【おまけ】チェレネントラと無敵の商人
ヴェルバとベラのその後。
仮面舞闘士シンデレラと、無敵メンタルの商人に続くお話です。
「パドーレ兄様」
ベラが声をかけると、幽鬼のような顔をしたパドーレがゆっくりと顔を上げる。
「……モーリエ様の死に、落ち込まれるのは分かります。……ですが、既に一ヶ月。あの方の忘れ形見であるゼゾッラに無償の愛を注げるのは、もう貴方お一人であることを、そろそろ自覚なさいませ」
剣聖と呼ばれた勇壮な男は、最愛の妻を病気で失っていた。
訃報を聞いてアンデルセン大公国からペンタメローネ王国の屋敷に、娘たちと共に訪れたベラは、喪主を務めた後に魂が抜けたようになった幼馴染の代わりに、忘れ形見の面倒を見ていたのだが。
「わたくしは一度向こうに戻り、改めて、こちらに参ります。仕事に戻れとは言いませんが、せめてその間だけでもゼゾッラに気を向けて下さいませ」
侍女も乳母もいるが、やはり母親を失った幼子に、今まで明るかった父が暗く沈む姿ばかりを見せるわけにはいかない。
パチパチと、何かに気づいたように瞬きをしたパドーレは、ゆっくりとドアの方に目を向けた。
そこにいたのは、母親から誕生日に貰ったクマのぬいぐるみを抱きしめる3歳の少女。
後ろにはベラの娘達もいるけれど、パドーレの目は自分の娘にだけ注がれている。
「とーしゃま」
おずおずと声をかける娘に、ゆっくりと、疲れたような笑みを浮かべたパドーレが手招きすると、彼女は顔を輝かせて走り寄った。
椅子に座ったまま娘を抱き上げたパドーレは、しばらくそのまま固まってから、顔を上げる。
隠り世からこの世に、気持ちが戻ってきたかのように。
「……もしかして、俺が気を飛ばしている間に、君がやってくれていた?」
「ええ。主人の決裁印を押すだけの書類が少々溜まっておりますから、せめて判子を押す程度の働きはして下さいませ」
「はは……〝完璧な淑女〟は有能だなぁ。ありがとう。でも、戻ってくるっていうのは?」
「後妻として、わたくしをお迎え下さい。モーリエ様の忘れ形見を育てるに、わたくし以上の適任がおりまして?」
「……ヴェルバはどうするんだい?」
「既に死んだことになっておりますでしょう。良いように大公に使われるのも、飽きていたところです。それに」
ベラがパチン、と指を鳴らすと、ユラッと空間が揺らめいて、ヴェルバが姿を見せる。
その姿は、どこか薄く、半透明なように見える。
『呼んだか?』
「ええ。ヴェルバが精霊王の御子であったたことは、お伝えいたしましたわね? パドーレ兄様。ヴェルバがこちらにわたくしと共に暮らしながら、アンデルセン大公の元へ赴くことも造作もないことです。既にご許可はいただいております」
『ああ。ゼゾッラ嬢を育てる為というのであれば、否はない』
ヴェルバは穏やかにうなずいた。
かつて、聖女である妹に会いに《聖剣の塔》に赴いた時。
封じられていた聖剣が、その力を解放するという事件が起こった。
彼女を守護していたかつての騎士団長が、聖剣の主人である勇者であったが、彼は命を落とし、聖剣の力で蘇ると共にその資格を失った。
しかし引き抜かれた聖剣は、再び封じられることなく。
それを作り出した精霊王が現れて、ベラを次の勇者として権利を移譲した。
〝見霊の瞳〟を持ち、精霊王の息子と結ばれていたが故に。
ヴェルバが親の顔を知らず、誰にも育てられてもいないのに死ぬこともなく大きくなれた理由。
精霊にあれほど愛されている理由が、そこで分かった。
生まれた娘たちが獣人とのハーフではなく、人として生まれ落ちた時に疑いはあったけれど、ヴェルバは、ただの獣人ではなかったのだ。
妹を解放する為に勇者となることをベラが受け入れた直後、ヴェルバも精霊王の力を一部継ぎ、人からは少し外れた存在となった。
しかし次代精霊王とならなければやがて命尽きることを知ったヴェルバは、ベラの命ある限り、聖剣の守護者としてこの世に在ることを願い、精霊王はそれを許した。
妹は騎士団長と共に聖剣から解放され、ベラの腰には今、聖剣が下がっている。
「なるほど、人の身として後妻となるのは、問題ないか」
「ええ。両国の和平の証として、モーリエ様とわたくしはそれぞれに嫁いだのです。ですから、彼女が身罷った以上……あの方の娘を育てるのは、わたくしです」
「……ああ、ヴェルバが良いのなら……頼む。俺も、もう少ししたら……悲しみに浸るのはやめよう」
『そうするといい。お前の辛気臭い顔を見るのは気が滅入る。モーリエ様も、お前の笑顔を願っているだろうしな』
苦笑して頷いたパドーレの頬を流れた涙を、ゼゾッラが拭う。
彼女はまだ、母の死を理解していない。
「とーしゃま、いたい?」
「うん、凄く痛い。でも、大丈夫だよ。ゼゾッラ、君がいるからね」
「ほんと? いたいのいたいの、とんでけーしてあげるね?」
「ありがとう……」
おそらくもう大丈夫だろう。
今すぐ傷が癒えることはなくとも、パドーレは前を向いた。
それを確認したベラは、二人の娘に、ゼゾッラと仲良くするように言い置いて、一度アンデルセン王国に戻る準備を始めた。
※※※
ーーーそれから半月。
辺境の貧民街が壁に囲まれ治水工事を終えて、正式に辺境領民として人々が認められた後に。
アンデルセンとペンタメローネのスラムを巡っては、状況を調べていたガストンからの報告を受けて。
ヴェルバは、ベラが引っ越しの準備を行なっている間に、彼が将来有望そうだ、と口にしていた少年の元を訪れていた。
痩せた体で、しかし絶望に染まらない目をした少年は、ゴミ漁りをしていた。
『精が出るな、少年。金がないのか?』
そうヴェルバが声をかけると、少年は奇妙なものを見る目でこちらを見る。
「誰だ、あんた」
何かあればすぐに逃げられるように警戒している彼に、ヴェルバは楽しくなって少し笑いを漏らす。
『別に取って食おうとは思っちゃいない。そうして落ち着いた面でゴミ漁りをしているのが、昔の自分に被って懐かしくなっただけだ』
そう言うと、ヴェルバは手にした袋の中から野菜と肉を挟んだパンを取り出して、少年に差し出した。
『何かの縁だ。一個やるから、昼飯食いながら少し話さないか?』
言われて、少年は少し迷ってからうなずいた。
一緒に座り、たわいもない話をする。
だが、その中でひとつだけ、少年は興味を覚えた話があったようだ。
『俺は傭兵でな。戦争があったから、ちょっとばかり運が良いのか悪いのか、出世した。元はお前と同じような境遇だった』
「へぇ」
『こういうところで、くたばるような奴を減らしたいと思ってるんだが、中々上手くいかない』
「そりゃ無理だろ」
少年は鼻で笑った。
こういう暮らしをしている奴が、表通りで買い物するような連中に混じれるようになることなんか、どんな奇跡が起こってもない、と、その顔は言っていた。
ーーーその反骨心と冷静さが大事なんだよな。
ヴェルバは、少年にかつての自分を重ねる。
『もちろん全員は無理だ。そもそも、性根からまっとうに生きられない奴だって、中にはいるだろうしな。だが、そのままくたばらせるのが惜しい奴もまた、いる。お前みたいにな』
「俺?」
『そうだ』
ヴェルバは、路地裏から見える表通りに目を向ける。
自分の原点となる、しかしこうしてかつての自分と同じ境遇の誰かと話し、たまに戻ってみなければ、遠い過去となってしまうだろう景色。
『お前みたいなのがここから這い上がるのに必要なのは、チャンスなんだよ。そして、その窓口になるような場所だ。傭兵ギルドも、魔物狩りギルドも腐ってて、なかなか這い上がることは出来ないしな……』
「よく分かんねーな」
『だろうよ。俺もそんなことが出来るのかも分からんし、手探りだ。……俺にもっと、金や権力があれば、話も違うんだがな……』
そう、もっと。
世界を変えられるほどの金や権力は、しかし存在しない。
少しずつ、人の手によって変えていけるものがあるだけだ。
精霊王の力をもってしても、万人の不幸は救えないのだから。
ヴェルバは少年と、互いに名前も告げないまま別れたが……彼の瞳の色は、しっかりと覚えた。
闘争心に火が付いたような目。
ーーーアイツは、這い上がってくるだろうな。
ヴェルバはニヤリと笑い、屋敷で待つベラに話した。
今日出会った、将来有望な若造の話を。
路地裏の最底辺から這い上がり、自分と同じように地べたを這いずり回る連中を掬い上げてくれるだろう少年のことを。
彼が、腐った各ギルドを叩き潰して統合する『冒険者ギルド』の話を持って、ベラを訪ねてくるのは……それから、十数年後の話だった。
これにて、ベラとヴェルバのお話は終わりです。
一年以上お付き合いいただいている方、更新滞っていて申し訳ありませんでした。
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