにもな責任感のなさに、もはやため息も出ないベラは、気を取り直して先のことを考えた。

 起こってしまったことを責めていても、何も進展しない。


 そして、ベラ自身にこの件を表沙汰にして国の関係を乱すつもりがない以上、取りうる手段は二つだけ。


 一つは別の相手と改めて婚姻を結ぶこと。

 もう一つは、参謀殿を探し出して説得すること。


 同情の余地はあるが、和平を結ぶための婚約を一方的に破棄して、あまつさえ逃げるなど、言語道断。

 

 そして。


 ーーー何より顔も見ないまま一方的に婚約を破棄されるのは、少し面白くありませんしね。


 ベラにも、それなりに自負というものがあるから。


「参謀殿を、探し出すことは可能ですか?」


 こちらの問いかけに、グレンは軽く片眉を上げた。


「ほう、追いかけるのですか?」

「理由くらいは尋ねてみたい、と思いますので」


 ベラの答えに笑みを消さないまま、グレンは執務机の引き出しから小さな宝玉を取り出した。


「どうぞ」

「これは?」

「【感知の宝玉】と呼ばれるものです。魔力を持つ者が願えば、なんとヴェルバの居場所を示してくれるという、魔法のアイテムですよ」

「便利ですこと。……参謀殿ご本人は、承知しておられるのですか?」

「もちろん。当然のことですね」


 ベラは受け取りながらも、少し嫌な感触を覚えた。


 参謀に首輪をつけているのだ、と察したからだ。


 軍属であるからか、よほど大切な相手なのか、あるいは別の理由があるのは知らないが、一個人の行動を監視するかのような行いは好ましくない。


「そのように不快感を覚えずとも、大丈夫ですよ。彼自身が望んだことで、本人の意思で外せるものをまだつけているのなら……」

「理由を話す準備くらいはある、と?」

「そういうことですね」

「良いでしょう」


 嫁ぐと定められた以上は、全うするのがベラの務め。


 ーーー自らの手で説得出来るのなら、単に言いつけに従うよりはやる気も出ようというものですわ。


「追いかけます。パドーレ兄様、竜車の準備を」

「現在は、貧民スラム街近くの宿に泊まっているようです。お気をつけて」

「スラム……?」

「まぁ、行ってみれば理由は分かるでしょう。ベラ殿の身の危険に関しては、パドーレがいれば問題はないでしょうし……そもそも、貴女ご自身の文武も王国で五指に入るともっぱらの噂ですから」


 ニッコリと笑ったグレンは、何かを期待するような目をしていた。


「〝氷の剣姫〟のお手並み拝見ですね。うちの参謀は、明晰で頑固ですよ」

「職を辞されたようですが」

「ははは。僕がそれを受理するとでも?」


 ーーーこの方は。


 もしかしてこの状況を全て見越していたのではないか、とベラはふと思った。

 

 何が狙いなのかは分からないが。

 ベラは彼の評価を改めつつ、腹の上で手を合わせると、場を辞する礼を示して腰を折る。

 

「必ず、連れ戻してみせましょう。ご期待下さい」

 

※※※


 そうして支度を整えたベラは、竜車に乗り込んだ。


 グレンにもらった【感知の宝珠】に魔力を込めると矢印形の光が浮かび上がったので、そちらの方向に走るよう、パドーレが御者(ぎょしゃ)に伝える。


 たどり着いた先は、グレンの言葉通りにスラム近くの宿の前。


「竜車だ……」

「貴族……?」


 先に降りたパドーレと、手を差し出されて(ほろ)の中から姿を見せたベラに、通りを歩いていた人々がざわめく。


 彼らを一瞥して、ベラは小さく微笑みかけた。


 『国は民』である。

 貴族の中には平民を存在しないものとして扱うような者も多いが、ベラは出来る限り彼らに親しみを持たれるように努めていた。


「貴族にも、その愛想を少しは振れば印象も変わるだろうに」

「利がありませんので」


 パドーレの呟きに、ベラは淡々と言葉を返した。

 ベラの気質をよく知る相手には今さらな話で、笑みがない程度で気を悪くするような軟弱な相手に、愛想を振りまく意味もない。


「貴族様……?」

「こんな場末の宿にどのような御用件で……?」

「ああ、いや、用があるのは貴殿らではない」


 宿の中に入ると、昼前だからか宿を経営しているマスターとウェイトレスの動揺した声に、パドーレが答える横で、ベラは店内を見回した。


 彼ら以外には、客が一人いるだけである。

 その一人が【感知の宝珠】の指し示す人物だった。

 

「来たのか。酔狂(すいきょう)だな」


 ニィ、と片頬を上げて牙を覗かせた彼は、宿の隅にいる。

 巨大なその体に比べて、目の前におかれた立ち食い用のテーブルはひどく小さく見えた。


「獣人……?」


 予想外の相手の姿を、ベラは少しの間見つめる。


 彼は、純白の毛並みを持ち、美しく力強い獅子の獣人だった。

 黒い膝丈の外套と、その内側に身につけた腿丈の黒ローブ、そして腰に身の丈に合わない剣を下げている。


 が、テーブルに置いた爪で引き裂いたほうが遥かに速そうだ。

 


 ーーー稀代の参謀、ヴェルバ・アダモ。



 終戦の立役者は〝白磁の獅子〟の異名に相応しい、美しい獣の容姿を備えていた。

 荒々しい外見の力強さと、思慮深げな青い瞳はどこかアンバランスにも思え、ベラは不思議に思う。


 彼は、低く落ち着いた声でボソリと問いかけてきた。

 

「驚いたか? 俺がアイツの横にいた相手であることに」


 ククク、と喉を鳴らした彼がわざと曖昧な物言いをしているのは、宿の者たちへの配慮だろう。

 国民にまで広く容姿が広まっていないのか、単純にデリケートな話題だからかは不明だ。


「なぜ、逃げたのです?」


 ベラが質問には触れずに問い返すと、彼は意外そうに片眉を上げた。


「なぜ? 貴族の御令嬢との結婚など、まっぴらゴメンだからだよ」

「……おい」


 はっきりと口にしたヴェルバに、パドーレが不愉快そうに口を挟むのを、ベラは目で制する。


「わたくしが貴族だから……それだけが理由でしょうか?」

「他に理由が必要か?」

「責任と地位を放り出すほどの理由とは思えませんが」

「元々ただの傭兵だからな。金は大事だが、そんな窮屈(きゅうくつ)なモノには、興味も執着もない」


 バッサリと切り捨てた後、ヴェルバは追い払うように手を振った。


「帰れ。お前ほど美しければ、他に添いたがる相手はいくらでもいるだろう」


 ベラは、彼の姿と言動に触れて確信した。


 ーーーやはり聡明な方ですわね。


 ヴェルバ自身が口にするほど、地位を煩わしいと感じていたとは思えない。

 もし思っていたとしても、彼の持つ責任感がそれを下回っているのなら、参謀の地位まで登り詰める前に逃げていたように感じる。


 何か、他に理由があるはず。

 地位と責任を打ち捨ててでも、逃げなければならなかった理由が。


「添い遂げたがる相手が、いくらでもいる。その中にご自身は含まれていないかのような物言いですわね」

「俺は顔も知らんような女と、結婚する気はない」

「左様ですか。では、貴方は今わたくしの顔を知ったので、理由はなくなりましたわね」

「は……?」


 ポカンとしたヴェルバは、続いて眉根を寄せた。


「バカなのかお前は。そんなもの、言葉の綾だろうが」

「なるほど。次は内面を知らない相手と婚姻を結ぶつもりはない、とでも仰いますか? ならば、知っていただくために時間を共に共に過ごさねばなりませんね」

「待て待て待て。お前は一体何を言っているんだ!? なぜ婚姻を結ぶことを前提で話を進めている!?」

「なぜ、しない方を選択せねばならないのです?」


 不思議に思いながらベラが問いかけると、彼は今度こそ理解し難そうな表情を浮かべた。


 ーーー獣の顔でも、意外と感情は分かるものですね。


 それは、ベラにとっては収穫だった。

 表情が読めるのなら、意思疎通は容易(たやす)くなる。


 ヴェルバが何も言わないので、ベラは言葉を重ねた。


「そもそもわたくしは、お前という名前ではございません。ベラとお呼びください」

「いや、そうじゃなくてな……お前は」

「ベラ、と、お呼び下さい」


 少し口調の圧を強めると、苦い顔をしたヴェルバはボソリと名を口にする。


「……ベラ」

「はい」


 そこで微笑んでみせるが、ヴェルバの浮かない表情は変わらなかった。


「……分かってるのか。俺は、獣人だぞ」

「はい。見れば分かりますが」

「その上、貴族でもない俺に、貴族の令嬢が嫁ぐんだぞ!? それでいいのか!?」


 ガルル、と牙を剥く彼に……ベラは、拍子抜けした。


 ーーーそのような理由で?


 それが地位と責任を放り出す理由になることが、ベラには衝撃だった。


「わたくしは気にしませんが。わたくしは、ヴェルバ様との婚姻を、務めとして与えられたのです」

「だから、その務めは俺でなくとも果たせるだろうと言っている! お前は!」

「ベラです」

「……ベラ、は、この国で獣人がどんな扱いを受けてるか分かってるのか!? そんな俺と結婚すれば、お前がどんな目で見られるかも分かるだろうが!」

「その答えはもう口にしましたが。わたくしは、気にしません。生まれも、育ちも、己を律する材料にはなっても、人となりと判断する材料とはなりえませんので」


 ベラは、少し嬉しくなった。

 全てを放り出して逃げた理由が、自分のためではなく、こちらのことを考えた結果だったらしい。


 それを責任を捨てようとした理由にするのは、貴人として看過(かんか)しがたい……ことだが、一人の乙女として、彼の人間性はとても好ましい。


 やはり聡明な方であり、同時に優しい人だということだから。

 添い遂げようとする身としては、愚かな相手よりは遥かに好意を抱ける。


「そのように恐ろし気に恫喝しても、無駄ですよ。わたくしの目にはもう、ヴェルバ様は人を案ずることの出来る方と見受けられておりますし……」


 今度は目をわずかに細めて、さらに深く心からの笑みを浮かべながら、彼に近づいたベラは。

 間近でその顔を見上げながら、本心を告げた。


「獅子のお顔立ちも、毛並みの美しさも、初見から好ましいと感じておりましたので」

 

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